270話 聖剣ヴァルアレフ
「何がありがとうございますよ……。勝手に死ぬ気になってるんじゃないわよ」
瀕死のアイシスを抱きかかえ、彼女は夜空を駆ける。
彼女はアイシスがハワードの気を引くために囮となって死のうとしていたことに腹を立てていた。
アイシスは重たい瞳をゆっくりと開き、自分を助け出してくれた人物を見つめる。
「リノさま……?」
そこには黄緑がかった光に包まれる精霊リノがいたのであった。
彼女はアイシスがハワードの攻撃に巻き込まれる直前に、転移魔法を使ってアイシスを助け出したのである。
そして、今は回復魔法を発動してアイシスを温かい光で包み込む。
「そうよ。私が貴女を絶対に助けてあげるから。だから、勝手に諦めないでちょうだいよね」
「はい……。承知しました」
リノの言葉を受け、嬉しそうに微笑むアイシス。
そして、彼女たちはアベルたちが集まる場所へと避難するのであった。
◇◇◇
それは今からサラと手分けをして、囚われた子どもたちがまだ取り残されていないか探しにいこうとしていたときであった。
カシアスたちの戦闘が激化し、おれたちのいるエリアまで爆風が届いてくる。
そして、おれたちの側に何者かが転移してくるのであった。
おれやサラは近くに転移してきた者たちに警戒心を抱く。
しかし、彼女らがおれたちのよく知る人物だとわかると、すぐにおれとサラは警戒心を解くのであった。
「リノ……! リノなのね!?」
おれたちの側に転移してきたのは精霊のリノであった。
そういえば、彼女はカシアスの頼みで人間界に来ていたんだっけ。
そしてサラはというと、興奮して彼女のもとへと駆け出すのであった。
「はい。お久しぶりですね、サラ」
リノもリノで、サラとの再会をとても喜んでいるようだ。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるサラに対し、彼女は優しく語りかけている。
リノは傷ついたアイシスを抱きかかえて回復魔法を発動していた。
そういえば、リノは生命力を消費しない高度な回復魔法が使えたんだっけ……。
おれはカインズの時の一件を思い出しながらアイシスの心配をする。
彼女はたった一人で上位悪魔二人と対等に戦っていた。
そのせいで、かなり身体に負荷がかかっているのだろう。
そして、弱々しくリノに抱かれるアイシスとおれは視線が交わるのであった。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまったようですね……」
アイシスはボロボロになった自分を恥じるようにそうつぶやく。
「そんなことはない! アイシスは……本当におれが尊敬する師匠だよ」
彼女は何も恥じることはない。
おれは今回の一件を経て、アイシスは本当にすごい人物なのだと思い直した。
おれは魔王ユリウスに指摘されるまで、戦う覚悟を持ち合わせていなかったし、力も知識もないことを痛感させられた。
だが、アイシスはそれらをしっかりと持ち合わせている。
おれは悔しいと思うと同時に、共に戦っている仲間である彼女を非常に誇らしいと思うのであった。
そして、おれたちがリノやアイシスと言葉を交わしていると男の声が辺りに響き渡る。
「カシアス! 貴様よくもぉぉぉぉおお!!!!」
亜空間全体にハワードの悲痛の叫びが轟くのであった。
そして、カシアスたちの戦況を確認するとハワードが光輝く魔剣のようなモノをその手に持ち、カシアスに襲いかかるところであった。
そこでおれは信じられない光景を目にする。
なんと形勢が逆転し、先ほどまで押していたはずのカシアスがハワード相手に手も足も出ないような状況になっていたのであった。
「嘘でしょ……。どうして
リノとの再開で先ほどまで明るかったサラの表情が曇りだす。
そして、そんな彼女の言葉に反応するようにヴァルターさんが口を開く。
「すまない……あれは、僕の失態なんだ」
ヴァルターさんは俯きながらおれたちに懺悔するのであった。
なんだ?
いったい、どういうことなんだ?
おれは二人の言葉を理解できず、この状況に戸惑ってしまう。
その間にも、カシアスはみるみるうちに追い込まれていく。
「どういうことなんですか? ヴァルターさんが今回の件に何か関わっているんですか!?」
おれがヴァルターさんを問い詰めると、彼は歯を食いしばるようにして語り出す。
「あれは歴代のグランドマスターたちが代々受け継ぎ、護ってきた宝具——。かつて、七英雄様たちが人間界に召喚された悪魔を屠ったとされる《
「ごめんよ……。僕が不甲斐ないあまりに、《霊体殺し》を悪魔たちに奪われてしまったんだ……」
聖剣……?
霊体殺し……?
初めて聞く言葉におれの頭にはハテナが浮かぶ。
そんなおれを見越してなのか、サラが聖剣について説明してくれる。
「あれはおそらく、英雄騎士カタリーナが使っていた《聖剣ヴァルアレフ》——。あの聖剣は精霊体を殺すことに特化した魔道具なの」
「800年前の当時と比べて、もちろん効力は落ちていると思うけど、それでもカシアスが不利なことには変わりない」
「カシアスが危ないわ! このままじゃ、カシアスが殺されちゃう!!」
精霊体を殺すことに特化だと……?
悪魔であるカシアスは精霊体だ。
つまり——。
「何だよ、精霊体を殺すことに特化した魔道具って……。そんなのがあるなら、どうして最初からハワードは使わなかったんだよ……?」
おかしいじゃないか。
カシアスはそんな簡単に死なない。
そうだろ……?
そう言ってくれよ!
「言ったでしょ……。あの聖剣は精霊体を殺すことに特化しているの。つまり、悪魔であるハワードが使うってことは自滅行為……。あれは諸刃の剣なのよ」
「ハワードはおそらく、カシアス諸共死ぬつもりなのよ……」
サラは頭を抱えて状況を説明する。
何だって……。
カシアスが死ぬっていうのか……?
おれの脳内に魔王ユリウスと交わした会話が甦る。
『最後の道……。それは、その愚かな理想を持ったまま周囲を巻き込み、カシアスたちを殺すことだ……』
『カシアスたちを……おれが殺す……?』
おれはカシアスがハワード諸共死んでゆくのを見ているしかないっていうのかよ。
そんなの嫌だよ……。
「どうにかできないのか? ハワードを倒す方法は……。カシアスを助ける方法は何かないのか!?」
おれはリノたちに呼びかける。
おれには知識がない、知恵がない……。
こんな時だって、他人にどうしたらいいかを聞くしかできない。
すると、おれの言葉を受けてリノとサラ、そしてアイシスの視線が一斉におれへと向けられる。
どうやら彼女たちは全員が理解できているようであった。
そして、サラが重い口を開く。
「もしもカシアスを救えるとしたら、それはアベル——。あなたにしかできないわ」
カシアスを救うのはおれにしかできない——。
確かに、彼女はそう告げるのであった。
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