一章 ライニー・マナ
俺はその謎の女性を家に上がらせていた。俺は女性をお風呂へと案内した。その後に女性から話を聞くことにした。
あの女性があの場所にずっといたらと考えると、少し恐ろしいことになっていたかもしれない。
その女性の服装を見ても現代の人では決してないはずだ。ブーツに、緑色の軍服。軍服には太陽をイメージした刺繡がしてあった。
この女性は軍人なのだろうか。俺は彼女がお風呂に入っている間に洗濯機に服を入れていろいろ考えていた。
その間にインスタントコーヒーを作る準備をしておく。
お風呂場から歌声が聞こえてくる。とても気持ちよさそうだ。
ピーピーと洗濯機から洗濯が終わる合図が鳴った。
お風呂の扉を開けると、そこには今上がってきた彼女と鉢合わせになった。
俺はその光景に見入ってしまう。
彼女のゆで卵のような白い肌。程よい膨らみのある胸部とお尻。濡れて金色に輝いた長い髪。
外で見た時はなにも思わなかったが、彼女はとても美人だ。モデル顔負けの整った顔と体系。年齢も同い年くらいだとわかった。
とても長い時間のように感じたが実際はほんの数秒の出来事だろう。俺は彼女の体、全てを目に焼き付けた。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ」
甲高い彼女の声が家中に響いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
俺は慌てて脱衣室の扉を閉める。すると、ものすごい勢いで玄関の扉が叩かれた。
「大丈夫ですか。扉を開けてください」
「大丈夫です。なんでもないですよ」
隣の人たちが心配して訪ねてきたらしい。そりゃ、女性の叫び声が聞こえたのだから心配されるのは当たり前だろう。
「そうですか。トラブルはよくないですよ」
お隣さんは、戻っていったようだ。とりあえず、一難去ったというところだ。隣の人が警察に通報しなかっただけまだよかったとプラスに考えよう。
「あの、お風呂ありがとうございました。先ほどは大きな声をあげちゃってごめんなさい」
「俺も確認なしにはいったのが悪かった。君は気にしなくていいよ」
「ありがとうございます。あの、服は何を着ればいいですか?」
彼女はバスタオルを巻き、手で押さえながら赤面していた。このような状況になれていない俺はドキドキと心臓の鼓動がはやくなっていくのを感じていた。
「女性の服がないから、俺の部屋着で我慢してくれ。今からもってくる」
俺は逃げるようにタンスから部屋着を取ってくる。
「ありがとうございます。でも、あの」
彼女は顔を赤らめながらもじもじとしていた。
「下着はどこにあるのでしょうか」
「あ、忘れてた。さすがに男性用のだとだめだよな」
「はい。さすがにそれは無理です」
彼女はさらに顔を赤らめながら手を胸に沈める。俺はその膨らんだ胸にどうしても目を奪われてしまったが、すぐに視線を机の上にあるスマホにやる。
「友達に相談してみるよ。ちょっと今は我慢しててください」
俺は、愛喜に事情を話していろいろ持ってくるように頼んだ。
俺の家は彼女の家からだと一時間ほどかかる。その間、彼女とふたりで話をする。
「俺の家の前で何をしていたんですか」
「それを話すには順を追って話さなくてはなりません」
俺はソファに座る彼女にインスタントコーヒーを渡し、pcデスクの椅子に腰を下ろした。
「私は、ライニー・マナ。我が国の最後の切り札と言われていました。そこで私は大事な作戦の主軸になって参戦しました。」
「ちょっと待て、急に戦争とか日本じゃ戦争なんてしてないぞ。いつの時代だ」
ライニー・マナ。まるで外国人の名前のようだがどうやってこの日本に来たのだろう。
「私の時代は二千八十年の日本です。ここも日本なんですか? 私の知っている日本じゃないですね」
「二千八十年だと。今は二千十九年だよ。お前未来人なのか」
とても信じられない。いつもオカルトの話を聞くが実際、目の前に現れると信じることはできない。
「あなたの言うことが正しいならそういうことになりますね。私の転移魔法は時代を超えてしまうようです」
「転移魔法! 魔法を使えるのか?」
「まぁ、周りの人よりも魔法は使えます」
彼女の話は現実を凌駕しすぎて信じられないものばかりだった。
「私の時代だと魔法は当たり前ですから。そのせいでたくさんの人が死んでいくのです。戦争の原因は一つの本です。その本は世界を支配するかもしれないといわれる魔法の書です」
彼女は手の上で魔法陣を展開させ分厚い本を取り出した。
その光景を見せられたら彼女が魔法使いだということを認めざる負えない。
「私はミッションを成功させこの本を取ることができたんですけど、その時に瓦礫に押しつぶされそうになって、それで魔法が暴走してここにきてしまったというわけです」
「大体はわかった。マナの時代では今、本がなくなったって焦ってるんじゃないか?」
「もしかしたら、そうかもしれないです。早く戻らないと」
「そのボロボロな体で戦争に戻る気なのか。回復してからでもいいじゃないか」
これは建前だった。俺は魔法についてマナから聞きたいことがまだまだたくさんある。
「でも、私はこの世界で帰る場所はありません」
「なら、俺の家に居ればいいよ。この世界は衣食住には困らないからね」
全ては自分が魔法について知るためという我儘だった。
「ありがとうございます。あなたの名前を聞いてもいいですか?」
マナは立ち上がって俺の手を両手で握り、笑顔を見せる。
「俺は、桜井蝶夜」
俺は、彼女の笑顔に少し照れてにやけてしまった。
2
家のインターホンが鳴ると、愛喜がにこやかに立っていた。
「女の子を拾ったってどういうことよ」
彼女には電話で一通り説明したはずなのだが。彼女はにこにこしながら家に上がってきた。
「電話で話した通りだよ。しかもその女の子は魔法使いなんだ」
「蝶夜はそんな妄想で私を呼んだの?」
「妄想じゃないんだ。実際に見たら愛喜も信じるしかないよ」
愛喜は疑いながらリビングの扉を開ける。
「あなたが愛喜さんですね。蝶夜さんから聞いてます」
「ほんとに女の子を拾ったんだ。着替えはこれね。蝶夜はあっち行ってて」
彼女たちは奥の脱衣所に仲良く入っていく。
さすが愛喜だ。初対面でも仲良くなるのがはやい。
愛喜のためにもまたインスタントコーヒーを入れる準備をしておく。
お湯が沸いたとき、脱衣所の扉が開いて二人が顔を出した。
その服装に俺は、目を逸らすしかなかった。
大きく胸元が開いた半袖シャツと下は異様にみじかいショートのパンツだ。
「どう?似合ってるでしょ。マナちゃんは体系もスリムで可愛いからどんな服だって似合うわ」
「その、愛喜さん。この服露出多くて恥ずかしいです」
「もうさんはつけなくていいってば」
愛喜はマナの態度など無視してご機嫌だ。
「インスタントコーヒー淹れといたから、休みながらこれからの話をするか」
マナは諦めたようで、ソファへ腰を下ろしインスタントコーヒーに息を吹きかけた。
「マナはこの後、どうするんだ?」
「今の時代は把握したので、もう一度転移魔法を使用すれば帰ることは可能ですが、時代を超えるには大量の魔力を使うみたいで、今の状態では足りないので魔力を回復しなければなりません」
「そうか。いつくらいで回復するんだ?」
「そうですね。一ヶ月はかかると思います」
「そうか……」
顎に手を添えて考える。
「なら、オカルト愛好会と一緒に活動すればいいのよ。ちょうど夏休みだしね。マナちゃんは蝶夜の家にお邪魔すればいいのよ」
「なにを勝手なこと」
「いいでしょ?」
愛喜はウィンクをした。
やれやれだ。愛喜は行動力のある分こういう場面で、力を発揮するのだ。愛喜よりもいいアイデアも浮かばないしここは愛喜の言う通りにしておくか。
時刻は十一時を過ぎていて、日にちが変わるまで一時間を切っていた、
「今日はもう寝るか。マナは、とりあえず俺が寝ているベットでいいか?」
「そうすると、蝶夜はどこで寝るんですか」
「俺は、ソファでいいよ。よくソファで寝ちゃうしな」
「そうですか」
女子に自分が寝ているベットを貸すのは少し恥ずかしいな。
「愛喜はどうするんだ。遅くなっちゃったし俺が家まで送るか」
「私も止まっていくからいいのよ」
「お前何を言っているんだよ。寝る場所はどこにするんだよ」
「マナの隣で寝るわ」
語尾にハートをつけて可愛さを振りまく。
俺は、ため息をついてソファで横になった。
3
目覚めると前には、金髪の可愛い女子が立っていた。
俺は昨日のことを思い出し、その女性がライニー・マナだと気付くのに数秒かかった。
「おはよう。朝起きるの早いね」
「私の生活習慣はこんな感じなんです。少し暇をしていたんですが、何かをやることないですか」
「それなら、朝ごはんを作ってもらおうかな」
「了解しました」
マナはビシッと敬礼をした。朝から可愛い敬礼を見れたので俺は幸せだ。
マナはキッチンに立つ。
「何をすればいいですか」
「なら、目玉焼きにしちゃおうか。あと簡単な味噌汁でもつくろう」
夏休みに入ったばかりだし、ちょっと豪華に朝ごはんを作っちゃおう。
卵を三つと豆腐を一丁、わかめ一袋と味噌を取り出す。
「味噌汁から作ろうか。わかめの塩とぬめりをとって頂戴」
「了解しました。TreximoNero」
マナを目の前に青色の魔法陣が現れた。
俺はその光景に目を奪われた。昨日、魔法を実際に見たが、まだ二回目だと驚いてしまう。
魔法陣の中心から水が、わかめに向かって流れだした。
「すごいな。魔法って……」
「そうですか。私たちの世界だと当たり前なんですけどね」
「痛っ」
魔法に夢中で、豆腐を切るはずの包丁は俺の手を切ってしまっていた。
「蝶夜! 血が! 今、治癒をします。Therapeia」
英語のようで英語ではない謎の言語を口にすると、マナの手のひらから魔法陣が現れる。次は黄緑色だ。その魔法陣を傷口に当てるとみるみるうちに傷口が塞がっていった。その魔法陣が触れている部分はとても暖かく陽だまりのようだった。
「ありがとう。やっぱり、魔法ってすごいな。もっと俺に見せてくれよ」
「そんなに、顔を近づけてお願いをしなくても大丈夫ですよ。使いますから。だから、その恥ずかしいので離れてください」
俺は気付いたら、マナに顔を近づけて両手を握ってしまっていた。
「ごめん」
「大丈夫ですよ」
俺たち二人は顔を赤らめ、目を逸らした。
「二人とも朝から何やってるのよ。昨日会ったばかりなのにそんな関係になっちゃたのね。早いこと早いこと。もしかして、昨日の夜、私が寝ているときに楽しんじゃっていてたのね」
「そんなわけないだろ。なぜ、そんな脳みそになっているんだ」
マナは何のことやらわからない様子だ。
「マナは気にしないでいいぞ。朝ごはんを作る続きをしよう」
「了解しました」
マナはわかめをシンクの上に置いて、手のひらから出ている魔法陣から風を出しわかめを風で切断していく。
って、シンクまで傷つけているじゃないか。
「ちょっと待ってくれ。これをしいてくれ!」
俺は急いで、切られたわかめを持ち上げまな板をその下にしいた。傷ついたシンクの問題は後回しにしよう。
「これくらいでいいですか?」
まな板の上で切ったわかめはちょうどいい大きさに切られていた。
「いいね。それじゃぁ、鍋に火をつけて頂戴」
「Floga」
「ちょっと待って、魔法じゃなくてガスで料理しようか」
手のひらに魔法陣が現れた状態で、マナはきょとんとした顔を浮かべた。
その様子を見て愛喜はやれやれと困った顔を浮かべ、ソファまで行き深く座った。
4
「今日はマナが生活するために必要な物を買いにいきましょ」
朝食を食べ終わりソファでくつろいでいた俺とマナだったが、愛喜の提案に動くことを余儀なくされた。
昨日集まった駅前に着いたのは午前十一時。夏の太陽がほぼ真上にある時間帯だ。
気温も三十度を超える猛暑。昨日待ち合わせに使ったカフェにも涼む目的なのかいつも以上に客がいた。
「この時代の日本は夏なんですね。でも、私の時代の夏よりも暑いです」
マナはカフェのアイスコーヒーを飲んでいた。
「待たせて悪かった。昨日と今日で二日連続の活動とは、やる気満々ですな二人とも」
「英季がきたことだし早速ショッピングモールに行こう」
「おい、俺には休憩させてくれないのかよ」
英季は、自分だけが涼めてないことを嘆いた。
俺も外に出てくはない。ここのコーヒーをずっと飲んでいたい。マナも外に出たくないようで、アイスコーヒーに刺さっているストローをかじっていた。
「ほら、行くわよ」
俺とマナは、愛喜に手を引かれ強引に暑い外へと連れだされるのだった。
駅前にはたくさんの店があるが専門店が多いために不便だと思うこともしばしばある。
今回はマナの服やら布団やら食器やら、たくさんの種類の物を買わなければならない。なので、駅前ではなく、この駅から五つ離れたところの大型ショッピングモールへと俺たち四人は足を運んだ。
ショッピングモールに来る頃にはお昼時だった。
夏休みということもあり、学生と思われる若い人たちで賑わっている。
俺たちはフードコートに訪れた。
やはり、人が一杯いたがなんとか四人用の席を確保することができた。
「こんなに人がいるなんて、食に飢えているんですね。私の時代と一緒です」
「合ってるようで合ってないよ。マナ」
マナは店の前に並ぶ大量の人たちを見て悲愴の目を向けていた。
愛喜は、席を守るために残り、俺たち三人で列がどこよりも早く減るハンバーガーの店に並んだ。マナは並んでいる間も後ろに並んでいる人たちに譲ろうと提案して来た。
俺たちはマナのお人好しの度合いに癒されながらも、説得してなんとか注文するカウンターまでたどり着いた。
「なんか、謎の食べ物ですね。サンドイッチとも言えないし、どれにすればいいですか」
「なら、俺のおすすめにするね。ラージバーガーセット二つで」
英季は、自信満々に店員にピースで二個欲しいと合図をする。
無事に四人分のハンバーガーセット買うことができた。ただ買うだけでこんなに疲れたのは初めてだ。
「おかえり、みんな」
愛喜は、スマホから顔を上げた。
席に先ほど買った、バーガーたちを広げた。
「なんですか、これは。ジュースはわかるのですが、この棒状のやつと紙みたいなのに包まれたものはなんですか」
「それは、ポテトとハンバーガーだよ」
「英季さん、このハンバーガーってやつ大きすぎですよ」
「このでかさがラージバーガーの魅力なのだよ、マナちゃん」
「そうなのですか。これは、ナイフとフォークはないのですか?」
「これは、手に持ってガブッといくんだ。見てな」
英季は食べるところを見せる。
「おお!おいしそうですね。私もやってみます。あーん」
「マナちゃん。ちょっと食べるの下手じゃん。自分の顔みてよ」
馬鹿笑いしていたので、ポテトを食べていた俺も思わず、顔を上げてマナを見てしまった。
「マナ、今すぐ顔を拭いて」
「ちょっとマナちゃん何しているの。乙女の顔が台無しよ」
マナの顔は、ハンバーガーから漏れたケチャップソースによってめちゃくちゃに汚れていた。
英季は笑いながら、携帯をカメラを内カメにしてマナに見せた。
「これが私ですか」
マナは顔に付いたケチャップソースよりも顔を赤くした。急いでナプキンで顔に付いたソースを拭い英季の携帯で確認して、ほっと息をついた。
しかし、ソースを取ったことにより、顔が赤くなっていることがはっきりとわかってしまっている。
「今のは失敗しただけです。今度こそ。あーん」
べちゃ。
彼女はさっきと同じ失敗をした。今回は自分でも気付いたようだ。
俺たち三人はそれを見てこらえきれずに笑ってしまった。
「三人とも私を馬鹿にしてるんですか」
汚れている顔に諦めがついたのか、顔を汚しながら次の一口を頬張る。
ベちゃ。
マナの顔は食べれば食べるほど汚れていく。バーガーを食べ終わるころには、赤いマスクをつけているかのようになってしまっていた。
「マナちゃん。さすがに顔を拭こうよ」
英季は笑いながら、大量のナプキンをマナに差し出した。
俺たち三人は、どんどん汚れていくマナの顔を笑っていたせいで、机に置かれたバーガーたちに全然手をつけることができなかった。
マナは英季から貰った大量のナプキンで顔に付いたケッチャプソースを一生懸命に拭っていた。
拭ってわかったが、マナはまだ赤面していた。
「みんなも早く食べましょ」
「そうしましょ、早く食べちゃってマナちゃんのお洋服を買いましょ」
愛喜は、小さい口でせっせとハンバーガーを口にした。
それに続いて俺たち男子も急いでハンバーガーを頬張った。
最後にドリンクを飲み干して、俺たち一行はフードコートをあとにした。
マナは最後の最後まで食べ物に驚いていた。最後に飲んだ炭酸飲料にも驚き、むせていた。
彼女といると平凡なことでも楽しいものに変わっていくのを感じた。
俺たちは、早速ファッションを取り扱う店が多く集まるエリアに行く。
「ここはキラキラした洋服が多いようですね」
「そうよ。今の若い子の流行が揃う店だもの」
愛喜は、にこにこと色んな服をマナに合わせていった。
フリルがついたミニスカート。肩が出たセクシーなシャツ。キラキラとした靴。どれも派手なデザインのものばかりだった。
「愛喜さん、どれも露出が多すぎませんか。私に会うのを選んでくださいね」
「わかってる、わかってる」
愛喜は、るんるんとマナを連れまわして、たくさんの服をマナに合わせていった。
「愛喜って、こんな一面があったとはな」
「なんとなく、わかっていたけどね。だって、いつもおしゃれだったしな」
「蝶夜って、愛喜のことよく見てるんだ。もしかして気があるじゃないのか」
「俺は、そんなことないよ。俺はお前のことだってちゃんと見てるんだ。それこそ、英季は愛喜のことが好きなんだろ?」
「そ、そんなわけねーし。証拠はあるのかよ」
「あるよ。お前、結構愛喜のこと見ること多いよな。しかも、愛喜が呼ぶときは集合時間ぴったりに来るしさ。もうバレバレ」
「ばれてしまっては仕方がないな。そうさ、俺は愛喜のことが好きだよ」
英季は声を震わせて、まるでトリックを見破られた犯人のようになっている。
「蝶夜たちも来てよ。マナちゃんすっごく可愛くなったんだから」
愛喜は手招きをして呼んでいる。
「このことは、愛喜には内緒にしてくれ、男の約束だぞ」
「わかってるよ。でも、他の男に取られる前に思いを伝えちゃった方がいいよ」
「大きなお世話だよ。俺には俺のタイミングがあるんだ」
「はい、はい。頑張ってな」
俺たち二人は、マナがどのように変わったか見るために試着室に向かった。
「ちょっと、二人とも遅いわよ。ほら、見なさい」
愛喜は、勢いよく試着室のカーテンを開けた。
そこには、おしゃれに変身していたマナがいた。
黒のショートパンツに、白いロングシャツを身に着け、気取らないラフな格好をしていた。
「こんなに露出していていいのでしょうか。特に足の部分が恥ずかしいです」
マナは、内股になり、足全体を隠そうともじもじしている。
しかし、その行動が更に足に目が行く原因となってしまっている。
試着室周辺にいた女性客の視線すら奪っていくマナは、とてつもない美人だということを改めて理解させられた。
「これは、似合ってたから買い決定ね。次行きましょ」
次は、愛喜も一緒に試着室の中に入ってカーテンを閉めた。
マナのちょっとした悲鳴のような声と、愛喜の楽しそうにしている声が外に漏れている。
「おいおい、中でなにが行われているんだ」
「なにってさ、着替えに決まっているだろ」
「蝶夜は、ほんとに冷静なやつだよな。こういう楽しみとかないのか」
俺の言葉に何故かがっかりした様子を見せる英季。
「ジャジャーン。二つ目のコーディネートはこれです」
次の服はミニスカートに、ベージュ色のシャツ、上にはジーパン生地のシャツを羽織っている。
「マナちゃんはとても美人だから、シンプルな服装がとても似合うわ。嫉妬しちゃうわ」
愛喜も学年では美人と言われているのに、嫉妬するわけないだろ。
その後も、愛喜によるマナ単独のファッションショーが行われていつの間にか、試着室の前には人だかりができていた。
服のお会計は二万以上となった。アルバイトのみでお金を稼ぐ身だと、このお金は大きな出費だ。
生活費は、親からの仕送りでなんとかなっているが、これからの魔法関係の資料に費やすお金は完全になくなるだろう。とほほ。
「次は靴よ。とりあえず一足買いましょ」
マナも、さっきのファッションショーで疲れた様子を見せているのにも関わらず、愛喜は、じゃんじゃか前を進んで店に入っていく。
俺はマナの隣を歩く。
「こっちの時代の人はこんなにも疲れる生活をしているのですか?」
「そうじゃないよ。愛喜が張り切っているだけさ。愛喜も同い年で仲良くなれる友達が欲しいだと思うよ」
「愛喜さんの性格だと、すぐに友達ができると思うけど」
「愛喜の学校生活は、上辺だけの姿なんだ。俺たちの前だけだよ、あんなにはしゃぐのは」
「意外ですね。なにがあったのか気になりますね」
「他の部活で色々あったらしい」
「そうなのですね」
「良ければ愛喜と仲良くしてほしいな。いつも、俺たち男子とばっかりじゃあれだしね。女の子ともちゃんと打ち解けてほしいと思うよ」
「わかった。任せて!」
すると、マナは前にいる愛喜の隣に行き笑顔で話しかけていた。
愛喜もそれに笑顔で答えた。
二人とも楽しそうで何よりだ。
靴はコスパの良い明るい色のスニーカーを買った。
その後は、ランジェリーショップに向かった。
俺と英季は、ランジェリーショップの外にあるベンチで缶ジュースを飲んでいた。
途中まで入ろうとしたら、愛喜にこっぴどく怒られてしまったのだ。
「愛喜も、マナと一緒にいて楽しそうで何よりだな」
「そうだな。これで部員も増えるってものさ」
「あれ、そういえば、マナの説明をお前にしてなかったな」
そして、俺は英季にマナの説明をした。
「おい、嘘だろ。魔法が好きすぎて夢を見ているんじゃないか?俺の頬を引っ張ってくれ。俺の夢かもしれない」
「夢じゃないけど、わかった。全力で引っ張るね」
俺は、英季の頬を引っ張るというよりもひねりを加えつねるようにした。
「痛い痛い。やりすぎだろ」
「ごめん。これで夢じゃないことがわかっただろ?」
「ちゃんとわかったよ。でも、帰っちゃうのにこんなに買い物しているのか?」
「仕方ないよ。マナも愛喜も幸せそうだしいいんだよ。俺も幸せだしな」
「お前は、他人のために尽くすぎだろ。まぁ、それがお前のいいところなんだけどな」
俺は、英季の素直な言葉に照れてしまい、スマホに目を落とした。
「今年の夏休みは、マナと一緒に思い出を作ろうな」
スマホを見ながら、呟いた。
「二人ともお待たせ、買ってきたから次行きましょう」
愛喜とマナは笑顔でランジェリーショップから出てきた。
マナも笑顔で出てきたことは俺も嬉しいことだ。
「愛喜、次はどこに行くんだ?」
「次はねー。生活用品を買いに行くわ」
また、愛喜はどんどんと前を歩き始めた。
前歩く愛喜の隣には、英季が歩幅を合わせて歩いていた。
「蝶夜、お待たせ」
「どうだったマナ?」
「とてもよかったです。愛喜のことを知ることができました」
マナはるんるんとした様子で、愛喜たちの後ろにつくように歩き始めた。俺もその隣を歩く。
「愛喜とはどんな会話をしたんだい?」
「内緒です。ガールズトークってものは男の人には秘密にするのが当然だって愛喜に言われました」
マナはぎこちなくウィンクを俺に向けた。
生活用品を買うと、荷物が大幅に増えた。
寝るために寝具を一式揃えたりと、これでまた二万ほどお金が飛んだ。
しかし、これでマナがこの時代でも暮らすことができる準備は整った。
これからの夏休みは特別な夏になる予感がする。
ショッピングモールから帰宅した後、寝具などの大きなものは配達を頼んでいたため、それが届き次第、四人全員で俺の部屋兼寝室の模様替えをした。
したというか、しなければいけなかったのほうが正しいな。
自分一人で使っていたため、俺の好き勝手に部屋が汚れていたのを、掃除をした。
思った以上に部屋が広かったことに気が付いた。
ゴミ袋二つが俺の部屋から生まれた。これが錬金術か。……違う。
「蝶夜、あんたって意外と部屋が汚かったのね」
「リビングの部屋は綺麗なのになー」
オカルト愛好会の二人が呆れたようにオーバーリアクションであきれた様子を表した。
俺は、いつも見られないところを見られ恥ずかしい気持ちだ。
「蝶夜、私は気にしませんよ。」
「あ、ありがとう」
マナは俺のことをフォローしてくれたけど、何か複雑な気持ちになった。
「この本たちも床に置いてあるしどうしようか」
「ちょっと待てよ。本は大事にしろよ。大事なものなんだからな」
「わかってるってよー。俺もUMAの本をないがしろにされたキレるわ」
英季はからかって言っていたようだ。冗談で言っていいことと悪くことがあるぞ。
もちろん、今回は悪いことだ。
俺は自分で本を本棚の中にしまった。本の内容はすべて魔法関係のものしかない。
本は本棚にまとまらなかった時は驚いた。本棚に入らないのは本棚の隣に重ねて置く。
今日、ついでに買ってくればよかったと後悔をした。
寝室は俺のベッドと、マナの布団が置かれた。
いや、愛喜の手によってベッドはマナが使い、俺は布団で寝ることになった。
今日買った新しい布団をベッドの上にしき、使っていた布団を床に落として俺が寝ることになるなんて。まぁ、仕方ないか。
マナは布団を変えるとき、終始申し訳なさそうな顔をしていた。
俺は、何度も大丈夫と言ったんだけどなー。
そして、俺はこれから同い年であろう美少女と同じ部屋で寝ると考えるとドキドキしてしまう。
一通りの模様替えが完了した。
食卓は四人用になった。ソファはそのままだから、一緒に肩を寄せて座らなければならないと考えると居場所が失われていくようだ。
食器もマナの分を一式揃えた。自分の分とマナ分は別々の場所にしまわれている。そして、マナの元にはマジックで名前が書かれ、その上からセロハンテープが貼られている。
一目でマナのものだとわかるようになっている。
寝室は、本棚が部屋の端っこに寄せられて、中心に俺の布団、窓側にマナのベッドがあるので、寝る以外の目的でこの部屋を使うことはなくなっただろう。
「これで一通り終わったわね。忙しい休日だったわねー」
「ほんとなー。大変だったわ」
愛喜と英季は、汗を拭うジェスチャーをする。今日の二人の表現はとてもオーバーだ。
「ほんとにありがとうございます」
マナは九十度以上に腰を何度も折って感謝を伝えている。
俺も、部屋が綺麗になっていいこともあったので、二人には感謝をしている。
5
時間は夜八時を過ぎていた。
二人は一緒に帰宅した。
俺とマナは二人きりで部屋に取り残された。
自分の部屋なのに、落ち着けないな。
「今日の夜ご飯は何にしようか」
「なんでもいいですよ」
「それだったら、ピザとかどうかな?」
「ピザ? それはなんでしょうか」
「食べてみようか」
マナは、困惑した表情をしていた。
俺は、そんなマナの反応を楽しみながら、携帯でピザ屋のホームページから注文をした。
「今日一日中気になっていたですけど、これはなんですか?」
マナは俺の右手を指差していた。
「これは、スマホだよ。連絡したり調べ物したりできるんだ」
「とても、便利ですね。私の時代だと全て魔法でできちゃいますので」
「便利だが、科学は停滞したのか。なるほど……」
魔法の発展と、科学の発展は反比例するのか。
「考える人の像みたいになってますけど、科学が停滞しているわけではないと思います」
「どうしてだ?」
「ロボットとかはありました。魔法には魔力が必要ですが、自動で動くロボットみたいなのを作ろうとすると大変な量の魔力を消費するので」
「携帯はなぜないんだ?」
「テレパシーは基本の魔法です。調べ物をするときは、魔法紙というものがあって思い浮かべたものが文字に出てきたりします」
「ロマン溢れる世界だ。てことは、戦争の引き金になった魔法の書も魔法紙なのか」
「魔導書は違います。紙の本です。魔法紙だとすぐにコピーが可能です」
マナはこんな感じといい、近くに置いてあったメモ帳を手に取った。
「Grapste」
メモ帳の周りに魔法陣が現れ、白紙のページに文字が浮かび上がった。
そこには、「ピザってなに?」と丸文字で可愛らしい字があった。
くすっと笑ってしまう。
その後、マナは続けて演唱する。
「Diplasmos」
メモ帳に別の色の魔法陣が現れる。すると、「ピザってなに?」って書かれているメモが破かれ、下にあるメモ帳にまた字が浮かび上がる。
それは十数回行われた。同じ内容が書かれているメモが机の上にどんどん溜まっていった。
「そこまで、ピザが気になるのか?」
うんうんと何度も首を縦に振る。
俺は、スマホでピザの動画を見せた。とろりとチーズが伸びている動画だ。
「この伸びているものはチーズですね。赤いのはなんでしょう?辛い?」
「赤いのはケチャップだよ。トマトソースみたいでトマトソースよりしょっぱいやつだな」
「ケチャップ! それは知ってますよ。おいしそうですね」
「あとちょっとで着くから待っててね」
「はい」
マナはソファに正座してそわそわしている。
俺は、そんなマナにスマホを渡しピザの動画を見せた。
マナは、スマホに映るピザに釘付けだ。
目をきらきらさせ、よだれをすすっている。
小学生くらいの少女のようだ。
ぴんぽーん。
家のインターホンがなる。
マナはビクッと反応した。かわいい。
「はい、今出ます」
ピザ屋からピザを受け取ると、マナはピザをせかした。
「早く食べましょう」
ほんとに子供みたいだな。
「じゃあ、早速食べるか」
「はい」
食卓にピザを広げた。
マルゲリータMサイズとシーフードミックスのピザMサイズ二枚。
そして、サイドにはポテトとオニオンリングもつけている
久しぶりのご馳走な気がする。
一人暮らしをしてから初めて出前を取ったかもしれない。外食は何度もしているが。
家にいるときは、基本的に自炊だ。自分が料理をするのが好きだというのもあるが、きちんとした栄養バランスを意識してはいるからだ。まぁあ、ちゃんとできてるかはわかんないけど。
「いただきます」
マナも続いて「いただきます」と手を合わせた。
一応、日本の礼儀を知っているらしい。未来でも日本の礼儀は消えてなくてよかったと思う。
ピザを切り分けてある場所から手で取り皿に移す。
アツアツだから、手で持ってるのはキツかった。
のびるチーズ。
チーズの香りが食欲をそそる。
匂いに誘われて急いで食べると、高温のチーズが口を攻撃する。
はふはふと口の中で冷ます。おいしい。
マナは、その様子をまじまじと見ていた。俺の食べ方がおかしかったのか?
と思ったら、マナは俺の真似をしてピザを食べ始めた。
皿にピザを乗っける。その時点で手が熱かったようで皿に乗っけた後に手を振った。
そのあと、マナは理解したかのように呪文を唱えた。
「Aeras」
風が優しく吹く。それでピザを冷ました。なんて便利なんだ。俺のも冷ましてほしいな。
マナは冷ましたピザを頬張った。はふはふせずにおいしそうに食べた。
う~んっとマナは声を上げた。
今までこんなピザを美味しそうに食べる人がいただろうか。コマーシャルに出てる人よりもおいしそうに食べている。
俺も、皿の上に乗っているピザを食べた。
しかし、それはアツアツのピザでまたはふはふして食べることになった。
「蝶夜さん、冷まして食べればいいんですよ。私が冷ますか?」
「お願い」
「Aeras」
ピザが冷まされていく。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ピザを口に入れる。ちょうどいい温度だ。チーズもびよーんと伸びて美味しい。
「このピザはとても美味しいですね」
「そうだね。喜んでもらえて嬉しいな」
マナは続けてびよーんとピザと頬張った。
「ごちそうさまでした」
二人で、一緒に手をあわせた。
「俺が皿洗いをするから、マナはテレビでも見てくつろいどいて」
「いいんですか?」
「いいよいいよ」
「なら、お言葉に甘えて」
マナはソファに座りくつろいだ。
「くつろいでいるところわるいんだけどさ。マナの持っている魔導書ってさ複製とかできないの? ほら、さっきピザのメモ用紙を何枚もコピーしたじゃん。あんな感じにたくさんコピーすれば戦争を止められるかもしれないよ?」
「え?」
マナはきょとんとした様子だった。
「それは、考えたことなかったです」
「試してみたらどうだ?」
「そうですね。やってみましょうか。でも、まだ私も読んでいませんので内容がわからないとコピーできません」
「なら、明日読んでみようぜ」
「はい」
俺は、皿洗いを終えてマナの隣に腰を下ろした。
「Provoli」
え?
呪文を唱えたマナを見る。
空中に魔法陣が現れている。
「映らないですね。やっぱりここまで放送魔法は届いていないんですね」
「なんだ。その呪文は?」
「これは、投影する魔術です。この魔法陣の上でニュースキャスターが喋ったり、ドラマの役者たちが動くんですよ」
「それは、3Ⅾホログラムとか、ARみたいなやつか?」
「そのなんちゃらほろぐらむとかえーあーるっていうのはわからないですけど、映像が立体で動くんですよ」
それは、とても進んだ科学技術だな。いや、魔法技術は科学技術を追い越しているのか。
「テレビの見方はそうじゃないよ。そこにあるリモコンを手に取って赤い電源って書いてある部分を押すんだ」
しかし、マナは辺りをうろちょろ見回していた。
「リモコンっていうのはどれですか?」
俺はリモコンを取って渡した。
「はい、これ。ここの赤いボタンが電源で、数字を押すと見れるものが変わるよ」
「ありがとうございます」
「わからないことがあったらなんでも聞いてね」
「わかりました」
マナはわーわーっと声をあげて見ていた。魔法のテレビの方がリアルでいいと思うのだが。マナは喜んでいるので、別にいいか。
「このお湯に人を突き飛ばすやつ。面白いですね」
マナが行っているのは、トリオの漫才グループの芸だ。
『絶対押すなよ。絶対に押すなよ。どぼーん。わははははは』
テンプレート。もう民衆はわかりきった結果にきっと笑ってはいない。
マナはその芸で大爆笑している。口元を隠しずっと身をよじらせて笑っている。
なんか、声を抑えて笑っているせいで死にそうになっている。
マナは必死に笑いを堪えようとしているが、それは叶わなずずっと、笑っている。ツボにハマってしまったらしい。
俺は、そんなマナの横顔を見ながら、テンプレートのお笑いの声を聞いていた。
時刻は夜十時、ゴールデンタイムのテレビ番組をだらだらと二人で見ていた。
6
「眠くなってきました」
時刻は十二時近くでドラマを見ていた時だった。
「なら、先に寝てもいいぞ」
「一緒に寝ませんか」
「えっ」
ドキッとしてしまった。
「少しだけ寂しいので」
「あ、うん」
俺たちは二人で一緒に寝室へと行く。
俺の心臓は今にも張り裂けそうだった。
女の子から一緒に寝ようなんて誘われるのはこれが初めてだ。
マナはベッドに入り、俺は布団に入った。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
俺が先に言って、マナは後に言う。
そして、布団を被った。
数分経っただろうか。全然眠くならない。
いつもだったら寝られるはずなのに。原因は大体理解している。
隣のベッドで寝ているマナを意識してしまっているからだ。
静かな空間。そのなかでマナの吐息だけは聞こえている。
もう寝てたのかな?
「蝶夜さん、まだ起きてます」
「う、うん」
俺は、急なマナの声に驚いた。
「少しお話してもいいですか」
「うん」
「私は魔力が普通の人よりも多いみたいで、国の兵器として育てられていたんです」
マナの声は少し悲しんでいるように聞こえた。
「だから、今日みたいに心から楽しめたのは初めてだったんです」
「それはよかった」
「あっちの世界に戻っても私はこのように笑えるのでしょうか」
「辛くなったら、いつでもこっちに戻ってくればいいよ」
「戻って来られたらいいですけど」
「いつでも戻れるようにしてから帰ればいいんだよ」
「そうしても、いいんですかね。今も私の時代では戦争が続いているかもしれません。私が魔導書をちゃんと持ち帰っていれば」
「マナは肩の力が入りすぎているんだよ。もっと力を抜いてみたら」
「でも、私が今楽しんでいる間も人が死んでいるかもしれないんです」
俺は、ゆっくりと体を起こしてマナの方を見る。
暗闇で、マナの顔はよく見えなかった。
「わからないよ。あっちの世界ではもしかしたら時が止まっているかもしれないしね」
「蝶夜さんの考えは突拍子もないですね」
「俺たちの世界では魔法の方が突拍子もないものさ。でも、俺はそんな魔法はあると信じてきた。そして、実際に魔法があることがわかった。だから、時が止まるとか別次元があるとかさ、もっと突拍子もない夢が起こるかもしれないよ」
自分でも、よくわからない言葉を喋ってしまった。
少し間が空いた。マナはどんな顔をしているのだろうか。
とても、言った言葉が恥ずかしくなってきた。
「蝶夜さんも、あの二人と一緒で少し変わった人なんですね」
マナはくすっと少し笑う声を出した。
どんな顔をしているのだろう。気になる。
「蝶夜さんのおかげで少し元気が湧きました。」
「戦争を止められるといいな。それまで俺たちも協力するよ」
「ありがとうございます」
俺は、また布団を被った。最後の最後までマナの顔を見れなかったのはとても残念だった。
「蝶夜、次こそおやすみなさい」
確かに、敬語じゃなくてもいいって言った記憶はあるが、急に呼び捨てにされたびっくりする。
俺は、また眠れなくなった。心臓の音だけが聞こえていた。マナにもこの心臓の音が聞こえているのか気になってきた。心臓の鼓動を止めるために呼吸の回数を減らしてみるが余計に大きくなっている気がしてさらに眠れなくなる。
次は、心臓の部分に手を当て音を鎮めようとする。
何時間、この心臓の音と戦ったのか、もうわからない。
いつの間にか、マナの吐息が大きくなって、スースーと聞こえる。
それに気付いて、俺は今までの葛藤が無駄だったのかと思い、目を閉じた。
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