拳の剣聖
@shinkai0927
プロローグ
「よぉ〜っしこれでSHR終わりな、ハイ解散!」
担任の中山がそう締めくくると、途端に辺りが騒がしくなる。
鞄を手に取り席を立つ者、一目散に友達の元へ走る者、迅速に教室から出ようとする者、様々な行動を起こす者たち。
それらの者の中から一人こちらに向かってくる者がいた。
「よぉ燐、一緒に帰ろうぜ〜!」
「おう、そうだな」
そう言って俺が返事を返した相手は相坂時哉(あいさかときや)。俺の1番の親友といっても過言ではない。
特にスポーツもしてないはずなのに、やたらと筋肉質な体格をしている。言ってみれば“細マッチョ”という表現がしっくりくる。
「どうした? 俺の顔になんかついてたか?」
「ああ、目とか鼻とか口がついてるな、珍しい…」
「珍しいってなんだよ、こんなん毎日ついてるものだろうが!」
「え、お前それ毎日つけてんの? 引くわぁ〜…」
「よし、喧嘩なら買うぜ! あっちでやろうか!」
「すみません嘘ですちょっと調子に乗っただけなんでそのグーはやめてくださいホントお願いします」
大変気持ちのいい笑顔で拳を構えた親友をなんとか宥めようとする。
だが、あの手この手を使ったが何故かいつもよりも今日は決意が固い。やりすぎたか……? だからといってパンチをもらう気は毛頭ないが。
俺がジリジリとニコニコしながら近寄ってくる親友に冷や汗を垂らしていると。
「もう、ま〜たやってるのねお二人さん!」
「時哉君、グーは良くない」
「え、あっ志摩さん御影さん! ちょっとこの子止めて!」
ナイスなタイミングで相坂の背後からやってきた御影さんと志摩さんに反射的に助けを求める。
「え、志摩さん?」
振りかぶった拳を宙で止め、相坂はくるりと後ろを振り向く。それを確認して志摩さんがもう一度口を開いた。
「時哉君、グーは痛いからダメ」
そう諌められた相坂は他者が見てもわかる程に狼狽し始めた。
「い、いや志摩さんこれはなんと言うかそのですね、そ、そう! これはいつものじゃれ合いなんで別に俺も本気で殴ろうとしたわけじゃなくてですね…!」
あわあわと身振り手振りで弁解する友人はやはりと言うかなんと言うか滑稽だった。
これは別に友人でなくてもわかることなのだが、相坂は志摩さんのことが好きだ。当の志摩さんの気持ちが誰に向いているのかは分からないが、相坂が志摩さんに片想いをしているという一点においては覆しようがない事実だ。
さらにこれまた不思議なことにこれだけバレバレでも当の本人は自分の気持ちがバレてないと思っているものだから、挙動の一つ一つに必死に想いを隠そうとする気持ちそのものが出てしまっているのだからこれを面白いと言わずになんと言おうか。
勿論友人の俺としては無事に想いを伝えて是非とも両想いになってほしいと思う。
だが、それはそれ、これはこれだ。
そんなふうに考えながら何とか笑いをこらえつつ顔を上げると。
「ふふふっ…!」
ぱちっ
「「あっ」」
ひそかに笑っていた御影さんと目が合った。その瞬間お互いにサッと顔を逸らす。
俺の心臓がバクバクと激しく動き出す。御影さんこと
一応御影さんは所謂幼馴染みという間柄なのだが最初は恋愛感情なんて無く、小学校まではごく普通の女友達みたいな認識だった。
しかし同じ中学に上がってから思ってしまった。
あれ、朱音ちゃんめっちゃ可愛い。
これは一目惚れと言っても良いのだろうか。兎に角中学生になった朱音ちゃんがとても魅力的な女の子に見えたのだ。自分の気持ちに気付いてしまったら今までと同じ接し方なんて思春期の男子に出来るはずもなかった。
だから中学時代は朱音ちゃんに対して妙によそよそしくなってしまい一緒にいる時間は格段に減ってしまったのだ。
流石に俺はそれを深く反省し、高校に入学してからはなるべくよそよそしくない態度を貫く努力をした甲斐あってこうして関係をある程度修復することができた。
しかし俺にできたのはそこまででそこからの一歩がなかなか踏み出せずにいた。
(今の表情可愛かったなー)
そんなチキンな俺はこうしてたまに目が合うだけでも満足してしまっていたのだ。
俺は昂った感情をドクドクと脈打つ鼓動を収めるように、小さく深呼吸をしていく。そうして心を落ち着けてから気持ちを切り替えるように相坂に声をかける。
「あ、相坂そろそろ帰ろうぜ!」
「あ、おう、そ、そうだな!」
チキンな俺からは御影さんをどこかに誘うなどという提案など思い浮かぶはずもない。
そうしてどこかぎこちない短い会話でお互い色々と察した俺たちはカバンを手に取りその場から逃げるように去ろうとした。だが——。
「ね、ねぇ! きょ、今日は一緒に帰らない、かな!?」
「「え」」
突然の御影さんの提案。俺と相坂は顔を見合わせた。
「(ど、どうする!?)」
「(え、いやぁどうしよう!? 燐はどうしたい!?)」
(この野郎卑怯な質問を…!)
「(いやそんなこと言われても、お前こそどうしたいんだよ!?)」
「(は? なんで俺に選択肢回ってくんの?)」
「(だってお前志摩さんのこと好きだろ、これめっちゃチャンスだろ!?)」
「んなッ!?……(なんでお前それ知ってんだよ!)」
「(あんだけバレバレだったら誰だって分かるわ! ほらさっさと決めろ!)」
ヒソヒソと相談していた俺たちを見て御影さんが悲しそうな顔をした。
「あ、あのダメならいいんだよ!? 迷惑じゃなければって話だから……!」
そう言った御影さんの顔は申し訳なさそうで、でも悲しそうで。
そんな顔を見た俺は思わずついて出た言葉を口にした。
「そんなことないよ! 待たせたね、じゃあ一緒に帰ろうか!」
「そうそう! 寧ろこっちからお願いしたいくらいだ!」
さすが俺の親友、とっさの言葉の意図を汲み取ってしっかり援護射撃をしてくれる。
俺たちの返答を聞いた瞬間、御影さんの顔は花が咲いたように笑顔をつくった。心なしか志摩さんの表情も明るい。
流石にあんな顔をされちゃあ男として動かない訳にはいかないよな。
軽く息を吐き出しもう一度二人に声をかける。
「じゃあ、帰りにマック寄らない? 俺たちいつも帰りに寄って帰ってるんだよね」
「え、マック!? 行く行く、沙彩も行くよね!」
「朱音が行くなら私も行く」
「うぉし、決定! それじゃさっさと行こうぜ!」
相坂の言を最後にぞろぞろと教室の出口に向かって歩き出そうとした、その瞬間。
あたりが急速に明るさを失う。陽の光は完全に遮断され窓にはべったりと黒色の塗料をつけたような漆黒が広がる。
あっという間に周囲が完全に闇に包まれた教室。だが不思議なことにぼんやりと教室の壁自身が淡い赤色の光を灯した。
その灯りはゆっくりと点滅を繰り返す。それはまるで不気味な呪文を唱えているかのような錯覚を周囲の人間にもたらした。
不思議な現象はなおも続いた。
「なに、あれ?」
教室に未だ残っているいずれかの生徒がそんなことを言った。
震える指が指した先にあったもの。
「……点、が浮いてる?」
黒い、ビー玉ほどの球体がフヨフヨと宙に浮いていた。それを見つけた直後、今度は教室が鳴動を始める。
「なに? なんなのこれ?」
あまりにも現実離れした体験をした御影さんが戸惑いの声をあげる。無理もない、俺だって相坂だって似たようなことを思っているのだから。表情は窺えないがきっと志摩さんも不安げな表情をしていることだろう。
思案していると恐慌状態に陥った一人の生徒が教室の扉に駆け寄り扉を開けようとしていた。
「くそ、開かねぇ! なんだよ、なんなんだよこれはぁ!! こんなわけわかんねぇことに巻き込まれてる場合じゃねぇんだよ! アニメが、アニメが始まっちまうだろうがぁ!!」
ガチャガチャと必死の形相で涙を流して開けようとするが無情にも扉は開かない。
扉を開けようとする生徒を不安げな目線でクラスメイトたちが見守る中、ついに事態が大きく動き出す。
それは目を疑う光景だった。必死に扉をどうにかしようと奮闘していた生徒が異変に気づく。
「な、なんだ!? 誰か引っ張ってるのか!?」
その生徒は背後で自分を扉から引き剥がそうとしている者がいると思ったのだろう。だが違う、彼の背後には誰もいなかった。にも関わらず。
ズズズ……、ズズズズ……
「あれっ、誰もいない!? おい、なんだよこれどういうことだよ!」
あまりの事態にパニックを起こし暴れてナニかに抗おうとする生徒。しかしその生徒がどんなに足掻こうと後ろに引っ張る力が衰えることはなかった。
「た、助けて! 誰か、誰かぁ!!」
完全に恐怖を剥き出しにして周りに助けを求める生徒。だがそれに答えてくれる者はいない。俺含めて皆あまりの事態に足が動かないのだ。
そしてついにその時がやってきた。その生徒が宙に浮いた黒い球体に触れた。その瞬間——
「たすっ」
ヴァンッ! ドプンッ
突如先程までの体積を何十倍にも膨らませてその生徒をあっという間に飲み込んだ。呑み込んだ瞬間その球体には波紋が起き、だんだんと大きさを収束させていく。そしてその波紋が治まった頃にはその球体は再び小さくなっていた。ただし、さっきの生徒を呑み込む前よりも明らかに大きくなっていた。
「「「…………」」」
その間動けた者はただの一人もいなかった。そして事態は無情にも更に悪い方向へと進んでいく。
まさにあっという間だった。明らかに力を増した黒点はパニックになり悲鳴をあげる生徒たちを男女構わず次々に呑み込んでいく。その間俺たちは、まるでブラックホールのような黒点に呑まれまいとお互いの体を掴みあって重さを増すことでどうにか耐えていた。
しかし、俺は気付いた。
「
他の人は身体が浮くほど強烈な力に脅かされているのに俺だけは何の力の干渉も受けていなかったのだ。
この力の前で俺たちが耐えられているのは恐らくそのせいもあるだろう。
(このまま耐えていれば助かるかもしれない!)
そんな淡い期待を抱いたのも束の間。
ゴォウッ!!!
刹那力の威力が大幅に増し一気に身体を持っていかれる。今度は俺ごとだ。
「あっ……!」
「沙彩ッ!?」
あまりの衝撃に手を離してしまった体格の小さい志摩さんの身体が一気に黒点に引き込まれそうになった、そのとき。
「くそッ、志摩さんッ!!」
「あっ、相坂!!」
なんと隣の相坂が俺の身体を意図的に離し、一目散に志摩さんの元へ駆けて行ったのだ! 抗う術を失っている志摩さんはそのまま相坂に抱きしめられたまま二人とも黒点の中へ身を沈めた。
「くそっ! 御影さん大丈夫!?」
「あああ沙彩、さあやぁッ!!」
それを見届けてしまった御影さんが平静でいられるはずもなく。目の前で親友が消えた悲しみでパニックに陥った。
「あああぁぁぁぁッ!!! さあやぁぁぁぁッ!!」
「御影さん落ち着いて! 手が離れちゃうよ!!」
「ううぅぅぅぅぅっ! さあや……」
「先ずは自分のことに集中してッ! 手さえ離れなければ俺が御影さんを守るからッ!!」
「……ッ、うん!」
ギュッと俺の手を握る手に力を入れる御影さん。だがやはりその手は震えている。
嵐のような暴虐の力はまだ続く。空気を吸い込む音がいつまでも耳元で鳴り響く。だがこれ以上力は増さないようだ。
(このまま耐えれば……!!)
いける。そう思った。しかしその瞬間。
荒れ狂う黒点の中からずるりと。黒い触手のようなものが這い出るように現れた。その触手は力の影響をまるで受けずにスルスルとこちらに向かってきて御影さんの足に絡みつく。
「!? やっ、なにっこれっ!?」
御影さんは絡みついた触手をどうにか振りほどこうとするが解けない。すると触手はなんとグイグイと黒点の中へ御影さんを引き込もうとしているではないか!
「くそッ、こいつ! 離れろ、離れろよ!」
俺は慌ててなんとか解こうとするが、不思議なことにこの触手に触れることができない。それでもなんとか行かせまいとして御影さんの身体をを引き留めようとするが、俺の力など物ともしないようでズルズルと黒点の方へと御影さんを引き込んでいく。
「いやぁッ、助けて! 助けてぇ宮間くん!!」
御影さんは縋るように俺の腕を引く。
「御影さん!! くそ、止まれぇッ……!!」
強く、強く。ひたすら強く、この手を離すまいと俺は御影さんの手を、腕を固く握る。そうすることで少し、ほんの少しだが引き寄せる力に対抗出来た気がした。
しかし——。
「!? 宮間くん!!」
御影さんが悲鳴にも似た声で俺を呼んだ直後。
ガツンッ
「がッッ……!?」
顔面を極太のナニかが強く強打した。その衝撃により俺の意識が大きく揺らぐ。その瞬間俺の全身の力がフッと抜ける。すると手から御影さんの細い指がするりと離れた。
「いやッ、宮間くん、宮間くんッ!!」
辛うじて御影さんを呼ぶ声が聞こえる、ボンヤリともやがかかったような視界の中で御影さんが必死に俺の名前を呼んでいる。
「宮間くん、大丈夫!? しっかりしてぇ!!」
御影さんが掴んでいた俺の腕がガクガクとゆさぶられる。しかし身体に力が入らない。その間にも速度を上げて俺の身体を引き摺りながら御影さんの身体が黒点に引き摺り込まれようとしている。
「う……、み、かげ、さん……!」
「!! 宮間くん! 良かった、大丈夫!?」
返答の代わりに俺は再び御影さんの腕を握ろうとした、が。
「きゃあ!?」
「う……く……」
ガクンと身体に衝撃が走る。突如として触手の引き込む力が大幅に増加したのだ。上手く力の入らない俺の身体はあまりの速度に軽く宙に浮いた。
それを好機と捉えたかのように触手は一気に御影さんの下半身を黒点へと瞬く間に引きずり込んだ。さらにズブズブと黒点の中へと腰、胸と引き込んでいく。
俺はこれ以上はやらせないとばかりに黒点から御影さんを奪還せんと力を振り絞る。
「御影さん、がん、ばって……! あきらめ、ないで……! 俺が、必ず助ける……からッ!!」
俺は、御影さんの肯定の意思が聞けると思っていた。俺の「助ける」という言葉を信じてくれる、そう思っていた。だけど。
「もう、いいの……」
彼女の、御影さんの口から溢れてきたのは諦めの言葉だった。
「ッ! あきらめ、ないでよ……!! 絶対、ぜったいなんとかするからさぁッ……!!」
険しく歪めた俺の目に涙が滲む。そんな俺の姿を見て御影さんの悟ってしまったような目にも涙が溢れる。
徐に御影さんが口を開く。
「最後、かもしれないから伝えさせてね」
「最後なんかじゃ、ないって……!!」
「私ね、宮間くんのことが——」
「今は聞きたくない!!」
「好きです」
「聞きたくないったら!!!」
「ずっと、好きです」
「だからッ」
刹那、俺の口は御影さんの唇によって塞がれた。そして次の瞬間、強く突き飛ばされた。なすすべも無くされるがままだった俺の瞳には涙を浮かべた笑顔で黒点に引き込まれる御影さんだった。そして御影さんが完全に黒点に呑み込まれると、黒点はその場で音を立てることもなく夢散した。
「うぅ……、ちくしょう、ちくしょお……!」
大切な人が目の前から消えた。無事かどうかも分からない。俺は自分の無力さに溢れる涙を抑えることができなかった。
「くそが、なんで、なんでだ……!!」
ガン、ガンと拳を床に打ち付ける。何度も、何度も。拳の皮がめくれて血が滲んでもひたすら拳で床を殴った。
「何で何だよ!! ふざけんなよ!! こんなことなら、どうせなら俺も連れてけよぉッ!!」
手当たり次第に近くの机を蹴り飛ばし、椅子を投げ飛ばす。
時間にして数分だろうか。俺は手当たり次第にそんなことを続けた。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」
そうして力を使うことによって何とか頭が働くようになってきた。そうして初めて気づいた。
「……あれは」
俺が視界に捉えたもの、それは——。
「黒点?」
いや、黒点のような形をしているが色が違う。
「……引き込もうとしている?」
先ほどの黒点の影響を一切受けなかった俺の体が、その赤い黒点に呼応するように引き込まれようとしているのだ。
しかしその力は先ほどの黒点とは威力が全く異なり、とても弱い。抗おうと思えば簡単に抗える力だった。
こんな得体の知れない物体に身体など普通は突っ込もうとはしないだろう。
だが、俺には確信があった。確証はない、だけどこの中に入ればもう一度御影さんに会えるという確信が。
ためらう時間なんて必要ない。もう俺は御影さんを必ず守ると、助けると決めたのだから。もしまた会える機会があるなら今度こそ、守り通す。
俺は確固たる決意を胸に赤い黒点に身体を預けると、なんとも言えない感触が身体を包む。そしてじわじわと俺の身体が沈み込み、頭が黒点に沈む瞬間、俺の意識は闇に落ちた。
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