第11話 列車が帰着
「二人とも、無事? ケガはない?」
私は拳銃を井上に向けたまま、大村さんと田辺さんに訊いた。
「二人とも大丈夫です」
それを聞いて一気に肩の力が抜けた気がした。
「おい、もう銃を下ろせ。こういう現場は初めてか?」
高木は床に倒れている井上の側で膝をつきながら、私に言った。
「えっ?」
「緊張しただろ。誰だってそうだ」
私は拳銃をホルダーにしまった。高木は井上の腕を持ち上げた。
「現行犯逮捕だ。さあ、立て」
私は呆気にとられた。高木が井上に手錠をかけたからだ。そして彼はコートの内ポケットから手帳を取り出して、私に見せた。
「N県警の高木だ」
「……えっ……えええーーー、高木さん、刑事なんですか! しかも、警部」
「ああ」
「申し遅れました。私、T県警巡査、香崎小春です」
「俺もびっくりしたぜ。まさかあんたが刑事とはな。どうりで鋭い目つきなわけだ」
浩くんは中林さんの隣へ駆け寄った。
「ありがとう、覆面バイカー!」
「当たり前のことをしただけだ。正義のヒーロー覆面バイカー、とうっ!」
中林さんは覆面をかぶってポーズを決めた。
高木刑事は井上を引っ張り上げて起こした。
「さてと、こいつ、俺の借りてる個室に連行しようか。手伝ってくれ」
「は、はい!」
私たちは井上を個室へ連れていった。
私は渡辺さん一家に被疑者を確保したことを伝え、高木刑事と共に井上を見張った。
「ふう、せっかくののどかな旅が台無しだな。でも助かったよ」
「いえ、とんでもありません。あの、うちの捜査課の村田係長から、N県警のほうへ連絡がいってましたか」
「いや、知らん。娘からやたら連絡が来るから、ずっと着信を無視してた」
「は?」
「宿題を教えてほしいって、うるさいんだよ。自分の力でやらないと意味ないだろ。久々に独りの時間をつくってゆっくりしようと思って、この鉄道の旅に申し込んだが、まさかこんなことに遭遇するとは。香崎さん、あんた、俺のことを怪しんでただろ?」
「……はい、意味深にこちらのことを見ていらしたので……」
「俺だってそうだよ。あんたが意味深に俺のことを見てたからな。まさかお互いに刑事だったとは、はっはっはっ」
「ええ、まあ。私も旅行でこの列車に乗ったら、たまたま事件に巻き込まれまして……」
「で、何があったんだ?」
私は高木刑事に事件の成り行きについて伝えた。
午後1時ちょうど、列車は駅に帰着した。 駅にはN県警の警察官が15名ほど待機していた。
「おう、ご苦労」
高木刑事が声をかけると、私服刑事が数人近寄って来た。
「警部、とんだ災難でしたね」
「ああ、でも、こちらのT県警の香崎さんのおかげで事件は無事に解決だ」
「光栄です。巡査の香崎です」
刑事たちは皆、私に一礼した。高木刑事はテキパキと指示を出していた。
「一応、乗客全員に身元確認だな。終わったら帰ってもらってもいい。被疑者はまだ車に乗せておけ。それと被害者一家の渡辺さんには俺が話をしたい」
高木刑事の場馴れした態度がとてもカッコいいと見とれていたら、疲れた感じの大村さんがこちらを見ているのに私は気づいた。
「ありがとう。ご協力感謝します」
「いえ、刑事さんのお手伝いができたなんて、ドラマのようですね。そういえば、あのイケメンの覆面バイカーの方、中林さんでしたっけ、もう帰られましたよ。あの方、刑事さんに気があるんじゃないかなって思うんです。ほら、あそこ」
大村さんは、駅から山を下っていく道を指さした。中林さんが歩いているのが見えた。私は、中林さんがイケメンだったのでこのまま何事もなく終わるのが少し残念な気もしたが、捜査のほうが重要だと気持ちを割り切った。
「刑事さん、実は、犯人にメールを送る時、またミスしてしまったんですううぅぅぅ。それでどうしようって思ってて……うぅぅぅぅ……」
「ミス? どれだろ? 見てみようか」
私は井上のスマホを取り出してメール内容を確認しようとした。
「はい、誤変換してしまったんです、返信という字を。“返信して”っていうのを、メールの返信じゃなくて、身を変えるっていう意味の“変身”にして送信してしまいましたぁぁぁぁぁ……」
私はそれを聞いて、大村さんのことをミスをする天才なのかと思った。しかし、スマホは画面が開かなかった。ロックされていたのだ。
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