302話 ユリウス vs アベル(1)

  「ようやく来たか、夢追い人よ……。だが、少し遅かったようだな」



  《天雷の悪魔》ユリウスは遥かな高みからおれたちを見下ろしてそう告げる。


  煌めく貴族服の上に黒のローブを纏い、金色に輝く短い髪の男性の悪魔——。

  この男に会うのはこれで二度目だ。


  一度目は十傑の悪魔ハワードが支配する亜空間の中で、ユリウスはおれに接触してきた。

  その時には、おれの心の奥底に眠る偽りの正義を暴き出して、諭そうとしてきた。


  だが、その時におれは新たに覚悟を決めて戦い続けると決意した。

  そして、あいつはおれに宣告したのだ。



  次は、俺が直接相手をしてやると——。


  そして、魔界で待っているから来いと——。



  ユリウスの言葉の通り、おれは魔界までやってきた。

  もちろん、カシアスを助けるためにここまで来たというのはある。


  しかし、それとは別に、おれは己の信念をかけて目の前に立ちはだかるこの男を越えなければならないのだ——。



  おれは魔王ユリウスの放つ王者の風格と威圧感の前に、固唾を呑んで状況を見つめる。


  すると、おれの側で倒れているカシアスがゆっくりと片膝を立てて起き上がり、おれに呼びかけるのであった。


  「アベル様……。どうして、ここに……」


  よく見れば、カシアスの視界は定まっておらず、虚ろな瞳でおれの方を見つめている。


  カシアス……お前、こんな姿になるまで一人で戦っていたのかよ……。


  おれは初めてみるカシアスの姿に戸惑いながらも、強く彼を叱責することにする。

  どうして、交わした約束を守ってくれなかったのだと——。


  「お前こそ、どうしてだよ!? ユリウスをぶっ潰すって言ってたじゃないか! それなのに何なんだよ、このザマは……!!」


  「申し訳ないです……。お見苦しい所を見せてしまいました」


  カシアスは息を切らしながら、おれにそう謝る。

  彼の言葉からは、自身の不甲斐なさを悔やむ感情が伝わってきた。


  「あとはおれに任せておけ!」


  「アベル様……何をされるおつもりで……!?」


  おれはここにいるカシアスがどれほど強い存在かというのをよく知っている。

  それこそ、おれがピンチの状況に立たされたときに、カシアスには何度も何度も救ってもらった。

  そして、共に戦ってくれたんだ。


  そんなカシアスを間近で見てきたおれだからこそ、こいつの実力はおれがよく知っている。

  だからこそ、そんなカシアスが手も足もでないユリウスという魔王がどれほど強大な存在であるかも、十分にわかっているつもりだ。



  でも——。



  おれはカシアスの側に落ちている《聖剣ヴァルアレフ》を手に取る。

  すると、聖剣からおれの体内に魔力が流れ込んできて、不思議と力がみなぎってくるのであった——。



  おそらく、カシアスもこの聖剣を使ってユリウスに立ち向かおうとしたのだろう。

  だが、それでも届かなかった……。



  「おやめください!」



  カシアスが叫ぶ。

  おれがユリウスと戦うために来たと気づいたのだろう。


  だが、おれは止まらない——。


  「一つだけお前を称賛しておこう。よくここまで辿り着いたな」


  《天雷の悪魔》ユリウスがおれにそう告げる。


  「褒めてるのか? 素直にそう受け取っておくぞ」


  「もちろんだとも。お前は何度も窮地に立たされながら、それらを全て乗り越えてきた。それは俺のなかでも称賛に値することだ」


  ユリウスの表情を見れば、どこか嬉しそうであった。

  まるで、おれがここまでたどり着くのを楽しみにしていたかのようである。


  「まるで、これまでずっとおれを監視してきたみたいな言い方だな……」


  「あながち間違いではないぞ。俺はこれまでのお前の行いを全て知っているのだからな」


  そうだ。

  以前に出会ったとき、あいつはおれの過去を何でも知っているような口ぶりであった。


  そして、改めてユリウスの口から全てを知っているという言葉が出てきた。


  「やっぱりそうなのか……。どうしてお前がおれを気にかけているのかは知らないが、あまり気持ちがいいものではないな」


  「ふっ……。だが、それも今日までだ。以前、告げた通り、この手でお前の理想も仲間も含め、全て破壊してやる」


  ユリウスはそう告げると、彼の背後に七つの球体が浮かび上がる。


  水晶玉のような綺麗なその球体は、雷を内包しているかのように白く光り輝きながら、電気をほとばしっているのだった——。


  「それは困るな。なんたって、おれは大事な相棒を助けるために、ここへ来たんだからな」


  「それに、おれの最高のパートーナーがおれの理想を実現するために支えてくれるって言ってくれたんだ。ここでおれだけ退場するなんてこと、できないんだ!!」


  そうして、おれはユリウスと戦う決意を固める。

  おれがもうダメだと諦めそうになった時、鼓舞して支えてくれたサラの姿が思い出されたのだ。



  純粋な魔力量では到底敵う相手ではない。

  だが、おれの手には幸いにもこの聖剣がある。


  《霊体殺し》とも呼ばれるこの聖剣さえあれば、劣等種と蔑まれる存在のおれでも、悪魔であるユリウスに一矢報いることができるかもしれない!



  ユリウスの背後に浮かぶ、雷を宿したような水晶の球体——。

  その水晶の一つから、おれに向かって雷鳴を轟かせる電撃が放たれるのであった。



  宙を切り裂く稲妻は一瞬でおれを視界を覆い尽くす。

  その眩い閃光が故に、おれの視界が封じられてしまった。



  しかし、おれの身体はまるで意思を持っているかのように、ユリウスの攻撃を見越して滑らかに動くのだった——。


  そして、おれはユリウスの放った雷撃を《聖剣ヴァルアレフ》で受けとめる。



  ドゴォォォォオオンンンン!!!!!!



  激しい魔力のぶつかり合いの末に、おれはその雷撃を切り裂いた。


  いや、正確にはおれがではなく、《聖剣ヴァルアレフ》が切り裂いてくれたのだ。


  不思議なことに、おれの身体がこの聖剣の扱い方を知ってあるようだ。

  いつもの魔剣ならば、魔剣に魔力を吸い取られるばかりなのだが、この聖剣に至っては魔力が身体に流れ込んでくる感覚もある。


  まるで、この《聖剣ヴァルアレフ》がおれを持ち主として認めており、力を貸してくれているようであった。

  そして、そんな様子を見ていたユリウスがおれに告げるのだった——。


  「聖剣の力を借りているとはいえ、止められるとはな……。誇ってもいいのだぞ、少年。魔界でも今の一撃を防げる者など数えるほどしかいない」


  「劣等種でそれが可能だとすれば、魔王ヴェルデバランくらいなものだ」


  ユリウスは先ほどの攻撃を受けとめたおれを称賛する言葉を投げかける。


  その中で気になったこと——。

  劣等種ではあるものの、どうやらユリウスは魔王ヴェルデバランの存在を認めているようだ。


  そういえば、カタリーナさんが言っていたな。

  魔王ヴェルデバランの魔力を持つおれなら、ユリウスを倒せる可能性が生まれると……。


  もしかしたら、カタリーナさんの言っていたことは本当で、おれにならユリウスを倒すことができるかもしれない!



  そんな淡い期待をおれは持ちはじめる。


  だが、よくよく考えればわかることだ。

  ユリウスの表情からは悔しさはまったくと言っていいほど感じられなかった。


  つまり、やつはまだ実力のほんの一部しか見せていないということなのだ——。



  「しかし、それもここまでだ」



  先ほどはユリウスの背後に浮かぶ水晶の一つだけが光輝いて、それが雷撃を放つのであった。

  しかし、今度はその数が増える——。



  彼の背後に浮かぶ七つすべての水晶玉が雷を宿したように白く輝き出す。

  もしも、あれら一つひとつが先ほどと同じ攻撃を繰り出すとしたら、単純に考えても威力は七倍となる。

  とてもじゃないが、今のおれに受けきれる攻撃ではないのだ……。



  「カシアスと同じように、ここでくたばるがいい」



  そうして、おれをめがけて七つの電撃が打ち出されるのであった——。

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