暗殺者の入学
クリードは、ペシュメルガ男爵家に与えられた私室で着替えをしていた。
着替えたのは漆黒のロングコート……ではなく、このジェノバ王国にある『ジェノバ王立学園』の制服だった。
真新しい制服の可動域をチェックしつつ、クリードは昨夜の会話を思い出す。
『エージェントコード『死』……あなたにはジェノバ王立学園へ潜入入学してください。そこに、第三王女ラスピルが入学。さらに第一王女、第二王女が在籍しています』
『学園……?』
『はい。明日、入学式があります。あなたの名前は『クリード・ペシュメルガ』です。ペシュメルガ男爵家が後継者として迎えた親戚、ということになっています』
『なるほどな』
『入学手続きは終わっています。それと、エージェントが二名、潜入予定です』
『二名か……』
『はい。あなたと同じ『ナンバーコード』持ちです。アサシン同士ですのでわかるかと』
ナンバーコードとは。
暗殺教団『黄昏』に在籍する暗殺者の中で、トップテンの暗殺者のことだ。
クリードのナンバーは4。教団で4番目に優秀なアサシンである。
『エージェント『死』、あなたは陰ながら第三王女ラスピルの護衛を。そして彼女がこの国の女王になれるよう、導くことです』
『一介のアサシンには荷が重い……依頼者も、依頼を受けた『創造主』も何を考えているんだ』
『エージェント『死』……それ以上は』
『わかっている』
暗殺教団『黄昏』に所属するアサシンにとって、依頼の内容を詮索するのはタブーだ。ただ、与えられた依頼をこなすアサシンであればいい。
クリードは、身体に制服を馴染ませた。
「よし」
今日は入学式。
男爵家の馬車に乗り、クリードは『ジェノバ王立学園』へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
学園に到着。身分、名前の照会をしたクリードは、入学式の会場となる講堂へ。
講堂内はとても広い。さすが、ジェノバ王国で一番の学園である。
席は自由だったので適当に座ると、隣に男子生徒が座った。
「よ」
「…………」
「よ!!」
「…………?」
「よ、って言ってんじゃねぇか!! お前、挨拶もできねぇのか!?」
「よ、が挨拶なのか?」
「そうだよ!! 『よう!』って挨拶するだろ、ダチ同士ならよ!」
「ダチ……?」
「あーもう、もういい。もういい。ったく、『入学式、隣に座った男子生徒に軽めの挨拶。そして友人へ』……っていう流れ、やってみたかったのに」
「…………」
「寡黙な野郎だな……まぁいいや。改めて、よう!」
「よう」
「お、いいね。じゃあ自己紹介だ。オレはマルセイ。ガンバンヨーク商会の次男で、たまたま『スキルホルダー』に生まれちまったからこの学園に来たんだ!」
マルセイ。よく喋るヤツ。それがクリードの第一印象だった。
刈り上げ頭にぱっちりした目、口をニカッと歪める姿は好感触かもしれない。だが、クリードにとって誰が敵で誰が味方なのかもわからない。
適度な距離を保ちつつ、適当に合わせる。これがクリードの学園でのスタンス。そう決めていた。
マルセイは、クリードに言う。
「なーなー。この学園に入学できたってことは、お前も『スキルホルダー』なんだろ? どんな能力?」
「……そういうのは、人に言わない。詮索しない。それがマナーだろ」
「おっとそうだった! ま、オレは別に言ってもいいけど……っと、始まるな」
入学式が始まった。
校長の挨拶から始まり、来賓、貴族の挨拶と続く。
マルセイは大あくびしていたが、クリードはしっかり聞いていた。
校長や教頭などの教師、来賓や貴族。敵がまぎれるには格好の場所だ。それぞれの特徴や声、仕草などを記憶しておく。
そして、学園の生徒会長のあいさつになった。
生徒会長が入ると、新入生たちから黄色い声が上がる。
「お、生徒会長さんかぁ……美人だよなぁ。第一王女リステル様!」
「第一王女……」
第一王女リステル。学園生徒会長。
スキルホルダーであり、『軍事』関係の仕事をすでにしているそうだ。
長い銀髪ポニーテールで、鍛え抜かれた身体をしている。
「くっくっく……お前も気付いたか」
「……なに?」
「見てただろ? 生徒会長の身体を」
「…………」
マルセイはニヤリと笑う。
クリードは、思わずマルセイを見た……が、すぐにやめた。マルセイの顔が、どうしようもなくにやけていたからだ。
「お前、どっちが好きよ? 胸? 腰? お尻?……まさか鎖骨? マニアックな野郎め!!」
「…………」
「ちなみに俺は胸。ふひひ、女の子の胸ってよぉ……やわらけぇんだってなぁ……オレ、オレ……触ってみたい!!」
「…………」
マルセイを無視し、クリードは第一王女の話を聞いていた。
『皆さん、スキルホルダーとしての自覚を持ち、しっかり学び……この学園、この国のために役立つような存在に成長して欲しいと願います』
当たり障りのない挨拶だ。
だが、そこには強い意志を感じた。
クリードは、第一王女の体型、声、仕草、歩き方などを記憶する。
「…………強いな」
「お、おっぱいだと!? このムッツリめ!!」
こうして、入学式は終了した。
◇◇◇◇◇◇
講堂の入口に大きな掲示板があり、そこにクラス分けが書かれていた。
クリードは第一クラス。マルセイも一緒だった。
「うぉぉっし! やったな!……あ、お前の名前!」
「クリード」
「クリードな。クリード、よろしく頼むぜ!」
「……ああ」
クリードは、マルセイに挨拶しながら掲示板を凝視。
第三王女ラスピルと同じクラスだった。そして、生徒の名前を全てチェックする。
記憶力がずば抜けているクリードは、二分足らずで新入生300人の名前を覚えた。
「おっし。教室行こうぜ! 担任教師誰かな~♪ 美人教師~♪」
マルセイと一緒に第一クラスの教室へ。
教室にはすでに同級生がいた。男子4割、女子6割といったところだ。
そして、見つけた。
「初めまして。ら、ラスピルです!」
「はっじめまして! あたしルーシア。よろ~♪」
「よ、よろ?」
「よろしくって意味!」
「よ、よろ~」
「うんうん。いいねいいね、王女様なのにフランクぅ~♪」
「あ、私エミリーね!」
「私はメイコ!」
どうやら、女子同士で挨拶をしているようだ。
すると、マルセイが男子生徒を一人連れてきた。
「おいクリード、紹介するぜ。こいつはトウゴ! うちの商会のお得意さんさ!」
「どうも! トウゴっス。よろしくっス!」
「クリード。よろしく」
「ふぉぉ、クールっスねぇ! カッコイイっス!」
「…………」
「へへ。『友人に友人を紹介する』ってのやってみたかったんだ! これもクリア!」
騒がしかった……クリードは『学園潜入任務』がこうも大変だと知らなかった。
すると、トウゴがマルセイとクリードの肩を叩く。
「二人とも、うちらのライバルを見ておくっス……あいつ、あいつ」
「ああ、あの野郎か……クッソ。見ろよクリード」
「……?」
トウゴが見ていたのは、なかなかに鍛えられた肉体の少年だ。身長が高く、金髪もしっかりセットしてある。同い年なのになぜか年上に見えた。
俗にいう、イケメンという部類の少年だ。すでに、女子生徒に囲まれている。
「イケメンは死ね!! クッソぉ……っス」
「おのれ……!! おいクリード、あのイケメンには注意しとけ!!」
「何をだ?」
「「イケメンだからだよ!!」」
「…………???」
クリードは、本気で理解できなかった。
イケメン少年の名はレオンハルト。ライオンハート公爵家の三男でスキルホルダー持ちらしい。
「こ、公爵家……イケメン……お、おのれぇ」
「て、天は二物を与えず……がくっ」
マルセイとトウゴが何故か涙していた。
すると、教室のドアが開き、教師の女性が入ってきた。
「はーい! みなさん座ってねー!」
メガネをかけた全身すっぽりローブの女性だ。水色の髪をお団子にまとめている。
マルセイは『見えない。ああいう教師に限って身体はエロいんだよなー』とぼやいていた。
超一流の使い手は戦力を見せない技術に長けている。あの教師も『スキルホルダー』であり、相当な強さを持っているのだろうか。
考えてもキリがないので、クリードは教師の話を聞く。
「初めまして! 私は第一クラス担任のフリズスです! わからないことはなんでも聞いてね♪」
フリズスは片目をパチッと閉じる。
男子の何人かが『うおお』と湧いた。当然、クリードは無反応。
フリズスは、こほんと咳払いする。
「えー、この世界には十人に約一人、『スキル』という特殊な力を持った人間が存在します。そんな特殊な力を持つ人間を『スキルホルダー』と称し、その力の扱い方を学ぶための学園を創設しました。それがここ、『ジェノバ王立学園』です」
スキルホルダー。
説明の通り、特殊な能力を持つ人間のことだ。
ちなみに、アサシンは全員が『スキルホルダー』である。当然、クリードも。
「みなさんの力は、悪しき力にも正しき力にもなります。正しい力の使い方を学ぶため、みんなで一緒に頑張りましょう!」
フリズスは『おーっ!』と腕を上げた……が、反応したのは数名だ。
マルセイとトウゴはもちろん反応。クリードはもちろん無反応だ。
この日は、学園の校則や授業について軽く説明して終わった。
「おいクリード、出会いの記念にカフェでお茶しようぜ!」
「クリードくん、どうだい?」
マルセイとトウゴに誘われたが、クリードは残念そうに言う。
「悪い。まだ荷物の整理が終わってないんだ」
「あー、ならシカタネェな。トウゴ、行こうぜ!」
「う、うん!」
二人は肩を組んで歩きだした。もともとの知り合いなので仲がいい。
教室内を見ると、すでにいくつかのグループができていた。
「ラスピル、お茶しに行こっ! パンフで見たんだけどさ、この学園の敷地内にカフェが五軒もあるんだって! さっすが王国イチの学園は違うねぇ」
「そうなんだ! あの、ケーキ食べたい」
「もっちろん! メイコも行くでしょ?」
「とう、ぜん! エミリー、ナッツ、行こう!」
「「行きま~す!」」
女子は楽し気な感じで出て行った。
クリードも、尾行を開始。気配を消し、何があっても対処できる距離にいた。
任務は、すでに始まっている。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
この日は、何も起こることなく終わった。
ラスピルが寮の部屋に戻ったのを確認し、『執事』が用意した《探知札》を部屋の窓に貼る。これは『執事』がスキルで作りだした札で、悪意を感知することができるのだ。
札にはクリードの血が染みこんでいるので、ラスピルの部屋に悪意ある何かが接近すれば、クリードの脳内に警報が鳴る。
クリードは、『執事』はいい仕事をした。と思っていた。
自室に入り、制服の上着を脱ぎ、部屋のドアに三重のカギをかける。自前の鍵が一つと、クリードが用意した鍵の二つだ。
クリードは、クローゼットを開ける。
そして、その近くの壁に設置されていた燭台に手を伸ばし、左に数回、右に数回、回転させた。
カチン───と、クローゼット下部が開き、人が一人は入れるくらいの穴が開く。
クリードは、迷わずその穴を降りた。
「…………こんな部屋があるとはな」
そこは、教団が作った秘密の部屋。
この学園が完成して数百年ほど経過している。だが、教団は数千年前から存在している。学園建設時、教団の支援があったに違いない。
ランプがあったので火を点けると、部屋の全貌が明らかに。
大きさはそれほど広くない。広いテーブルと椅子が数脚、壁には様々な暗器がかけられ、宝箱があったので開けてみると大量の金貨が入っていた。
マネキンがあり、そこには……クリード愛用の漆黒のフード付きコート。両手装備の『カティルブレード』がある。
この部屋で『暗殺者』クリードとなることができる。
「さて、さっそく……情報収集に行くか」
クリードは、愛用のロングコートを見てニヤリと笑った。
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