二人目のアサシン
翌日。
クリードは寮の食堂で朝食を済ませ、すぐに第三王女ラスピルを探す。
ラスピルは、女子友達と一緒に登校している。ルーシアがクリードを見るなり睨むが無視。ラスピルも少しムッとしているように見えた。
この程度なら問題ないと判断。クリードは会釈もせず、学園へ続く道を歩いている。すると、マルセイとトウゴが後ろから来て、クリードの肩を叩いた。
「おっす!」
「おはよっス!」
「おはよう。今日も元気だな」
「まーな。それよりお前、謝ったのか?……ほれ、前にいるぞ」
「必要ない」
「おま、女子にカレーぶっかけて謝らないとか鬼畜だぞ。そういう趣向ならいいけどよ……でも、そういうプレイは双方同意のもとでだな」
マルセイが何を言っているのか理解できないので無視。クリードは、トウゴと適当に会話しながら周囲を探る。薬物により五感を強化したクリードは、二十メーター以内にいる人間の会話、ため息、心音すら聞き取れるほど聴力が強化されている。
あまりに聞こえすぎるので精神崩壊を起こしたアサシンも少なくない。だが、クリードは必要ない雑音をシャットアウトする術を身につけている。
そして、視力、触覚。
ラスピルに向かう視線をチェックし、自分に向かう視線を肌で感じる。
自分へ向かう視線は悪意が多い。王女であるラスピルにカレーをかけた恨みだろう……殺意までは感じないので無視した。
ラスピルに向かう視線は、同情、興味が多かった。
資料によると、ラスピルは末妹。軍事に優れた第一王女や頭脳に優れた第二王女と違い、何かに優れているわけではない。だが、姉にはない優しさや人望で民に慕われている。もし彼女が女王になると言ったら、民衆からの支持が集まるだろう。
だからこそ、今のうちに始末しておきたいのか。
「いいかクリード。マニアックなプレイは未成年のうちはやめておけ……『沼』にハマったら抜け出せなくなる」
「……マルセイ氏、クリードくん全然聞いてないっスよ」
登校時、怪しい気配はいくつか感じた。
この気配を記憶しつつ、クリードは教室へ。
◇◇◇◇◇◇
教室内では、クリードがラスピルにカレーをかけたという事件が広がり、クリードに対し話しかけてくる生徒はいなかった。マルセイとトウゴは話しかけようとしたが、クラスメイトの男子に引き留められ離れてしまう。
だが、クリードにはありがたかった。
教室内に敵がいないとも限らない。席に座り、教科書を読むフリをして生徒一人一人をチェックする。
すると……女子に囲まれていたラスピルが、クリードを見た。
「…………ぁ」
「…………」
クリードもラスピルを見た。
目が弱々しい泳ぎ、すぐにキッとなる。
精神的にやや不安定らしい。それを確認すると、メイコとエミリーがクリードを見てムスッとし、ラスピルの前に立ち壁を作る。
そして、ルーシアがクリードを睨んだ。
「ふん! なにあいつ、こっちジロジロ見てさ」
「あんな最低男、見ちゃ駄目だよ!」
「ちょっとイケメンのくせに、やることは最低!」
「……ふん!」
ずいぶんと嫌われた。だが、クリードは気にしない。
自身の評判などどうでもいい。大事なのは任務で、ラスピルを守ること。
すると、教師フリズスがニコニコしながら入ってきた。
「おっはよー! さぁ出欠取りますよー!」
フリズスは眼鏡をくいっと上げ、生徒の名前を呼ぶ。
そして、クリードの名前を呼んだ。
「クリードくん。クリード・ペシュメルガくん」
「はい」
「きみはあとでお話があります。お昼休み、ちょっと時間ちょうだいね?」
「……はい」
恐らく、カレー事件のことだろう。
自身の評判が悪いことで出た弊害だ。フリズスに呼ばれている間、ラスピルの護衛ができない。それだけじゃない。もしクリードが毒を盛るなら、アサシンの存在を知られてなくても、一度騒ぎを起こした『クリード・ペシュメルガ』を遠ざけるという行動に出る。
クリードは、心の中で舌打ちをした。
呼び出しを無視すれば?……再び呼び出しされる。それでは意味がない。
呼び出しに応じれば?……ラスピルが狙われる可能性がある。
「…………っ」
クリードは、カレーをぶっかけたことを初めて後悔した。
もっと上手い手段があったかもしれない。だが、もう遅い。
◇◇◇◇◇◇
クリードは、授業を受けながら考える。
もともと、護衛なんてやったことがないし、学園にも通ったことがない。クリードの専門は『暗殺』で、ターゲットの下調べをして、屋敷や隠れ家に音もなく侵入、一切の証拠を残さずに暗殺する。事故に見せかけたり、殺し屋が来たという見せしめのために放置することもあるし、残忍な方法で解体し晒すなんてこともやった。
暗殺教団『黄昏』エージェントコード4『死』という名前を与えられた、『
クリードは、教室内を見る。
黒板に何かを書くフリズス、欠伸するマルセイとトウゴ、爪をいじるエミリー、ノートを取るルーシア。
「……!」
クリードは、自分から少し離れた位置に座る男子生徒と目が合った。
名前はレオンハルト。女子人気ナンバーワンの男子生徒だ。
「フン……」
「……?」
だが、すぐに目を逸らされた。どうもクリードがキョロキョロしているのが気に喰わないようだ。
クリードがキョロキョロしていたのは、もしかしたらこのクラスの中に、自分と同じアサシンがいないかを確認するためだ。
だが、さすが同業者……クリードでも、その気配を感じない。
クリードが呼び出しされている間、ラスピルを守って欲しかったのだが。
「……(クソ)」
クリードは、なすすべなく呟いた。
◇◇◇◇◇◇
それから、お昼になった。
授業が終わるとラスピルたちは出て行く。クリードはそれを目で追うが、フリズスが目の前に来た。
「じゃ、行きましょうか。すこ~しだけお説教ね♪」
「……はい」
フリズスと一緒に教室を出る。
クリードは、フリズスの背中を見ながら話しかけた。
「あの、食堂でパンを買っていいですか?……その、お昼を」
「駄目。まったく、すぐに終わるからちゃんとついてきなさい」
「……じゃあ、トイレに」
「……そのくらいならいいわ」
トイレは、食堂を突っ切った先にあるところへ。そちらの方が、フリズスの向かう職員用執務室に近い。
クリードは賭けることにした。
食堂へ向かうと、かなり混んでいた。
「まさか、パンを買う口実が欲しかったのかな~?」
「そんなわけでは」
「まったく! 確かにお手洗いはここを通った方が近いですけど───」
フリズスはぷんぷん怒っている。
だが、クリードはもう聞いていない。
五感をフル稼働し、ラスピルの位置を探る。心音、呼吸音、姿形、話声───雑音を一つずつ消し、ラスピルの位置を探し当てる……発見。
距離は十メートル。女子たちと話をしている。
「これ、野菜ジュース?」
「はい。美味しそうだったので」
「お肌にもいいよねぇ~……まぁ、ラスピルみたいな美肌ならもっといいけど」
「そんな、私は別に」
「あっははは! まだ十代じゃん。あたしらだってまだまだこれから!」
野菜ジュース。
カップ、数種類の野菜、持ち手、そのほかの食事、トレイ───クリードは全神経を集中。嗅覚をフル稼働させラスピルの食事を確認。
そして、見つけた───……ストローに毒。
野菜ジュースと反応する強酸毒。昨日と同じ。
クリードは、フリズスに頭を下げた。
「すみません。その、トイレ……いいですか?」
「え、ああ? そうね、早く行きなさい。お説教はその後で!」
「はい。すみません」
クリードは早歩きでトイレへ。
たまたま、ラスピルたちを追い抜いた先にトイレがある。
早歩きで、生徒にぶつからないように歩き……トレイを持ったラスピルたち女子がクリードに気付くと同時に、ラスピルにぶつかった。
「きゃぁっ!?」
「すまない。急いでる」
トレイがブチまけられ、食事が床にこぼれた。
ラスピルの制服がソースやジュースやらで酷いことに。クリードはそれらを確認し、トイレへ向かう。
そして───……聞いた。
『───……ッチ』
舌打ち。
悪意のある音。クリードへの殺意。
ほんの一瞬。だが、確かに感じた。
クリードはトイレに入り、ほんの少しだけ微笑む。
「……見つけた」
◇◇◇◇◇◇
トイレから出ると、クリードに視線が突き刺さった。
目の前には、腰に手を当てたフリズスがいる。
「あなた、何してるの?」
「はい?」
「わざとぶつかった。そうでしょう?」
「何のことでしょうか」
フリズスはため息を吐く……その視線の先には、泣いているラスピルがいた。制服は汚れ、女子たちが必死に慰めている。
食堂中がクリードを責めている。すると、クラスメイトのレオンハルトが前に出た。
「キミは最低だな。わざと女子にぶつかり食事を台無しに、さらに謝りもせずに去るとは」
「ああ……悪かった」
「オレじゃなく、彼女に謝ったらどうだ?」
と、ここで「そうだそうだ!」や「酷い!」だのヤジが飛ぶ。
クリードは全く気にしていないが、今後の学園生活に支障が出る可能性を考える。
「何を考えてるんだ。キミは……女子に頭を下げることもできないのか?」
「ああ、謝罪ならする」
クリードは、ラスピルの元へ。すると、メイコやエミリーが言った。
「なによアンタ!! こっちこないでよ!!」
「謝罪がしたい」
「はぁ? ぶつかっておいて逃げて、今さら謝罪?」
「ああ。クリーニング代と制服代を支払おう。それと、謝罪金も支払う。いくらだ?」
「このっ……馬鹿にして!!」
「……? いや、馬鹿にはしていない。謝罪がしたいと言っている」
「……もう、いいです。もう、近づかないでください」
「……え?」
ラスピルは、クリードを睨みつけ……ルーシアと出て行った。
レオンハルトは、吐き捨てるように言う。
「それがキミの謝罪か。全く不快だよ」
「…………」
意味が分からず、クリードは首を傾けた。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
クリードは隠し部屋でアサシン服に着替え、装備一式を身に着け部屋を出た。
フードをかぶり、夜の闇を駆け抜ける。
向かったのは、とある執務室。
屋根に上り、気配を完全に殺す。すると……聞こえてきた。
「また失敗……ねぇ、どう思う?」
「さぁ~な。それより、どうすんだ? あんたの『毒』もおしまいかぁ?」
「ストックは残り一個。チャンスはあと一回……この強酸毒、材料も調合も面倒なのよね。証拠が出ないし、原因不明の病ってことで片付けられるけど」
「『
「わかっている。あなたが私を始末するんでしょう? 組織に役立たずは必要ない。私の代わりの『知恵』はもう何人も候補がいるものね」
「ま、そういうこった」
「『
「決まってる。第三王女ラスピルを《チョク》でブッ殺す」
「それは駄目って言われたでしょう? 暗殺の可能性を臭わせるのも駄目って指示があったじゃない」
「だったら、テメーがうまくやれ。オレは暗殺なんてできねぇよ。どっかのアサシンじゃあるまいしなぁ?」
「…………」
敵は二人。
やはり、王女暗殺という任務、下っ端には任せられないのだろう。
すると、『峻厳』に動きがあった。
「あら、どこへ?」
「便所」
『峻厳』がドアを開け、出て行った。
足音を確認、距離が離れて行くのを聞く。
すると、『知恵』が頭をガシガシ掻いた。
「ちっくしょう……消されてたまるか。王女暗殺を成功させれば」
クリードの動きは早かった。
窓を静かに開けて跳躍。右手の『カティルブレード』を展開。「え?」と振り返った『知恵』の首を掴み、壁に押し付けた。
「な、あ、あ……あざ、じん!?」
「…………あんたが『知恵』か。フリズス先生」
「!?」
閃光騎士団『十傑』の『
暴れようとするフリズスの首を強く握ると、口がパクパク開いた。
「チャンスをやる。敵は何人? 残りの『十傑』は?」
「が、か……は、はははっ! その声、お前がアサシン、じゃあ、偶然ぶつかったわけじゃなかったのね? 無臭の強酸性毒をどうやって……っ」
「もういい」
「かっ」
時間稼ぎが見え見えだった。
クリードはフリズスの首に『カティルブレード』を刺す。
ブレードには特殊な薬剤が塗られており、突き刺すと同時に血を凝固させる。なので、首から大量出血することなく、フリズスは死んだ。
フリズスは、目を見開いたまま死んだ。
「お見事!」
「!?」
すると───部屋に『峻巌』がいた。
先ほどは闇で見えなかったが、ようやく全貌が見えた。
若い、クリードと同年代の少年だった。白い髪は逆立ち、腰にはナイフが四本吊り下げられている。音もなく部屋に侵入し、一部始終を見ていたようだ。
「ありがとよ。ゴミの始末をしてくれて」
「…………」
「実は、そいつが失敗しようが成功しようが処分は決まってたんだ。もう新しい『手段』で暗殺計画は進んでる。そいつを始末しなかったのは……アサシン、お前を釣るためだ」
「…………」
「へへへ、オレの仕事はなぁ……アサシン、お前を狩ることだ!! アサシン狩りの『十傑』であるこのゼオンのなぁ!!」
「…………」
クリードは構える。
ゼオン。まさか、名乗るとは思わなかった。
クリードは腰からナイフを抜いて構える。『カティルブレード』はあくまで近接、暗殺用。一対一の戦闘での使用は難しいし、ゼオンに見られてしまった。
「じゃあおっぱじめようぜ!! アサシン!!」
「───ッ」
ゼオンは二本のナイフを抜き、くるくる回転させながら向かってくる。
接近戦───と思いきや、なんの躊躇いもなくナイフを投げた。
「しゃぁっ!!」
「チッ……」
クリードはナイフを躱し、柱のでっぱりを掴んで一気に壁を登り二階へ。
ゼオンはナイフを回収することなくクリードに続く。そして、腰に吊るしてある残り二本のナイフを抜き、クリードに接近してきた。
今度はナイフを投げず、接近戦へ。
「シャァァァァッ!!」
「くっ……」
二刀流。
滅茶苦茶な動きだった。だが、速い。
指先から肩関節を上手く使い、ナイフをコントロールしている。その不規則な軌道は回避困難。だけではなく、受けるのもまた困難。
クリードは、予備のナイフを抜いて同じ二刀流でゼオンのナイフを受ける。
「やるじゃねぇか!! オレのナイフを受けるとはよぉ!!」
「…………ッ」
「でも甘い!!」
「───何っ!?」
ゼオンがナイフを投げた。すると、投げたはずのナイフが手元に現れた。
クリードは、右肩と左足に斬撃を食らい、血が出た。
馬鹿な───投げたナイフが、どういう原理なのか『手元に現れた』のだ。
ゼオンの投げたナイフは、地面にちゃんと刺さっている。最初に持っていたナイフは四本。つまり……五本、六本目がクリードを襲ったのだ。
すると、ゼオンは言う。
「オレの『スキル』だよ。オレの能力は『複製』……ナイフくらい、いくらでも使い捨てできるし、いくらでもコピーできる。こんな風になぁ……!!」
ゼオンがナイフを投げ捨てると、ゼオンの両手から同じナイフがボトボト生み出されて地面に転がったのだ。
武器を破壊するのに意味はない……クリードは舌打ちした。
「さぁ、お前も見せろよ。お前も『スキルホルダー』だろ?」
「…………」
「へへへ。オレと打ち合えるナイフ使いなんて久しぶりだぜ。お前、アサシンでもかなり強い部類……ああ、ナンバーコード持ちだな?」
「…………」
「さぁ、もっともっと楽しもうぜ。なぁ!!」
騒がしい男だった。
現在時刻は夜。見回りの教師や、こっそり夜遊びしている生徒がいるかもしれない。さらに、ここは教師用執務室のある通りだ。他の教師に見られたら厄介。
クリードは、全力で目の前の『峻巌』を始末しようと決めた。
「お?……ヤル気になったか」
「…………」
クリードは、『スキル』を発動させようとして───。
「───おわっ!? なんだぁ!? 新手か!!」
「……!?」
第三者の乱入だった。
第三者が投げたナイフが、ゼオンに向かい飛んでいく。
ゼオンはナイフを叩き落し、舌打ちした。
「ッチ……オレの流儀はタイマンだ。おいお前、次こそ決着付けるぞ!!」
そう言い残し、ゼオンは去って行った。
クリードは警戒を解かず、教師用執務室の屋根から降りてくる第三者を見る。
クリードと同じ、教団のコートにフードを被っていた。右手だけ『カティルブレード』を装着している。
体格から、『女』だとわかった。
「死体は始末した。でも、もう少しやり方あったんじゃない?」
「お前が協力者か……」
「ええ」
第三者はフードを外し、顔を晒す。
それは、クリードのクラスメイトだった。
それは、女子だった。
それは……今朝、クリードに怒っていた生徒だった。
「初めまして。私はエージェントコード09『親愛』……名前は、ルーシアよ」
ルーシア。
ラスピルの友人である彼女が、アサシンだった。
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