第5話 Quest Complete

 「時をかける創造者……なるほど、ガリアード2世にとってクロノス博士は神のような存在だったかもしれないね」

再び訪れたマクミナル博物館の入り口近くに設けられたささやかな植栽に目を向けながらイスカが納得したように言う。


 「地形も環境もずいぶんと変わってしまったから、今となっては地上にその神の庭とやらの痕跡を探すことは難しいだろうね」

それがマクミナルの意見だった。自身でもパルシファル朝自体の地理やクオンスイセンのことを色々と調べた結果、仮に神の庭に関する何かが見つかったとしても、また、クオンスイセンがどれほど環境の変化に強い植物だとしても汚染された大地で生きている可能性は低いと丁寧に説明した。

「そうか、少し残念だな」

アルドの育った時代からこの時代までの間にも世界は見違えるほど大きく変わった。ましてや2万年以上の時を隔てた古代から植物が生き続けることが難しいということはアルドにもよく分かった。


 少し感傷的な心を映すように明るく日の注ぐ時間が終わり、ニルヴァへ静かに闇の帳が降りてくる。そろそろIDAスクールに彼らを送っていくべきかと考えたその時だった。


 「見てアルド、あれって……」

フォランが指さした先、黒い影と化した木々の中にほのぼのとした光が灯っている。照明とは違う、ささやかな光だ。引き寄せられるようにその光の方に足を向けると、草木をかき分けたところに白く光る花が数輪寄り添っている。

「おお、これはまさしく図鑑にあったとおり! 800年に一度咲くというクオンスイセンの花だよ!」

眼鏡を押し上げマクミナルは地面に寝転がる勢いで花に顔を近付ける。スイセンという名前のとおり、地面から真っ直ぐに伸びた茎の先にラッパに似た形の花びらが少し首を傾けて開いている。その花の中心が発光しているので柱にランプを吊り下げているような趣がある。800年に一度しか咲かないというのに、そのたたずまいはとても控えめで知らなければ見落としてしまいそうだ。

「恐らく我々が地上から空に移り住む際、持ち込まれた樹木や植物に紛れ込んでいたのだろう。しかし、まさかこの博物館のそばで育っていたとは」

「球根の状態だと全然想像できなかったけど、こういう花になるんだ」

「きれいだねー」

植物にも造詣が深いらしいマクミナルは貴重な植物を目の前にして興奮気味に語る。その横ではしゃぐ学生たちは、彼とは対照的にかつて自分たちが植えたのと同じ花の咲いた姿に心から感心しているようだった。確かに学術的な価値はともかく、その花は今まで見たどの花よりも美しかった。


 地上から空へ大きな移動があったのだから、必ずしもガリアード2世が守っていた神の庭の花がここに運ばれてきたとは言えないかもしれないが、彼が望んだとおりクオンスイセンはクロノス博士の時代まで残っていた。あの後、ガリアード2世がどれほどの長い時間あの場所にいたのかはわからないが、彼は800年が訪れるたびに場所の情報と共にそれを知らせ続けていたのだろう。クロノス博士やその家族に、あるいはアルドたちにそれが届くことを期待して、どれほど環境が変わろうと自らの体が朽ちていこうと。ガリアード2世が幾重に重ねた800年という時間を思うとアルドは目がくらむような気がした。


 「あの収蔵庫にいたガリアードをIDEAのメンバーにも解析してもらったけど、やはり完全に壊れてしまっていたそうだよ」

そのとき、そっとアルドの隣に来たイスカは少し声を落としてそう告げた。

「それってどういうことだ……?」

「すべての機能が停止していたんだ。発信を行うことなんてできたはずがないと」

はっとして顔を向けるとイスカはクオンスイセンに目を向けたまま言葉を続けた。その顔は穏やかで微笑んでいるように見える。目を瞬いたアルドの口から疑問が出そうになるが、それらは結局言葉になる前に思い付く端から意味を失くして消えてしまった。

「……そうか」

一言、そう答えたアルドはきっとイスカと同じような顔をしていただろう。


 「なあマクミナル。そのクオンスイセン、標本にするのか?」

アルドは口ひげを指先でいじりながら何かの算段をしていたマクミナルの元に歩み寄るとそう訊ねる。

「専門家の話を聞かないといけないが、何とか管理してこの博物館で展示したいと思うよ」

マクミナルは悩む様子もなくそう答えた。

「だったら、ひとつ頼みがあるんだが……――」




 世間から謎の画像についての噂が消え誰もがその話を思い出さなくなった頃、人々の関心はニルヴァのマクミナル博物館で近日初公開されるという貴重な収蔵品の話題に集まっていた。


 曙光都市エルジオンを歩いていたアルドは、ふと街頭にあるビジョンに映し出された盛大な広告に目を止めた。


 『マクミナル博物館特別収蔵品展! 未だ謎多き“古代の合成人間”と800年ぶりに開花した“悠久の花”を初公開!』


 鮮やかな色彩の広告には崩れかけた機械と白い花の写真が並べて展示されている様が映し出されている。


 それはまるで、古代の合成人間へ追悼の花が手向けられているようだった。


                                    了

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神の庭 しじみ @divinefleet

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