第3話 光る花
BC20000年、星の塔。過去世界へ流れ着いたクロノス博士により作られた合成人間、ガリアード2世はこの日も塔の最上階で静かにアルドたちを迎えた。何をどう伝えたものか悩みながらもありのままに説明すると、ガリアード2世は拍子抜けするほどあっさりと事態を飲み込んだ。その上で、未来の自分が発信しているという画像についても冷静な分析を加えていく。
「見たところ、1枚目の画像は高い場所からこのあたりを映したもののようです。この特徴的な半島の形がこの地域と一致しています」
このあたりでこの半島確認できるほど高い場所はこの塔以外にないので、恐らくは星の塔の上から撮影された写真であろうというのがガリアード2世の見立てだった。
「なるほど。それじゃあ、神の庭って言葉には聞き覚えがないか?」
「神の庭、という言葉に関するデータはありません」
「この画像については何かわかる? これもたぶん関係しているんじゃないかと思うんだけどー」
マイティが示した画像を自分の中に取り込み分析をしていたガリアードは考え込むように沈黙し、ややあってから結果を語り始める。
「恐らく1枚目と同時期に撮られた写真だと思われます。場所については特定できる情報が少なく何とも言えませんが、この星の塔の近辺ということであれば似た場所はあります」
「本当?!」
フォランが期待に満ちた目でガリアード2世を見上げる。
「この塔のそばに植物園があるのですが、この画像の風景はそこに少し似ています」
「植物園? どうしてそんなものがここに?」
「クロノス博士が行っていたエレメンタル研究の一環で作られた実験用の植物園です」
クロノス博士はジオ・プリズマの力の可能性を探る中、この塔で四大精霊の加護というべきエレメンタルの研究をしていた。クロノス博士はすでに帰らぬ人となっているが、ガリアード2世はいつかアルドたちの役に立つこともあろうとまだこの時代でエレメンタルの研究を続けているのだという。
「何か手がかりがあるかもしれないな。ガリアード2世、そこに案内してもらえるか?」
「もちろんです。ただ、よろしければその前にひとつお願いできないでしょうか」
「俺たちに? どんなことだ?」
ガリアード2世は見た目こそ機械然としているが、こうして話していると人間とさほど変わらないことに感心する。クロノス博士の作る合成人間だからなのだろうかとアルドがぼんやり考えている間に、彼は言葉の先を続けた。
「発光する植物をいくつか探してもらえないでしょうか。その植物園に植えるものが必要なのです。花が咲くものを含めて数種類が数株程度ずつあれば十分です」
未来の世界では人々の生活圏が空に移っているため植物自体がかなり少ない。どういう研究なのかはアルドにはわからないが、人間が管理をせずとも大地の力を吸い上げてたくましく地を覆う植物たちにエレメンタル研究の端緒を求めていることにさして驚きはなかった。
「光る植物だな。わかった、探してくるよ」
力強くうなずいたアルドにはあてがあった。
星の塔に至るまでの道にはコリンダの原という野原があり、そこには無数の発光する植物が幻想的な風景を作り出している。そこであればガリアード2世の求めるものはすぐに手に入るだろう。さっそく登ってきた塔を降りて一行は目的の場所へと向かった。
コリンダの原には記憶のとおりたくさんの淡い光が満ちていた。雪のような胞子が空に向かって飛んでいき、時間が逆に流れているような錯覚を覚える。
「あの茸みたいなのはすごく光ってるけどとても持って帰れそうにないね」
「上で寝られそうな大きさだねー。ふかふかして気持ちよさそうだなー」
あたりを見回しフォランが指差した茸に対しマイティがいかにもマイティらしい感想を述べる。古代の動物も植物もどういうわけかむやみに巨大なものが多いが、コリンダの原の茸たちも例外ではなかった。ゴーレムがテーブルに使えそうな形のものから比較的小さいものでも傘の代わりになりそうな大きさのものが主流だ。
「気持ちよさそうだとは思うけど、ここで寝るのは危険だろうね。確かここには猛禽に似た危険な生き物がいたね。鳥の目は恐ろしく鋭いから、茸の上なんかで寝ていたらあっという間に見つかって餌にされてしまうよ。空からでは隠れる場所もないから、あまり長居せずに早く用事を済ませてしまおう」
「あいつら、いつの間にか近くに来ていることがあるからなぁ」
何度か襲撃を受けたり、気付かないうちに標的にされ、逃げられなくなった人を助けたことがあるアルドは実感を込めてそうつぶやく。彼らはいつも視界に映らないような範囲から突然音もなく近付いてきて、翼の影と羽ばたきの音に気付いた時にはもう手遅れなのだ。鮮明な記憶が目の前に蘇ってくるような気がしてアルドはふと気付く。不意に暗くなった周囲も、柔らかいのに不思議と攻撃的な羽音も、確かに自分の五感が感じているものだ。
「噂をすれば、だねー」
青い翼の大きな鳥がアルドたちを上空から睥睨している。賢そうなその顔が逃げようという試みは無駄になることをアルドたちに悟らせた。
「みんな気を付けて。来るよ!」
イスカが刀を抜きそう警告したのとほぼ同時に、怪鳥が翼をはためかせて猛烈な風を起こす。渦を巻くようなその風は巻き上げた周囲のものを切り刻みながら彼らに近付いてくる。マイティが作り出した水の盾で一旦は防ぐことができたが、威力の大きい攻撃を仕掛けてくる相手だけに、とにかく攻撃の暇を与えないことが得策という考えで一同は一致していた。一瞬の間に視線で合図を送ると各々が攻撃の構えを取った。
「みんな、行くぞ!」
声を上げたアルドが大きく振りかぶった剣を振り下ろすのと同時に、全員が持てる限りの力を敵にぶつける。その場だけが世界と切り離されて時間が止まってしまったような奇妙な感覚の中、夢中で剣を振るっていると不思議なことに少しも力の消耗を感じない。
「動きを合わせて!」
明るい声でフォランが呼びかけるとIDAスクールの仲間であるイスカとマイティが彼女に応じる。いつの間にこんな練習をしていたのか、目まぐるしく光が飛び交う技はまるで彼女たちだけではない多くの人がいるように見えた。
「やったか?!」
力を尽くしたアルドたちは肩で息をしながら敵を見上げる。怪鳥としばしにらみ合い、あたりには重苦しい沈黙が広がる。アルドがわずかに不安を覚えたそのとき、怪鳥の目からふっと光が消え、大きく傾いだその体は鈍い音を立てて地面に落ちた。
「はー、勝てたぁ」
「キミたちのおかげだね」
肩の力が抜けたのかフォランが大きくため息をついたのに対してイスカは涼しげな態度だが、誰しもが安堵していることは言葉にしなくても伝わってきた。しかし、そう安心してばかりもいられない。
「よし、騒ぎを聞きつけられる前に今度こそ長居せずに帰るぞ。とにかく光っているものを集めよう」
アルドたちは急いで周りを見渡し、持ち帰れないようなあまりに大きなものを除いた数種類の茸を数十分のうちに手元へ集めることができた。どれも傘の裏から発するぼんやりとした青や緑の光が透けて茸全体が光っているように見える。集めたものを眺めて満足な気持ちになったものもつかの間、ふとアルドの胸に一つの疑問が浮かぶ。
「集めたのは良いが……花がないな」
「そもそも茸は厳密には植物ではないからね。この原には植物もあるようだけど、どれも発光はしていないようだ」
「ここ以外の場所を探さないといけないかなー?」
周囲の茸たちが煌々と光を放っているのでコリンダの原のすべてのものが光っているように感じていたが、ここに探しているものがないのだとすると振出しに戻ったことになる。
「コリンダの原以外となると、なかなかあてがないぞ」
「アルドの故郷の近くにそれっぽい植物がありそうな場所がなかったっけ?」
「月影の森のことか? うーん、改めて言われるとそんな植物があったような、なかったような」
何度も入った森ではあるが、果たしてどの植物が光っていたか、光っていたのは月明かりに照らされていたからなのか、記憶がはっきりとしない。森の草木のことはフィーネの方が詳しいからな、とアルドはつぶやいて首を傾げる。すると、イスカがアルドに代わるように力強くフォランの言葉に同調する。
「現代の月影の森は、ちょうど古代のコリンダの原の北に当たる。植生にも何らかの繋がりがあるかもしれないよ」
彼女が見ていた地図によればその言葉のとおり、ちょうどこの塔の北の方角にアルドの時代の月影の森がある。
「オレたちの時代には自然のエネルギーはプリズマに形を変えてるからエレメンタルの研究の役に立つかはわからないけど……とにかく持って帰ってガリアード2世に見てもらうか」
改めて目標を定めるとアルドたちはさっそく次元戦艦に乗り込み時空を超えた月影の森を目指した。
AD300年。バルオキー村からほど近い、海のそばに月影の森はある。ここに来るまでに通ったヌアル平原のあたりは古代のコリンダの原と星の塔があった場所とおおよそ一致するのだが、広々として見晴らしのいい平原に当時の面影はほぼない。イスカの言うとおりコリンダの原に息づいていた幻想的な風景は今では平原に押し出されるように北へ移動しこの森に残るのみなのかもしれない。
木々が鬱蒼と生い茂り昼間でも暗い森はほんのりと光る植物に照らされて、その名のとおり青い月影の夜を歩いているような風情がある。
花芯のあたりから光を放つ青い花、網状の丸い笠を持つ草、ランタンのように頭上で光る木の実。改めて見回すと月影の森には探すまでもなくたくさんの光る植物があった。アルドたちは互いに目が届く範囲に散らばり森の中を歩き回りながらめぼしい植物を見つけると土ごと掘り返し容器に収めていく。
「それにしても、管理してないのにこんなに植物が増えていくなんて不思議だねー」
マイティがしみじみとつぶやく。厳格に管理していないからこそ大地の力を吸い上げながら自由にたくましく育つのだとアルドは考えていたが、未来の世界の少年少女たちは土と草木を珍しそうに触っている。
「森はずっと昔から当たり前にあったから考えたこともなかったな」
「こんなにどこまでも大地が続いているというのも何だか不思議だね。わたしたちの世界ではエルジオンもIDAスクールも、大きなプレートの上にあるとは言え果てがあるし、掘っていけば終わりがあるものだから。過去の時代は亡くなった人を土に埋めるんだってね」
人と自然が深く関わり合いながら生きていることにイスカも素直に感心しているようだった。
「ああ、地域によって差はあるけどそうする所が多いな。そうか、未来のこともなんとなくわかってきたつもりだけどまだ知ることがあるな」
未来に植物がないわけではないのだが、思い返せば目に付くのは整然とした植栽やガラスのケースに入ったものが多かった。ラウラ・ドームのように地上に近い暮らしをしている場所もあるが、それはあくまで人が選び取って作り上げていった環境だ。多くの未来人にとって自然とは人の手が加わったものなのかもしれない。
そんな話をしながら森を進んで行たとき、アルドは一本の木の根本がぼんやりと光を放っていることに気付いた。木立の陰の草を手でかき分けて見ればそこには確かに真っ直ぐな茎と葉を伸ばした光る花があった。
「お、ここにもあったな」
アルドが手を伸ばすのとほぼ同時に、視界の端からも手がぬっと伸びてきた。他の仲間だろうか。反射的に手を引っ込めかけたアルドは見知らぬものと目があった。正しくはそれが何かアルドもよく知っているのだが、仲間というわけではなかった。
伸びるに任せているような長い爪。まばらな歯の間からだらりと垂れる長い舌。視線を動かした先には大きく見開かれた、何を捉えているかわからないゴブリンの白い瞳があった。
「わーーーー!」
驚いて飛び退くとゴブリンも驚いた様子でアルドと距離を取る。その一瞬の間にも花は手にしているのだから何ともちゃっかりしている。
「アルド、どうしたんだ?!」
大声を聞きつけた仲間たちが集まってくる。物々しい雰囲気に危機感を覚えたのか、耳障りな声を張り上げるとゴブリンはアルドたちを威嚇するようにもう片方の手に持った棍棒を高々と掲げる。
「何だか怒ってるみたいだねー」
叫びを合図にするように草むらから仲間らしい複数のゴブリンたちが飛び出してくる。どのゴブリンも一様にぎらぎらとした目つきで低く唸り、今にもアルドたちに襲いかかってきそうだ。
「邪魔するつもりはなかったけど、ここは立ち去ってもらったほうがお互いのためのようだね」
すらりと放たれた白刃にゴブリンたちは一瞬怯んだように見えたが、すぐに棍棒を天に向かって突き上げる。高らかに響くゴブリンの雄叫びが戦端を開いた。
勢い込んでいるゴブリンたちを牽制するようにマイティが杖をひと振りするとどこからか現れた水が弾丸のような勢いで敵に向かって飛んでいく。弾き飛ばされ戦列から外れた仲間の間を縫うように迫ってきたゴブリンもアルドとフォランが左右から挟撃する。逆巻く炎がゴブリンたちを襲い、運よくそれを逃れた者も神速の槍に捉えられてそれ以上先へは進めない。しかし、その隙に回復の術を唱えた第一陣が再び彼らに挑みかかってくる。
「もう! まとめてやらないとダメっぽい!」
「そういうことなら……」
駆け出したイスカはゴブリンたちの前に躍り出ると長い刀を大きく振りかぶった。その太刀筋に引き込まれるように空気が流れ、それはやがて大きな風のうねりになる。刀を薙いでその力に方向をつけてやれば身体を打つほどの暴風は暴れまわりながら瞬く間にゴブリンたちを地面に叩きつける。旗色が悪いことを理解したのか、よろよろと立ち上がったゴブリンたちは互いに目を見合わせるとその一瞬で示し合わせたかのように踵を返して走り出した。
ゴブリンたちがほうほうの体で逃げ去った後には放り出された植物やころころと木の実のようなものがいくつか転がっている。ひとつを拾い上げてアルドはまじまじとそれを眺めた。
「それ何?」
背後からのぞき込んだフォランが不思議そうに眼をしばたく。
「何かの植物の球根みたいだな。ゴブリンたちが集めてたみたいだけど……一体どうするつもりだったんだ? 花を眺めて楽しんでいるとは思えないが」
「さあ、食べるんじゃない?」
大して興味もなさそうにフォランが引き抜かれ土にまみれた花を手に取る。
「結構集めたし、もうこんなもんで良いんじゃない?」
投げてよこされた残りの球根を受け取るとアルドは改めて月影の森で集めた植物を確認した。
「そうだな。一度ガリアード二世の所に戻ってみよう」
光る草花が数種類のほかに、正体がわからない球根が数個あるが、何かの成果があることを期待してアルドたちはひとまずそれも持ち帰ることにした。
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