第3話
「リラッ、ああリラッ! よかった、本当に良かったよぉ!!」
茂みから飛び出した美少女は俊敏な動きでリラに抱きついた。
「わっ、お姉ちゃん! あぶないよ」
「リラぁ、リラぁ、ああリラぁ!!」
もう離すまいといった感じで美少女はリラをきつく抱きしめる。その目からは安堵の涙が溢れていた。
こうなってくるとリラも肉親に会えてホッとしたのだろう。こちらからも大粒の涙が溢れてきてしまった。
「くっ……!」
ついでに俺も。
体感で約10分後。
姉妹の再開をこのまま見続けるのは俺にとって幸せな時間ではあるのだが、この二人俺がアクションを起こすまでテコでも動きそうな気配がありゃしねぇ。
なので非常に残念だが声を掛けた。
「あの〜、もしもし?」
「うっ、ぐすっ……、あ、リンさん!」
「うぅ、ひっく、うぇ?」
リラは思い出したかのようにこちらを向き、美少女、というかリラのお姉さんは滂沱の涙を流しつつこちらを向いた。うわ、鼻水も出てるがな。
「り、リンさんごめんなさい! ほ、ほらお姉ちゃん! このリンさんがわたしのこと助けてくれたんだよ!」
「え!!? そうなの!?」
「はは、まぁ、成り行きですが」
と、答えた次の瞬間。
「ありがとおぉぉぉぉ!!」
「どわぁ!?」
パッとリラから手を離したハナタレ美少女が俺に向かって飛びついてきた!
慣性に一切逆らわなかった、逆らえなかったので勢いのままに柔らかい地面に押し倒された。
「ありがとお、ありがとお…… ! 貴方がいなければうちの妹はゴブリン共に酷いことをされて……! ああぁ本当にありがとお……!」
「い、いやいやお気になさらず! それよりも離れていただけると大変ありがたいのですが……!」
顔を真っ赤にして俺は叫んだ。いやあの、女の子の象徴のお胸がッ、バストがですね、むにゅんっ、って! むにゅんっ、てなってるんですよ!
哀しきかな俺には女性経験がないので、薄く厚い次元の壁を介してしか見たことないので! 頭がぐるぐるしてしまうのです、はい!
それと、もうこっちの方がメインなんだけど痛みがね? もう、限界来てるんですよ。さっきから俺の身体が女の子の細腕に抱かれて軋みを上げているんですよ……! 女の子の抱擁は夢にまで見たようなシチュエーションだけど状況が良くない! 神様、なんでこんなタイミングなんですか!
あーやばい、やばいよもう意識持ってかれそうだよ、激痛に苛まれながら極楽を味わうってこれなんて拷問ですか?
「お、お姉ちゃん! 泡吹いてる、リンさん泡吹いてるよ!」
「えっ!?」
慌ててリラのお姉さんが驚き、抱擁と言う名の拘束を解いたが時すでに遅し。俺の意識は深い闇の中へと落ちていったのだった。
リラ視点
「きゃあぁ!! リンさん大丈夫ですか!?」
倒れたリンさんに駆け寄って呼び掛けるけど、目を覚ます気配がない。
「もうお姉ちゃん! 何やってるの!?」
「グスッ、ごめんなさい……」
「わたしを助けてくれた人なんだよ! ケガだってしてるのにあんな攻撃して!」
「え、いや、ちがっ、私はただ感謝を伝えようと……」
「言いわけしないの!」
「……はい」
私に怒られてお姉ちゃんがシュンとする。普段はとっても頼りになるお姉ちゃんだけど私のことになると何故かこうなる。
「はぁ……。ねぇお姉ちゃん、この人お家に連れて行きたいから運んでもらってもいい?」
「ん、ええそうね。リラを助けてもらったお礼もしたいし、こんな所に置いていくのはかわいそうだしね、連れて行きましょう」
そういうとお姉ちゃんはリンさんの腕を上げて体を滑り込ませてリンさんの身体を背負った。
「ぐっ……」
「あら、この人すごいケガ……! こんなケガでよく動けたわね……!」
「うん、スゴかったよ! ゴブリンさん達を3匹やっつけっちゃったもん!」
「えぇ!? この身体で!?」
「そうだよ、最初はゴブリンさん達にいっぱいぶたれてたけどやっつけたの」
「俄かには信じられないけど……、リラが言うなら本当なんでしょうね」
「うん!」
あの時のリンさんは、ちょっと怖かったけどかっこよかったなぁ。
リンさんがいなかったらきっとわたしはこわいことをいっぱいされて食べられちゃったはず。
そう考えると、わたしの体はブルブルと小さく震えだした。
「リラ、大丈夫?」
お姉ちゃんがそんなわたしの様子を見て心配そうに声を掛けてくれる。
そうだ、もう怖がらなくていいんだよね、リンさんが約束してくれたし、お姉ちゃんも一緒にいてくれるし。でもその肝心のリンさんはさっき気を失っちゃったけど……
「ま、リラも見つかったし早いところ私たちも帰りましょう。モンスターが出てこないとも限らないんだから」
「うん、そうだね」
そんなやりとりをして、わたしたちはアレイルの森を後にした。
リラや燐たちが森を抜けた頃、ゴブリンの集落に蠢く影が訪れた。その影の視界には同胞である者たちの凄惨な亡骸が3つ転がっていた。
「コレハ……ナニゴトダ?」
蠢く影のうちの一体が唸るような声で周りの同胞に問う。
同胞たちはお互いに顔を見合わせ、問いに対する答えを探すが見つからない。
問い掛けた一体は注意深く同胞の亡骸を確認する。
それらの亡骸には頭部が無かった。いや、潰れていた、というのが正しいかもしれない。
「コロサレタ……? コノモリニワレラニハムカウモノガイルノカ……!」
その時、斥候に出ていた同胞の一体が帰ってきた。何やら何かを見つけたらしい。
「ナニ? ニンゲンガイタ? ……ソウカ、ドウホウヲコロシタノハニンゲンカ! オモシロイ……!」
他の同胞よりも屈強な体つきをした一体は面白そうに笑った。
「ドウホウタチヨ、ウラミハカナラズワレラガハタソウ」
亡骸にそう言って踵を返す。『ゴブリンエリート』、それは偶然に生まれた魔物。他のゴブリンよりも遥かに屈強な身体と知能を持つ。
魔物の世界は強者に絶対服従が掟である。どんな命令にも弱者は従わねばならない。
「ヨシ、喰エ」
強者が命令を下すと同時に十数体のゴブリンが三体の亡骸を喰らう。
同胞の亡骸を糧にゴブリンは力を持つ。
彼等は『ホブゴブリン』。『ゴブリンエリート』の持つ部下のような存在である。
そんな『ゴブリン』の能力を上回る集団に目をつけられたことを燐たちはまだ知る由もない。
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