第4話
「……う、ん……んん? ここは……」
目を開けると見知らぬ天井が見えた。身体はいつのまにか少しゴワゴワする毛布を掛けられていた。
俺は確か森の中にいたはずだ。それがどうしてこんな「部屋」で寝ていたんだ?
とりあえず目覚めたので起き上がることにする。しかし——
「いって……!」
力を入れた箇所のあちこちから悲鳴が上がる。その箇所を見てみると包帯がグルグルと巻かれていて、そこからチラチラ見える所には青黒い大きな痣が見えた。
「うーわ俺の身体ボロボロじゃん……、そら痛いわ」
確認を終えると、俺は痛みを堪えながらゆっくりと身体を起こして立ち上がる。まぁ身体は痛むが骨折のような痛みも無し、歩けないと言うこともなかったので部屋から出ることにした。
扉のドアノブに手をかけゆっくり開ける。すると下から喧騒が聞こえてくる。
と言うことはここは少なくとも上階にあたる位置にあるみたいだ。
部屋を出て少し行くと階段があった。そこから下の階の騒がしさが聞こえてくる。
トン…トン…トン…と身体に負担をかけないように慎重に階段を降りる。
……うっ、やっぱり振動が結構キツイな……
痛みでぎこちない動きをする身体をなんとか動かして階段を降りきると、ようやく騒がしさの正体を確認できた。
「ん、リラ……」
「あ、リンさんもう大丈夫なんですか!?」
降りてきた俺に気がついたリラが声を掛けてきた。
「ああ、なんとか大丈夫だよ。それよりここは一体?」
「ここはわたしのお家ですよ! お姉ちゃんにここまでリンさんを運んでもらったんです!」
お姉ちゃん? ……ああ、そういえばその人がリラと俺を見つけてくれたんだっけ。……あれ? そういえば見つけてもらえたってことは助かったんだよな? なんで俺は意識を失うことになったんだっけ?
「うーん……?」
「リンさんどうしたんですか?」
「いや、うーん?」
「ど、どこか悪いんですか!?」
俺の様子を見たリラが途端に慌て始めた。
「ど、どうしよう! すぐマリーさん呼ばないと! あとナオリ草ときれいなお水、それとあとシナナ草もじゅんびしなきゃ!」
「どうどう、はいリラストップ、ストップ待て待てよー。何しようとしてるのかはわからないけど体はちょっと痛いだけでそんなに問題ないから、ね? 落ち着いて落ち着いて」
「え、で、でももしまたリンさんが倒れたらわたし……!」
そう言って泣き出してしまった。
「え、いやっだ、大丈夫大丈夫! もう倒れないから、ね! ほら見て身体だってこぉ〜んなにぃいってぇ!!」
腕を大きく回して大丈夫アピールをしようとしたのだが失敗した。いやまじスッゲェ痛いわ。
思わず腕を押さえて悶絶する俺の側にリラが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですか!? や、やっぱりマリーさん呼んでこないと、リンさんがまた倒れちゃう!
そう言うやいなやリラは家を飛び出して行こうとした。しかし。
「リラ、待ちなさい」
それを咎める柔らかな声が響く。
声を上げた人物はシンプルなデザインのエプロンの紐を緩めながらこちらに歩いて来た。
「お、お母さん、でも!」
「落ち着きなさい。もうそんなに慌てる必要はないでしょう? お母さんに任せてみなさい」
「う、うん」
そう言ってリラは若干の落ち着きを取り戻したようで
まぁいいか。それよりも——
「えっとそちらの方はもしかしてリラのお母さんですか?」
俺はリラと一緒にいそいそと作業をしていた女性にそう声を掛けた。
「ええ、そうです。私はこの子、リラの母親でアマーリエと言います。この度は娘を助けて頂いたそうで本当にありがとうございます。」
にこりとほほえみ深々とアマーリエさんは俺に対して頭を下げた。
「い、いえいえ偶然ですから、そんなに大したことはしていませんので!」
「いえいえ、自身の安全も顧みずにリラを助け出すことはそうそうできることではありません。仮に本当に偶然だったとしても貴方がわたしの娘を助けてくれたことに代わりはありませんもの。お礼を言うのは当然です」
そう言ってアマーリエさんは再び頭を下げた。
大の大人にこんなに丁寧に頭を下げられた経験のない俺はこれ以上何もしようがないのでただ黙るしかなかった。
「ですので些細なおもてなしではありますがよろしければ食事を召し上がっていってください」
正直願ったり叶ったりだった。ここに来てからどの程度の時間が経過したのかは分からないが、俺は今お腹がものすごく空いていた。
「分かりました、ではお言葉に甘えさせていただきますね」
「ええ、是非そうしてくださいな」
こうして俺はリラ家のご相伴にあずかることとなった。
さて、食事を恵んでもらうのはいいが、やはり全ての作業を二人に任せるのは忍びないので何か手伝いできることはないかと尋ねたのだが。
「流石に怪我をされている方でましてや娘の命の恩人の手をお借りするなど出来ません」
と、至極真っ当な言葉で却下されてしまった。俺より小さなリラがせっせと動いているのに……。
すごくもどかしい。しかし現状何もすることがない、かといって客として招かれているのに失礼な佇まいをするのも出来るわけないので何気なく辺りの観察をすることにした。
この家の壁は木製のようだ。特に遊びのあるような構造でも装飾でもないが、その飾らない空間が心を落ち着かせてくれる。さらに壁には遊びはないが小窓に置かれた植物のインテリアがこの空間に絶妙にマッチしていた。
ポケーっとそんな家の植物や壁を見渡しているといつのまにか食事の準備が終わったようだ。俺の着席するテーブルには良い香りのするスープと黒いパンが並べられた。
「さぁリンさん、出来ましたよ。でももう少し待ってていただけますか? そろそろアーリィも帰ってくるはずですので」
「アーリィさん、……ああ、リラのお姉ちゃんのことですか、分かりました」
ふぅんそっか、俺を運んでくれた人はアーリィって言うのか、どんな人なんだろうなぁ。
あったことがあるはずなのにイマイチ顔が思い出せなかった俺は少しだけワクワクしていた。
何故か、それはリラのお姉さんでありアマーリエさんの娘さんだからだ。この二人はまずお世辞抜きで美人だ。そしてアーリィさんはこの二人とは血縁関係にある。姉だしそれは当然だ。つまりアーリィさんは美人である可能性が格段に高いのだ。
美人に会えるかもしれない、そう思えばワクワクするのは男として至極当然のことだ。
そんなことを考えているうちに俺の頭にふと疑問が浮かんだ。リラのお父さん、アマーリエさんの旦那さんはいないのかと。
試しにアマーリエさんに聞いてみると。
「ああ、お父さんは今王都に出張しているの。時々家には帰ってくるのだけど、ここ最近はまだ帰ってこれないみたいなのよね」
「あ、そうなんですか」
「そうなの。心配だから多少は無理をしててでも帰ってきて欲しいのだけど……特に今は大事な時期みたいで帰ってこれないらしいわ」
そう少しだけ寂しそうに漏らすアマーリエさんに俺はなんといったものか。
「そうなんですね、それなら仕事が上手くいくように祈るしかないですね」
「そうね、まぁでもアーリィが時々言伝を持ってきてくれているからそこまで心配することはないわよ」
「え、王都って結構遠いんじゃないですか?」
「まぁそうね、馬車で三日と言うところかしらね」
「そんな距離をアーリィさんは結構な頻度で往復してるってことですか? 危なくはないんですか?」
「そうね、確かに女の子一人に往復は辛いと思うけど、うちのアーリィは冒険者ですから」
冒険者!
そんな単語を耳に入れた俺の胸が思わず高なる。
やっぱりそんな職業があったのか! そりゃそうだよな異世界だし当然だよな!
俺は冒険者についてアマーリエさんに詳しく聞いてみることにした。
聞いた内容は大まかに俺の知っている冒険者とほぼ変わらなかった。魔物を狩り地域の安全に貢献し、時には未知の領域を探索したり、依頼者の護衛をしたり。それとダンジョンの攻略なども存在した。
この世界におけるダンジョンとは魔素と呼ばれる物質が溜まり、ある一定の地殻変動や魔物のボスが生まれることで発生する特殊な領域のことを言うらしい。俺の想像ではダンジョンといえば洞窟や塔などがあったが、この世界のダンジョンは形に囚われないようだ。そのかわり発生する規模はランダムで、魔素の溜まった領域の広さに応じて小さいものは家の一軒家程度で、広いと下手すると都市一個分の範囲があることだってあるらしい。
ここで決して侮ってはいけないことは、見た目の広さだそうだ。ダンジョンは発生すると一定の期間を経てから成長をするのだそうだ。しかしそれは見た目で判断するのは難しく、入ってみないと分からない。さっき挙げた例の一軒家ほどの大きさのダンジョンは中にはとてつもない広さのダンジョンが広がっていたそうだ。
ただ、ダンジョンは恐ろしいだけでは無く巨万の富をもたらす存在でもあるらしい。多量の魔素から形成されるだけあってダンジョンの中には魔素によって変質した希少な鉱石や特殊な効果を持つ『魔装』といったものが手に入るらしい。希少価値の高いものは売れば一生遊んで暮らせるものなども存在するようだ。
「それでねそれでね!? なんと言っても凄いのがダンジョンの核になる存在で『アーツ』って呼ばれるものがあるんだけど、それを使うとね、自分に合ったスキルを覚えることができるの!」
「へーそうなんですか」
「当たり外れは結構激しいんだけど、使えば誰でも一つスキルを覚えられるからオークションに売りに出せば家が一軒建つくらいの価値があるのよ!」
「なるほど」
段々とヒートアップしてきたアマーリエさんとは対照的に俺のドキドキはいつの間にかなりを潜めていた。いや、期待通りでワクワクはしてるんだけどやっぱりアマーリエさんのテンションが高すぎてついていけない。
「もしかしてアマーリエさんって冒険者やってたりするんですか?」
「ええ、昔だけどね」
「へぇ、凄いですね」
「そんなことないわよ、当時でも私より凄い人はたくさんいたし、ダンジョンコアの獲得だって一度きりだったしね」
「へぇ、……あ、もしかしてそのダンジョンコアを売ったお金でこの家建てたんですか?」
「そうよ、その時はもう冒険者引退しようと思っていたしね。体を落ち着ける場所が欲しかったのよ」
「そうなんですね」
俺が相槌を打つとアマーリエさんはにっこりと笑った。
「さて、もうそろそろアーリィも帰ってくるはずなのだけど……、帰ってこないしお先に食べてしまいましょうか」
「いいんですか?」
「ええ、いいのいいの。それに早くしないと……」
アマーリエさんがチラリと横を見る。そこにはそーっとつまみ食いをしようとしているリラを見つけた。
「……ご飯がなくなってしまいかねないでしょ?」
アマーリエさんの視線に気がついたリラはシャッと素早く手を引っ込めた。
「ははっ、ええ、そうですね」
こうしてようやくリラは食事にありつくことができたのだった。
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