第1話

「くぅ……ん、んん? ここは……」


強い草木の匂いを感じた俺は目を開ける。黒点の先で会えると思っていた親友と志摩さん、御影さんの姿はなかった。

代わりに俺が見たものは、鬱蒼と生い茂る木々や背の高い植物、そして——。


「ゲギャギャ……」

「グギィ……」

「ギギャギャ……」


およそ人とは似て非なる緑色の体躯。小学校の四年生くらいによくいそうな身長の小人。大きさは少しは可愛らしいのだろうが人相がおかしい。

ぎょろりと動く黄色の瞳、特徴的な尖った悪魔のような耳と鼻、裂けるように開いた口から覗く鋭い歯。


どれを取っても人間とはまるで違う。そんな存在が3人、いや体か? がこちらを警戒するようにこちらを見ている。


俺はそんな醜悪な存在の中に明らかな異物が入っていることに気がついた。


「(ブルブルブル…)」


怯えた目でこちらを見ていた、目尻に涙を浮かべ今にも決壊しそうな目でこちらを見ているそれは人間だった。間違いなく。

着ている服が所々破け、至る所に血が滲んでいるのが窺えた。そしてそれはなんと歪な見た目をしているがしっかりとしていそうな木製の檻の中にいるのだ。

この状況から考えられるのは——。


(捕まっているのか……?)


それしか考えられないだろう。正直何よりアイツらの醜悪な外見で悪さをしないようには見えない。何よりこいつらは悪だと俺の本能が断言している。


「グギャッ!!」


と、その時この意味の分からない緊張感に痺れを切らしたのであろううちの1体がこちらに向かってくる!


「うおっ!?」


今気付いた、こいつら手に何か持ってやがる! 注意深く観察するまでもなくそれは棍棒と呼ぶにふさわしい代物だった。


「ギィッ!」


気合の咆哮と共に棍棒をよりにもよって俺目掛けて振り下ろされる。


「あっぶね!」


咄嗟に何とか身体をひねって避けることに成功した。しかし——。


「ギャギャアッ!」

「ゲゲッ!」


仲間の攻撃を躱した俺の様子を見ていた他の2体が追撃を浴びせんと迫ってきていた!


「うおっ、ちょ、ざけんな!!」


どう考えても分が悪すぎる展開に俺は逃げ出した。駆け出した俺の背後から次々と棍棒が振り下ろされる。

素人ゆえの幸運とでも言うのだろうか、チラチラと背後を見ながら危なげでありながらも何とか2発躱した。


「ギャアッ!」

「ぐぁッ!?」


(いってぇ!!)


3発目を俺は左腕に食らってしまった。バットで腕を殴られたらこんな感じなのだろうか。想像以上の鈍痛が俺の左腕を襲った。

しかし倒れることはしない。倒れたらさっきの攻撃が背中に、足に、最悪頭に喰らうことになる。あれほどの衝撃だ、下手したら死……死?


(死ぬ? 俺が? そんなまさか……)


死なんて考えなければよかったと思うよりも先に、俺は自分に死が訪れるかもことを想像してしまった。ありえない、そう思っていても紛れもなくこの左腕の痛みは、当たりどころによっては死をもたらしめることを否応無く理解させていた。


その瞬間、俺の背後から迫り来る存在が嗤いながら命を刈り取る死神に思えてきた。


休みなく走り続けてはいるが、一向に背後の存在との距離が広がる気がしない。

喉が渇き、鼓動が増す。肺からは限界を告げる悲鳴が口から漏れ出る。


さて、どこをどう通っているのか、がむしゃらに走り続ける俺にそんな事はわからない。景気が変わらないし、多少変わるとしてもつんのめって地面が俺の視界に入ってくるくらいだった。

だが、そんな終わらないと感じられるほどの逃走劇にもついに幕が降りた。


「陽の光!」


(やった出口だ!)


そう思い、最後の力を振り絞る。必死に足を動かし命をつなごうと頑張った。


「うそ、だろ……」


しかし待っていたのは絶望だった。俺の前には歪な檻と、中に入った小さな少女がいた。つまり。


「戻って、き——」


ドンッ、ドンッ、ドンッ


瞬間、俺の背中を衝撃が襲う。次に足、尻、右腕と、左腕と同じような鈍痛が走った。


悲鳴を出すことも許されない、正に袋叩きと呼ばれる状態にあった。

身を縮めて、殺意の嵐から命を守ることに全力を尽くす。

嗤いながら俺を滅多打ちにするそいつらはとても楽しそうで。俺をオモチャにして遊んでいるのがよく分かった。


(畜生、こいつら、絶対にゆるさねぇ……!!)


多勢に無勢は百も承知。だけどせめて、せめて一矢報いたい!

俺の目は瞬時に相手を攻撃できそうなものを探し始める。すると俺の目が捉えたのは。


(棍棒……?)


殴り疲れたのか、己の武器である棍棒を手放しくつろぐバカがいた。


(これしかねぇ!)


2体の化け物が棍棒をほぼ同時に振り上げた瞬間、生への執念と怒りを以ってして立ち上がりバカの棍棒を拾い寛いでいるバカの脳天目掛けて力の限り振り下ろした!


「死ねぇぇぇぇ!!!」


バガンッ!!


俺の繰り出す全力の一撃はバカの脳天に一部の狂いもなく命中し、バカの頭蓋骨を大きくひしゃげさせた。


突然の俺の反撃に驚く化け物どもが何が起こったか分からないようで、振り上げた棍棒をそのままに止まっている。


「テメェらも死ぬんだよぉぉぉぉ!!」


素早く駆け寄り2度目の全力攻撃をブチかますために棍棒を大きく振り上げる。

そんな俺の様子を見て化け物は再び脳天を狙ってくると思ったのだろう、小賢しく防御の姿勢をとった。が——。


「うオラァッ!!!」

「げピュッ!」


に化け物の頭を吹き飛ばす。

脳漿が飛び散り今まで見たこともない光景が繰り広げられるが、今の俺にとってそんなことは些細な問題だった。それよりも——。


「ギャ、ギャアァ!!」


仲間の2体が死んだことにより恐ろしくなったのか、化け物がその場から逃げ出そうとする。

俺はそんな化け物の様子に怒りがさらに大きく増幅された。


だってそうだろう。今まで自分が優位に立って好き勝手やっていたのに反抗されて分が悪くなったら逃げ出すなど。


「許されるわけ……」

「ギャギィ!?」

「ねぇだろうがああァァァ!!!」


グシャアッ


と。まるで果物が潰れたような音を残して化け物の頭がひしゃげるどころではなく、完全に潰れた。


「はぁ〜っ、はぁ〜っ、ふぅ〜っ……」


頭部のなくなった化け物の死体を見下ろし、動悸が収まるまで待つ。



どの位はぁはぁ言っていたのだろうか。段々と頭が冷えてきて冷静になるにつれて、自分のしたことと目の前の光景を見て、俺は抑えきれずにその場に吐いた。


「おぇ、オェッ、うぅ……」


人殺しとは違う、でもこんな大きな生物など生まれてこのかた殺したことなどなかった。いまだに残る、頭を潰した時の頭蓋の感触が頭から離れない。


一刻も早くこんな感覚を忘れたかった俺はその場を後にしようとした。


「あ、あのっ!」

「!? な、なんだ!!」


突然後ろから声が聞こえたことに驚き振り返る。するとそこには。


「あ、あぁ君か。ああ、ごめんそれ開けたほうがいいよね」

「あ、はい、おねがいします」

「ちょっと待ってね」


歪な檻に近付き開けられる場所を探す。すると以外と簡単に見つかり、鍵らしきものも発見した。しかしこの鍵は檻とは違い、およそ鍵と呼べるような代物ではなかったので壊して扉を開ける。


「大丈夫?」


そう言って俺は手を差し伸べて——気付いた。


「うおっ、なにこれ!!」


俺の手は真っ青だった。化け物どもを殺した時にべったりと血液が付着していたようで端から端まで俺の手は化け物共の血液であろう青い血に濡れていた。


「うわっ、くっさ! すっげぇくせぇ!!」


ようやく気付けたのは幸運だったと信じたい。なんとも言えないような匂いがそれはもう凄かった。何故こんな匂いに気がつかなかったのだろうかと不思議に思えるほどに臭かった。


そんな風に少女を目の前にして一人で騒いでいると、少女が声をかけてきた。


「あの、出してもらってもいいですか?」


そっと、俺の真っ青な手が小さな手に掴まれた。思わず少女を見ると、少女は俺と目を合わせにこっ、とはにかんだ笑みを浮かべた。


「あ、ああ分かったよ」


恐る恐る少女の手を引いて檻から脱出する。


「じゃあ、行きましょうか」

「え、どこに?」

「おうちです」

「え、お家? あ、お家……了解です」


なんでだろう。俺が少女の手を引いていたはずなのにいつのまにか少女が俺の手を引っ張っている。


不思議に思いながらも、急かす少女に待ったをかけて自分が使った棍棒を拾い直して再び少女に手を引っ張られながらも俺はその場を後にするのだった。

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