297話 わずかな可能性

  おれは天使であるカタリーナさんに助けられて、人間界へと送り届けられることになった。



  今はまだ精霊王ゼシウスさんの魔王国の中にいるらしく、転移魔法は使えない状況だ。

  だからこそ、まずはゼシウスさんの魔王国の国外へと出ることを目的とするのであった。



  カタリーナさんは飛翔の魔法によって空を飛ぶのだが、そのときにおれに対しても何か魔法をかける。

  すると、おれも彼女と同様に宙に浮く。



  「貴方にかかる重力を極限まで減らしました」



  カタリーナさんはそう告げると、おれの手を引いて空を舞う。

  おれは彼女の手を離さないようにと強く握るのであった。

  そして、おれは彼女に引かれるがままに空を駆け抜ける。


  とても不思議な感覚だ……。

  カタリーナさんの手をとった時、どこか懐かしさを感じた。

  まるで、この手の温もりをおれは知っているかのようであった。


  そんなことを考えているうちに、ウェインとルノワールの姿も既に見えなくなってしまった。

  おれたちは人気ひとけのない荒野をただひたすらに突き進む。


  特に敵と出くわすような様子もなかったので、おれはカタリーナさんに色々と尋ねることにした。



  「それにしても、どうしてカタリーナさんはここに……?」



  彼女は人間界にいる天使のはずだ。

  そんな彼女が精霊王の国家にいて、ギリギリのところでおれを守ってくれた。


  嬉しい気持ちはあるのだが、それと同時にどうしてなのだろうという疑問も湧いてくる。

  すると、そんなおれの質問に彼女は丁寧に答えてくれるのであった。


  「ゼノン様から全天使に向けて大号令がかけられました。内容は魔界への招集と、魔王ユリウスの討伐です」


  「ゼノン様は魔王ユリウスを疎ましく思っておりますので、今回の戦争をもって本気で彼を排除しようと考えています。そこで魔王ヴェルデバランや魔王カシアスの救援命令が為されたのです」


  「そして、私は予想外の襲撃を受けていた精霊王ゼシウスの魔王国に急遽向かうことになりました。そこで、十傑の悪魔ルノワールと交戦する貴方たちを見つけたのです」


  そういえば、カシアスたちと四人で話していたときにゼノンが言っていたな。

  天使を集めたことによって、戦争をはじめる準備はできたということを——。


  そっか、それで天使であるカタリーナさんも魔界に来ていたのか。

  だけど、ゼノンは極力ユリウスには手を出さないって言っていなかったか……?



  「そうだったんですね! さっきはありがとうございました! でも、ゼノンは確実にユリウスを倒せる確信がない限り、カシアスたちに協力するつもりはないって……」



  おれは態度がでかくて嫌味しか言わない魔王ゼノンを思い出しながらカタリーナさんにそう告げる。

  すると、彼女はクスリと少し笑って答えくれるのであった。


  「きっと、それは興が乗ってしまい貴方方あなたがた揶揄からかっていただけでしょう」


  「彼らへの協力を惜しむなと、私たちは命じられていますし、既に魔王カシアスの国家でも天使たちの救援活動は行われています」


  「それに、《賢聖の天使》と呼ばれているゼノン様は賢いだけでなく、とても暖かい心の持ち主なんですよ」


  そうだったのか……。

  おれとしては信じられない部分もあるが、天使であるカタリーナさんが言うのならそうなのだろう。


  外から見ているおれたちからすれば理解不能な男であったが、直属の配下である彼女がそう語るのなら、そちらの姿の方が真実に近いはずだ。

  少なくとも、配下たちの前では温かい心の持ち主として振る舞ってきたのだろう。


  しかし、そう語るカタリーナさんであったが、心配ごともあるようであった。



  「ですが、そんなゼノン様にも想定外の出来事が起きているそうなのです……」



  「何か……あったんですか?」



  おれはすかさず彼女に尋ねるのだった。



  「はい……。天使たちからの報告によると、魔王ユリウスの襲撃が起きているのにも関わらず、魔王ヴェルデバランの姿が未だに見えないそうなのです……」


  「ゼノン様の考えによると、魔王ユリウスを倒すために魔王ヴェルデバランの力は必要不可欠なのです。もうそろそろ出てきてもいいはずなのですが、どうしてなのでしょう……」



  カタリーナさんはすごく悩んでいるようであった。



  そうだ——。

  魔王ヴェルデバランはもう死んでいるのだ。


  つまり、魔王ヴェルデバランが出てくることは決してない。

  ゼノンたちの計画では、そんな絶対にやってくることないヒーローを待つようなものであるのだろうか?


  おれはカタリーナさんに尋ねることにする。



  「ヴェルデバランがいないと絶対に勝てないんですか……?」


  「はい、残念ながら……。魔王カシアスとゼノン様の御二人だけでは魔王ユリウスには絶対に勝てません。それは魔王ユリウスが持つ特性といいますか、能力によるものなのです」



  そんな……。


  おれは彼女の答えに絶望する。


  「ですので、ゼノン様は時を伺っているようなのです。魔王ヴェルデバランが現れて、魔王ユリウスを追いつめる展開を待っています。しかし、このままでは……」


  「このままだと、どうなっちゃうんですか……?」


  おれは聞きたくないと思いつつも、現実から逃げてはいけないと思い勇気を出して彼女に尋ねる。

  すると、彼女は多少躊躇ためらう素振りを見せながらも、はっきりと事実をおれに教えてくれるのであった。



  「今受けている報告ですと、魔王カシアスがたった一人で魔王ユリウスと戦っている展開だそうです」



  「そして、当然のように手も足も出ていないと……。このままでは、じきに魔王カシアスは死に絶えてしまうだろうとのことです」



  彼女の言葉を受けて、おれは取り乱してしまう。



  「そんな……。どうにかならないんですか! 魔王ヴェルデバランが来る以外に、カシアスを助ける方法はないんですか!?」



  カシアスはおれに言っていた。

  安心して待っていて欲しいと——。


  だけど、そんなことを聞いたら無理だよ!

  お前だって、約束を破るようなことしてるじゃんかよ……。


  おれはカシアスのために、何の力にもなれない自分に腹が立つのであった。



  すると、カタリーナさんは急に飛ぶのをやめ、正面を向いておれをジッと見つめる。



  「ひとつだけ、方法があるかもしれません……」



  彼女の言葉におれはすぐさま反応する。



  「それを教えてください!」



  おれは彼女の瞳をしっかりと見つめて頼み込むのであった。

  すると、彼女は自分の考えを語ってくれる。



  「どういうわけかはわかりませんが、貴方からは魔王ヴェルデバランの魔力を感じます。その秘められた魂から、以前彼から感じたモノと同じモノを私は感じているのです」



  おれが魔王ヴェルデバランと同じ魔力を……?

  魂から同じモノを感じるだと……。


  そういえば、十傑の悪魔の一人であるエストローデと戦っていた時に、カシアスがおれに魔力をくれたんだっけ。

  魔王ヴェルデバランから借りていた魔力をおれの魂に授けたと……。



  「それが、何か関係あるんですか!?」



  「はい。アベル——貴方が魔王カシアスと魂の同一化をさせて戦うというのなら、魔王ユリウスにも勝てるチャンスはわずかにですが生まれます」



  カタリーナさんは、おれがカシアスと協力すればユリウスを倒せる可能性があると話してくれる。

  おれの力があれば、カシアス一人では決して倒すことのできないユリウスの能力とやらを越えられるということなのか。


  「しかし、これは可能性が生まれるというだけで、ゼロに等しいものです。人間である貴方と、魔界最強の魔王であるユリウスとの間にある力の差は歴然……。今は魔王ヴェルデバランが現れるのを待つのが最善の策です」


  だが、もちろん彼女はこの作戦は現実的ではないと主張する。


  しかし、可能性はゼロではないとも話していた!



  「お願いします! おれをカシアスたちのところまで連れて行ってください!!」



  「ですが、アベル。私は貴方を人間界に連れていくと約束しました。それを破るわけには——」



  「でも、このままじゃカシアスがやられてしまうんでしょ!? 魔王ヴェルデバランはいつ来るかわからない、来ない可能性だってある!!」


  「だったら、わずかな可能性にもかけてみる価値はあるはずです! それはゼノンにとっても決して悪い話じゃないはずだ!!」



  おれはカシアスを助けたい。

  カタリーナさんはゼノンのために働きたい。


  そんなおれの訴えに、彼女は何とか折れてくれる。



  「わかりました。私はあくまでもゼノン様に仕える天使の一人。ゼノン様のためになることを一番に考えるべきですね」


  「しかし、もしも魔王ヴェルデバランが現れた時は、当初の予定通り貴方を人間界へと連れて帰ります。それでよろしいでしょうか?」



  あくまで魔王ヴェルデバランが来たらこの話はなくなる。

  おれとしては、そんなことが起こるはずないのはわかりきっている。


  つまり、これは事実上のファイルアンサーだ。

  そして、おれの答えは最初から決まっている。



  「はい! それでお願いします!!」



  こうして、おれはカシアスを助けに向かうことになるのであった。


  絶対におれが何とかしてやるからな。

  かつてカシアスがおれを助けてくれたように、今度はおれがカシアスを助ける番なんだ。

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