第13話 終わり
今回の事件が起きてから一週間後、私はN県警へ出向いた。捜査課へ行くと、渡辺さん夫妻と大村さんが話していた。夫妻は大村さんに深々と頭を下げてお礼を述べているようだった。夫妻は私に気づいて、お礼を言いにきた。
「刑事さん、この度はありがとうございました。おかげさまで平蔵も無事に戻ってこられました。ほら、平蔵、あいさつしなさい」
「ミャーーーオォォ」
平蔵は健司さんが抱えているカバンから顔を出して、私に猫語であいさつしたようだ。とても気品ある物腰の猫で、高級な品種だと思われた。
「それでは、失礼いたします」
夫妻はうれしそうに帰っていった。
高木刑事が奥の部屋から出てきた。
「ああどうも、香崎さん。香崎さんの報告書、読ませてもらいましたよ。俺のことを『ブー』という謎の人物だと思っていたそうですね。いやあ、おかしかった、はっはっはっ」
「……はぁ……すみません、高木さんのことを全くの別人だと勘違いしてしまって……」
「別人と勘違いか、はっはっはっ。太っていて、名字が高木なら、あだ名は100%、『ブー』になるって、それ、俺の世代じゃ当たり前だったけど、よく知ってましたね?」
「……はぁ、バラエティ番組好きの父のおかげで……」
「いやあ、しかし、お手柄でした。見事な推理と機転でしたよ。もう少しで真犯人の中林を逃がしてしまうところでした」
「いえいえ、私だけではなく、鉄道会社の皆さんも協力して下さったおかげです」
私がそう言うと、すぐ後ろにいる大村さんが泣き始めた。
「うううう……ううぅぅぅぅぅ……」
「あ、どうしたの」
「失敗ばかりしてきたのに、警察から感謝状をもらって……うれしくて、つい……うぅぅぅ……」
「ああ、大村さん、泣かなくていいのよ、喜びましょう、ほら、笑って」
「……はい……ううう……」
「大村さんの誤変換のおかげで、真犯人に気づくことができたんだから、大手柄よ。おっちょこちょいだからって、気に病むことなんかないわよ」
「……ううう、ありがとうございます……で、あの、事件当日はすごく言いにくかったんですが……私、“大村”じゃないんです。“犬村”なんです……」
彼女はそう言いながら、胸の名札を私に向けた。
「ん! ウソ!? 犬、村……あら、ら……ごめんなさい……」
「……だから私、犬派なんですよ。刑事さんも、おっちょこちょいですね……」
「あ、あは、はは……」
「はっはっはっ、とんだ早とちりでしたね、香崎さん。俺のことだけじゃなくて、犬村さんのことも別人だと勘違いしてたなんて」
「え、いや、あの、これは、その、あれ、あは、うひ、うほ……おほほほほ……」
こうして、私がオリエンタル鉄道の車内で巻き込まれた不可思議な事件は終わった。拳銃を抜いて人に向けたのは初めてだった。その興奮で、特製和牛ハンバーグの味などすっかり忘れてしまった。
勘違いが勘違いを呼んで解決に至った不可思議な事件だった。
オリエンタル鈍行の別人 真山砂糖 @199X
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