282話 いざ、魔王城へ

  ハルの転移魔法でおれたちは闇に包まれる空間へと転移した。

  道は整備されているようだが、ここはどうやら広い空洞のようであった。


  しかし、暗いな……。


  渓谷の底というだけあって太陽の光はここまで届いていない。

  僅かに灯りともす、周囲に散りばめられたいくばくかの松明たいまつだけが頼りだ。


  「ダークエルフは暗闇での生活を好むからな! もしかしたら、お前には窮屈なところかもしれんな」


  目を細めて辺りを見渡すをおれを見て、ハルは笑いながらそう言ってくる。


  ダークエルフのハルはこの暗闇のなかでも平時と何ら変わらぬ視力をもっているようで難なく道を進んでいく。


  そんな彼女の後を、置いていかれないようにとおれたちはついて行くのであった。


  すると、目の前には——。


  「おぉー! これが魔王城なのか!?」


  おれたちの前には暗闇に浮かぶ魔王の城が現れる。


  おれの勝手なイメージだが、魔王城とは溶岩がブクブクと沸き上がる中央にそびえ立つ立派なお城なのではないかという考えがあった。


  しかし、実際に現れたのは前世のヨーロッパにありそうな古城だ。

  まぁ、そうは言ってもきらびやかな王子様やお姫様が暮らしてそうなお城ではなく、なんだか幽霊が出てきそうな古城なんだけどね……。


  「「「ハル様、おかえりなさいませ!!」」」


  魔王城に近づくと、城の入場門で門番をしている男性たちが彼女に気づき頭を下げる。

  どうやら、ハルが魔界に帰るというのはしっかりと伝わっていたらしいな。


  そして、それは城のなかに入ってからも同じであった。


  「「「ハル様、おかえりなさいませ!!」」」


  先ほどの衛兵たちとは違い、メイド服を着た女性たちがお出迎えをする。

  全員、褐色肌で顔の整ったダークエルフの女性であった。



  だが、ここも薄暗い……。



  メイドさんなど、父さんたちと暮らすようになって何度も見てきてはいた。

  しかし、魔界にいる褐色肌のダークエルフのメイドさんというのもまた良いものだとおれは思う。


  それなのに、城の内部も薄暗いせいで彼女たちの姿がぜんぜん見えないのだ!

  まるで深夜トイレに起きたとき、月明かりだけを頼りに屋敷内を歩いてるくらいの視野なのだ!


  これにはおれもガッカリしてしまう。

  近づけば彼女たちの姿もよく見えるのかもしれないが、それをすればハルやサラに幻滅されてしまう。


  おれはメイドさんたちを目の保養にするのは諦めて、城の内部を見渡すのであった。


  なんだか洋館みたいな内装だな……。

  どこか落ち着く安心感はあるが、魔王が暮らす家というには質素すぎる気がする。

  王とは古来より豪遊しているという印象をおれは持っているからな。


  すると、なんだかドタバタと音を立てて何者かがこちらへやってくる。

  それはおれのつたない魔力感知にも引っかかるような魔力の持ち主のようであった。


  そして、奥の扉がバン! と大きな音を立てて開けられると、そこには可愛らしい少女が立っていた。


  「帰ってきてくださったのですね、お姉さま!!」


  「おう! さみしい想いをさせてわるかったな、ルカ」


  突如として現れた少女の呼びかけに対し、笑顔で応えるハル。

  話を聞いている限り、どうやら彼女がハルの妹のようだ。


  ボーイッシュでスタイリッシュな服装のハルとは対照的に、妹のルカはお姫様のようなひらひらとしたらドレスを身に纏っていた。


  確か、あのままハルが家出を続けるのならば妹に魔王の座を譲ると母親に脅されたんだっけ?

  仲が悪いのかと思っていたが、そんなことはなさそうじゃないか!


  そして、そんな妹ルカの背後からもう一人の人物が姿を現す——。


  「もう……やっと帰ってきてくれたのね、ハル。貴女がいないせいで、アタシがルカのおもりをしなきゃだったんだ。これでようやく解放されるよ……」


  綺麗な紫の髪をなびかせておれたちの前に現れるのはボンキュッボンの美人お姉さんだ。


  この人はダークエルフっぽくないな。

  肌は色白だし、露出の多い服装で色気がびんびんである。

  それに、突き刺されたら痛そうな銀色の尻尾がお尻からは出ている。


  「ただいま帰りました! ルイーズおばさま」


  「ハル……。アタシのことは『おばさま』じゃなくて、『お姉さま』と呼びなさいと言ってるだろ!」


  なんだかこの女の人、ハルと話し方が似てるな……。

  彼女もおばさまと言ってたし、もしかしたらハルはこの人の影響を受けて育ったのかもしれないな。


  そんなことを思っていると、彼女の妹ルカがおれたちに興味を示すのであった。


  「それでお姉さま……? このお方たちはどなたなのですか?」


  「おや……。これはこれは——」


  一方、ルイーズという女性は何か気づいたようであった。


  「あぁ、紹介しよう!こちらはアタシが下界でお世話になった方々だ。それと、こっちはアタシがお世話をしてあげたやつだ」


  ハルはそう言ってカシアスやアイシス、そしてリノとサラとは別に、おれに対してだけは下界で面倒をみてやったやつと別途で紹介する。

  おいおい、なんだよその言い方は!


  まぁ、いいんだけどね別に……。

  ハルに助けられてきたのは事実だし……。


  「そうだったのですね! お姉さまがお世話になりました。ありがとうございます」


  彼女の妹ルカは可愛らしい笑顔でカシアスたちにお礼を告げる。


  あぁ、どうして姉妹でこうも性格が違うものかのか……。

  おれはそんなことを思っていた。



  「お久しぶりです、ルイーズ様。相変わらず、いつまでもお美しいお姿ですね」


  「やめてください、カシアス様。アタシももう歳ですからね。こんな格好はみっともないとジュリーやウェインから指摘されていましてね……」


  あれっ?

  カシアスとこのルイーズという女性は知り合いなのか。


  カシアスの対応といい、ハルがおばさまと慕っていることといい、どうやら地位が高い人のようだな。


  「それより、アイツは元気なんですか? アタシもウェインも、全然会ってくれないから色々と心配しているんですよ……」


  ルイーズは何かを憂うような表情でカシアスにそう尋ねる。


  「はい……。詳しいことは言えませんが、私やリノ様とは定期的に会話をしております。ただ、まだ人前に出られるような状況ではないのも事実ですので……」


  「そう……。なら仕方ないですね……」


  どうやら重い話のようだ。

  ただでさえ暗いのに、話の内容まで暗いとさらにドンヨリとしてしまう。


  そんなことを彼女も感じたのか、ルイーズは話題を変えてハルに呼びかけるのであった。


  「ハル! 貴女、帰ってきたってことは直接ジュリーに報告しなきゃダメだぞ」


  「ジュリーなら応客室にいるから、覚悟を決めたらしっかり行くんだぞ!」


  ルイーズはハルに強くそう呼びかけるのであった。


  「うっ……。わかってますよ、おばさま……」


  それに対して、ハルはというと嫌そうなオーラを放っている。

  確か、ジュリーというのは彼女の母親だっけな。


  ハルは母親をババアと呼んでいるし、あまり仲が良くないのかもしれない。


  「応客室ですか? どなたかがお越しになっているのですか?」


  「えぇ……。ちょっと」


  カシアスの質問にルイーズは含みをもった笑みでそう答える。


  「おい、アベル! お前も来るんだからな、わかってるんだろうな?」


  ハルはおれに当たり散らすようにそう怒鳴る。


  そうだった!

  そういえば、おれはハルのお母さんに彼女との結婚を認めてもらおうということで魔界までついてきたんだった!


  まぁ、断られるのは目に見えているし、結婚について今アレコレ考える必要はないだろう。


  「わかってるよ! とりあえず、ハルについて行けばいいんだろ?」



  こうして、おれはハルと共にジュリー=ウォーカーのもとへと出向くのであった——。



  「覚悟しておけよ。お前のその顔、二度と戻らなくなるくらい変形するかもしれないぞ……」



  彼女はおれにだけ聞こえる声でそうつぶやくのであった。

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