嫌われのクリード

 翌日。

 男子寮の食堂で朝食を食べ、着替えて第一クラスの教室へ。

 昨夜は、『執事』が作った札の警報は鳴らなかった。入学早々に暗殺……もとい、事故死など起きれば面倒なことになる。クリードなら、入学して少し時間をおいてから暗殺をする。

 第三王女ラスピルの護衛自体は問題ない。だが、それとは別の問題があった。

 そして、その問題がついにクリードに降りかかる。


「あーっ! やっぱり、あなたでしたか!」

「…………どうも」


 そう、クリードとラスピルは面識があった。

 教室入ると、女子と会話していたラスピルと思いきり目が合った。ラスピルはホケーッとクリードを見つめ、目を細め……ハッとして駆け寄ってきた。

 声が大きかったので、必然的に目立つ。


「なになに。ラスピル、知り合い?」


 女子のエミリーが近づいてきた。

 さらに、ルーシアとメイコも。


「おっすクリード! 今日もいい天気だなぁ!」

「おはよっス! クリードくん!」


 女子と会話できるチャンスと踏んだのか、マルセイとトウゴも寄ってきた。その表情はどう見てもニヤついており、下心が丸見えだ。

 目立つことをよしとしないクリードは考える。

 正直、第三王女ラスピルと接触すべきではない。任務内容を知らなかったとはいえ、第三王女ラスピルにペシュメルガ男爵家まで案内させたのもまずかった。

 クリードは、心の中でため息を吐く。


「先日はありがとうございました。第三王女殿下」

「あ、それなしで! ここでは貴族や王族とか関係ないって校則にあったでしょ? 学園内は一人の生徒だからね!」

「……わかった。じゃあ改めて、先日はありがとうございました」

「うん!」


 ラスピルは満足そうに微笑む。

 ルーシアは、首を傾げていた。


「で、どーいう関係? まさか……お付き合いしてるとか!?」

「ちちち、違いますぅ! あの、この国に来たばかりの彼を、貴族街まで案内したんです!」

「ほっほー……ねぇメイコ、どう思う?」

「いいと思いますよ。うんうん。そういう案内から始まる恋とかも! ね、エミリー!」

「うんうん、よーく見ると……うん、イケメン!」

「イケメンなら」「ここにも」


 マルセイとトウゴは無視された。

 ラスピルは照れながらルーシアをポコポコ叩いている。どうやらからかいすぎたのか、ルーシアは飴玉を取り出しラスピルの口元へ。


「───っ」

「え、わわっ」


 クリードは、咄嗟にルーシアの腕を掴もうと伸ばした。

 毒物───その可能性が頭をよぎる。目の前で得体の知れない飲食を止めようと伸ばした手は、ルーシアの飴玉に触れ、床に転がった。


「ちょ、なにすんの? 飴欲しかったの?」

「あ……わ、悪かった。弁償する」

「ん、別にいいけどー……女の子の手を掴むの、よくないよ~?」

「申し訳ない」


 クリードはルーシアに頭を下げた。

 少しだけ空気が重くなり……担任教師フリズスが入ってきた。


「はいはーい。それでは、授業を始めますよー」


 こうして、朝の邂逅は終了した。


 ◇◇◇◇◇◇


 クリードは、幼い頃からアサシンとして育てられた。

 暗殺教団『黄昏』による過酷な訓練、薬物による五感の強化、ありとあらゆる知識。どれもアサシンとしての必要技能だが、クリードは教団内でもトップレベルの逸材だった。

 嗅覚は常人の数百倍優れ、視力は6.0、毒物の耐性も常人を遥かに超えている。

 クリードは、こっそり回収した飴玉を取り出す。

 

「スンスン……匂い問題なし。味……」


 授業中、こっそり匂いを嗅ぎ、軽く舐める。

 果汁飴だ。味はオレンジで、毒物ではない。

 普通は同級生に毒を盛らない。だが、ラスピルは暗殺者に狙われている。しかも、とびきり危険な組織である『閃光騎士団』だ。さらにさらに、騎士団でもトップクラスの人員である『十傑』に狙われているのだ。

 どんな些細なことでも、調べなくてはならない。

 たとえ、どんな犠牲を払っても。


「おっし、クリード、メシ行こうぜ」

「……ああ」


 授業が終わり、お昼の時間になった。

 ラスピルたちが学食へ向かうのを確認し、マルセイとトウゴの三人で同じ学食へ。

 学食は、カフェと違い低料金で好きなメニューを頼める。ラスピルのような王族は入ったことも食べたこともないようなメニューばかりだろう。

 学食には、たくさんのカウンターがあり、その奥が厨房となっている。

 食券を買い、カウンターに提出し、料理と引き換えにするというシステムだ。

 

「何にすっかな~? クリード、お前どーする?」

「なんでもいい」

「じゃあ『本日のおススメ』にするか。トウゴは?」

「ボクもそれでいいっスよ」


 食券売り場で『本日のおススメ』を三枚買い、カウンターへ並ぶ。

 運よく、ラスピルたち女子グループの後ろに並べた。

 クリードは、ラスピルの食券を確認する。なんと『本日のおススメ』だった。


「今日は、カレーです! 私、カレー初めてなんです!」

「ほっほ~! いいねいいね。よし、ラスピルを庶民に染めちゃうぞ!」

「「おおー!!」」


 ルーシアが言うと、メイコとエミリーも拳を突き上げた。

 そして、本日のおススメであるカレーがラスピルの目の前に。


「私、席取っておきます!」

「あ、あたしも行く!」


 ラスピルとルーシアがカレーを持って四人席へ。

 クリードも、カレーをもらった。カレーは大鍋からよそっており、毒の心配はない。

 

「兄ちゃん、サラダはいるかい?」

「ああ」

「あいよっ!」


 おばちゃんがサラダを盛りつけ、クリードのお膳へ乗せた。

 マルセイとトウゴが『席を取れ』というので、ラスピルたちの近くへ。

 ラスピルの後ろを通り───。


「お、ラスピルのサラダ、なにそれ?」

「えへへ。おまけしてもらいました」


 チラリと、ラスピルのサラダに見えたのは……トマトだ。

 小さなトマトだった。それならば問題はない。

 クリードの嗅覚に反応した。


「───っ……」


 カレーは問題ない。サラダも問題ない。トマトも問題ない。

 問題は、その食べ合わせ。

 ラスピルのスプーンに、微量な薬剤の匂い。

 コップの飲み口に、ほんの僅かな薬剤の匂い。

 それだけなら問題ない。だが、この二つが合わさり、トマトの酸が加わると。


「強酸反応───」


 胃の外壁を溶かすほどの酸。

 厄介なのは、それが遅効性ということ。

 食中毒に見せかけ、内臓を徐々に蝕む毒になる。

 証拠はない。食べてすぐには反応しない。食後数十分で反応、強力な酸を形成するのに約三時間。食中毒の症状が出始める頃には、内臓が壊死する。

 クリードは、迷わなかった。


「きゃぁっ!?」

「え、ちょ!?」


 持っていたお膳を、ラスピルの頭にブチまけた。

 わざと滑ったように見せかけた。完璧だった……が。


「すまない」

「あ、あんた!! なによそれ!!」


 そっけない謝り方が、ルーシアに火を点けた。

 カレーまみれになったラスピルは、茫然として……しくしく泣きだした。

 食堂内は騒ぎになった。

 ラスピルはルーシアたちに連れて行かれ、一部始終を見ていた生徒数名はクリードを非難する。

 クリードは、ブチまけたカレーを片付けるフリをしながら、ラスピルの食器に付着した毒をハンカチでふき取る。

 すると、ルーシアが戻ってきた。


「あんた、さいってい!! 女の子にカレーをぶっかけてちゃんと謝りもしないで!!」

「謝罪はした」

「あれが謝罪!? あんな心のこもってない謝罪ある!?」

「落ち着け。声が大きい」

「あんたっ……!! この!!」


 バチン!! と、クリードは頬を叩かれた。

 躱すこともできたし、ルーシアの腕を掴むこともできた。だが、なんとなく殴られた方がいいような気がしたので、大人しく殴られた。


「あんた、ちゃんとあの子に謝罪しなさいよ!! あの子、泣いてるのよ!?」

「謝罪はしただろう。ああ、衣類の弁償もする。金貨を」

「…………死ね!!」


 ルーシアは怒りながら去った。

 クリードは首を傾げていると、マルセイとトウゴが来た。


「お前、何してんのよ……あんなわざとらしい滑り方」

「なに? わざとらしいだと?」

「そうっスよ……どう見ても、わざとカレーをぶっかけたようにしか見えなかったっス」

「……馬鹿な」


 クリードは、自身が大根役者だと気付いていなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 夜。

 クリードは寮を抜け出し、ペシュメルガ男爵家に戻っていた。

 そこで、『貴族』に回収した薬品を見せる。


「これは……」

「合成薬物だ。第三王女ラスピルの食器に付着していた。これにトマトの酸が加わると遅効性強酸が完成する」

「なんと。では、犯人は?」

「不明だ。だが、ヒントはある。この毒はジェノバ王国にはない植物から取れる。さらに、これは調合と保管が非常に難しい……他国から取り寄せて使うのは困難だ。恐らく……」

「毒は、最初から学園内にあった?」

「ああ。あるとしたら、化学実験室か、保管庫か……そこの管理をしている教師のリストを」


 『執事』がリストを広げる。

 化学薬品庫の管理人は二人。一人は生物教師のハルトマン、もう一人は薬物教師のガニメデだ。どちらも薬剤師の資格を持っている。

 毒の管理をし、調合し、食器に塗りつけられるのは。

 『婦人』が言う。


「最低でも二人。毒の調合、食器に塗りつけた者……ですね」

「ああ。これは『十傑』が絡んでいると思うか?」

「可能性はあります。一人、心当たりが……『十傑』の一人にして【知恵コクマー】の称号を持つ、閃光騎士団最高の頭脳です」

「そいつが毒の調合を?」

「可能性はあります。この毒……ただ混ぜればいいというものではありません。微量な調整は一流の薬剤師でも難しい」

「つまり……ガニメデかハルトマンのどちらかが、閃光騎士団の【知恵コクマー】ということか」

「可能性は高いかと」

「……行ってくる」


 ここまで話をすると、クリードは男爵家の私室へ。

 そこに用意してある装備一式を身に着け、両手に《カティルブレード》を装備。手を反らし、ブレードの位置を確認する。


「任務開始……」


 ◇◇◇◇◇◇


 クリードは男爵家から出ると、夜の闇にまぎれ移動を始めた。

 男爵家から学園まで、クリードの疾走なら二分で到着する。家屋の屋根を音もなく走る姿は、闇に隠れた猫のような素早さだった。

 学園に到着。門を一瞬で駆け上る。

 フードをかぶり、軽く息を吐いた。


「まずは、ガニメデ」


 ガニメデは、この時間帯は薬品庫の整理をしている。

 薬品庫まで一気に駆け抜けた。

 化学実験室の外に、薬品庫はある。危険な薬物もあるので、独立した建物になっていた。

 クリードは、全神経を集中……建物内の気配を探る。


「一名発見」


 音もなく建物に登り、天井の小窓を少し開ける。

 すると、いた。ガニメデが薬品棚に手を伸ばしていた。


「ふぃぃ~……腰が痛い」


 六十代のさびれた男だった。

 薬品瓶を手に取り、ラベルをチェックし、羊皮紙に書き込み、瓶を磨き、棚に戻す。

 それをひたすら繰り返していると、誰かが入ってきた。


「おお、ハルトマン先生」

「お疲れ様です。ガニメデ先生、お手伝いしましょう」


 なんと、ハルトマンだった。

 クリードは、二人の会話に聞き耳を立てる。


「いやぁ、今日の食堂の騒ぎ、聞きましたかな?」

「ええ。男子生徒が女生徒にカレーをぶっかけたとか。しかもその女生徒、第三王女ラスピル様だったようで」

「なんと……では、その男子生徒は、第二王女の?」

「いえ、まだ不明ですな。というか、第三王女を狙っても意味がないでしょうに。やるなら第一王女様じゃないと……っと、こんなことを聞かれたらマズイ」

「はっはっは。確かに」


 なぜ第二王女が?……と、クリードは思う。

 それにしても、毒の話が出ない。


「そういえば。珍しくミリッツァ先生が学食にいましたな」

「ほう。ミリッツァ先生といえば、昼食は取らなかったはず」

「ええ。この学園に来て日も浅いですし、人見知りな先生だと思ってましたが……」

「あ、そういえば。今日知ったんですが……ミリッツァ先生、トマトが苦手なようで」

「ほお、そうなんですか?」

「ええ。トマトをおまけしようとした給仕に、《いらない》と言ってたようですよ。はは、若い人ですしねぇ……好き嫌いがあるのは仕方ない」

「はっはっは。可愛いところもありますな」


 クリードは、妙に気になった。

 ミリッツァ先生。確か、新しく赴任した保険医だった。

 

「……予定変更」


 クリードは、ハルトマンとガニメデの調査を一旦終了。保険医ミリッツァの調査を開始。

 小窓を閉め、ミリッツァのいる医務室へ走り出す。

 医務室は、薬品庫から近かった。薬品庫には医療に使う薬も多いので当然だ。

 医務室にいたのは一人。読書をしているミリッツァだった。


「───……!」


 クリードは見た。

 ミリッツァが読んでいたのは、《毒薬全集》というタイトルだ。

 そして、ミリッツァの表情は……愉悦に満ちていた。

 まだ二十代後半くらいの女性教師のはずなのに、こんな暗い表情ができるとは。

 クリードは決めた。

 医務室のドアを音もなく開け、そろりそろりとミリッツァの背後へ。

 そして───カティルブレードを展開。


「動くな」

「ひっ……え、え? ななな。なになに」

「質問は一つ。お前が【知恵】か」

「え、え、え? こここ、コクマー? なな、なにそれ?」


 首に触れ、脈を取る。

 身体の震え、体温、内臓、血液の流れを脈診で計りながら聞く。

 不安、恐怖、恐れ、死……様々な感情が読み取れた。


「閃光騎士団」

「は? は? なな、なに? 乱暴するの? ここ、ああ、あたしみたいな不細工を乱暴するの!?」

「暗殺教団『黄昏』」

「な、なになに? こわいこわい、やめてやめて!!」

「……第三王女ラスピルの暗殺」

「いやぁ!! だれかたす」


 クリードは、ミリッツァの首のツボを突き失神させ、口に暗殺教団『黄昏』が作った秘薬を流し込む。この薬を飲むと、前後五分の記憶が完全に消去されるのだ。

 あまりに強い薬品なので、一人一回しか使えないという難点もある。


「……こいつじゃない」


 ミリッツァは、【知恵】ではなかった。

 質問に対し、恐怖しか浮かんでこなかった。多少なりとも動揺などが現れると思ったのだが。

 クリードは軽く舌打ちし、医務室を後にした。

 この日は寮に戻り、隠し部屋に全ての装備を放り投げ、ベッドへ。


「…………こうなったら」


 暗殺は明日以降も続くだろう。

 今日の毒殺は阻止できた。だが……二度も同じ偶然が続けば、【知恵】もクリードを疑う。

 だったら、次の毒殺に全てを賭ける。


「明日。勝負に出る」


 クリードは、そう決意して目を閉じた。

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