283話 魔王ジュリー=ウォーカー

  おれはハルに連れられ、これから魔王ジュリーに会いにいくことになるのであった。



  おいおい、マジかよ!

  そりゃ、魔界に来る建前でそういうことになってるけどさ……。

  おれ、殺されたりしないよね?



  ハルの言葉にビビってしまうおれ。

  顔の形が元に戻らないってそんなのヤダよ!


  「おもしろそうですし、アタシたちも行きましょうか」


  魅惑のナイスバディをみせるルイーズがここにいる皆にそう提案する。


  「はい! ルイーズお姉さま」


  「えぇ、私たちもアベル様についていきましょうか」


  それに対して勝手に盛り上がっているギャラリー。

  どうやらハルの妹のルカやカシアスたちもおれたちについてくるようだ。



  でも、もしかしたらこれで有事の際はカシアスが守ってくれるかも……。



  そんな淡い期待を持っておれはハルと共に魔王ジュリー=ウォーカーに会いにいくのであった。




  ◇◇◇




  ハルに案内されて魔王城のなかを進んでいく。


  最初こそ、暗い屋内に苦戦していたおれだが今はだいぶ慣れてきた。

  壁に飾られている絵画を観る余裕もある。


  どうやら、ダークエルフたちを中心に魔族たちが戦っている絵が多いな。

  もしかしたら、過去の戦争とかを描いているのかもしれない。



  そして、歩くこと数分といったところか……。

  おれたちは応客室へと到着する。



  扉を前にした時点でわかる。

  その先にはとんでもない魔力を持ったバケモノがいると……。


  そして、おれに心の準備をさせてくれないまま、隣にいたハルが勢いよくその扉を開けるのであった。



  すると、扉の奥の景色が開かれる。

  そこには二人の魔族が席についている——。



  一人はハルと同じように褐色の肌に、長くとがった耳が特徴的なダークエルフの女性。

  金色に輝く美しい長い髪に、エメラルドグリーンの瞳でおれたちを見つめている。



  もう一人は脚を組んで椅子に座る白髪のお兄さんといったところか。

  彼はダークエルフではなさそうだ。


  細身ではあるが腕や体つきをみればわかる。

  鍛えられた筋肉が美しく身体についている。

  そして、特徴的なのは真っ白なもふもふのシッポが生えていたのだ。

  まるでそれは大型犬のような立派で大きなシッポであった。



  「おい、ババア! 帰ってきたぞ!!」



  ハルは応客室に入るなり女性に向かって叫ぶ。

  すると、それを聴いたダークエルフの女性の頭に血管が浮かび上がる。


  家出した娘の第一声を受け、彼女は明らかに怒りを露わにするのであった。



  「……ンダと、ゴラァ?」



  魔王ジュリーからは迫力満点のオーラが滲み出る。

  それから彼女は一瞬にしてその場から姿を消す。



  そして、壮絶な殴り合いの喧嘩がはじまったのであった——。




  ◇◇◇




  おれはその場から一目散いちもくさんに逃げ出した。


  すると、おれたちがいた扉の周辺が崩れ出す。

  ハルとジュリーの殴り合いの衝撃に耐えきれず、応客室の壁が床が崩れていくのであった。



  確か、ダークエルフは魔法よりも武闘家タイプなんだっけ……。

  目にもとまらぬ速さで二人の殴り合いは繰り広げられる。


  「ほぉ……。なかなかやるようになったじゃないか」


  魔王ジュリーがハルと拳を交えながらそうつぶやく。


  「もうアンタの時代は終わったんだ! そろそろ引退して欲しいものだよ!」


  ハルもまた目にも止まらぬ速さで突きや蹴りを繰り出す。

  しかし、魔王ジュリーはそれを容易く受け流す。


  「二人を止めなくていいんですか……?」


  おれはルカちゃんやルイーズさんに尋ねる。


  「ほっとけばいいのさ。いつものことだからな」


  やれやれといったあきれた様子でルイーズさんはそう答える。


  「ふっ……無駄に力だけは付けやがって……。少しは女としての魅力も磨いてくれたらいいんだけどね!」


  「アタシはアンタの知らない間に女も磨いてるんだよ! 4桁になるまで男を知らなかったアンタと一緒にされちゃ困るね!?」


  二人の争いは格闘だけでなく、口論もまた激しくなっていく。


  「何を寝ぼけたことを言ってるんだい! そういうことはアタシの前に男を連れてきてから言うんだね!」


  魔王ジュリーの蹴りがハルに綺麗に決まる。

  だが、ハルも受け身を取って華麗にその身を回転させて体制を整える。


  「そう言うと思って連れてきてやったよ! あそこにいる黒髪の劣等種だ!」


  ハルはおれの方を指差して魔王ジュリーにそう告げる。

  すると、魔王ジュリーがおれの方を値踏みするようにジロジロと見つめてくる。



  んっ……?


  何か雲行きが怪しくなってきたぞ。

  ジュリーのあの目は明らかにおれを軽蔑しているものだ……。


  このままではおれまで巻き添えをくらって……。



  そして、戦闘は一度終結して二人の視線がおれへと向けられた。


  「劣等種だと……。それもあんな豆粒みたいなのがアンタの男だと言うのかい?」


  魔王ジュリーは怪訝そうな表情でおれを見てくる。

  なんだか嫌なオーラを放たれているな……。


  そして、魔王ジュリーは元々応客室にいたもう一人の男に呼びかける。


  「ウェイン! 少しばかりアンタが相手してやってくれ」


  すると、ウェインと呼ばれた男が反応する。

  どうやら彼は自分が呼ばれたことに驚いているようだった。


  「んっ、オレがか……? そりゃ、かまわないけど、オマエが直接見なくていいのか? 可愛い愛娘の旦那になるかもしれないんだろ」


  「いいんだよ……。アタシがやったら怒りで殺しちまいそうだからね」


  魔王ジュリーが随分と怖いことを言いやがる。


  「なるほどな。娘につく悪い虫は追い払わなきゃだもんな」


  ウェインと呼ばれた男はそう言って立ち上がるとおれの前に来て対峙する。


  目の前でみるとこの人もまた大きいな……。

  身長は2メートル近くあるのではないかと思ってしまう。


  「そういうことみたいだ! アベル、頑張ってくれよな」


  ハルは能天気そうにおれに声をかけてくる。


  おい!

  戦うなんて聞いてないぞ!!


  「準備はいいか? 悪いけど、オマエのこと見極めさせてもらうぜ」



  こうして、おれは見ず知らずのウェインという男と戦うことになるのであった……。

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