第76話 同じ言葉?

「失礼します。マリナ様はおられますか? サエナリア様のことで事情聴衆に来たのですが、同行願いますか?」


「はい、わたくしがマリナです。今はナシュカ殿下と大事な話をしているのですが、」


「申し訳ありませんがマリナ様には今すぐ同行願います。ナシュカ殿下もどうかご理解ください」


「……分かっています(くそ、まだ途中なのに)」


事情聴衆は学園で行うわけにはいかない。つまり、マリナはこれから学園以上に情報が漏れにくい場所で多くのことを聞かれることになるだろう。そこでは王子であるナシュカの立ち合いすら許されないのだ。


「(我が国は変なところで厳しい。だからこそ僕は直接会って話していたのに、肝心なことを聞けないままだなんて)」


舌打ちしたい思いだったがナシュカも理解している。「元」王太子の婚約者が行方不明なのだ。ここに来た役員だけでなく、多くの役員や兵士も捜索のために動いているのだ。彼らが事件の解決に尽力する気持ちも理解できる。たかが王子の権力で役員を待たせるわけにもいかないため、了承するしかなかった。


「ではマリナ様、こちらへ」


「はい」


マリナは立ち上がって役員たちに同行する。それをナシュカたち三人は見送ることしかできない。悔しい顔を隠せないナシュカだったが、マリナは扉を超える寸前にナシュカに向かって顔を向けた。悲しそうな顔だった。


「ナシュカ殿下。わたくしはサエナリア様がどこにいるのか知りません。あの方がわたくしにまで居場所を教えて下さらなかったということはよほどの覚悟をもってのことなのでしょう。非常に残念ですが、もう戻ってきてくださることはないと思われます」


「そ、それは、」


「ですが、サエナリア様は『心配しないで』と笑顔でおっしゃいました。あのお方はいずれこうなると分かっていたのでしょう。おそらくカーズ殿下の婚約者に選ばれた時からうまくいかないと予想していたのだと思います。そのようにおっしゃっていましたから」


「「「っ!」」」


「……サエナリア様が、そのようなことを……」


ナシュカはマリナの言葉の意味を理解して悲しくなった。貴族令嬢が家族や親しい友人にすら居場所を教えずに姿をくらますということは、二度と会うつもりがない可能性が高いことを示す。つまり、サエナリアは貴族の世界に戻らないつもりだということだ。


「ナシュカ殿下、サエナリア様を心から尊敬する貴方にとっては残酷な現実でしょうが事実だと受け止めてください」


「なっ!? どうしてそれを!?」


「ですが、どうかその悲しみを一人で背負って、一人きりで悲しむようなことなどしないでください。国のためだからといって、決して一人でつらい思いを抱え込んでいいはずがないのです。貴方は誰よりも家族や友人を愛し、多くの人に愛されているお方なのですから。きっと、貴方の本心を皆に伝えれば力になって支えてくれるはずです」


「そ、その言葉はっ!?」


マリナは笑顔で励ます言葉を掛ける。それを聞いたナシュカは目を大きく見開いて驚いた。今日一番の、いや人生で一番の驚きだったといえると思った。マリナの口から出た言葉は、ナシュカが肉親以外で初めて尊敬した女性と全く同じ言葉だったのだ。











『貴方は誰よりも家族や友人を愛し、多くの人に愛されているお方なのですから』











今、行方不明となってしまったその女性と同じ言葉を、その友人だという女性の口から聞くとは夢にも思っていなかった。ナシュカは驚愕のあまりそのまま固まってしまった。


「おい、ナシュカ?」


「ナシュカ様!?」


見たこともない主の様子に驚いた側近二人。だが、その二人にもマリナは言葉を掛ける。


「それでは皆さん。わたくしはこれで失礼します。そしてバート様、バイラ様。どうかナシュカ殿下と本心をぶつけあってください。殿下のためにも」


「「えっ!?」」


いきなり話を振られた側近の二人は、すぐに頭が追いつかずに動揺した。


「な、何だって!?」


「本心を、ぶつけあう!? どういうことです!?」


こんなことを言われても、訳が分からなかった。主であるナシュカが驚愕のあまりに固まってしまって戸惑っている最中なのだ。言葉の意味をすぐに理解できるはずがない。



しかし、後になって二人はマリナの言葉にとても感謝することになる。主であり友であるナシュカと共に。



「また、いつかお会いしましょう」


マリナは動揺する二人とナシュカに笑顔で別れを告げた。

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