第2話『沈黙は金』

〇未来

 曙光都市エルジオン ガンマ地区 イシャール堂

 ザオル、エイミ、アルドが並んで話している。


エイミ「バーって、学生が?」

ザオル「らしいぜ。俺は見たことがねえが」

エイミ「変な話ね。わざわざ学園都市から出てきて」

エイミ「あんな場末のバーに行くなんて」

ザオル「場末とはなんだ、場末とは」


 エイミ、腰に手を当てる。


エイミ「で、間違いなくIDAの生徒なの?」

ザオル「間違いないかと言われれば、そうとは言い切れん!」

エイミ「力いっぱい言うな!」

ザオル「聞いた話だって言ったろ。俺の目玉で見てないからには請け負えねえよ」

エイミ「あやふやな話ね……まあ、今度IDAに行くことがあったら……」

ヒスメナ「話は聞かせてもらったわ」


 店の入り口側にカメラが移る。

 ヒスメナ入店、アルドたちのもとに歩いてくる。


アルド「ヒスメナ?」

ヒスメナ「実はIDAで噂になっている話があるのよ」

アルド「いや、どこから聞いてたんだ?」

ヒスメナ「人気ゲームのチートを売っている人がいる、というね」

アルド「ああ、うん……」


 ヒスメナ、エイミへと向き直す。


ヒスメナ「少し気になることがあるの。その調査、私も乗らせてもらってよいかしら」

エイミ「あの、IDAに行ったら聞いてみるってだけで、調べるってほどじゃ……」

ヒスメナ「善は急げよ。土地勘のある人に協力してもらえて助かるわ」

エイミ「だから、別に調査とかじゃ……」


 アルド、エイミに近づいて、顔を横に振る。

 ヒスメナ、その場で腰に手をあてたポーズ。


ヒスメナ「チート、ダメ、ゼッタイ!」


(表示:Quest Accepted)



〇ガンマ地区 バー

 カウンターを挟んでマスターの前にエイミ、ヒスメナ、アルドが立っている。


エイミ「……待ち合わせしてたってこと?」

マスター「ああ。珍しかったから覚えているよ」


 バーの席の一つへ視点が移る。


マスター「お客さんのことを言うのはよくないが、胡散臭い男と話をしていたね」

エイミ「どんな男?」

マスター「そうだなぁ……。変なしゃべり方をした人だったね」


 アルド、ヒスメナの二人が腕組みをする。


アルド「変な」

ヒスメナ「しゃべり方」


エイミが二人の方を向く。


エイミ「どうしたの?」

アルド「いや。それで、学生のほうはわかるかな?」


 マスター、腕組みをする。


マスター「顔を見たらわかるけど、学生服だしね。特徴といっても……」


 ヒスメナ、マスターの前に出る。


ヒスメナ「この画像の中に、その生徒はいるかしら」

マスター「んん……違う、この子でもない、次も」

マスター「……あ、この子だ。間違いない」


 ヒスメナ、頷く。


ヒスメナ「この子ね。ご協力感謝します」


 ヒスメナ、入口へと向かう。


アルド「その生徒はなにをしたんだ?」


 ヒスメナ、振り返る。


ヒスメナ「それを確かめに行くのよ」

エイミ「あたしも行くの?」

ヒスメナ「ここで何があったのか、知りたいでしょう?」

エイミ「いえ、べつに……」


 ヒスメナ、エイミを見つめる。


ヒスメナ「知りたいわよね?」

エイミ「だから、べつに……」


 アルド、エイミに向って首を横に振る。


エイミ「……わかったわよ」


 ヒスメナ、頷く。


ヒスメナ「でも、その前にイスカの所へ行きましょう。作戦室よ」



〇IDAスクール 作戦室

 イスカ、ヒスメナ、アルド、エイミが並んでいる。


イスカ「ふむ、例の件か」


 顎に手を当てて考えているイスカへ、アルドが腕組みをして言う。


アルド「今回は相談に乗ってくれるんだな」

イスカ「……ん? ああ、チートの話ならば、私も興味はない」

アルド「え、じゃあ、例の件って」


 ヒスメナ、首を横に振る。


ヒスメナ「アルド、あなたはチートの恐ろしさを理解していないわ」

ヒスメナ「イスカと同じようにね」

イスカ「私は理解した上で言っているが」

ヒスメナ「いいえ。ねえ、二人とも。いえ、三人とも。想像してみてくれる?」


 ヒスメナ、目を閉じる。


ヒスメナ「あるところに平和な村がありました」

イスカ「長くなりそうなら他所でやってくれないか?」


 ヒスメナ、イスカを一瞥する。


ヒスメナ「……あなたは牛を二頭持っているわ」

ヒスメナ「違法な成長剤が広まり牛の市場価値は下がり、あなたは生活できなくなった」

イスカ「なるほど」


 イスカ、首を横に振る。


イスカ「まあ、その話は置いておこう」

イスカ「生徒の件だが……」


 ヒスメナ、腰に手を当てる。


ヒスメナ「待ってもらえるかしら。いまのは流してよい話ではないのよ?」

イスカ「落ち着きたまえ。深呼吸をするんだ」

イスカ「大丈夫、置いておくということはまた取り出すということだ」

ヒスメナ「……」

イスカ「……」


 ヒスメナ、頷く。


ヒスメナ「信じましょう」

イスカ「ありがとう」

イスカ「それで、生徒の件だが。我々にも用意がある」


 エイミ、腕組みをする。


エイミ「捕まえる用意ってこと?」

イスカ「少し違う。悪いようにはしないつもりだ」

エイミ「ふうん。ねえ、いまいちよくわからないんだけど」

エイミ「その子は、いったい何をしたの?」


 イスカ、考えるポーズ。


イスカ「そうだね。端的に言えば……違法な物を売ってしまった、となる」

イスカ「まあ、そこまで問題視するほどのものでは……」


 ヒスメナ、イスカに近寄る。


イスカ「……ないが、時にそれが、誰かにとって大切なものを傷つけることもある」


 ヒスメナ、イスカから離れる。


アルド「なあ、ひとつ聞きたいんだが」

イスカ「なんだい?」

アルド「どうしてその子が、バーに来ていたんだ?」


 イスカ、考えるポーズ。


イスカ「うん。つまりだ、そこが重要だ」

イスカ「チートプログラムを、彼に《売らせた》者がいる」

イスカ「私が問題視しているのは、そちらなんだ」


 ヒスメナ、腰に手を当てるポーズ。


ヒスメナ「いずれにしろ、生徒に話を聞くのが先よ」

アルド「いずれにしろ?」

ヒスメナ「チートの販売を止めるにしろ、その元について探るにしろ」

ヒスメナ「イスカ、彼の教室を教えて」

イスカ「かまわないが、そこに居るとは限らないよ」

ヒスメナ「それは……」


 ヒスメナ、首を横に振る。


ヒスメナ「いえ、わかったわ」

イスカ「教室はH棟の2階だよ」

ヒスメナ「ありがとう」


 ヒスメナ、出口側へ歩き出す。


ヒスメナ「アルド、エイミ、行くわよ」

アルド「あ、ああ。なんか蚊帳の外な感じがして」


 エイミ、首を横に振る。


エイミ「バーに学生が来ていたのは、仲介を頼まれていたってことよね」

エイミ「どうしてバーなのかわからないけど」


 ヒスメナ、頷く。


ヒスメナ「論ずるより産むが易し。行ってみましょう」


〇IDAスクール H棟2階 教室


 教室には複数の学生が残っている。

 ヒスメナ、アルド、エイミが生徒へ近づいていく。


ヒスメナ「少しいいかしら。この人に用があるのだけれど」


 ヒスメナ、学生へ手元のデバイスを見せるような仕草。

 学生、考えるような仕草。


学生「あ、やっぱり、捕まえに来たんですか?」

ヒスメナ「やっぱり?」

学生「いえ、そいつ評判悪かったんですよ、なあ」


 学生、隣の学生へと顔を向ける。


学生2「ああ。前から付き合い悪かったけど、最近な」

学生「そうそう。なんか変なつるみ方してるし」

学生2「授業にもあまり出ないし、なんかやってるんじゃないかって」


 ヒスメナ、腕組みをする。


ヒスメナ「なにかとは、なにかしら」

学生2「それは……知らないっすけど」

ヒスメナ「結局、教室にはいないのかしら」

学生「いないですね。あ、でも、たしか登校はしてたって」

学生2「ああ。どっかにいるんじゃないっすかね」

ヒスメナ「……そう。ありがとう」


 三人が教室の入り口まで移動する。

 女生徒が教室から三人を追って出てくる。


学生(女)「あの、すみません」


 女生徒に呼び止められ、三人が振り返る。


学生(女)「いま、教室で話してたことなんですけど……」

ヒスメナ「なにか知っているの?」

学生(女)「あの、彼、悪いことをしていたんですか?」

ヒスメナ「それを調べているところだけれど」


 ヒスメナ、女生徒を見て考える仕草。


ヒスメナ「あなたは?」

学生(女)「彼とは幼馴染で、あの、最近は、あんまり話してないですけど」

学生(女)「心配で……」

ヒスメナ「よかったら、話を聞かせてくれるかしら」


・自動移動 スカイテラス

 女生徒、ヒスメナ、アルド、エイミが立っている。


学生(女)「彼とはスクールに入る前に出会ったんです」

学生(女)「家が近くて。お母さんと二人暮らしで」

学生(女)「お父さんは合成人間にやられたって聞きました」

ヒスメナ「……彼、妙な付き合いとかはあったかしら」

学生(女)「いえ。でも、昔からお母さんのためにアルバイトをしていて」

学生(女)「それで、今もアルバイトが忙しいだけだろうって思ってたんですけど……」


 カメラがスカイテラス入口へと移り、男子生徒が入ってくる。

 男子生徒は携帯電話で誰かと話している。


学生(犯人)「……いや、大丈夫。バイトを増やしただけだから」

学生(犯人)「そうだよ。何も心配は……」


 歩いてくる男子生徒と、女生徒の目があう。

 ヒスメナ、一歩男子生徒へと近づく。


ヒスメナ「……あなたで間違いないわね。少し話を聞かせてもらえるかしら」

学生(犯人)「な、なんで……」

ヒスメナ「身に覚えはないかしら?」


 女生徒、男子生徒へ近づく。


学生(女)「……あの、もしなにかあるなら、相談してくれたら……」

学生(犯人)「っっ」


 男子生徒、来た方向へと走り出す。


エイミ「逃げた!」

アルド「行こう」


 エイミ、アルド、男子生徒を追う。

 ヒスメナもそちらへ向かおうとしたとき、女生徒がぽつりとつぶやく。


学生(女)「どうして……」


 ヒスメナ、腰に手を当てるポーズ。


ヒスメナ「あなたも来て」

学生(女)「え……?」

ヒスメナ「悪いことをした人は、犯罪者になっても、悪人になるわけではないのよ」

ヒスメナ「強キャラは使うプレイヤーが悪いのではなく、運営の調整が悪いようにね」

学生(女)「は?」


 ヒスメナ、走り出す。遅れて女生徒も走り出す。


〇IDAスクール H棟 エントランス

 スクール配備のアンドロイドのところへ、男子生徒が走ってくる。

 アルド、エイミが追いつく。


アルド「どうして逃げるんだ。ヒスメナも話を聞くだけだと思うぞ」

学生(犯人)「いま捕まるわけにはいかないんだ」

エイミ「捕まるようなことをした自覚はあるわけね」


 アルド、エイミが近寄ると、男子生徒は下がっていく。


学生(犯人)「……くっ!」


 学生、アンドロイドへ近寄り、チップを埋め込む。

 アンドロイドの様子がおかしくなる。火花のエフェクト。


アンドロイド「ガッ、ギギ……キ、キヒ」


 アルド、エイミ、驚いた仕草。


エイミ「なにこれ、どうなってるの!」

アルド「くるぞ!」


 (戦闘:アンドロイド(見た目は合成兵士)X1)


〇IDAスクール カーゴステーション

 男子生徒が立ち止まり、振り返る。

 ヒスメナと女子生徒が走ってくる。


ヒスメナ「そこまでよ。いまさらどこに行こうというの」


 男子生徒、こぶしを握り威嚇するような仕草。


学生(犯人)「俺には、金が必要なんだ」

ヒスメナ「それは罪を犯してよい理由にはならないわ」

ヒスメナ「他人の居場所を奪ってよい理由にもね」

学生(犯人)「居場所……?」


 女子生徒、男子生徒に歩み寄る。


学生(女)「あの、お母さんに、なにかあったの?」

学生(犯人)「……関係ない、お前には」

学生(女)「関係あるよ! どうして話してくれないの。私たち……」

学生(女)「幼馴染じゃない。相談くらい、してくれたら」

学生(犯人)「……だから、話せなかった」

学生(女)「だから……?」


 ヒスメナ、首を横に振る。


ヒスメナ「ひとまず、この場は、わたしに預からせてもらえるかしら」

学生(女)「あの……」

ヒスメナ「安心してちょうだい」

ヒスメナ「罪を憎んで人を憎まず」

ヒスメナ「運営を憎んでプレイヤーを憎まず」


ヒスメナ、頷く仕草。

 男子生徒、諦めたようにヒスメナへと歩いていく。


ヒスメナ「でもチートは絶対に許さないわ。絶対にね」

学生(犯人)「え」


・自動移動 IDAスクール 作戦室

イスカ、ヒスメナ、アルド、エイミが並んでいる。


エイミ「母親の手術費用?」

イスカ「うん。難しい病気にかかった母親のために、お金が必要だったようだ」

エイミ「なによそれ……怒れないじゃない」

イスカ「詐欺というのは、往々にして騙そうという人間がするのではない」

イスカ「追い詰められた人間が、蜘蛛の糸をたぐるように行ってしまうものだ」


 アルド、腕を組むポーズ。


アルド「ゲームの何かを売ってたって話じゃなかったのか?」

アルド「あのアンドロイド、明らかに変になっていたけど」


 イスカ、頷く。


イスカ「以前、アルドとヒスメナがゲームの課金の件で動いていたことがあったね」

アルド「ああ、あの変な口調の詐欺師がいた」

イスカ「あのとき取引されていたものと、同系列の品だね」

アルド「同系列……?」

イスカ「うん。だからね、彼はおそらく、いま我々が捕まえなければ」

イスカ「エルジオンで警察に捕まっていただろうね」


 エイミ、腕を組むポーズ。


エイミ「あの子はどうなったの?」

イスカ「基本的に、今回のことは学内の問題として考えたい」


 ヒスメナ、イスカに近づく。


イスカ「もちろん、ゲームの運営会社にはそれなりの対応をするとして、だが」


 ヒスメナ、イスカから離れる。


イスカ「まあ、しばらくはIDEAで身柄を預かり、奉仕活動を行ってもらう」

エイミ「そんなことでいいの?」

イスカ「彼の行ったことは法律的に難しくてね」

イスカ「詳しくはヒスメナに聞いてもらいたい」


 エイミ、ヒスメナへ目を向け、すぐにイスカへ向きを戻す。


イスカ「もっとも、それなりのペナルティは課させてもらったけどね」

エイミ「言っておいてなんだけど、彼のお母さんのことって」

イスカ「……IDAスクールにも色々と制度はある」

イスカ「未来ある学生に、なんの保障も融資もないということはないさ」

イスカ「それより」


 イスカ、ディスプレイへ目を向ける。


イスカ「——我々が主に問題としているのは、アンドロイドの件だ」


 エイミ、腰に手を当てる。


エイミ「あんな危険なプログラム、冗談じゃすまないわ」

イスカ「ああ……その通りだ」

イスカ「今回のような事件も、いくつか調べておくつもりだよ」


 ヒスメナ、出口側へ歩き出す。


アルド「どうした?」

ヒスメナ「行くわよ、アルド、エイミ」

エイミ「え、わたしも?」

ヒスメナ「ゲームにチートある限り、わたしたちの戦いは終わらないわ」


 ヒスメナ、腰に手を当てる。


ヒスメナ「チート、ダメ、ゼッタイ!」


 ヒスメナ、エイミとアルドを見つめる。


ヒスメナ「チート、ダメ、ゼッタイ!」

アルド「お、おおー」

エイミ「おー」

エイミ「いや、なんなのこれ」


・自動移動 IDAスクール 時計塔

 作業をしている男子生徒に、女生徒が話しかけている。


学生(女)「会長にお礼言った?」

学生(犯人)「……言いました」

学生(女)「よし」


 男子生徒が作業を続けているのを女子生徒は見つめる。


学生(女)「……今度は、話してね」

学生(犯人)「お前は、俺を助けてくれるだろ?」

学生(女)「そりゃ、うん、そうするけど」

学生(犯人)「だから、嫌だったんだ」


 女生徒、首をかしげる。


学生(犯人)「金を借りたら、お前と友達でいられなくなる」

学生(犯人)「それが、嫌で」

学生(女)「ぜんぜん分かんないんだけど」

学生(犯人)「わかんないならいいよ、あっち行きなさいよ」

学生(女)「えー」


 女生徒、数歩歩いて、振り向く。


学生(女)「……それでも、今度は話してね?」

学生(犯人)「……ああ、ごめん」


(表示:Quest Complete)

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