負傷

 クリードは、ルーシアと別れ自室へ戻り、隠し部屋へ入る。

 隠し部屋に入ると、なぜかルーシアがいた。

 ルーシアは、何もない壁をコツコツ叩く。すると、壁がくるりと開いた……隠し部屋に、さらに隠し通路があったのだ。

 ルーシアは、クリードの身体を見て言う。


「怪我の手当てをする。脱いで」

「ああ。頼む」


 アサシンと知り、クリードはルーシアへの警戒を解く。

 服を脱いで下着一枚になる。同世代の女子の前で晒す姿ではない。だが、アサシンとして訓練した二人に羞恥心はない。もちろん、人前では演技をするが。

 ルーシアは、持参した手当ての道具を準備する。


「右肩と左足……縫うわよ」

「頼む」


 ルーシアは、遠慮なくクリードの皮膚を縫い始めた。

 クリードも痛みは感じているのか、歯を食いしばる。


「驚いた?」

「…………何が」

「あたしがアサシンだってこと」

「別に。アサシンがすでに二名潜入している情報は聞いた。誰かは知らないが、俺は俺の任務をこなすだけだ」

「そうね。それにしても……コード04『死』がこんな子供とはねぇ」

「お前も同じだろう」

「あたしはちゃんと潜入任務こなしてるわ。でもあなた、護衛対象にあそこまで嫌われるなんて……」

「…………任務に支障はない」

「それはどうかしら。あたしの任務は『警護対象と友人関係を構築、いざという場合の盾。そしてコード04の補佐』だけど。あそこであんたをヘタにかばったらラスピルとの友人関係に亀裂が入るかもしれない。だからあえて突き放した……あのね、あんな真似したくないの。警護対象に関わらないのが一番だけど、そういうわけにもいかない。せめて挨拶くらいするクラスメイトにはなって」

「……関係は構築不可能だろう」

「ま、そうね。ラスピル、かなり怒ってたし……まぁ、あたしがいろいろ教えてあげるから。ちゃんと友達くらいの仲にはなりなさいよ」


 縫合が終わり、ルーシアは教団の秘薬を塗る。これで血が漏れることはない。

 最後に、布を当てて包帯を巻いた。


「痛みはあると思うけど我慢なさい」

「問題ない」

「明日、ちゃんと学園へ来なさいよ。ヘタに休むと疑われる」

「わかってる」

「あと、あたしはあたしの任務をこなす。アサシンとして補佐はするけど、学園内ではあんたを嫌う女子。そしてラスピルの親友役だから」

「わかっている」

「よし。じゃあ……いろいろ、確認しましょうか」


 クリードは服を着て、部屋のテーブルの前へ。

 ルーシアも、クリードの反対側へ。


「敵は閃光騎士団と『十傑』ね。あたしの摑んだ情報だと、騎士団の下位騎士は動いていない。王女暗殺という大役は、『十傑』が直々に行っている」

「俺が始末したのは【知恵コクマー】だったか」

「ええ。頭脳労働メインの幹部。でも、【知恵コクマー】は頭脳だけで替えが利く幹部。すぐに別の者が補充されるでしょうね」


 ルーシアは、学園内と雰囲気が違う。暗殺者としての顔で言う。

 当然、クリードもだ。女子にカレーをぶっかけた鬼畜男と陰で呼ばれているなんて思えない。

 

「問題は、純粋な戦闘員である【峻巌ケブラー】のゼオンだ。奴は強い」

「『複製コピー』のスキルホルダーね。奴はナイフを複製していたけど……戦い以外にその能力を使われたら厄介ね。単細胞そうな男だけど」

「顔は見られていない。だが、次に会ったら始末する」

「できるの?」

「……俺にもスキルがある」

「へぇ。コード04『死』のスキルね」


 ルーシアはくすりと笑う。

 だが、すぐに真面目な顔になった。


「あたし、直接戦闘はそんなに得意じゃないの。スキルも専攻も情報収集がメイン、学園で情報を集めてあんたに提供する」

「なら、さっそく頼む。学園に潜入している最後のアサシンを探せ。『十傑』が全て動くとなると、俺だけでは少しキツい」

「キツいで済むのかしらねぇ……とにかく、わかったわ」

「頼むぞ」


 この日。クリードに仲間ができた。

 赤い髪をツインテールにした、やや吊り目の少女ルーシア。クリードと同じ暗殺者であり、情報収集が専門。

 情報は武器。クリードは、ルーシアの活躍に期待した。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 フリズスは実家の用事で里帰りしたと代理の教師が言った。

 ルーシアの流した偽情報だ。こういう裏工作もルーシアの得意分野。 

 午前の授業は座学。

 昼食、ラスピルは弁当を持参……クリードの耳で聞いたが、ルーシアの提案らしい。ルーシアには毒物が盛られた話はしている。なので、自然に弁当を持ってくるように言ったようだ。

 さらに、ルーシアは中庭にラスピルと友人を誘った。見通しのいい中庭なので、どこから暗殺者がきても対処できる。

 クリードは、中庭を見下ろせる校舎の屋上から、ラスピルたちを監視しつつパンを齧る。


「おいクリードよぉ……お前の評判はともかく、食堂でメシ食おうぜぇ?」

「そうっスよ……中庭なんて見てもつまんないっス」

「ここでいい」

「ここって……ああ、ラスピルちゃんね。こんなコソコソしてないで謝れよ」

「謝罪はした」

「いやいや、あれは謝罪じゃないっス!」


 マルセイとトウゴになぜか責められた。

 そして、午後の授業。

 午後は身体を使った全身運動の授業だ。スキルの使用するのに体力は必要なので、身体を鍛える授業も全体の三割ほどある。

 運動着に着替え、グラウンドに整列する。

 今日の授業は『鉄棒』と『跳び箱』だ。

 鉄棒は懸垂、跳び箱は重ねた箱を飛び越えるというシンプルなもの。

 全身運動の授業を担当するのは、タンクトップにスキンヘッドの男性教師だ。


「では、まずは鉄棒から始める!! 懸垂を十回連続でやるのだ!!」


 鉄棒は全部で四基。

 クリード、マルセイとトウゴ、そしてレオンハルトが最初だ。

 

「…………む」


 正直、千回連続でも問題ない。だが、昨夜縫った右肩の傷が開く。そうなれば怪しまれるだろう。

 クリードは、右肩に負担をかけないよう、右手を鉄棒に添えるだけで、ほぼ左手だけで懸垂を始める。なるべく怪しまれないように、わざと辛そうに、汗をかく。


「ふぉぉぉぉぉぉっぎぃぃぃぃ!! ぎゅあぁぁぁぁぁ!!」

「のぉぉぉぉっっすぅぅぅっ!!」


 マルセイとトウゴはめちゃめちゃしんどそうだった。

 だが、レオンハルト。彼は連続で十回を終え、まだ続けていた。


「四十、四十一、四十二……」


 止まらない懸垂に、女子からは黄色い声援が。

 ラスピルも、恥ずかしそうに応援している。それに対し、クリードには恨みの視線が。ラスピルにカレーやジュースをかけたことをまだ根に持っている生徒がいる。

 ラスピルも、クリードを見て『フン』とそっぽ向いた。

 ルーシアは『自業自得……』みたいな目で見ている。だが、クリードはどうでもいい。

 レオンハルトが七十回目の懸垂に突入した中。十回の懸垂を終え鉄棒を離す。


「なんだもうおしまいかよ?」「へ、根性なし!」

「たいしたことないのね」「レオンハルトくんとは大違い!」


 嘲笑された。だが、クリードはどうでもいいのか、マルセイとトウゴを見ている。


「あと三回だ。しっかりやれ」

「ふ、ぎょぉぉぉぉぉっ!!」

「うがぁぁぁ!!」


 マルセイとトウゴは、九回目で力尽きた。


 ◇◇◇◇◇◇


 全身運動の授業は、レオンハルトが大活躍する授業だった。


「ちっくしょうイケメンめ!!」

「イケメンめぇ……ああ、オレもう疲れたっすぅ」

「トウゴ!! あの野郎め、オレ、オレ……悔しぃぃぃぃ!!」

「…………」

「ん、どこ行くっすか、クリードくん」

「水飲んでくる」


 女子は、レオンハルトに殺到して質問しまくっていた。

 男子はマルセイとトウゴと同じく、嫉妬の視線を送っている。

 クリードは水飲み場へ向かうと、そこには。


「あ……」

「む」


 ラスピルが、ルーシアと水を飲んでいた。

 ルーシアは一瞬だけ目配せする。どうやら謝罪をしろと言っている。

 クリードは、頭を下げた。


「申し訳なかった」

「…………」

「カレーだけじゃない。飲み物もあなたにかけてしまった。悪気はなかったんだ、許してくれ」

「…………」

「クリーニング代、衣類の代金は支払う。だから」

「もう、いいです……」

「許してくれるのか?」

「…………」


 ラスピルは、なぜか悲しそうにクリードを見る。


「なんか、心が籠っていない……人形が謝ってるみたいです。お願いします、もう話しかけないでください。謝罪も、お金もいりませんから」

「……?」

「ルーシア、行こう」

「うん。ってわけ。じゃーね」

「ああ」


 ルーシアとラスピルはクリードを見ずに去って行った。

 クリードは、意味が分からず首を傾げる。


「……何が不満なんだ?」


 本当に、クリードにはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る