第12話 さあ読むぞ!

 右肩に四キロ左肩に四キロそれぞれリュックを担いだ俺は自室へとなだれ込む。

 リュックを床に降ろした瞬間に肩の痛みと疲れから開放されて思わず声を上げてしまう。


「ぬあー!疲れたぁー!」


 肩がギシギシ言っちゃってるよもう。

 俺は両肩をグルングルンと回してコリをほぐす。


 ある程度肩の痛みも引いた辺りで俺は降ろしたリュックにチラリと目を向ける。


「四十九冊かあ。結構なマラソンになるぞこりゃ」


 俺は山のように積もった単行本を見て軽いため息をつく。

 ガラスの仮面。作者は美内すずえ。1976六年から連載が開始されてるから、えっと、四十六年も続いてるのか! すげえな。めっちゃ長寿作品だな。


 事前に最低限の知識はネットで仕入れてはいるがそれでも俺の少女漫画に対する苦手意識は緩和されなかった。

 本当にこれで少女漫画アレルギーが治るのだろうか。そんな思いがふと俺に湧き上がってきた。


 相模原と伊勢原先生があれだけ熱弁しているのだから面白いのだろうけどもやはりどこかノれない自分が存在している。

 俺が少女漫画に対して苦手と感じている部分は主に三つ。


 一つがどれも似たような絵柄に見えること。


 作者によってある程度の絵柄の差はあるがやはり少女漫画の絵柄は少女漫画している。

 きっと少女漫画を読み慣れている人からすればどの作者の絵柄も見分けることができるのだろうが

 門外漢である俺にはどうにもうまく判断できないのだ。


 そしてもう一つがどれも似たような物語ばかりなんじゃないか?という疑念だ。

 主人公がイケメンとくっついたり離れたりするのが少女漫画なんだろうし。


 そうなると似たような絵柄で似たような物語ばかりなんだし読む必要なんてなくね?というのが俺の考えだ。


 最後の一つがピンク色の背表紙だ!

 背表紙。本の横の部分だな。少女漫画はどれも背表紙がピンク色なのが苦手なんだ!


 過去に漫画喫茶で間違えて少女漫画コーナーに入り込んでしまったことがある。

 その時の気持ちと言ったらどう言い表したものか。


 右もピンクで左もピンク。そんな空間に自分が立っている。それだけで自分がこの場所に存在してはいけない。そんな気持ちが溢れてきて冷や汗が出てきたものだ。


 これなら成人誌コーナーに迷い混んだほうがまだマシとさえ思えてくる。

 そんなわけで意図的に距離を遠ざけていた少女漫画。まさかこんな形でデビューすることになるとは。


 恨むぜ相模原。伊勢原先生。

 と、恨み節を吐いた所で何も解決するわけもなく。とにかく読みますかあ!


 俺はリュックサックからガラスの仮面の単行本の1巻を取り出し早速読み始めることにした。

 さてさて少女漫画のトップとも言われるガラスの仮面。見定めさせて頂くとしよう!

 




「へえ。最初は本当に演劇一切関係ない環境から始まるんだな。主人公これマジで普通の女の子じゃないすか」


 ガラスの仮面主人公の北島マヤはひねくれた所のない、快活ではあるが特に取り柄といった所のない平凡な十三歳の女の子だ。


 そんなマヤは演劇に目がない大の演劇好き。演劇のことになると他のことを全て投げ出してしまう。といった具合のキャラクターだった。


 家の手伝いで出前をすることになったが出前先が映画館なら仕事を忘れてそのまま映画を見つめ続けてしまう。


 家にテレビがないので隣の家のテレビを自宅の屋根から覗き見る。と、物語の最初から演劇が好きで好きでたまらないという描写がこれでもかと続く。


「ふーん。まあ演劇漫画だし演劇大好き! ってキャラじゃないとだよな」


 まだ一巻の最初の方だがマヤという女の子は非常に好ましいキャラクターに見える。

 さてさてこっからどう化けてくるのか。


「お、月影先生出てきた! 『恐ろしい子!』で有名なマヤの先生、師匠だったよな確か」


 そして次に出てきたのがマヤの師匠である月影千草(つきかげ ちぐさ)

 伝説の女優だっけ。不幸な事故があって女優を引退したってくらいしか俺は知らないが只者じゃないオーラがなんかもうすごい。


 なんか初手から只者じゃないってわかっちゃうわ。


「お! 出た! 『恐ろしい子!』出た!こんなに早く出るんだな…」


 北島マヤ、その素質の片鱗を垣間見た月影先生のマヤに対しての評価。

 それが『恐ろしい子!』の発祥だったんだな。


「こっから二人の師弟関係が始まるのかな。2巻行くか。2巻2巻。2巻どこだよ。相模原のやつきっちり並べとけよも~」


 俺は1巻を読み終え相模原へブーたれつつ2巻を探す。


 あれ? 俺ハマってるこれ? いやいやいや。俺が少女漫画にハマるわけなんかない!

 そんななんかラノベのタイトルっぽいフレーズを頭に浮かべながらも2巻を見つけた俺は急いで手を伸ばす。


 あくまで続きがちょっと気になってるだけだから。これハマってるわけじゃないから


 気になってるだけだから! 先っちょだけ。先っちょだけだから!

 見えない誰かにそんな言い訳をしつつ俺は読書を再開する。

 


「おお。ライバルキャラ出てきたぞ!姫川亜弓ってのか。いかにもお嬢様なサラブレッドだな」



「ええ~! 姫川亜弓の劇団と演目被るのかよ!? どうすんだよマヤ!」



「やりきりやがった! マヤすげえな! 同じ演目で姫川亜弓を食った! 食いやがった!」

 


「次の巻次の巻!」

 

 

「ガラスの仮面これおもしろいわ……ええ~なにこれ~面白っ」


 俺は誰もいない部屋で思わず呟いてしまった。

 読めば読むほど止まらなくなり気づけば二十四巻まで読み進めてしまった。


 だってこれめちゃくちゃ面白いんだよ!出てくるキャラクターが全員めっちゃ濃いの。


 生きてるっていうの?舞台装置や記号じゃないんよキャラが。

 天才を描く描写が薄っぺらくないの。


 ほら、漫画とかで天才キャラが出てくるけどそういうのってIQ300! とか飛び級でどこそこ大学に入学! みたいな設定や箔で描写してくるじゃん


 ガラスの仮面は天才の天才描写がもうなんかすごいの。セリフや設定じゃなくて動きや思考で天才を表現してるの。


 主人公である北島マヤの化け物っぷり描写がマジすげーのこれ。

 パロディやネタでなくマジモンに『恐ろしい子』だわ北島マヤ。


 こんなにもキャラクターの迫力が伝わってくる漫画はそうそうないわ……いやすごい。本当すげーわ。


 で、でもまだハマってるとは言えないかなああ!!

 俺の心の中の高潔な騎士がまだ屈していないのでセーフセーフ。


 ま、まあ? ハマってはいないけど? 暇だし? 続き読もうかな? みたいな?

 俺は早速続きを、ガラスの仮面二十五巻を探す。


 ん? あれ? え? あれ?

 二十五巻がない。いやいやいやないわけないでしょ。


 もう一度落ち着いて探してみるとしますか。やれやれ相模原のやつ適当に入れたな。きっと四〇巻とか後半の方に紛れ込んじゃってるんだ。


 きっとそうさ。俺は自分にそう言い聞かせながら未読分から探索を始めた。


 見つからなかったよ。うん。

 俺は額から冷汗が流れてきた。

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