アサシンズガーディアン・スクールライフ

さとう

第一章

とある国にやってきた暗殺者

 某王国。

 この国は、かつてないほどに財政が困窮していた。

 度重なる増税、国民たちへの負担。税を支払えない国民は罰せられ、城下町では略奪、犯罪が横行……まともに暮らしていけるはずもなく、国は崩壊へと進んでいった。

 この国の宰相であるルドマンは、もう何度めかわからない懇願を王にしていた。


「陛下。お願い致します。このままでは民の暮らしが……! 税を下げ、国庫から支援金を!」

「ふざけるな! 税が高いだと? わしの知っている国の税は、我が国の二倍以上だぞ? この程度の税、国民に払えぬはずがない!」

「ですが! 城下町に目を向ければわかります。このままでは国が」

「くどい! 下がれルドマン。お前の話は退屈じゃ!」


 シッシっと、犬でも追い払うようにルドマンは退室させられた。

 ルドマンは、王城にある自室に戻り、思いきり壁を殴りつける。


「くそ!!」


 拳から血が出る。だが、そんな痛みすら怒りで忘れていた。

 この国を出ればいい。だが……国民を見捨てることのできないルドマンは逃げ出せない。そこがルドマンの優しさであり、甘さだった。

 ルドマンは深呼吸する。


「……もう、これしかないのか」


 ルドマンは、鍵のかかった引き出しを開ける。さらに二重底の仕掛けになっており、隠しスペースにあった一枚の書類を手に取った。

 拳の血を書類に垂らすと、文字が浮かび上がる。

 そこには、『依頼書』と書かれていた。同時に、ルドマンの手に紋様が浮かび、消えた。


「……噂は、真実だった」


 この書類は、契約書。

 依頼人の血に反応し、契約内容が浮かび上がる。 

 血が付いたら最後。書類にかけられた『呪い』が発動……この書類の内容や存在を他言すれば、瞬時に命が奪われ、書類自体も消滅するという呪い。

 ルドマンは、愛用の羽ペンを手に取り、自分の血を吸わせた。


「……やってやろうじゃないか。この国のために、私は……私は、悪魔になろう」


 その書類に、名前を書いた。

 名前は、この国の王。

 書類を血に濡らした瞬間、呪いにより使い方を理解していた。

 依頼内容は、『暗殺』

 対象は、この国の王。

 名前を書くと、報酬の提示が浮かび上がる。

 報酬は金貨千枚。ルドマンは、自室の隠し扉を開け自分の貯金を全てが入った宝箱を開ける。そこには、金貨千枚が入っていた……まるで、貯金額が知られているようだった。


「…………どうか」


 書き終わり、書類を折りたたみ宝箱の上へ……すると、書類は一瞬で燃え上がり、消えた。宝箱も消え、そこには何も残らなかった。

 これで、依頼は受理された。

 

「…………暗殺者アサシン


 ルドマンは、ポツリと呟いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 一人の少年が、某王国に入国した。

 すっぽりとかぶったローブから見えるのは、口元だけ。

 少年と一緒に入国したのは、ボロボロの木箱を数個積んだ荷車を引く老人だった。

 ボロボロの身なりで、どう見ても金持ちには見えない。

 入国のさい、門の近くにいたゴロツキがポツリと呟いた。


「チッ……文無しかよ」


 ボロボロの木箱の中身は、汚い毛布や欠けた茶碗などの家財道具だけ。

 門番にペコペコ頭を下げる老人と少年は、どう見ても追いはぎに合った被害者だった。

 老人は、門番に聞く。


「あの……安い宿でもあれば、紹介をしていただけませんかね」

「宿ぉ? ああ、空き家ならそこら中にあるから、好きに使いな。ま、身の安全は保障しないがね」

「へへぇ! ありがとうございます!」

「ありがとうございます」


 老人と少年は頭を下げ、入国した。

 少年は荷車の後ろを押し、老人は汗だくで引く。

 城下町は、酷い光景だった。

 ボロボロの衣服を着た住人、活気のない街並み、たまに聞こえる叫び声。

 少年と老人は、街外れにある空き家に入った。


「───……気配、ありません」


 老人の気配が変わった。

 廃屋に入るなり、ハキハキした声で少年に話しかけたのである。

 少年は、フードをかぶったまま言う。


「決行は今夜。お前は半日後にここから退去だ」

「はっ。合言葉は《夕暮れの中で咲く花、煌めく》です。では」


 老人は、すぐになよなよした老人に戻り、外の荷車からボロボロの毛布を取り出す。そして、少年に一枚渡し、そのまま地面に丸くなった。

 少年も、毛布をかけて床に座り、目を閉じる。

 外では、浮浪者が木箱を漁っている気配がしたが、すぐに消えた……本当にガラクタしか入っていない。

 少年は、ほんの少しだけ口を動かした。


「任務、開始」


 ◇◇◇◇◇◇


 国王は、広すぎる自室に何人もの踊り子を呼び、その踊りを堪能……ベッドに移動して《たっぷりと楽しんだ》後に、浴場にて汗を流していた。

 踊り子は熟睡している。なので、二つ目のベッドルームへ移動。一人、ワインを飲んでいた。


「ぶっふぅぅ~~~……はぁ、気持ちいいのぉ」


 外は満天の星空だ。

 火照った身体が冷めていくのが心地よい。

 ここは、王城の最上階。下を眺めると、王の私兵が巡回をしている。

 王は、ぜいたくをしつつも、常に警戒は怠らなかった。食事や飲み物は全て毒見役に味見をさせ、私兵には高い金を払い常に警備をさせている。

 この特別ベッドルームも、賊の侵入ができなような造りになっている。部屋の外にも傭兵が五名待機しており、少しでも叫べば屈強な傭兵が五名入ってくる。

 さらに、傭兵は『スキル持ち』だ。

 王は、ルドマンとの会話を思い出していた。


「ふん。な~にが『このままでは国が!』じゃ。見ろ、城下はこんなにも美しい!」


 特別室から見る夜景は美しかった。

 城下町の明かりがキラキラ輝き、まるで宝石のように見えた。

 王は、この輝きがとても好きだった。

 この景色を眺めながら見るワインは、また格別。


「ルドマンめ。あんな小うるさい宰相はもういらん。財産没収の上でクビにしちゃるわい! 新しい宰相は……そういえば、踊り子のルカが新しいドレスを欲しがっとったの。くひひ、ルドマンの財産から───」


 王は、最後まで言えなかった。

 なぜなら───いきなり視界が黒くなり、地面に押し倒された。


「!?!?!?」

「───」


 王は見た。

 襲撃者だった。

 黒いフードをかぶり、口元しか見えなかった。

 漆黒のローブを着ていた。

 右手で口を押えられていた。

 左手を反らした瞬間、袖口から銀色の刃が飛び出した。

 王は襲撃者を止めようと動いた。だが……身体がピクリとも動かなかった。

 襲撃者は、何も語ろうとしなかった。

 ここまで理解した瞬間。王の喉元が熱くなる。


「かかか……かか」

「…………」


 襲撃者の隠しブレードが、王の喉を貫いた。

 王は薄れゆく意識の中で見た。


「…………っぁ」


 襲撃者は、まだ少年だった。

 恐ろしく赤い、真紅の瞳をした悪魔だった。


「───……」


 王は、静かに事切れた。


 ◇◇◇◇◇◇


「……………………」


 ルドマンは、傭兵にたたき起こされた。

 そのまま着替えもせずに向かったのは……王の特別室。真下の広場だ。

 そこには、首に太い枝が刺さって事切れている王がいた。

 傭兵の一人が、事の説明をする。


「室内でワイングラスの割れる音がしました。その次に、ガラスが割れる音がしたんです……慌てて仲間と部屋に踏み込んだら、王はすでにいませんでした。割れたガラスから下を確認すると……王がいました」


 王は、ワインをこぼし滑って転倒。窓際だったため、そのままガラスを突き破って特別室から落下。広場に自生している樹の枝が喉に突き刺さり、死亡した。

 あまりにも、不幸な事故だった。


「…………」

「宰相殿。どうすれば……」

「緊急事態だ。私が王の急死を国民に知らせる」

「はっ」


 部下たちに命じ、王の遺体を運び出させる。

 ルドマンは、一人で広場に残り……ブルリと身を震わせた。

 ルドマンの手には、見えない刻印が刻まれている。

 暗殺者に依頼したという証。この事実を他者に漏らそうとすれば、刻印の呪いがルドマンを即死させる。暗殺者に依頼するというのは、こういうことだ。

 ルドマンは、この秘密を死ぬまで持って行かなければならない。


「……アサシン。ありがとう」


 でも、感謝した。

 してはいけない。それでも……ルドマンは感謝した。

 ルドマンは、この国の王となった。そして、国庫を解放し国民を支援。町は再び豊かさを取り戻すことになる。

 

 この世界には、暗殺者アサシンがいる。

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