刺客
演習が終わり、テント宿泊最後の夜になった。
クリードは、周囲を警戒しながら、洗い場で鍋を洗う。すると、マルセイがやってきた。
マルセイの手には野菜籠がある。どうやら野菜を洗いに来たらしい。
「いやー、演習疲れたなぁ。それより、今日はオレたち男子のメシだ。へへ、女子の度肝抜いてやるぜ!」
「女子の、肝?」
「いや、マジに取るなよ。さすがにキモイぞ……」
マルセイは野菜を洗い出す。
クリードは質問した。
「……トウゴは?」
「ああ、あの野郎……薪を採りに行った。ちくしょう、女子と薪採りだぞ? あのクソ野郎が!! 野菜洗いをオレに押し付けて!!」
「…………そうか」
クリードは、鍋を持ち自分たちのテントへ。
周囲を見ると、同じように夕飯の支度を始めている班が多い。
薪は、ここから少し離れた薪小屋に保管してある。他の班も薪小屋に向かっているだろう。
だが……クリードは違和感を感じていた。
「…………」
他の班。
テントの位置、班のメンバー、それぞれの仕事を確認。
クリードの記憶力は、間違いなくこの世界最高レベル。ほんの僅かな違和感が頭にあり、気になる生徒を一人ずつチェックする。
そして、気付いた。
「…………チッ、そういうことか」
違和感の正体。それは……生徒数名が、
クリードにしか気付かないレベルだった。
歩幅、歩き方、呼吸数、身体のズレ。初日に確認した時と違う生徒が何人かいた。
クリードは舌打ちする。成り代わっているのは、全員が薪係だ。
「おーい、野菜洗ったぞ。あれ、トウゴたちまだかよ? あ、エミリーちゃん、野菜一緒に切ろうぜぇ?」
「死んでも嫌」
「……そ、そこまで言う?」
マルセイは、テーブルで道具を準備していたエミリーにフラれていた。
クリードは、エミリーに聞く。
「ラスピルたちは」
「え? 薪もらいに小屋行ったけど。けっこう量があるからってルーシアも一緒だよ」
「……そうか」
嫌な予感がした。
クリードは、成り代わっている生徒数名が、一緒に薪小屋へ向かっているのを確認する。全員同時ではなく、少しずつ、少しずつ移動しているのだ。
まず、成り代わっている時点で、本人はどうなっているのかわからない。殺されたのか、監禁されているのか……恐らく、全てが終わった後、記憶を消して解放されるだろう。
このままではまずい。
クリードは、マルセイとエミリーに言う。
「悪い。少し用を足してくる」
「お、デカいの? ちっさいの?」
「マルセイサイッテー!! 女の子の前でそういうこと言うな!!」
「え……クリードはいいの?」
クリードは、エプロンを外して早歩きする。
向かったのは本当にトイレだ。
この演習場にトイレは三か所ある。そのうちの一つは、
クリードは迷わず入り、最奥の個室へ。そこの便器を外し、床板を開ける。
そこには、大きな木箱があった。
木箱を開けると、装備一式が入っている。クリードは十秒で着替えた。
黒いコートにフードをかぶり、両手に《カティルブレード》を装備。接近戦用のナイフを腰に差し、暗器も懐に忍ばせておく。
「───任務開始」
そう呟き、クリードは音もなくトイレから出て闇に消えた。
◇◇◇◇◇◇
森は暗く、遮蔽物も多く木も多い。
クリードにとって最高の戦場だ。
木々の枝を伝って薪小屋へ向かうと……案の定だった。
「はいはーい。薪はこっちで~す」
薪小屋にいたのは全員、生徒の偽物だった。
そこに、ルーシアとトウゴ……トウゴも偽物だ……いた。
ルーシアは、視線を左右に巡らせている。どうやら異変に気付いたようだ。
そして、おかしなことに気付いた。
「……ん? どういうことだ」
クリードはようやく気付いた。
ここは、薪小屋ではない。
確かに薪小屋は見える。だが……あれは偽物だった。
そして、その薪小屋に誘導しているのは……生徒会役員、フローレンスだ。
「……まさか、奴が《十傑》」
クリードは、静かに呼吸を整える。
◇◇◇◇◇◇
「ねぇねぇ、今日の晩御飯なにかなぁ?」
「んー、男飯じゃない? 肉にタレぶっかけただけの」
「あはは。それはそれで美味しそうかも」
───おかしい。
ルーシアは、ラスピルと談笑しながら思った。
そして、ここにいる生徒たちも、妙な違和感があった。
自分たちと同じように雑談しているが、妙に隙がなかった。それに、なぜかこちらに注意を向けているような感覚。
ルーシアは、本能で《ヤバい》と感じていた。
そして、一緒にいるトウゴに言う。
「あー、トウゴ。あのさ、悪いけどここ任せていい? あたし、お花摘みたくなっちゃった」
「ちょ、ルーシア……恥ずかしいよ」
「いいのいいの。じゃ、任せるわよ~」
ルーシアは、ラスピルを連れて自然に離脱する。
だが……トウゴの手が、ラスピルを掴んだ。
「おい、待てよ……薪、持っていかねぇと」
「と、トウゴくん? あの、手───」
「ごめん」
ルーシアは、ラスピルの首に小さな針を刺す。すると、ラスピルの意識が一瞬で刈り取られた。
同時に、ルーシアとラスピルを襲おうと、この場にいる人間が一斉に襲い掛かってきた。
ルーシアは、近くにいた少年の首を蹴って気絶。ラスピルを担ぎ跳躍。右手に隠していたワイヤーを伸ばし、近くの木に飛び移る。
「あららら? どうしたのかな~?」
「……あんたが情報にあった《慈悲》ね」
「んん~? なんのことかしら?」
フローレンスは、妖艶に微笑んだ。
すると、生徒の一人が跳躍し、ルーシアのいる枝を切り落とす。
ラスピルを抱えたままのルーシアでは、普段の半分も動けない。
「ッチ……」
ルーシアは覚悟を決めた。
ラスピルを木に寄り掛からせ、隠し持っていたナイフを抜いたのだ。
フローレンスは、うふふと笑う。
「あなた、アサシンね? その子の護衛ってところかしら?」
「さぁね。あんたは間違いなく《閃光騎士団》の
「そうよぉ? 『偽装』のスキルを持つ部下に協力してもらったの。ふふふ、本物と少しずつ入れ替わらせて、機会を狙ってたのよ。その第三王女ラスピルを始末する機会をねぇ」
「……させないし」
「あらら? アサシンが一人でこの状況をどうにかするつもり?」
「それをするのが仕事よ」
ルーシアは、向かってくる生徒たちの首を斬りつけ絶命させる。
そこに慈悲などない。向かってくるから殺す冷酷さがあった。
その眼光に、フローレンスは一筋の汗を流す。
「恐ろしいわね。仲間ですら信用していない眼……アサシン、これだから恐ろしい」
「あなたの能力は?」
「言うと思う?……ふふ」
パチン……と、フローレンスが指を鳴らす。
一瞬だけ視界がブレた。だが、すぐにルーシアは覚醒。
そして気付く。ラスピルが立ち上がり、歩きだしたのだ。
「ちょ、ラスピル!? 動かないで──……え?」
「…………」
ラスピルの眼は虚ろで、何も映していない。
そして、生徒に擬態した閃光騎士団の下級兵が向かってくる。こちらも目に光がない。
「まさか、洗脳があんたの───」
「少し違うわね」
ルーシアは、ラスピルに近づけさせないように閃光騎士たちを始末する。
同時に、歩きだすラスピルを追った。話しかけても反応がない。無理やり止めようにも、下っ端兵士たちが邪魔をするのだ。
そして───フローレンスは告げる。
「第三王女ラスピル、彼女には……『事故』にあってもらうわ」
「え……!?」
「暗殺や大っぴらな殺人は面倒なことになる。証拠の出ない毒殺も『
「何を……え!? ちょ、ラスピル!?」
ラスピルが向かっていたのは、崖だった。
高さ三十メートルほどだろうか。堕ちたらまず助からない。
ラスピルは、フラフラしながら崖へ向かっていた。
「ラスピル!! 起きなさいラスピル!! ああもう、あの馬鹿なにやってんのよ!!」
そして───ラスピルは、軽い足取りで崖から落下した。
ルーシアは、ナイフを捨てラスピルを追って崖に飛び込む。
空中でラスピルを捕まえ、ワイヤーを投げた。
ワイヤーは崖に引っかかり、落下の速度が落ちる……でも、不完全だったせいでワイヤーが外れ、ルーシアは、ラスピルを抱きしめながら崖下の木に突っ込んだ。
自分の身体をクッションに、ラスピルの生存を第一に。
その結果。ラスピルは無傷……ルーシアは、かなり重症を負ったが生きていた。
「う、っぐ、あ……よ、よかった、無事で」
血で目がよく見えない。
だが、ラスピルの呼吸音は聞こえてきた。
そのことに安堵し、気付いた。
「全く、手間ね」
「……っ!!」
「もう一度、堕とせばいいわ。あなたは……そのまま死になさい。死んだら死体の処理はしてあげる」
フローレンスだった。
いつの間にか崖下まで降り、冷たい目でルーシアを睨んでいた。
フローレンスは、ラスピルに手を伸ばし───。
「───そこまでだ」
「えっ!?」
横から伸びてきた手に、思いきり掴まれた。
ギリギリと、万力のような強さで握られた。
「なっ……あなた、アサシンね」
「…………」
「なぁに? あなた、すっごい負傷……ああ、やられたのね?」
現れたアサシンこと、クリードはボロボロだった。
血だらけで、身体中ナイフで切られたような跡がある。
それでも、フローレンスの手を握る力は強かった。
「これより、お前を始末する」
「ふん……やれるものならどうぞ」
クリードの手を振りほどき、フローレンスは妖艶に笑った。
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