勇者と魔法使い 3

 コツ、コツ、と足音が石畳みをたたく。

 夜闇に紛れるように、フードを被った人物が姿を見せる。


「なんだァ? テメェは」

「少しはいい夜だ、と関心した私の時間を返してほしいものね」


 背丈は私と同じくらい。声からして、多分女性。見えるのは引き結ばれた口元だけ。

 格好は全身まっくろだ。無地のローブも、柄を逆手に持つ手袋も、黒。

 まるで人の目を避けて生きているような容姿。

 黒でないのはフードからのぞく肌色と、紐が交互に編まれたブーツだけ。


「これ、」


 コツ、コツ、とまた鳴らして、男を挟んで向こう側に立つ女性。彼女は手に持った剣を掲げると、首を傾げた。


「投げたのだれ?」


 私とキツネ男の視線がギンを向く。ギンは動かず視線を受け止めていた。


「ふぅん……」

「ああくそっ、何なんだよ! 今ダイジな話してんだ入ってくんな! クソ女が、さっさとここから消えなァ! さもねェと――」

「ヤダけど」


 私と、おそらくギンもぎょっとした。

 視線の先で信じられないことが起こった。

 彼女の逆手持ちで握る剣がひとりでにグルリと回転し、正しい持ち方におさまったのだ。


「な――ガフッ!?」


 ひと振り。

 カラン、と短剣が音を立てる。

 剣の間合いにも入っていないし、身体を斬れるような構えもない。フードの女性はただ持ち上げて横に振っただけだ。

 だがそれだけで、男は斬られ血を流した。キツネの仮面をつけているのに。石畳みに、赤黒い液体がひろがっているのが何よりの証拠だ。


「ぐっ、くそ、何しやがったオマエ……!」

「うっさいわね」

「アガッ」


 キツネ男が蹴飛ばされる。血をまき散らしながら転がり、シンとしてしまった。あっけなく男はしゃべらなくなり、その場が一気に静かになる。緊張感が霧散する。

 動かなくなったそれを見届け、彼女は「なんなのこの坊主」とため息を吐いた。また剣が逆手持ちに戻る。


 ギンに支えられて立ち上がると、ローブの女性がコツ、コツと近づいてくるところだった。


「はい。これあんたの剣でしょ」

「あ、ああ……感謝する」

「こっち」


 きびすを返し、一言そうこぼす。

 背後から憲兵の声がきこえてくる。彼女の言葉が『ついてこい』という意味なのだと、遅れて理解した。




◇◇◇




 いちど人通りの激しい路地を横切り、狭い通路をすすんだ。


 この街は曲がれば曲がるほど迷路のように入り組み、狭くなっていく。同様に人気も減り、気づけば私たちの歩く道は静寂に満ちていた。ただ通路はどこも整備されているようで、今もなおブーツの石畳みを叩く音がする。

 おんぶしてもらったギンの肩越しにちらちら見てしまう。ローブでわかりにくいが、思ったより華奢きゃしゃな体型をしている。もしかしたら私とそう変わらないかも。


  ……無言で彼女について歩き、どれくらいが経っただろう。

 水路に沿って伸びる通路の先に、休憩用の長イスが置かれていた。一本の街灯が揺れていて、周囲に人の気配がない。

 すごいな、この街は。賑やかなところからちょっと移動するだけで、この静けさだ。それとも夜ゆえにだろうか。どちらでもいい。とにかく今は、イスに辿り着けたことに感謝しよう。


「憲兵に見つからなくてよかったわね」


 ギンにそっと座らせてもらってから、ようやく彼女との会話がはじまる。訊きたいことがいくつもあった。なにせ、私はよくわからないまま巻き込まれたのだから。

 だが、質問責めにするまえに、彼女がフードを脱ぐ。

 街灯の淡い光の元、露わになった髪色が、長く、鮮やかになびく。


「ふぅ」


 だいだい色の前髪がはらりと揺れた。目にかかったそれが邪魔なのか、女性は手袋をした指先ではらう。そして改めて、澄んだ夜空の瞳が私たちを見据えた。


「こんばんは。あなたたち、名前は?」


 薄く笑みを浮かべながら挨拶をする彼女は、落ち着いた物腰だった。それでもどこか自信めいた強さがある。後ろ姿は『私と同い年くらい』と想像していたけれど、その素顔はよくできたお姉さんのように凜々しさを兼ね備え、年上の頼れる人、という印象に近い。

 ローブの下で腰に手をあてて、じろじろと、私とギンが順番に観察される。とくに私は足元から頭のてっぺんまでじっくりと。皮売りの背の小さいおじさんといい、この街の人は人間観察する習慣でもあるのだろうか。

 私はギンと顔を見合わせ、それぞれに名前を告げる。


「スイです」

「ギンだ」


 果たして、その反応は。


「うーん、まあいいか。追われていたという点では似たもの同士。よろしい」


 ……なにが?

 何かの基準で何かを決めたようだ。ローブのお姉さんはすそから手袋をした右手を晒すと、胸元にもっていく。

 そして、ご丁寧に片足を引き、頭を下げた。


「はじめまして。私はリーゼリット・リルミム」


 顔をあげた彼女は、不敵に笑って自己紹介。

 聞き覚えのある名前に、思わずぽかんとしてしまった。それを知ってか知らずか、この人は、


「といっても、私もあなたたちと同じような立場だから。あなたたち風に言えば……『』なんて呼び方はどうかしら?」


 などと、そんなことを提案してきたのである。

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