第12話 意外な展開
「……えっ、ロックされてる……」
私はメールを見ようにも、スマホ画面がロックされていてできなかった。
「さっき、中林さんが私にスマホを渡した時は、ロックされてなかったのに……」
この時、井上が言っていた「俺の携帯じゃない」という言葉が頭をよぎった。
それから、違和感を覚えたことが思い出されてきた。“返信して”が“変身して”に誤変換されたこと。私服に着替えていたはずの中林さんがなぜか覆面バイカーの衣装でラウンジカーに入って来たこと。――ほんの数秒だったが、深く深く考えた。そして一本の線で全てが繋がった気がした。
「あの男を捕まえて!」
道を下っている中林さんを指さしながら、私はN県警の警察官に向けて叫んでいた。中林さんは、一瞬足を止めて、全速力で走り出した。それを見た刑事が三人、中林さんを追いかけた。別の刑事が急いでパトカーに乗って後を追った。
「香崎刑事、どうしたんだ?」
高木刑事が車から降りて来た。
「高木さん、あの逃げた男、中林さんがおそらくこの事件の真犯人です」
「何だって!」
私は自分の推理を高木刑事に説明した。
約20分後、追いかけて行った刑事たちが中林を捕まえて、戻ってきた。彼は手錠をはめられ、私と高木刑事の前へ連れてこられた。
「あーあ。ペッ! あと少しだったのによ。逃げるのも失敗か」
中林は道に唾を吐きながら言った。
「よし、連行しろ」
高木刑事が指示を出した。井上と中林の両被疑者はN県警へ連れて行かれた。私は鉄道会社の乗務員たちにお礼を言い、高木刑事たちとともにN県警へ向かった。
取り調べが行われ、中林は今回の事件の首謀者であることを自供した。
中林は、渡辺さん一家とは面識はなかったが、渡辺さん一家が公園で猫の平蔵を遊ばせているのを偶然目撃し、一家の目を盗んで平蔵を誘拐した。渡辺さんが帰宅するまで後をつけて、後日、渡辺さん宅に脅迫状を投函した。現金一千万円を用意させて、「オリエンタル鉄道悠悠プラン」に申し込ませ、車内で現金を受け渡しさせるという計画だった。コスプレショーの最中、大勢いる怪人ブーに現金の入った土産袋を渡させて、自分は覆面バイカーになり、コスプレイヤーたちの土産袋を集めてその中に現金入りの土産袋を紛れ込ませて、後で回収するという魂胆だった。
その現金の受け子が井上だったのだ。井上は中林が指示役だとは知らなかったが、中林は井上が受け子であることを薄々感づいていたようだった。同じコスプレ同好会に所属していることは全くの偶然だった。井上はネットの闇サイトで仕事を引き受け、報酬は後日振り込まれるという契約だったようだ。
ところが、中林の計画は狂ってしまった。私が偶然この列車に乗り合わせて事件を知ったため、コスプレショーは中止になった。仕方なしに、中林は現金の受け渡し方法を変更した。ブーのコスプレをして、自分から渡辺浩くんに接触して現金を受け取ろうと考えたようだ。しかし、大村さんが“変身して”とメールを送り返してしまった直後、列車は電波不通の山間部へ入ってしまった。中林は、仕方なしに覆面バイカーの衣装を着て、つまり“変身”して、ラウンジカーへ現金の入った土産袋を受け取りに来た。そこへ、私が怪しんでいた高木刑事がたまたまやって来て、浩くんに声をかけた。私は、高木刑事が犯人だと勘違いして拳銃を向けた。だが、偶然にもすぐ側にいた井上は、自分が受け子であることがバレたと勘違いし、両手を上げた。中林はその時、私たちを手伝うと言って、井上のポケットからスマホを取り出そうとするふりをして、自分のスマホを私に渡したのだ、画面ロックを解除しながら。この時の、「俺の携帯じゃねえ!」という井上の焦る様は本当だったのだ。そして、井上は大村さんを人質に取ったが、あえなく御用となった。
列車が駅に帰着し、スマホの画面がロックされていることや、大村さんが誤変換してメールを送信したことを言ってくれたことから、私は今回の事件の真相に気づくことができた。
ちなみに、大村さんが聞いた、トイレの中の男の会話は、高木刑事と小学生の娘さんとのやり取りだった。トイレの中で高木刑事が「ブー」と言っていたのは、娘さんとの会話だった。娘さんが自分の宿題の答えを高木刑事に尋ねてくるので、娘さんが正解を言ったら褒めてあげるが、間違った答えを言うとついイライラして怒るように「ブー」と言ってしまったということだ。その会話をたまたま大村さんが聞いてしまって、私に伝えたのだった。
それからちなみに、猫の平蔵は無事に救出された。
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