310話 ユリウスの過去(6)

  紫電の雷光がすさんだ廃墟を眩く照らす。

  直後、大きな爆破音と共にそれらの建物は崩れ落ちる。


  その様子を見ていたおれの肩は自然と震えていた。

  それから歯を食いしばり、拳を握りしめる。


  「こんなんじゃダメだ……!!」


  おれは誰もいない地下都市で一人そう叫ぶのであった。


  「もっと強く! 誰よりも……カシアスよりも強くなるんだ!!」


  そして、おれが放った雷撃は音を立てながら次々と地下都市の廃墟を壊していく。

  補助スキルも全て『雷属性魔法強化』を付与したこともあり、おれの雷撃の威力は格段に強化されている。

  先ほどまでそびえ立っていた文明の証は、一瞬にして見る影もなく消え去るのであった——。



  ハァ……ハァ……



  おれは息を切らしながら、自分の力を確認する。

  ただ強くなることだけを意識して鍛錬してきた。

  その成果を知りたかった。


  だが、それでも今のカシアスには到底追いつかない。

  それほどの力量差をおれは実感していたのだった。



  おれは、どうしたらいいんだ……。

 


  情けない自分を見つめ、かつて過ごした地下都市で途方に暮れる。

  こんな姿を仲間たちに見せられる訳もなく、一人で遠出して来ていたのだ。


  だが、そろそろ帰らねばだ。

  そんなことを考えていた時、おれは背後に何者かの気配を感じた——。



  「誰だ……!?」



  おれは後ろを振り返り、声を上げる。

  すると、そこには灰色のローブに身を隠した精霊体がいるのであった。


  どうしてこの者が精霊体だとわかったかというと、僅かにだが精霊体の魔力を感じ取ったのだ。

  精霊か、天使か、悪魔かはわからない……。

  だが、このローブの者が精霊体であることは確かだ。


  すると、おれの呼びかけに答えるように、ローブ姿の浮浪者は名乗りをあげる。

  だが——。


  「わたしですか? わたしの名は……」


  そこで、浮浪者は言葉を止めるのだった。


  「いいえ、やめておきましょう。今、名乗ったところで信用してもらえないでしょうから」


  表情はまったく見えていないがそれでもわかる。

  こいつ、ニヤニヤしながらおれの反応を楽しんでいる。


  この者には怪しさしかない。

  自身の魔力を隠していること、そして正体を明かさないこと。


  こいつは精霊か、天使か……?

  敵なのか……。


  おれは戦闘態勢に移る。

  いつ、この者と戦うことになっても大丈夫なようにと——。


  「そんな怪訝な顔をしないでいただきたい。わたしは貴方の夢を叶えるためにやってきたのですから……」


  すると、敵意を剥き出しにするおれに対し、ローブ姿の浮浪者はそう告げてくるのだった。


  「おれの夢を……叶えるだと?」


  「はい、そうですよ。何でも、力が欲しいとか……。それも中途半端な力ではなく、かなりのモノを望んでいるとお見受けしますが……?」


  なおさら怪しい言葉をかけてくるこいつに、おれは更なる不信感を募らせる。


  「お前には関係ないことだ!!」


  それに、どうしてこいつはおれが力を望んでいることを知っている。

  このことは誰にも話していない。


  国家を創りたいという話だって、グスタフとユリアンくらいにしか話していないんだぞ……。


  すると、ローブ姿の浮浪者はあきれた口調で進言してくる。


  「関係ない? それはもう少し、わたしの力を見てからの発言でも遅くはないと思いますよ」


  浮浪者はそう告げると、おれとの距離を縮めてくる。


  「なっ!?」


  咄嗟におれは反応しようとした。

  距離を詰めようとしてきたこいつに、雷撃を解き放ってやろうと……。


  しかし、あまりにも素早い一瞬の出来事におれは反応することすらできなかった。

  そして、ローブ姿の浮浪者はおれの肩に優しく触れてくるのだった——。



  すると、その直後おれの身体中にどんどんと魔力が流れ込んでくる。

  おれは身体中が高純度の魔力で満たされていくのを感じるのであった。


  そして、浮浪者は静かに語りかけてくるのだった……。


  「わたしには魔力を譲渡じょうとする能力があります。もしも、わたしに協力してくれるのなら、この能力を使って貴方の夢を叶える手助けをすることもやぶさかではありません」


  魔力を譲渡する魔法が存在するなど、一度も聞いたことがない。

  もしも、そんな魔法があるのならば世紀の大発見となるだろう。


  弱者は強者へと生まれ変わり、強者はさらに強くなれる。

  そんな魔法の存在は、御伽噺おとぎばなしの中の話でしかないはずだ。


  だが、現に今おれはこの浮浪者から魔力をもらっている……。

  どんどんと、身体に力がみなぎってくるのを感じていた。


  これは……現実なのか……?


  それに……おれの夢を叶えるだと……?


  おれはローブ姿の浮浪者に持ちかけられた取引に興味を示す。


  「協力だと……?」


  「はい——。協力といっても、今すぐにというわけではなく、貴方が力を得た後の話です。貴方にはまだ目覚めていない隠された力があるのです」


  浮浪者はそう話すと、おれの肩から手を離しておれの左胸にゆっくりとその指を乗せる。


  「それは魂に刻み込む、契約の力——。貴方が手に入れるその固有魔法を使えば、盟約に誓いし内容は絶対遵守じゅんしゅされます」


  固有魔法……?


  盟約の絶対遵守だと……?


  なんだ、こいつは何を言っているんだ……。


  おれはこの者の言葉を全然理解することができない。


  「お前は何者なんだ……? なぜ、おれたちすら知らないそんなことを知っている! それに、おれに秘められたその力が本当だとして、お前は何に使うつもりだ……?」


  おれは他者に魔力を譲渡するなどという未知の力を持つこいつに——。

  そして、おれの知らない知識を持っているこいつに畏怖の念を抱く。


  しかも、この者の一瞬の動きにおれは反応することすらできなかった……。

  自然と、目の前にいる浮浪者相手に身体中が震えてしまう。


  「確かに、貴方からすればそこが気になるところですよね。そうですね、わたしの力も目的もお話したことですし、そろそろ名乗るとしましょうか……」


  そして、ローブ姿の浮浪者はその名をおれに告げるのであった——。

 

  「わたしの名はシャロン。これだけで貴方には通じますよね? どうですか、わたしが描く理想の世界のために、貴方の力を貸してくれませんか」


  シャロンだと……?


  その名前ならおれも知っている。

  精霊体たちの中で、最も有名な名前と言っても過言ではないだろう。



  つまり、このローブの主の正体は——。



  正体を明かしたシャロンと名乗る人物に対して、おれは懇願こんがんするのだった。



  「わかった! 貴方に協力させてくれ!!」



  「だから頼む! おれに力を与えてくれないか!!」



  いけるかもしれない……。

  これはおれに訪れた幸運の出会いだ!


  本当にこの人が協力してくれるのならば、おれは夢を叶えられるのかもしれない。


  悪魔たちの国家を創ることが……。

  いや、カシアスの理想の兄貴になることが……。



  「その言葉、もう取り消せませんよ……」



  ローブ姿の浮浪者——シャロンはニヤリと笑みを浮かべ、おれにそう警告する。


  だが、舞いあがっているおれの耳に、その言葉は届くことはないのであった——。



  絶望の底で出会ったシャロンとの出会い。

  もしも、もう一度人生をやり直せるのであれば、おれはこの出会いのない道を選択するだろう。


  おれはこの出会いを——。

  そして、この時の浅はかな決断を、生涯後悔することになるのであった——。

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