296話 十傑の襲撃(4)

  十傑の悪魔ルノワールとの戦いがはじまる。



  その圧倒的な魔力を使っての攻撃魔法に、おれたちの足場を崩すような補助魔法を組み合わせるルノワールは、この戦いを完全に支配しているのであった——。



  おれたちはひとまず防御魔法を応用して足場を作ることからはじめる。

  ルノワールが大地を泥沼に変化させたことにより、そうしないと沼の底まで引きずり込まれてしまうからだ。


  だが、その泥沼を警戒して地上での戦闘をやめた途端、今度はその泥沼が津波のようにおれたちのいる上空まで押し登ってくる。

  おれたちはルノワールから放たれる攻撃魔法だけではなく、地上から押し寄せる沼にも警戒しなくてはいけないのだった。



  華麗に宙を舞うルノワールは闇属性魔法の使い手なのか、闇の雷を解き放つ。

  もちろん、それはウェインだけでなくおれにも飛んでくるのであった。


  おれは闇の壁ダークウォールを全力で展開してルノワールの攻撃から精一杯に身を守る。


  だが、結局はそれだけだ……。

  防御魔法を張るのに精一杯で、攻撃に移ることができない。


  攻撃に関してはフェンリルの魔王ウェインに任せるしかないのであった……。


  「この程度で手一杯だなんて、期待はずれにもほどがあるよ。もうちょっと、楽しませてもらえると思ったのにな〜」


  ルノワールは涼しい顔で次々と攻撃魔法を発動してくる。

  それも、激しく泥沼を操りながらだ。


  「そういうセリフは、オレを倒した後で言うんだな!」


  ウェインは光属性魔法の使い手であったようで、獣神化した姿をさらに輝かせてルノワールへと飛び込んでいく。

  しかし、そんなウェインの進行方向にはことごとく泥沼の壁が立ち塞がり彼の行方を阻む。


  これにより、ウェインは攻めあぐねてしまうのであった……。



  「実力差がわからないなんて、本当にかわいそうだよ。それじゃ、もうちょっとすごい技を見せちゃおうかな」



  ルノワールはそう告げると、闇の雷を放つをやめる。

  そして、自らがまとっている闇のベールを分解させて、そこから大量の球体を生成する。



  この様子を見たウェインは何かを察したのかおれのもとへと駆け出してくる。



  そして、ルノワールの周囲を漂う闇の球体がおれに向かって放たれた。

  これにはおれだけでなく、ウェインもおれの身を守るために防御魔法を発動するのであった。


  だが、ルノワールの放った闇の球体は、まるで野球のカーブボールのように変化しておれに向かってくる。

  それも、複数の球体が様々な変化をしながらおれに遅いくるのであった——。



  「しまった!?」



  ウェインはこの急激な変化に予想できなかったのか、ルノワールの攻撃の餌食となるおれを見てそう叫ぶ。



  次の瞬間、おれの視界はまばゆい光に完全に包まれて、何も見えなくなってしまうのであった——。




  ◇◇◇




  「よかった……。なんとか間に合いました」



  突然の閃光に目が眩んでしまった。

  だが、ぼんやりとではあるがようやく視界が元に戻ってきた。



  そんなおれの前には一人の美少女がいるのであった。

  この光景に、どこか懐かしさを覚えるおれ。


  そして、おれは思わず声を上げる。



  「あなたは……カタリーナさん!?」



  そこには、かつて人間界でおれが初めて出会った女神のような姿の天使がいるのであった。


  「はい、こうしてお会いするのは下界以来ですね。お久しぶりです、アベル」


  彼女は安堵の表情を浮かべてそう語る。

  どうやら、彼女の方もおれのことを覚えてくれてようだ!


  だが、どうして人間界にいるはずの彼女が魔界に……?



  「誰だかわからねぇけど、助かったぜ! そいつに何かあったら、オレはいろんなやつに責められちまうからな」



  獣神化したウェインがおれたちのところまでやってくると、おれをルノワールの攻撃から守ってくれた女神カタリーナさんに向けてそう告げた。



  「へぇ〜、天使たちは動かないと思ってたんだけどな。どうやら想定外のことが起きているみたいだね」



  ルノワールもこの展開には驚いているようで、攻撃をやめておれたちの動きを観察している。


  すると、ウェインは何か気づいたような仕草を見せてカタリーナさんに尋ねるのであった。



  「あれ……もしかしてアンタ、オレとどこかで会ったことがあるか……?」


  「はい。かつてお会いしたことはありますよ、魔王ウェイン。随分と昔のことですので、忘れていても仕方ないと思いますけどね」


  「そっか……。忘れちまって悪いな」



  どうやら、二人はかつてどこかで出会ったことがあるようだ。

  そして、そんな初対面ではないということもあってか、ウェインはカタリーナさんに頼み事をする。



  「急だけどよ、そんなアンタにお願いがあるんだ! どうか、そこの劣等種のガキを連れて下界に逃げてくれないか?」


  「どうやらアンタはアベルと同じ下界にいたんだろ? 今の魔界は危険だ。お願いだからそいつを下界まで送り届けて欲しい。今それをできるのはアンタしかいないんだ!」



  なんと、ウェインはカタリーナさんに対しておれを人間界まで送り届けて欲しいと言うのであった。


  確かに、おれはカシアスと約束をした。

  そして、リノやアイシスに人間界まで送り届けてもらうことになっていた。



  だが——。



  「聞いてくれ、ウェイン! 三人で戦えばルノワールに勝てる可能性は高くなる。だから——」



  「オマエは黙ってろ!!!!」



  そんなおれに対して、ウェインは大声で吠えて言葉を遮るのであった。

  これにはおれも思わず黙りこくってしまう。



  「安心しろ、アベル。オレはあんなヘナチョコ悪魔、一人でだって倒せるぜ。逆に、オマエらがいたら邪魔になっちまう」



  ウェインはおれたちに優しい声でそう語る——。



  そして、その言葉を受けて女神カタリーナさんはウェインに頭を下げるのであった。



  「わかりました。それでは、私が責任を持ってアベルを下界へと連れて行きます」



  「サンキューな。頼んだぜ……」



  ウェインがカタリーナさんに微笑みかける。

  こうして、彼はおれのことを彼女に託すのであった——。



  「そういうことだ。オマエはとにかく生きろ! そんで、このいくさが終わったらまた会おうぜ」



  「オレの魔王国をオマエに案内してやりたいんだ……。それに、カシアスやリノに頼んで下界にも行くからよ。そんときはオレを案内してくれや」



  ウェインはおれにそう笑いかけると、再びルノワールを目指して駆けていく。

  おれはそんなウェインの後ろ姿を見つめることしかできないのであった……。



  「それでは、行きましょう。彼らの想いを無駄にしない為にも——」




  こうして、おれは天使である女神カタリーナさんと共に人間界を目指すのであった。

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