第145話 偶然?

王宮ではカーズとレフトンが国王夫妻、それに王太子となったナシュカに報告していた。報告の内容はもちろんワカナと協力者の捕縛だ。


「……そうか。ミルナ嬢に襲撃をしたのか」


「まあ、何と愚かなことを……」


「これは厳しい裁きを与えねばなりませんね」


国王夫妻もナシュカもワカナに対してかなりの嫌悪感を抱いた。愚かな取り巻きの男の言葉を鵜呑みにしてミルナを襲撃するなど、行動が異常すぎて仕方がなかった。ソノーザ家の断罪に関わった王族か関係者を狙うと警戒していたが、まさか姉の侍女を狙うとは。 


「幸い、襲撃されたミルナ嬢は無傷で済みました。それどころかワカナ・ヴァン・ソノーザを取り押さえて捕縛の助けになってくれました」


「ほう! そのような貢献をしてくれたのか。これは賞を与えたほうがいいな」


ワカナをミルナが取り押さえたと聞いて国王夫妻は驚いた。ナシュカも少し驚いている。


「そうですね。彼女自身は大したことありませんなどと言っていますが、相手は殺人未遂の現行犯です。しかも、悪い意味で多くの者達に名前を知られているので、与える賞をどの程度にするか難しいですね」


「ははは、そうだな。それは後で決めようじゃないか。取り合えず、お前たちはもう休んでいてくれ。コキア領地はここから遠いのに、一日で移動したというのなら相当無理しただろう。下がってよいぞ」


「「はい」」


カーズとレフトンは部屋から出た。一瞬、レフトンは国王を振り返ったが何も言わずにカーズに続いた。





国王ジンノが一人で私室にいる時間を狙って、レフトンが部屋に入ってきた。


「レフトンか。何か用か?」


「親父に聞きたいことがあってな。どうしても二人きりで話がしたかったんだ」


レフトンはいつもの笑みを無くした真剣な顔で国王を見る。レフトンはある疑念を国王である父に抱いていたのだ。


「親父、もしかしてわざとワカナ・ヴァン・ソノーザを逃がしたりしたんじゃないのか?」


「……何故、そう思う?」


国王はレフトンに向き合う。ただ、その顔は一切表情を崩さない。


「おかしいだろ。国王の命令であの女を監視している兵士を交代させた隙に逃げられました、なんて話はよ。しかも、逃走経路の近くにいた兵士まで同じ時間に移動したり交代してやがる。こんな不自然なタイミングがあるか。まるで脱走する時間をわざと作ってやったみたいじゃねえか。それが国王の命令何だから怪しむのも無理はねえだろ」


「偶然だよ。私は興味本位であの女に会ってみたが罵詈雑言が酷くてな。腹が立って監視を厳しくするように命じただけだ。だが、結果的に奴が脱走する時間を偶然与えてしまった。タイミングが悪かったせいで起こった事件だ。私が意図して逃がしたわけではない。そもそも、そんな理由がないだろう? あんな馬鹿を逃がす理由などな」


「あの女を重い罰を与えるために逃がしたんじゃないのか? あんな馬鹿女でも仮にはソノーザ家の一員だったんだ。平民として謹慎から解放された後で、かつてのベーリュ・ヴァン・ソノーザのような巻き返しも起こさないとは限らない。だからこそ、重い罪で裁く理由が欲しかった。そうじゃないのか?」


「…………」


国王は何も言わない。すっと目を細めるだけで、否定も肯定もしない。何を口にするか考えているのだろうか。父と息子の間に長い沈黙が流れそうになるが、突如国王が笑った。


「……ふふふ、随分と面白く都合のいい話だなレフトン」


「何だと?」


「そんな話を口にするなど、まるでこの私を追い詰めようとしているようではないか」


「俺はただ、真相を知りたいだけだ。別に親父を追い詰めようとは思ってもいねえ」


少し声を荒げるレフトンに対して、国王は穏やかな笑みを見せる。


「もし、お前の言っていることが事実だったらどうするつもりだったんだ? 言いふらすわけではあるまい。そんなことできるわけはないからな」


「それは……」


言葉に詰まるレフトン。確かに今言ったことは他の誰にも言ってはいない。あくまでも可能性のあるというだけの話であり、本当に事件の裏に国王が関与しているか知りたかっただけなのだ。当の国王は否定も肯定もしないため、言葉に詰まる。ただ、国王の雰囲気からしてレフトンが望まなかった答えに近いのかもしれない。


「レフトンよ。お前がこの事件に関して疑念を抱き、多くの感情を抱くのも理解できる。だが、王族として危険な火種は消さねばならないのだ。手段は選ばないやり方は好まれないが、しない理由になるかどうかは状況次第だということも覚えておけ」


「何だと……それじゃあ、」


「偶然だ」


レフトンが言いかけたことを遮って、国王は『偶然』と言い切った。


「お前は兄と弟を支えるのだろう? ならば、全てを解き明かすことが善行というわけではないと学ぶがよい。兄弟のため、国のために影から支えていくことを続けるなら、私の言うことを受け止めよ」


「親父……」


「下がれ。疲れを癒してじっくり考えるのだな」


レフトンは今度こそ何も言えなかった。正直、自分の父親である国王ジンノの言うことも痛いほどわかるのだ。だからこそ、複雑な気分なのだ。国のためにもワカナを野放しにするわけにもいかないが、親友の婚約者が危険な目に遭ったことは許せない。それが実の父親の手引きなら尚更だった。


「……俺は、親父のようなやり方はしねえ。命を懸けてでもな」


部屋を後にして一人になったレフトンは、そう誓った。大切な人達のことを思いながら、その拳を握り締めて。


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