309話 ユリウスの過去(5)
グスタフとの会話を思い出しながら、おれは今後の展望を考える。
しかし、どうやったら魔王になれるのかなど、おれには到底思いつかないのであった。
そうして、一人で月を見つめていると隣にある男がやって来るのだった——。
「グスタフから聞いたぞ。お前、国家を作りたいらしいな」
「ユリアン……」
おれと同じく上位悪魔であるユリアンは、そう言っておれの隣に静かに座る。
そして、空に浮かぶ紅い月を見つめて語り出すのであった。
「おれも、お前と同じことを考えていた時期があった。魔王になって、一人でも多くの
おれはユリアンの話に驚きを覚える。
そんなこと、これまで彼の口から一度たりとも聞いたことがなかったからだ。
だからこそ、おれは興味を持ってユリアンに尋ねる。
どうして、その夢を諦めてしまったのかと——。
「確か、お前もおれと同じように『魔王』スキルを持っていたよな……。どうして、お前は諦めたんだ……?」
魔王になるためには『魔王』スキルが必要不可欠だ。
そして、おれやユリアンは幸いそのスキルを持っていた。
だが、彼はおれのその問いに答えることはなかった。
そして、その代わりに別の話を語るのだった。
「ユリウス……。お前の理想は尊いものだ」
「この魔界に生まれ落ち、魔物から隠れるために身を潜め怯えていた者、命からがら生き延びた者。その多くの悪魔が一度は思い描くシナリオであろう。
彼の口から語られた内容は、まさにおれが心の底から願っていることに他ならない。
だからこそ、おれは自分の意見を再び強く主張するのであった。
「そうだ! おれだってそういった日々を送ってきた。お前たちと出会うまで、一人孤独に魔物から隠れ、逃げる日々を送っていたんだ!」
「他の悪魔たちにそういった悲しい思いも、苦しい思いもさせたくない! それのどこが間違っているというんだ!」
おれはとてもつからった過去を思い出しながら、自身の意見を熱く語る。
グスタフやユリアンに保護された時の、もう一人ではないのだという安堵の感情を、昨日のことのように思い出すのだった。
「間違ってなどいない。先ほども言ったが、その想いは決して間違いなどではない。むしろ、お前がそのような優しい願いを持っていることをおれは嬉しく思っている」
「だが——」
ユリアンはそう前置きをしてから、自身の考えを語り出すのであった。
「だが、お前のそれは実現不能な綺麗な空想物語でしかない。決して、我々悪魔が実現を願って良いものではないのだ……」
それはグスタフから先ほども言われた回答そのものだ。
それから、ユリアンはどうして悪魔がこのような境遇を受けなければならないのかという理由をゆっくりと語り出すのだった——。
「かつて、精霊体と魔族の間に起きた霊魔大戦を終結させた功労者である《原初の魔王》——。
《原初の魔王》とは、現在精霊の国家を治めている精霊王の別の呼び名である。
そうだ、心優しきかの精霊王は、今も昔もこの混沌とした魔界から争いをなくすことを強く願っているのだった。
そして、ユリアンは話を続ける。
「そもそも、霊魔大戦が起きた原因は魔物たちから身を護る目的での安全地帯の奪い合い。だからこそ、《原初の魔王》はそれぞれの一族が安全に暮らすため、大戦後に魔王という存在を創り上げた」
「《原初の魔王》は彼ら魔族を信頼し、様々な魔法を教えて、魔族たちが自らの手で自分たちの身を魔物から護れるようにと様々な支援をした」
「国家という決められた領土の内で、すべての魔族が平和に暮らせるようにと願って、その力を分け与えたのだ……」
そうだ。
この話はコミュニティ内で何度も何度も聞かされた。
おれたち精霊体連合は大戦で勝利したにも関わらず、《原初の魔王》の強い要望で、大戦に敗北した魔族連合に手厚い支援をすることとなったのだと……。
「だが、強欲な魔族たちはそれだけでは満足しなかった……」
そして、ユリアンの口調は少しずつ強く、そして荒々しくなる。
「先の霊魔大戦で我ら精霊体の実力を知った魔族たちは、あろうことか天使や悪魔には国家を与えないで欲しいと懇願してきたのだ」
「あくまでも、魔族が信頼できるのは《原初の魔王》と同じ種族である精霊のみ。他の精霊体など信用できないと——」
「恩知らずにも程がある……! 大戦で負けた魔族側に対して、《原初の魔王》が善意の心を持って、どれほど手厚く支援してくださったのか、やつらは……」
ユリアンはかつての魔族たちの行いに怒りを露わにするのであった。
彼の言葉には憎悪の感情が滲み出ており、彼の拳には力が込められているのがわかる。
これにはおれも同感である。
だが、今はその話がメインではない。
おれはユリアンが落ち着くのをしばらく待った。
そして、心を鎮めたユリアンは再び話を続けるのであった。
「それでも、《原初の魔王》はそんな魔族たちの傲慢な願いを聞き入れようとした。それが後の世の平和に繋がると信じていたからだ」
「我ら悪魔は、そんな《原初の魔王》の悩みの種となることを望まなかったのだ。悪魔が先の大戦で生き残れたのも、《原初の魔王》の助けがあったからこそだ」
「だからこそ、我ら悪魔は魔王という存在に頼らずに自分たちの知恵と力だけで生きていくことを宣言した。それが我ら悪魔が《原初の魔王》と魔族たちに見せられる誠意なのだと信じていたからだ……」
そうだ。
これがすべてのはじまりなのだ。
この時、悪魔たちが魔王という存在に頼ろうとせずに、自分たちの力だけで何とかしようとしたからこそ、おれたち悪魔は日々つらい生活を送っているのだ……。
そして、ユリアンは隣に座るおれに優しく語りかける。
「お前からしたら残念だとは思うが、今も尚、多くの悪魔たちが過去のこの決断を誇りに思っている」
「それに、コミュニティという組織構造に不満を持つ者も少ない。保護された悪魔たちは伸び伸びと自由に生きられるからな」
「確かに、国家を創るメリットはでかい。だが結局、生まれてから放浪している悪魔を探索するという活動は変わらないではないか」
「それならば、悪魔としての誇りを捨てずに、これまで通りの生活で良いとは思わないか……?」
ユリアンは今のやり方で多くの悪魔たちは満足していると話す。
だからこそ、無理に国家を創る必要はないのだと。
だが、おれはこの意見に強く反対するのであった。
「そんなことはない! 力ない悪魔たちは、上位悪魔が側にいてくれなければ生きてはいけない! そんな庇護下のもとでの自由なんて、本当の自由なんかじゃない!!」
「それに上位悪魔だって、魔物と戦わずにすむ生活を送れるのなら、それを望む者だって多いはずだ!」
「自分が気を抜けば仲間が死んでしまうかもしれない……。そんな重圧のある生活とは無縁の暮らしを望む者だっているはずだ!!」
コミュニティにいる一介の悪魔たちは、上位悪魔がいてくれなれば、魔物たちから身を守ることができない。
おれは上位悪魔になって、ある程度好きに行動できるようになってわかったんだ。
これまでコミュニティ内で味わっていた自由とは、鎖で縛られた範囲内での自由でしかないのだと……。
それに上位悪魔の側だって、自分が気を抜けば仲間を死なせてしまうかもしれないだ。
そんな重圧を背負いながら、日々コミュニティの仲間たちを引っ張っていかなければならない。
こんな想いをしながら生きているのなんて、悪魔たちだけなんだ!
だからこそ、おれはユリアンに強く主張する。
すると、ユリアンもおれの意見を聞いて、前向きな感想を述べてくれる。
「確かに、そういう意見を持つ者もいるかもしれない……。もしも、国家という存在を一度でも経験してしまえば、もう今の生活には戻りたくはならない。それほどの自由や幸せが見つかるのかもしれない」
「なら、やってみる価値は……!」
おれはユリアンの言葉を聞き、心が湧き立つ。
もしかしたら、悪魔たちの未来が変わるかもしれないと!
しかし、ユリアンの答えは——。
「だが、ダメなのだ……。仮にすべての悪魔たちがそう望んだところで、実現はしないだろう。国家を創るとなれば、多くの魔族たちや天使が反対するはずだ。新たな勢力が加わることを彼らは決して望みはしない……」
「ユリウス、これはおれたちにはどうすることもできない問題なのだ。だからこそ、おれたちはそんな夢を見てはいけないのだ」
おそらく、これがユリアンの本音であり、世界の真実なのだろう。
これまでの彼の話は、決して叶うことのない夢をおれに見させまいという彼なりの優しさだったのだ。
魔族たちの理不尽な都合によって、おれたちは国家を創ることができないのではなく、悪魔としての誇りと意志によって、おれたちは国家を創らないだけなのだと——。
おれはそう確信するのであった。
◇◇◇
おれはグスタフとユリアンの話を聞いて、深く落ち込んでしまうのであった。
国家を創るとなれば、悪魔たちを説得するだけでなく、魔族の魔王たちの承認を受ける必要があるのだ。
そして、それは絶対に叶わない。
魔族の魔王たちは派閥にごとに手を組んで常に戦争をしており、新たな勢力の登場をよく思わないからだ。
ただでさえ、精霊体の国家には《原初の魔王》率いる精霊たちの大国に、魔王ゼノン率いる天使たちの最強国家が存在しているのだ。
精霊体たちの国家勢力が上がることは、魔族の魔王たちにとってトラブルを生む可能性はあっても、何ひとつプラスの要素がない。
承認されないことなど目に見えているのだ。
そして、ユリアンが立ち去り一人で空を眺めるおれのもとにカシアスがやって来る。
カシアスはおれの様子を見るなり、心配して声をかけてくれるのだった。
「ユリウス、どうしたんだ……?」
おれは声のした方を振り向く。
すると、そこにはおれの気も知れないで声をかけてくるカシアスがいるのだった……。
「お前になんか、おれの気持ちわかるかよ……」
おれはカシアスの顔を見るなり、素っ気なくそう言い放ってしまう。
「えっ……?」
カシアスは初めておれが見せる態度にあたふたと戸惑ってしまう。
おれに何かしてしまったのではないかと、あれこれ考えながら……。
「悪い、何でもない……。今は一人にしてくれ」
そうして、おれは立ち上がるとカシアスを置いて一人歩き出す。
こんなみっともない姿を見せてしまう自分におれは腹が立ってしまう。
どうしたら、おれは自信を持ってお前の兄貴だと再び名乗ることができるのだろうか……。
そんなことを考えながら、おれは日々を過ごしていくのであった——。
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