第4話 神の庭

 アルドたちが現代から持ち帰った植物を受け取るとガリアード2世はふた付きの容器から取り出したひとつひとつを調べてから丁寧に金属でできた角型の浅い容器に並べていく。こうして整然と並んでいると急に生きている植物というより実験用のサンプルという風情へと変わる。

「どうだ? このくらいで良かったか?」

「はい、これだけあれば十分です」

問われたガリアード2世は表情のない面貌ながらどこか満足げに見えた。植物の土を落とし、葉や花の状態を観察し、最適な育成の方法を調べる作業を起用に並行させる手際の良さで彼は作業を続けていたが、不意に手を止め一つの球根を手に取った。

「これは……」

「あ、それはゴブリンたちが置いてったから一緒に持ってきちゃったんだけど、いらないやつだった?」

「確かにこれは発光しない植物ですね。しかし、データによれば面白い特性があるようです」

「面白い特性?」

アルドはおうむ返しに訊ねるが、ガリアード2世はそれにはっきりとは答えず金属の容器を両手で持って歩き出す。

「それでは行きましょうか。ご案内します」


 ガリアード2世が案内した植物園は星の塔の近く、コリンダの原に特有の崖のように切り立った台地のひとつにあった。庭と畑の間程度の広さを持つそこは十字に通路が設けられ、通路に区切られたそれぞれの区画にはガリアード2世の分類に沿った植物が植えられているようだった。

「四大精霊の加護が強い地域ごとに分類しています。たとえばこちらはラトル周辺、こちらはアクトゥール周辺に自生する植物たちです」

指さした先にはゾル平原やティレン湖道で見かけた植物が、それぞれの地域を模したらしい花壇や人工の池に植えられている。口を開けているような不思議な花や、淡い色の蓮の花、他にもデリスモ街道に並び立っていたヤシに似た木、ケルリの道に咲いていた毒々しい紫色の花もある。

「ずいぶん色々集めたんだな。ここに古代の世界全体が収まっているみたいだ」


 「……ねえ、やっぱりここが神の庭、なんじゃない?」

眼下に広がるコリンダの原にぼんやりと照らされる庭園の幻想的な風景を見渡してフォランが胸中の想いが溢れたようにつぶやくと同じ思いを抱いたらしいマイティやイスカもゆっくりとうなずく。もしここがまだ名付けられる前の庭ならば、なぜガリアード2世はこの場所に神の庭という名前を付けたのだろうか。

「神っていうのは四大精霊のことなのかなー」

「四方の区画がそれぞれ四大精霊を表すとして、中央の区画はなんだろう?」

イスカの言うとおり十字の道の交わるところには円形の区画があり、そこにはまだあまり植物が植えられていないようだった。代わりに、小さな碑のようなものが置かれている。それを手で差してガリアード2世は短く言った。

「この下には、クロノス博士がいらっしゃいます」

斜めに切り出された石は広い面をアルドたちに見せるように設置され、その面にはあっさりとした銘が刻まれている。


 『誰も知らない未来を求めて見果てず

  その大いなる希望を過去に託した

  時をかける創造者

  ここに眠る』


「ここが、クロノス博士の墓なのか……」

「あなた方が旅立った後すぐに古い文献に記載されていた方法を参考にしてこれを作りました」

ガリアード2世はしゃがみ込むとクロノス博士の墓標の周りにアルドたちが集めてきた植物を植えるため地面を掘り返し始める。

「このために花を集めてたんだねー」

「はい、墓の周りは花で飾るものだとも記載されていました。このあたりは日中でも暗いので、発光する植物が良いのではと」

「うんうん、きっと喜んでもらえるよー」

「オレたちも手伝うよ」

皆で配置を相談しながら集めた植物を植えていくと、物寂しかった墓はにわかに明るくなった。白っぽい石の墓標は植物から放たれる光を受けて月のように青白く輝く。

「その球根も植えるのか?」

「はい。この植物は少し独特な植物で」

「さっきもそんなことを言っていたね。一体どんな植物なんだい?」

「クオンスイセンと呼ばれる植物で、私も古い文献に書かれた内容しか知りませんが、ほとんどの時期をこの球根かあるいは葉だけの姿で過ごし、800年に一度だけ芽を出して花を咲かせると言われています。とても長い時間を生きる植物で、球根の状態であればある程度の悪条件でも生き延びることができ、環境の変化にも耐えられるのだとか」

ガリアード2世が説明する間にもクオンスイセンの球根は土に隠れてすっかり見えなくなってしまう。植えたところを見ていなければどこにあるのかもわからなくなりそうだ。

「起きるのは800年に一回かー。かなりねぼすけだねー」

「ちなみに、球根は食用にもなるそうです」

「本当に食べる気だったのかもね……」

月影の森のゴブリンたちを思い浮かべているのかフォランがしみじみと言った。


 「ひょっとして、未来のガリアード2世が言っていた800年っていうのはこのクオンスイセンの花の咲く時のことだったのか?」

訊ねてもガリアード2世にとっては未来のことなのではっきりした答えはない。しかし、このクオンスイセンに対して彼は特別な思い入れを持ち始めているようだった。

「私はいずれ機能を止める日が来るのでしょうが、800年に一度咲くこの花が、ここに眠るクロノス博士を永く慰めてくれることでしょう。もしかするともっと未来の……皆さんが揃って平和に暮らしていた頃のクロノス博士や、博士のご家族にも見ていただけるかもしれませんね」

「……そうだな、いつかそんな未来が来るといいな」

感情など感じられないはずなのに、どこか明るい声音でガリアード2世は語る。過去から未来へ世界が繋がっている限り、いずれその瞬間が訪れるかもしれない。どれほどかわからないがその可能性があるというだけで不思議と未来は大きな希望に満ちているように感じられた。


 「オレもきっと見に行くよ。フィーネと一緒に」

空には絶えず光の胞子が飛び交っていて、見上げればまるで星の巡りの中心にいるような気持ちになる。


 クロノス博士の墓に黙祷を捧げると一陣の風が吹き抜け、優しくアルドの髪をなでていった。

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