264話 アベルの試練(4)
どうやらおれは間違えていたようだ。
世の中には存在してはいけない邪魔者がいる。
より多くの人を救おうというのなら、そういった邪魔者は排除しなければならない。
なんでそんな簡単なことに、おれはこれまで気づかなかったのだろう……。
目の前にいたのに、助けられなかった——。
連れて帰ると約束したのに、おれは……。
おれが最初からセルフィーを殺していれば、あの子どもたちは助かったはずだ。
もう一度、エトワールさんたちや施設の子たちと再会することもできて、幸せな人生を歩むきっかけを作れたのかもしれないんだ。
おれの心の弱さが、彼らの人生を……幸せの可能性を奪ったんだ……。
彼らの帰りを待つ人たちの希望を奪ったんだ……。
あの男の言っていた通りだ……。
おれが甘い考えを持っていたばかりに、周囲の人たちを傷つけ、失っていく……。
だから……もう
覚悟はできた。
おれはセルフィーを殺して、残りの子どもたちを救い出す……!
◇◇◇
「私を殺す……? そんなボロボロな身体のあなたが? そう……やれるものならやってみなさい!」
彼女はできるはずもないと言わんばかりにおれを煽る。
「あぁ……。そこで逃げずに待ってろよ」
魔力は枯渇し、身体も酷使している状態だ。
だが、それでもいける……!!
今すぐにでもセルフィーを仕留めたいが、死霊術で操られている従者たちがそれを邪魔してくる。
そう——。
雷を受け、ゾンビ状態となった子どもたちがおれの前に立ちはだかるのであった。
しかし、今のおれはもう
彼らがこうなってしまったのはおれのせいだ。
謝っても償い切れるものではないこともわかっている……。
だけど、それは今おれがここで立ち止まっていい理由ではならない……!
「グワァァァァアアォォオオ!!!!」
理性を失い、本能のままに生者に群がってくるアンデッド化した子どもたち。
おれは彼らに向かって複数の闇属性魔法を放つ。
「
目にも止まらぬ速さで打ち出された魔法に、彼らは反応することすらできずに倒されていく。
頭を吹き飛ばされる者……胸に風穴をあけられる者……。
おれは考えてしまう前に、次の行動へと移る。
彼らの姿を見てはダメだ!
きっと、また
だから、あの憎い女だけを見て……何も考えずに、あそこだけを目指すんだ!!
おれは次々に襲いかかってくる子どもたちをなぎ倒していった。
そして、彼女が頂上で待つ階段を駆け上がっていく。
「クソッ、役立たずどもが……。何をしている!! そんな死にぞこない、さっさと囲んで潰してしまいなさい!!」
おれが
彼女はゾンビ状態の子どもたちをおれのもとに集結させて一気にカタをつけようと策略する。
だがセルフィー、お前は大きな勘違いをしているぜ。
おれが魔力切れで死にぞこないのボロボロだって……?
悪いけど、おれは補助スキルのおかげで他人より魔力回復が速いんだ。
それに、このあいだカシアスから貰った魔力がおれの中には眠っている。
そう——。
十傑の一人、エストローデとの戦闘中にカシアスがおれに渡した莫大な魔力がおれの中にはまだ残されているんだ!
魂に魔力を注いだみたいなことを言ってて、あの時はよくわからなかったけど今ならわかる。
大気中から魔力が供給されるのとは別の感覚、おれの中から魔力が湧き上がってくるのを感じる!
不思議と身体に力が宿ってくるんだ!
階段を登りあがるおれに寄ってくるゾンビたち。
おれは集まってきた彼らを、魔剣と魔法で一網打尽にする!
「
そして、視界が開けるとセルフィーまでの距離はもうあと20メートルというところまで迫っていた。
「そんな……聞いてた話と違う……。私の身は安全だって、そう言ってたじゃないか!?」
玉座の側で慌てふためくセルフィー。
何やら想定外のことが起きているようだが、おれは遠慮も同情もしない。
彼女を仕留めるという目的を遂げることだけに集中するのみだ!
「クソッ……。こうなったら、お前たちいけ!!」
苦しい表情を見せる彼女のもとに新たに六人の男女が集まる。
先ほどの子どもたちと同年代なのだろうか。
二十歳前後の若さの男女がセルフィーを取り囲うようにして陣形を組む。
だが、護衛の彼らから大した魔力を感じるわけでもなければ、禍々しいオーラが放たれているわけでもなかった。
たったあれしきの戦力でおれと戦うつもりなのだろうか……?
おれは何の躊躇いもなく、彼らに魔法を放つ。
「
それは先ほども使った人間を気絶させるための魔法だ。
だが、彼らはその魔法を受けて倒れても尚、平然と起き上がろうとしてくる。
つまり、彼らも既に手遅れということなのだろう……。
「
そして、長かった階段を登り終えたおれは無事にセルフィーのもとへと到着する。
従者も護衛もすべてを失った彼女は気持ちばかりの初歩的な防御魔法を展開する。
そんな防御魔法、おれの魔剣一振りで粉砕できるというのに無謀なことを……。
そして、おれは改めて覚悟を決める。
初めて生きた人を殺める覚悟を——。
『本当にいいの……? 彼女を含めて、全員を救うのが貴方の使命だったはずじゃないの……?』
突如として、女の声がおれの頭に響いてくる。
その声に一瞬、この手が固まってしまう。
だが、すぐにおれは自分の気持ちを奮い立たせてその一刀を振るった。
「おれはもう決めたんだ……。こいつだけは殺さなきゃならないんだって……!」
「ヤメロォォォォオオオオ!!!!」
彼女の叫び声が響くなか、おれの魔剣は彼女の防御魔法を破壊して、その勢いのまま彼女の胸を貫くのであった……。
◇◇◇
柔らかい女性の肉体を貫く感触が手に残る。
そして、おれの手には痙攣してピクピクと動く、身体を震わせた彼女の振動が伝わってくるのであった……。
「おれがもっと強ければ……きっと、あんたを救う方法もあったんだろう。だけど、おれには全員を救うことはできない……」
「だから、セルフィー……。これ以上、護るべき人たちを死なせないために、おれはあんたを殺すしかなかったんだ……。すまない」
この言葉が届いているかはわからない。
それでも、死にゆく彼女に向かっておれはそう告げるのが正しい気がしたのだ。
「どうして……こんな……」
「……ッド……。シィ……ゥ」
意識を朦朧とさせて、苦しむセルフィー。
彼女は何かを呪うかのようにそうくちばしる。
それはまるで、これは彼女の意思なのではなくすべて誰がが仕組んだ陰謀だったのではないかと思わせるかのように……。
そして次の瞬間、おれは自分の目を疑った——。
若々しかった彼女の身体は急激に老いはじめ、潤っていた肌は岩のようにその輝きを失う。
そして、彼女の肉体は砂のように変化してその場に崩れ去ってしまうのであった……。
これはダリオスの時と同じだ……!?
だが、この事実に驚いているものつかの間。
なんと、宮殿が音を立てて崩壊しはじめるのであった。
ゴゴゴゴォォォォォォオ!!!!
セルフィーが死んだことにより、この空間が崩れ去っていく。
おれは自分への戒めも込めて、救うことのできなかった者たちの姿をこの目に焼き付け、出口と思われる暗闇の空間に逃げ込むのであった。
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