野外演習
『健全なスキルは健全な肉体に宿る』という教えがある。
スキルホルダーは、肉体と精神を鍛えるために、ジェノバ王国郊外にある演習場で、野外演習を行うのが恒例となっている。
野外演習といっても、危険な魔獣などはいない。森も広く開拓され、野外演習の設備は十分に整っている。安全が約束された演習だ。
つまり、新入生行事だ。仲を深めるためのキャンプとでも言えばいい。
テントを張り、食事を作り、テントで寝る。
どの学園でも行う、ありふれた行事だ。
「…………」
「いやー、女子の体操着っていいよなぁ」
「うんうん。うちの制服ってけっこう硬いから、身体のラインわかりにくいっスよねぇ」
「クリード。お前には感謝しかねぇよ」
「……何がだ?」
「女子と一緒の班! しかも、第三王女ラスピル様と一緒だぜ?」
現在、クリードは……マルセイ、トウゴの三人でテントを組んでいた。
クリードの班は六人。クリード、マルセイ、トウゴ、ルーシア、ラスピル、そしてエミリーだ。女子は食事作り、男子はテント張りという役割分担の真っ最中だ。
マルセイは、女子と一緒の班に興奮していた。
「うひひ。なぁなぁ、テントこれだけ近くてもいいよな? 夜中、女子の寝息とか……き、聞こえても事故、事故だよな?」
「ままま、マルセイ氏。それは事故、事故っスよ。うひひ」
「…………」
クリードは、体操着の袖に泥が付いたので払う。
すると、トウゴが言った。
「クリードくん。袖まくれば?」
「いや、いい」
「おいおい、泥で汚れちまうぜ?」
「問題ない」
袖をまくれば右手に装備した簡易型『カティルブレード』が見えてしまう。
一応、最低限の装備はしている。さらに、アサシン装備一式を事前の下見で隠してある。
ラスピルの方を見ると、ルーシアとエミリーの三人で仲良く野菜を切っていた。
「おい、あれ見ろよ……生徒会役員の一人、フローレンスお姉さまだぜ」
「おいおい、なんだあの乳はよォ!!」
マルセイとトウゴが見ていたのは、生徒会役員のフローレンスという女生徒だ。
クリードの事前調査によると、この演習に同行した上級生は四人。三人が生徒会役員で、生徒会長リステルも同行していた。さらに教師が二人。
ルーシアとラスピルが会話をしている。
「ねぇラスピル、お姉さんいるけどいいの?」
「あ、うん……お姉さま、お忙しいし……それに、私が話しかけると、いろいろ問題あるから」
「問題ぃ?」
「うん。その……お姉さまと私、あんまり仲良しじゃないの。話しかけると怒られちゃう」
「ふーん……そういうもんなのねぇ」
姉妹の仲はあまりよろしくないようだ。そもそも、王位継承権を争っているのだから当然だろう。ここにいない第二王女ラミエルもまた、仲が悪いのだろうか。
そんなことを考えていると、マルセイとトウゴが言う。
「クリード。お前、上級生で誰が好みよ?」
「……好み?」
「おう! 同級生もいいけどよ、やっぱ上級生が最高だと思うんだよ。見ろよフローレンスお姉さまのボディを……あれをナマで見れたなら死んでもいいね」
「わかるっス!! オレ、リディアお姉さまのボディが見たいっスぅ!!」
「リディア先輩だぁ? お前、ロリ趣味だったのか!!」
リディアというのは、フローレンスと同じ生徒会役員の女子だ。外見年齢は十歳だが、れっきとした先輩であり、生徒会役員に選ばれた有能なスキルホルダーだ。
テントの設営が終わり、食事の用意もほとんど終わる。準備ができた班から食事をしていいようなので、クリードたちはさっそく食事を始めた。
「じゃ、いっただきま~~~っす!!」
女子の作ったカレーライス。
さっそくマルセイとトウゴが一口……二人は真っ青になり倒れた。
クリードも一口。
「……なんだこれは?」
甘く苦い、ドロドロした何かが口の中を蹂躙する。さらに、半生の野菜がガリガリとして、気持ちの悪い食感が口の中いっぱいに広がった。
ラスピル、エミリーも真っ青になる。
だが、クリードとルーシアは平気だった。アサシンの訓練で絶食断食は何度も経験した。
「けっこう美味しいわね」
「ああ。なかなかだ」
「ちょ、お前らマジ……?」
「ど、どういう舌をしてるっスか……? おえぇ」
「ご、ごめんなさい……無理ぃ」
「……うぇぇ」
カレーは二人で完食。マルセイたちは持参した菓子でしのいだとさ。
◇◇◇◇◇◇
夜。
スキルによる明かりが周囲一帯を照らしているおかげでかなり明るい。
新入生たちが全員集まり、生徒会役員の一人オルバが拡声器を使って話し始めた。
『えー、夕食も終わり腹も膨れたと思う。見てたけど、けっこう失敗したところも多かったな。ははは、お菓子いっぱい持ってきてよかっただろう?』
ドッと笑いに包まれた。
オルバは、なかなかユーモアのある生徒のようだ。
すると、リディアが拡声器を横から奪った。
『じゃあ、これからレクリエーションを始めるぞ!! まずはじゃんけん大会だ!! スキルホルダーには体力、知力が必要だけど、最も必要なのは『運』だ!! まずはこの中でもっとも運のいいやつを決めるぞ!!』
『おいこら、オレが言おうと思ってたのに!!』
『うるさい!! お前ばかり目立つな!!』
新入生たちは先輩のじゃれ合いに笑う。すると、フローレンスが拡声器をひょいっと奪った。
『それじゃあじゃんけん大会始めま~す。うふふ、リステルちゃんに勝った子はそのまま、負けた子は座ってね~~~』
『『ああっ!? フローレンス!!』』
すると、このじゃれ合いに頭を抱えたリステルが前に出て腕を上げた。
「お姉さま……楽しそう」
そんなリステルを見て、ラスピルが微笑んでいたのをクリードは見逃さない。
その笑顔は、とても寂しそうに見えた。
王位継承権を争う姉妹なのに、どうしてこんなに寂しそうなのか。今のクリードにはその理由がわからない。
フローレンスは、どこか間延びした声で言う。
『それじゃあみんな、手を上げて~~~……あ、一番運のいい子にはご褒美あげちゃう! そうねぇ、わたしたち生徒会の誰かからキッス! な~んてどう?』
次の瞬間───轟音が演習場に響いた。
◇◇◇◇◇◇
優勝は、ルーシアだった。
「やったぁ~! いぇいぇい!」
『おめでとうございます~! ではでは、誰のキッスをお望みですか?』
「じゃあ、フローレンス先輩で~!」
『は~い……チュッ』
またも、爆発するような叫びが響く。
フローレンスは、ルーシアのほっぺにキスをした。男子たちは項垂れ、女子はキャーキャー騒ぐ。戻ったルーシアはニコニコしながらラスピルとハイタッチした。
「ルーシアすごい! いちばん運がいいって!」
「えっへん! あたしの運、さいっこう!」
「…………」
アサシンとしては目立つべきではない。
クリードもその気になれば優勝できた。リステルが何の手を出すかじっくり見ればわかった。リステルの手がグー、チョキ、パーのいずれかに変わる瞬間を見極めて手を出せばいいだけだ。
だが、目立つのはご法度。最初の一手で負けた。
ルーシアも同じような手段で料理したのかどうかはわからない。だが、現に優勝……テンションの上がったラスピルとハイタッチし、仲がより深まっている。
「うぅぅ、キッシュゥ……」
「リディア、リディア、リディア……」
マルセイとトウゴを無視し、クリードは再び拡声器を握るリディアを見た。
『さーて、次のイベントだぁ!! 次は───』
野外演習の夜は、静かに過ぎていく。
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