301話 託された使命

  かつて剣を交えたカインズの助太刀もあり、十傑の悪魔との交戦を再び避けることができた——。



  カインズはリノに頼まれたって言ったけど、本当におれは多くの仲間たちの支えがあってここにいるんだよな。

  今だって、純白のレースドレスに身を包んだ女神様ことカタリーナさんに連れられて魔王国の国外を目指している。


  だからこそ、おれはそんな彼らに恩返しをしたいと思うんだ。

  もしも、彼らが困っているならばおれが力になってあげたい。


  そして今、まさにカシアスが困っている状況なのだ。

  カシアスは一人ではユリウスに勝てないと、カタリーナさんは言っていた。

  でも、魔王ヴェルデバランの魔力を持つおれなら、カシアスを助けられるかもしれないらしい。


  おれはただ一人の最高の相棒のために戦う。

  それがたとえ、最強の魔王を相手にすることになろうとだ——。



  そんなことを考えていると、おれを手を引いて空を駆けるカタリーナさんが声をかけてくる。


  「アベル——。貴方はきっと、多くの者たちの希望となる存在なのでしょうね」


  「えっ……? どういうことですか」


  彼女の突然の発言に、おれは思わず聞き返してしまうのだった。


  「魔王ウェインは貴方を私に託す際に話していました。貴方に何かあれば、カシアスたちに責められてしまうと——」


  「彼はあのように言っていましたが、彼自身も心から貴方の事を想っているように私は感じました。それに、欠格の魔王カインズもです」


  「きっと、貴方という存在は彼らの希望となるものであり、貴方はそんな彼らの願いを叶える使命を背負っているのでしょうね」


  彼女はおれが何か大きな使命を背負っているかのように語る。

  おれに心当たりはないものの、女神様の言葉というだけあって、じっくりと考えてみる。


  「使命……ですか?」


  「はい——。それが何なのか、私にはわかりません。しかし、彼らにとってそれはきっと重要なものなのでしょう」


  「もしかすると、貴方が魔王ヴェルデバランの魔力を持っていることと関係があるのかもしれませんね」


  カタリーナさんは冗談などではなく、真剣にそう語っている。

  だが、おれはそんなたいそうな人物ではない。

  おれは奇妙な運命に導かれて転生した、ただの劣等種の一人でしかないのだ……。


  「ごめんなさい……。おれにはまったく検討がつかないです」


  そんな言葉をおれは無理やり捻りだす。


  そういえば、昔カタリーナさんと夢の中で会った気がするんだよな……。

  確か、その時に何か言われた気がするんだけど、何も思い出せない……。


  以前、大森林で会った時も、あれはおれが勝手に見た夢だったということがわかったし、気にし過ぎなのなもしれないな。

  それに、彼女は特におれを追及しようとするわけではなく、静かに笑っている。


  「大丈夫ですよ——。さて、もうすぐ国外です。行きますよ!」


  カタリーナさんのおれを引っぱる力が急に強くなる。

  そして、おれたちの飛行速度は加速をしていくのであった——。



  「もしかして、今そとに出ましたか?」


  おれの身体を包み込む魔力が僅かに変化したことを敏感に捉える。


  それに対して、彼女は笑顔で頷く。


  「はい。これで転移魔法が使えますよ」


  おれは最初、魔王国などというくらいなのだから巨大な塀などで国境が囲まれていると思っていた。

  しかし、そんなものは特になく自然と出入りができる空間がそこに広がっているのだった。


  「さて、それでは飛びますよ!」


  カタリーナさんがそう呼びかけると、おれたち二人は一瞬で光に包まれる。



  そして、次の瞬間には別の地へと転移していたのであった——。




  ◇◇◇




  急に大気に満ちる魔力が濃くなる。



  おそらく、これはユリウスとカシアスがいる戦場がすぐそこだということなのだろう。

  慣れ親しんだカシアスの魔力も感じることができる。


  そして、女神様との別れの時がやってくる——。


  「私の役目はここまでです。アベル、あとは一人でいけますね」


  「はい! カタリーナさん、ここまでありがとうございました!」


  改めて、おれはカタリーナさんと向かい合い感謝の言葉を告げる。

  正面に立つと、彼女とそれほど身長が変わらないことに気づく。


  そして、彼女の姿をこうして眺めていると、ふとおれの心が騒ぎ立てるようにむず痒さを感じはじめた。

  まるで、彼女のことをずっと前から知っていたかのような感覚に包まれる——。


  「カタリーナさん……。おれたちって、以前にどこかで会ったことがありますか?」


  おれは自然と湧いてきた疑問を彼女に投げかける。

  もしかしたら、忘れてしまっているだけで、おれたちはどこかで出会っていたのではないかという考えに至る。


  「いいえ、それはありませんよ。しかし、アベル——。貴方にはどこか懐かしさを感じます。もしかしたら、私たちは前世で出会っていたのかもしれませんね」


  だが、彼女はそれを否定した。

  しかし、彼女もまたおれと同様に懐かしさのようなものを感じており、前世ではその可能性があるのではないかと述べるのだった。



  前世か……。

  地球時代に、こんなにおれを心を騒ぎ立てる美女なんていただろうか?

  いや、いない。

  きっと、単なる勘違いなのだろう。



  そして、彼女は改めておれに別れの言葉を告げる。


  「アベル——。魔王ユリウスは強敵です。魔王ヴェルデバランが到着するまでの時間稼ぎをよろしくお願いしますね」


  「それでは、私はゼノン様の司令に従い、他の天使たちと合流して魔王ユリウスの配下たちと戦ってきます。どうか、ご武運を——」


  それだけを言い残して、カタリーナさんは姿を消してしまう。

  再度おれから別れを告げる時間はなかった。


  だが、すべてを終わらせて無事に生きて帰れば彼女とはまた会える。

  だから、これはこれでよかったんだ。

  おれはそう自分に言い聞かせる。



  覚悟は決まった——。



  カシアスを助けに行く。

  たとえ、魔界最強の悪魔と戦うことになったとしてもだ!



  そして、おれはカシアスたちの魔力を頼りにして、転移魔法を発動するのであった——。



  ◇◇◇




  転移を終えたおれの目の前には、荒れに荒れた大地にぽつんと横わたる白銀の悪魔と、宙に浮いておれたちを見下ろす金髪の悪魔の姿がある。


  そして、白銀の悪魔——カシアスの手元には、ここにあるはずのない《聖剣ヴァルアレフ》が転がっているのであった——。



  そして、金髪の悪魔——ユリウスが転移してきたおれに呼びかけるのだった。



  「ようやく来たか、夢追い人よ……。だが、少し遅かったようだな」

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