第119話 △〇年〇△月29日

―フィリップスの日記より―


△〇年〇△月29日


兄さんがまた恐ろしいことを企んでいるようだ。つい先日も敵対する派閥の弱味を握って強引に言うことを聞かせたばかりだと言うのに。これで何度目だろうか? 兄さんが恐ろしく感じるのは……。


兄さんの出世欲の犠牲になった人はもう十人や二十人ではない。この一年で貴族が没落したり落ち目になっているのだ。最初は貴族令嬢が罠にかかって孤立したり、貴族令息が駆け落ちして毒殺されたり、王太子を含め集団食中毒事件が起こったり、教師が二人ほど行方不明になったり…………あれ? 私が入学した時からヤバすぎやしないか?


兄さんは人の命を、いや、自分以外の命を軽んじている。自分以外の全てを出世の道具としか見れなくなっている。ここまで出世欲に取り付かれるなんて何かの病気じゃないかと疑いたくなる。どの事件もいまだに真相が明らかにならないし、我が国の兵士に賄賂でも送っているのだろうか?


それにしても、王太子殿下はどうして兄さんの悪行を見抜けないんだろう。王太子殿下ご自身は正義感があって文武両道という感じなのに、学園で起こる事件の黒幕が兄さんだと本気で分かっていない。取り巻きで生徒会に入っているから疑うつもりもないんだろうな。


まあ、王太子殿下は周りが思っているほど賢いとは言えないみたいだしね。兄さんもこんなふうに言っていた。


「ジンノ王太子のことか? ああ、あの人は結構思い込みが激しい人なんだぜ。自己完結型でさ、優秀すぎるせいか自分の行いは間違うはずがないって本気で想いこんでんだよ。まあつまり、身内を疑うようなことはしないから俺もそのおかげで助かってるんだけどさ、悪く言えば騙されやすい。いや、騙され上手ってことさ」


騙され上手……それって王家の人としてダメじゃないか。兄さんも取り巻きの立場なら利用してないでしっかり諫めてほしいものだ。相手は次期国王なんだ。我が国の顔そのものになる人が騙され上手って危機感を抱かないと。



はあぁ……。兄さんが裏で好き放題できるのは、王太子殿下のせいでもあるわけか。そんな人が王族なら私が何を言っても取り合ってくれないだろうな。取り巻きとして信頼される兄よりも私を信じる理由がない。兄さんはもう私でも数えきれない罪を背負っている気がするけど、私は何一つ証拠など掴んでいないのだから。


……今更になって、もっと勇気をもって踏み込んでいけばよかったと後悔するがもう遅い。ああ、私達兄弟はどこで何を間違ってしまったんだろう。

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