新たな任務と出会い

 仕事を終えた少年は、事前に聞いた暗号の場所へ向かった。

 任務前、同行していた老人に聞いた暗号夕暮れの中で咲く花、煌めくだ。暗号は口頭で一度のみ聞かされる。この暗号の示す場所が、暗殺教団『黄昏』の本部だ。


 本部の場所は数日ごとに変わる。なので、この暗号を聞きそびれたり、場所を間違えたりすると、永遠に本部にはたどり着けない。もちろん、たどり着けない暗殺者は三流以下。組織に必要のないゴミとして処分される。


 少年は、某王国から数百キロ離れた山林を一人で歩いていた。

 そして、獣道ですらない藪を掻き分け、枯葉が密集している地面の上に立つ。

 周囲を警戒し、人や野生動物の気配を確認……しゃがみ込み、枯葉に手を突っ込み、そのままうつ伏せに。


「…………よし」


 少年は、枯葉の中に顔を潜り込ませ、そのまま身体を埋めた。

 すると、少年の身体はすっぽりと地面に吸い込まれた。

 地面の奥に引き戸があり、それを引いて中に入ったのだ。少年が入るとドアが閉まり、鍵がかかる。

 狭い、モグラが開けたようなトンネルを這って進み、小さなドアを開け、ようやく広い空間へ。

 そこには、黒装束の人間が二人いた。


「コード04『死』……任務完了した」


 そう言うと、黒装束は筒を取り出す。

 筒から光が放たれ、少年の右手に紋章が浮かんだ。


「確認した。『創造主』に報告をせよ」

「了解……」


 少年は、ここでようやくフードを外した。

 漆黒の髪に赤い瞳。顔立ちは整っていた。

 身体つきも鍛え抜かれ、細身ながら引き締まっている。今は全身ローブだが、普段着を着ればかなり映えるだろう。

 黒装束は、紋章の付いたドアを開け、少年を招き入れた。


「『創造主の部屋』へ」

「わかった」


 少年は、ようやく帰ってきた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 暗殺教団『黄昏』本部。

 古めかしい遺跡のような造りで、明かりは蝋燭の光だけ。だが、アサシンとして鍛え抜かれている暗殺者にとって闇は親友。むしろ、昼間より動きやすいこともある。

 少年は、迷路のような本部を歩き、簡素なドアの前に立つ。

 ドアを軽くノックした。


『入れ』

「失礼します」


 ドアを開けると、少年と同じローブを着た中年女性がいた。

 少年を見るなり、笑みを浮かべる。


「おかえり、クリード」

「……任務完了しました。特A級依頼『国王暗殺』を達成、事故死に見せかけたので殺人と疑われることはまずないと思います」

「お前の仕事だ。心配なんてしてないよ」

「ありがとうございます。『創造主』」

「……ここでは母さんと呼んで構わんぞ? 息子よ」

「…………」


 少年……クリードは、表情を変えない。

 暗殺教団『黄昏』のコード01『創造主』ことマリアテレサは、表情の変わらないクリードに苦笑する。

 そして、すぐに表情を引き締めた。


「次の依頼だ」

「了解」

「すまないが、詳細に関して情報が本部に届いていない。至急、ジェノバ王国に向かい現地のエージェントに詳細を確認してくれ」

「……了解」

「現地エージェントはジェノバ王国の貴族、エージェントコード『貴族』だ。爵位は男爵、ジェノバ王国の貴族街に屋敷を構えている『ペシュメルガ家』だ。荷物は着替えのみ、装備は全て『貴族』が用意している。さっそく向かってくれ」

「了解」

「それと……この任務が終わったら、一緒に食事でもしよう」

「…………」


 クリードは、軽く頷いただけで返事をしなかった。

 部屋を出たのを見送り、マリアテレサはため息を吐く。


「やれやれ。もう少し愛想が欲しいモンだ」


 ◇◇◇◇◇◇


 クリードは、本部私室で着替えをカバンに詰め込み、装備を全て外し着替えた。

 装備は、両手に装備した『カティルブレード』に、投げナイフや毒針などの暗器がメイン。特に、暗殺武器である『カティルブレード』は、クリードの得意武器で暗殺者コード04『死』の象徴でもあった。

 だが、クリードはその武器もあっさり外してベッドに投げる。

 平民の服に着替え、荷物のカバンを持ち部屋を出た。

 部屋の前に、黒装束の暗殺者がいた。


「ジェノバ王国までのルート。スキル『転送』の使用を」

「了解」


 暗殺者に付いて行くと、巨大な魔法陣の描かれた部屋へ到着した。

 そこにいたのは、クリードより年上の二十歳くらいの女性だ。


「あらクリード、もう次の仕事?」

「ジェノバ王国まで」

「はいはい。もう、少しくらい会話してよ」

「頼む」

「はいはい。ったく……会話にならない子ねぇ」


 女性の名はシエルナ。この『転移』を使用できる『スキルホルダー』である。

 エージェントコードは『転移』で、この本部から世界各国に暗殺者を派遣する重要な役だ。

 クリードは、魔法陣の上に立つ。


「ジェノバ王国ね。そうね……転移位置は公衆トイレでいい?」

「どこでもいい」

「……つまんないわね。じゃ、お土産よろしくね!」


 シエルナが手をかざすと、魔法陣が淡く輝く。

 そして───一瞬の浮遊感。クリードは消えた。

 クリードが到着したのは、シエルナの言う通り公衆トイレの個室だった。誰もいないことを確認し、クリードは外へ出る。


「ジェノバ王国か……」


 この世界最大の王国だ。

 クリードが転移したのは、城下町の外れにある公園の公衆トイレだ。それなのに、公園は大きく遊具もたくさんある。家族連れや、子供が多く遊んでいた。

 クリードは、カバンを背負って講演を出る。

 向かうのは、貴族街にあるペシュメルガ男爵家。


「…………」


 ここで少し問題発生。

 貴族街の位置がわからない。

 あまりにも急すぎた任務。普段だったら、侵入する国の情勢や組織、町の詳細地図を何枚も取り寄せ立体地図を描き頭に叩き込み、人口数やターゲットの近くにいる人間の詳細を全て記憶してから望む。

 とりあえず、腹ごしらえをして貴族街を探すことにした。

 ちょうど、目の前に串焼きの露店がある。

 食にこだわりはない。なので、迷うことなく露店へ向かった。


「すまん、串焼き「く、串焼き! ください!」……」


 クリードに被せるように、少女が割り込んできた。

 どうも、目を閉じながら叫んだようだ。クリードの存在に気付いていない。

 少女は目を開け、クリードを見て……あわあわと慌てていた。


「ごごご、ごめんなさい!! わ、私、こういうところで買い物するの初めてで!!」

「…………串焼き」

「あ!!」


 串焼き屋の店主が苦笑していた。そして、『何本?』とクリードに確認したので、適当に三本ほど注文する。

 料金を支払い、一本を少女に渡した。


「え、い、いいんですか?」

「……ん」


 善意ではない。さっさと露店から離れたかっただけである。

 クリードは、串焼きを齧りながら歩きだした。すると、少女が後に続く。


「…………?」

「あ、あの。ありがとうございます!」

「……ああ」

「あのですね! お、お礼、お礼させてください!」

「いい。じゃ」

「じゃ。じゃじゃじゃじゃなくて!! お礼を」

「いらない。じゃ」


 クリードが歩きだすと、やはり少女が付いてきた。

 盛大にため息を吐く……クリードは仕方なく言う。


「貴族街。どこか教えてくれ」

「貴族街ですね! お任せください!」


 少女は胸を張る。

 同い年くらいだろうか。大きな膨らみが揺れた。

 少女は串焼きを豪快に齧り、歩きだす。



「ん~おいしい! こういう食べ方してみたかったんです!」

「…………」


 クリードはすでに二本めを食べ終えた。

 少女は美味しそうに串焼きを食べながらクリードに質問した。


「あなた、旅行者ですか? 貴族街に行くってことは、貴族の関係者とか?」

「…………」

「寡黙な方ですね。出会いを祝して会話を楽しみましょうよ!」

「…………」


 どことなく、シエルナに似ていた。

 クリードは特に喋らない。というか、もう任務は始まっている。余計なことは喋れない。

 少女は楽しそうにお喋りを続けていた。

 大きな道を進み、曲がり、さらに進み、曲がり……街並みの雰囲気が変わる。

 雑多な感じが消え、高級で大きな屋敷が立ち並んでいた。


「ここが貴族街です。ところで、目的地は?」

「…………」


 言うべきか迷った。

 全く関係のない少女に、暗殺者である自分が身を寄せる拠点となる場所を。

 だが、クリードはペシュメルガ家がどこなのかわからない。

 そして、決めた。


「ペシュメルガ男爵家」

「ペシュメルガ男爵家ですね。ふふふ、ちゃんとわかりますよ!」

「…………」


 少女は歩きだした。

 クリードは無言で続き、そこそこ大きな庭付きの屋敷の前に到着した。

 

「ここがペシュメルガ男爵家です!」

「世話になった」

「え」


 クリードは金貨を一枚少女に渡し、門を越えてドアをノックした。

 少女が、何かを言っていた。


「あのー!! ありがとうございましたー!! またー!!」

「…………」


 さすがに、敷地に入ろうとはしなかった。

 クリードに頭を下げ、タッタカ走って行った。

 クリードはその様子を見ることなく、ドアが開かれるのを待つ。

 ドアを開けたのは、初老の男性だった。


「どなたかな」

「こんにちは。ペシュメルガ男爵家の主人に会いたい」

「……男爵様は忙しい」

「そうですか……いやぁ、『いい天気だ。こんな日は庭で紅茶を飲みたいな』」

「……『紅茶より珈琲がいいですな』」

「『珈琲。ああ、いい豆がある。ラクマ地方の豆がね』」

「…………少々お待ちを」


 それから数分、クリードは男爵家の応接間にいた。

 防音処理が施され、窓はあるがクリードのいる場所は死角となり外からは見えない。ドアのカギは三つ必要で、相当な厳重さの部屋だ。

 すると、先程の初老男性がドアを開け、貴族の夫婦が入ってきた。

 年齢は四十代ほど。男性はしっかりと貴族風の衣装を身に着け、女性もドレスを着ていた。

 クリードを見るなり、男性は一礼する。


「エージェントコード『貴族』です。此度、あなたのサポートを務めます」

「エージェントコード04『死』だ。さっそく任務について話してくれ」

「はっ。その前に……こちらはエージェントコード『婦人』、こちらが『執事』です。あなたのサポートを務める、ジェノバ王国貴族となります」

「確認した」


 初老男性と夫人が一礼した。

 そう、ジェノバ王国貴族である彼らも、古くから暗殺教団『黄昏』に所属するアサシンだ。彼らの仕事は、ジェノバ王国貴族。貴族という地位を使い、アサシンをサポートする。

 暗殺教団『黄昏』には、こういう地位を持つ者も多く所属している。

 挨拶もそこそこに、『執事』が床の隠し扉からカバンを取り出し、机に広げる。

 エージェントコード『貴族』が、説明を始めた。


「エージェントコード『死』の任務は、警護です」

「なに?……警護だと? 暗殺ではなく?」

「はい。今回の任務は長期になる可能性があります」

「…………続きを」


 クリードは少しだけ険しい顔をする。


「警護対象はジェノバ王国第三王女ラスピル。彼女は『閃光騎士団』に狙われています」

「閃光騎士団……厄介だな」

「はい。恐らく、『十傑』クラスが複数動いています」

「……チッ」


 閃光騎士団。十傑。これらは、暗殺教団『黄昏』と同じく、古くから存在する組織だ。

 そして……暗殺教団『黄昏』と敵対している。

 その中でも最強の戦闘部隊である『十傑』が動いていた。


「エージェントコード『死』……あなたの任務は二つ。第三王女ラスピルの護衛、そして……第三王女ラスピルを、この国の次期女王に導くことです」

「は?……護衛はともかく、導くだって?」

「はい。この国の現女王は病に伏しています。そして、次期女王はまだ任命されていない。候補は三人、第一王女リステル、第二王女ラミエル、そして第三王女ラスピル。あなたは第三王女ラスピルの護衛をしつつ、彼女を次期女王へ導くのです」

「馬鹿げている。一介のアサシンに何を求めている?」

「任務です」

「……ッチィ」


 クリードは、これまでにない大きさの舌打ちをした。

 『貴族』は、第三王女ラスピルの資料をクリードへ渡す。


「資料を」

「……了解した」


 資料を受け取り、確認する。

 身長、体重、病歴、身体データ各種を確認。ほくろの位置、スリーサイズ、好きな食べ物や嫌いな食べ物など、ラスピルの個人情報を頭に叩き込んでいく。

 そして、最も肝心な……顔写真。

 写真は、資料の間に挟まっていたのは、はらりと落ちた。


「───……ッ!? なん、だと!?」

「どうされました?」

「…………失態だ」


 クリードは、写真を拾い確認し……歯を食いしばった。

 写真に描かれていたのは……クリードをここまで案内した少女だった。

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