271話 アベルの使命

  カシアスを救うのはおれにしかできない——。

  確かに、サラはそう告げた。



  「それって、どういうことなんだ!?」



  おれは彼女に尋ねる。

  おれにしかカシアスが救えないとはどういうことなのかと。


  すると、サラは重い表情をしながら答えてくれた。


  「アベルがカシアスと融合シンクロをすれば、《霊体殺し》で受けるダメージを激減させることができるの。融合シンクロとは魂の同化……精霊体の魂を自身の魂に取り込む魔法だから——」


  「でもそれはつまり、カシアスの代わりにアベルがハワードと戦うということ……。カシアスから魔力供給は受けられるけど、魔王クラスのあの悪魔相手に、人間であるアベルが戦うなんて無謀な話よ……」


  そんな……。

  ここにきて、また自分の実力不足でおれは役に立たないのかよ……。


  おれは自分の無力さを恨む。

  しかし、ここでおれは思い出すのであった。


  「いや、それなら大丈夫だ! だって、この前だっておれとカシアスでエストローデを倒したんだ! つまり、おれとカシアスが手を組めば十傑の悪魔にだって勝てるってことだろ?」


  おれは先日のエトワールさんの一件での戦闘を説明する。

  あのときおれは、カシアスと協力することによって十傑の悪魔であるエストローデに打ち勝ったのだ!

  サラだって、それは知っているはずだ。


  だが、おれの言葉を聞いてもサラの表情が明るくなることはなかった。

  そして、おれの勝算を彼女は否定する。


  「違う……エストローデは十傑の中でもおそらく最弱の悪魔のはず。その理屈じゃ今回は勝てないわ」


  「なんだと……?」


  そんなはずはない!

  だって、エストローデは十傑の悪魔の中でも強い部類に入るってカシアスは言ったぞ。


  「そうよね……? アイシス」


  そしてサラはリノの腕の中でぐったりとしたアイシスに尋ねるのであった。

  そんなサラの問いかけに彼女はゆっくりと言葉を述べるのであった。


  「はい……。エストローデは昔とは違う見た目をしていました。あれは転生したばかりの子どもの姿……。それに本来のエストローデの実力とはほど遠いものでした」


  何だって……。

  エストローデは少年の姿をしていたが、あれは転生したばかりだってことなのか。


  つまり、おれがカシアスと協力して倒したのは本来の実力とはほど遠い十傑の悪魔だということ。

  じゃあ、大人の姿をしている成熟したハワードには——。


  「それに対してハワードは何千年と生きているはず。持っている魔力量も、魔法の種類もエストローデとは桁違いのはずよ」


  サラの言葉を受け、おれの中にズッシリとした何かがのしかかる。

  そんな落ち込むおれに対し、リノは残酷な現実を突きつけてくる。


  「アベル様、このような発言をするのは気が引けますが、カシアスの仲間としての発言をお許しください」


  おれは頷き、リノに発言の許可を出す。


  「このまま静観していれば、カシアスは死ぬことになりますが、ハワードは自滅してくれます。カシアスならばそれだけの時間は稼いでくれることでしょう」


  「おい! それじゃ……」


  おれは彼女の言いたいことを理解し、言葉を遮ろうとする。

  だが、彼女の発言がとまることはなかった。


  「しかし、アベル様がカシアスと共に戦うというのであれば、ハワードが自滅するまで十分な時間を稼げるとは思えません」


  「我々はアベル様とカシアスの二人を失うことになります。それも、ハワードが生き残るという最悪の状況のもとで……」


  「じゃあ、カシアスがやられるのを黙ってみていろって言うのか!」


  冷静に状況を説明するリノにおれはそう食いつく。

  だが……。


  「はい。カシアスもそう望んでいるはずです」


  「ぐっ……」


  おれはそのひと言に言葉を呑み込んでしまう。


  リノやアイシス、それにサラまでがたった一つの解決策を理解しているんだ。

  あのカシアスがおれと融合シンクロすれば助かる可能性があることを理解していないはずがない。


  それなのに、どうしておれに助けを求めない!

  念話を使って言ってくれよ!

 

  おれが必要だって……。


  だが、カシアスから念話が届くことはなかった——。



  「アベルさま……」



  そして、これまで自らは何も語らなかったアイシスが口を開く。


  「どうした? アイシス」


  「……」


  彼女はおれの方を見つめて沈黙している。


  「何かあるなら言ってくれないか」


  おれは彼女にそう呼びかける。


  いつだっておれはアイシスに救われてきた。

  今回だって、彼女の一言で何かが変わるかもしれないんだ。


  そして、彼女は覚悟を決めたようで語りはじめる。


  「こんなことを私が言うのは間違っているとわかっています……。ですので、全てが終わった後に私の命は好きに使っていただいて構いません」


  「おい、いったい何を……」


  そして、彼女たった一つの頼みを懇願してくるのであった——。



  「ですから! どうか、今はカシアス様を救ってくださらないでしょうか!」


  「あの方を……カシアス様を護っていただけないでしょうか! どうか、お願いします……」



  珍しく、アイシスが声をあげて感情を爆発させる。

  そんな彼女の願いは、強くおれの心に訴えかけるものであった。


  そして、その発言を聞いていたリノは眉をひそめて彼女に忠告する。


  「アイシス……。貴女、自分が何を言っているかわかっているの? ヴェルデバラン様に仕える身として、その発言は許されないわよ……」


  「はい……。十分に承知しています。ですから……」


  そんな中、アイシスに助け舟を出したのは意外な人物であった。


  「リノ、やめてあげて……。これはアベルが決める問題でしょ」


  そう言って、サラがリノを止める。

  そして、彼女はおれの方を振り向いて問いかけるのであった。


  「それであなたはどうするの? アイシスはアベルにお願いしてるみたいよ」


  サラがおれの背中を後押ししてくれる。


  先ほどまで、反対していた彼女がどうして……。

  いや、今はそんなこと気にする必要はないな。



  「おれ、行ってくるよ!」



  「この手でハワードを倒してくる! それで、カシアスと二人で無事に帰ってくるよ」



  おれは彼女たちにそう宣言する。


  「アベル様……」


  心配そうな瞳でおれを見つめるリノ。


  一方で、アイシスは深く頭を下げて感謝の言葉を述べるのであった。


  「ありがとう……ございます……」



  こうして、決意を固めたおれはカシアスのもとへと転移するのであった。




  ◇◇◇




  アベルを見送る残された者たち——。

  彼女たちはそれぞれの想いを胸に、少年の戦いを見つめていた。


  「サラ……どうして? 貴女だって、さっきまで反対していたじゃない」


  「アベル様がハワードに挑む危険性は貴女も十分に理解しているはずでしょ?」


  リノは先ほどのセアラの行動に疑問を呈し、質問する。


  「えぇ、そうね……」


  「でも、ここでアベルを止めちゃいけない気がしたの」


  セアラはそう答えると、まっすぐとした瞳でリノを見つめる。


  「大丈夫……。アベルはやってくれるよ! だって、仲間を助けようとする時と人にお願いされた時の彼は本当に強いんだから!」


  彼女の瞳に、アベルを疑う曇りなどは一切なかった。


  「だから、貴女も安心して見ていなさいね」


  セアラはアイシス身体を優しく揺すりながらそう告げる。



  こうして、彼女たちは遠くから戦いの行く末を見届けるのであった。

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