308話 ユリウスの過去(4)
「ユリウス、こわいよ……」
生まれたばかりのカシアスは、よくそう言いながらおれに身を寄せてきた。
精霊体は魔界に生まれる際に、魔界のどこに誕生するかは決められていないという。
つまり、仲間に保護されるまでは基本的にこの過酷な世界で生き残らなければならない。
しかし、カシアスは生まれた瞬間におれたちのコミュニティに保護された。
だからこそ、彼は魔物の脅威というものを知らなかったのだ。
それ故に、コミュニティに属してから初めて魔物の襲撃を受けたとき、カシアスの脳裏には相当なトラウマを植えつけてしまったようである。
それから1ヶ月間は、おれの側を少したりとも離れようとしなかったからな……。
だからこそ、グスタフやユリアンたちが放浪している悪魔を保護するために出かけている間、おれはカシアスを安心させようと彼をなだめているのだった。
「カシアス、安心しろ! いま、お兄ちゃんが魔物がいないか調べてやるからな」
おれはそう告げるなり、魔力感知で周囲に魔物たちがいないかを探る。
もちろん、いないことは事前にわかっている。
だからこそ、グスタフたちはおれらを置いて出かけているのだ。
ただ、おれは得意げに兄貴ぶりたいだけだったのだ——。
「それに、安心しろよな! もしも魔物が出てきてもおれが一撃で倒してみせるからさ」
「うん……!」
おれの言葉を受けて、安堵の表情を見せるカシアス。
本当に、目にいれても痛くないほど可愛い弟であった。
おれの脳裏にそんな昔の記憶がふと甦えるのだった——。
◇◇◇
カシアスは上位悪魔になってからも、おれのことを兄貴と慕ってくれていた。
そして、何ひとつ昔と変わることなく、おれの側をついてまわるのであった……。
カシアスも上位悪魔になったということもあり、コミュニティに属さずに放浪している悪魔を保護する仕事を与えられるようになる。
これは各コミュニティに課せられている使命であり、悪魔という種族を存続させるために最も重要な仕事であった。
この活動があるからこそ、グスタフやユリアンはおれを保護してくれたし、おれもカシアスを保護してあげることができた。
そんな重要な役割を与えられたカシアスは、仕事はおれと2人1組でやりたいと言ってきたのだった。
それも即答でだ。
この頃のおれは、かつての兄貴としての威厳は見る影もなくなり、完全にカシアスの下へと成り下がっていた。
そんなおれを考える間もなく選んでくれたということで、同情めいたことを多少は感じはしたが、それでもカシアスの指名を断ることはしなかった。
それから、おれたちはグスタフやユリアンたちがこれまで担ってきていた仕事をしっかりと引き継いだのだった。
だが——。
「カシアス、待て! 急ぐな! まだ十分に安全が確認できていない……!!」
いくらおれたちが上位悪魔であったとしても、大量の魔物たちに不意打ちでもされたらタダでは済まない。
じっくりと時間をかけながら、安全第一で探索するというのがおれの考えであった。
これはかつて、おれが多くの魔物たちから逃げる日々で培った経験則というのも大きいのかもしれない。
もちろん、カシアスにはそんな危機感など甚だないのであった。
カシアスはどんどんと先を突き進んでいく。
そして、能天気な声で遠くからおれに呼びかけるのだった。
「大丈夫だよ、ユリウス! おれの魔力感知でここらには魔物が一匹もいないことはわかってるからさ」
カシアスは自信ありげにそう語る。
まだカシアスは幼いということもあって、無邪気な笑顔がそこにはあった。
「それに安心してよ! 今のおれはそんじょそこいらの魔物になんて負ける気しないからさ!」
「そっ、そうか……」
おれはカシアスに言われるがままについて行く。
悔しいが、彼がそう言うのならば間違いないと、おれもよくわかっているからだ。
最初こそ、カシアスの言葉を信頼できずに無理矢理おれのペースに合わせて探索を進めていった。
しかし、カシアスは既におれより優秀な上位悪魔へと成長したのだ。
彼の魔力感知は広範囲に渡って正確であると、これまで何度も理解させられてきた。
安心してよ……っか。
いつからこう立場が逆転してしまったんだろうな……。
かつて不安に怯え、おれの側を離れようとしなかった少年の姿を思い浮かべ、そんなことを考えてしまうのであった——。
◇◇◇
おれがカシアスの兄貴であると名乗るのに抵抗を覚えてから数年が経った。
何かすごいことをやり遂げたい……。
アイツの兄貴だって恥じることなく名乗れるようになりたい……!
いつからか、そんなことをおれは思うようになっていた。
そして、とある決意をしたおれはグスタフを呼び出して話を切り出すのだった——。
「どうしたんだ、ユリウス? 俺に話があると言ってたが……」
突然呼び出されたグスタフは、珍しいこともあるものだと不思議そうにおれを見つめる。
そこで、おれは前から考えていた構想をグスタフに告げるのであった。
「グスタフ、おれたちも国家を作ろう!」
「急にどうした……? しっかりと、最初から話してくれないか」
そう意気揚々と話すおれに対して、グスタフは戸惑った様子で応えるのだった。
「おれ、思ったんだ! 一人でも多くの悪魔を救うには国家を作るしかないって! 現に精霊たちはそうすることで力のない者たちを救えているじゃないか!」
「国家を作れば、魔物に襲われる心配もない! それに、多くの仲間たちと安全に楽しく暮らせるんだ!」
おれは魔界にいる悪魔たちが誰ひとりとしてやろうとしない取り組みに手を出そうとする。
コミュニティという枠にとらわれない、悪魔の中から魔王を擁立させて、悪魔たちによる国家を創るのだと——。
そうすれば、今以上に悪魔たちの生活は安定する。
それに魔物たちから逃げまわるばかりの生活を送る放浪者も少なくなるだろう。
もしも、悪魔による国家ができれば、全ての悪魔たちにとって都合がいいはずだ。
おれはそんな偉大な実績を得るために、グスタフに相談を持ちかけるのだった。
だが、グスタフから返ってきた回答は肯定的なものではなかった——。
「ユリウス……。残念ながら、それはできない」
「なんでだよ!? どうしてなんだよ、グスタフ!!」
「かつて我々は誓ったんだ。悪魔は国家を創らないと……。《原初の魔王》が望んだ平和な世界のために、我々はその道を絶ったのだ」
そんなことはユリウスだって知っている。
かつて、悪魔たちが取り決めた約束事のひとつに国家は創らないというものがあると。
だが、しかし……。
「何が平和だよ! 今この魔界は平和だっていうのか!? 魔族たちはしょっちゅう戦争をしているじゃないか! 今さら、おれたちがそんな約束を破ったって……」
「ユリウス!!」
珍しくグスタフが大声をあげる。
それは冗談などではなく、本気でおれの意見を否定する強い声であった。
「お前は、悪魔としての誇りを捨てるのか……?」
グスタフはいつになく真剣な表情でおれを叱責する。
そして——。
「何が誇りだ!! そんなものはだれ一人として救ってくれないじゃないか!!」
おれはそんなグスタフに反論する。
すると、グスタフは優しくおれを諭すように言い聞かせるのであった。
「ユリウス、お前の思想は正しい……。その仲間想いの気持ちは間違ってはいない」
「じゃあ、何でダメなんだよ!? どうして、おれの考えを否定するんだ!!」
「それが……我々悪魔が自ら望んで選んだ道だからだ……」
おれは聞き飽きたセリフを聞き、思わず声を荒げる。
「クソがっ!!」
そして、おれはグスタフのもとを立ち去ることにする。
話が通じないのであれば、おれは勝手に一人でやり遂げてみせると意気込んで……。
まだ若かりし頃のおれは、こうして一人で遠くへと駆け出すのであった——。
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