265話 男からの挑戦状(1)

  セルフィーを倒したおれは再び暗闇だけの世界に迷い込んだ。

  あの時と同じだ……。


  突如として、暗黒の世界に一筋の光が差し込まれて一本の道を示す。

  きっと、この先を目指せということなのだろう。


  そして、おれは再びあの時と同じ光景を目にする。

  だが、今回はたじろぐことはなかった。


  おれは暗闇に身を潜める男に呼びかける。



  「おい、倒したぞ!」



  そこにはおれが来るのを待っていたかのように暗闇に溶け込んでいる金髪の男がいた。

  男はおれの声を聞くなり、光が差す道へと姿を現しておれの前に出てくる。


  そうだ……やつこそ、おれに試練を与えた張本人。

  おれのことを知り尽くしている者なのだ。



  「おれは……大切な人たちを護るために、セルフィーたちを倒した……。確かに……おれには覚悟はあった……!」



  自分に言い聞かせるように、おれは男に告げる。

  すると、男はおれの顔をじっくり見るなり透かした様子で語りかける。


  「そうか……。では、どうしてお前はそんな顔をしているのだ……?」


  「まるで救いを待つしかない、人生に絶望した者の面だ。決して、これから人助けをしようとしている正義の味方の顔ではないぞ」


  おそらく、この男はすべてわかっている。

  セルフィーとの戦闘で何が起きたのかを……。

  すべてわかった上でこの発言をしているのだ。


  「当たり前だ……! おれのせいで何人死んだと思ってる! 助けられた命をどれだけ救い損ねたと……!」


  「それに……おれが弱いばかりに、命を奪うことしかできない者がいた……。だけど、そうしなくちゃいけなかったんだ……」


  「当たり前だよ、おれだって救いを求めたいよ……。誇れるわけないだろ……こんな自分を……」


  おれは自分の中にある弱音と葛藤を男に吐露する。


  どうせ、この男にはすべてを見透かされているのだ。

  今さらこいつの前で何も強がる必要はない。


  すると、おれの答えを聞いた男は何かを納得するように頷くと優しくおれに語りかける。


  「そうだ。ようやくその身をもって理解したようだな。お前は自分が傷つく覚悟はあっても、他人に剣を突きつける覚悟がなかったのだ」


  「自分の正義を貫こうと思うのなら、時に他人を殺めなくてはならない時だってある。それができないというのなら、この世界では自分を押し通すことは許されない」


  そうだ……。

  この男の言う通りだ。


  ここは日本でも地球でもないんだ。

  ここは完全実力主義の弱肉強食の世界なんだ。


  強い者は好きなように生きられるが、弱い者にそれは許されていない……。

  弱者は周りに流されるしかないのだ……。


  つまり、おれが人助けをしたいと思ってそれを押し通すというのなら、邪魔をしてくる勢力の者たちは一人残らず倒さなければらない。

  だけど、おれ一人のワガママで邪魔者を倒していくなんて、そんな暴君みたいなこと許されるわけがない……。


  だって、セルフィーを含めた裏切り者たちだって、一人の人間なんだぞ。

  命の価値は誰だって等しいはずじゃないのか……。


  おれは前世の記憶もあってか、価値観の違いに苦しい葛藤に悩む。

  そんなをおれを見て、男はおれに提案をしてきた。



  「だが、それでお前が苦しむことはないのだ……。お前にはまだ3つも道が残されているのだから——」



  「3つの道……?」



  おれは男の言葉を繰り返すようにつぶやく。



  「そうだ、お前に残された道——。今ならまだ間に合うぞ」



  「教えて……くれないか」



  おれは何かにすがるように男に尋ねる。

  すると、男はゆっくりと語り出した。



  「一つ目は諦めるということだ。確かに、他人を助けたいという理想は美しい。非常に貴い思想だ。だが、そう生きるにはそれ相応の条件が求められる」



  「その理想を体現させるには、圧倒的な力がいる——。知識がいる——。そして、覚悟がいる——。戦い続けなければならない。例え、その手を血で染める人生を歩むことになろうとも、受け入れなければならないのだ……」



  「幸い、お前には力も知識も、そして覚悟も足りていない。ここで諦めたとしてもお前を責める者はいないだろう……」



  悔しいが、男の言葉に何も言い返せない。

  おれはセルフィーとの戦いで実感した……。


  自分の無力さを……。

  そして、愚かさも甘さも……。

  おれはこの男が話す条件を一つも持ち合わせていなかったということを実感させられたのだった。



  「二つ目は対象を限定するということだ。つまり、自分の力で護れる者たちだけを救うために生きるということ」



  「思い出せ……。お前はかつて願ったはずだ。たった一人の少女を助けたいと、例えこの身をすべて悪魔に捧げても救いたいのだと」



  「目に映るすべての者たちを救うことはできない。困っている者たちを一人残らず幸せにすることはできない。ならば、その手で拾えるだけの者たちを選別すべきなのだ」



  そうだ……。

  おれはあの日、助かるはずのなかったサラを助けることができた。

  命を捨てる覚悟で召喚した悪魔に、奇跡的に生かさせてもらうことができた。


  だが、そのせいでおれは段々と欲が出てきたのだ。

  彼女と平穏に暮らせる日常があれば、十分だったはずだ。


  それなのに、どうしておれは出会ったばかりの人たちを助けるために動こうなんて思うようになったんだ……。


  自分のことがわからなくなる。

  まるで、どこかのタイミングでおれがおれではなくなってしまったみたいだ。

  別の人格にすり替わったと思ってしまうほど……。



  「三つ目はなんだ……?」



  気づくと、おれは男にそう尋ねていた。

  男はそんなおれの疑問それに答える。



  「最後の道……。それは、その愚かな理想を持ったまま周囲を巻き込み、カシアスたちを殺すことだ……」



  「カシアスたちを……おれが殺す……?」



  男の言葉に息を呑む。

  なぜならば、そんな未来を思い描けてしまうからだ……。



  「そうだ、お前の欲望に際限などない。目の前に助けを求める者がいれば救いたい——そう思ってしまう。それがお前の魂に刻まれた《のろい》なのだからな」



  「そんなお前に巻き込まれた者たちは戦乱の中で一人またひとりと死んでいく。それはあのカシアスだって例外ではないだろう。あいつだって、最強の存在ではないのだからな……」



  そうだ……。

  幸か不幸か、おれには仲間たちがいる。


  彼らはおれにどこまでも付いてきてくれる。

  そんな信頼があるとともに、彼らを巻き込んでしまうのではないかという不安も生まれてくる……。



  そして、一つ気になる男の言葉にあったキーワード。



  「なぁ、おれの魂は呪われているってどういうことだ……?」



  「なんだ……? カシアスたちから聞いていなかったのか」



  まるで、今まで知らなかったのかと言わんばかりの態度で男は話す。



  「俺たちに宿る魂には完全無欠なモノと、不完全なモノの二種類が存在している——」



  「この時、後者を《不完全な魂ハーフピース》と呼ぶのだ」



  「そして、《不完全な魂ハーフピース》という存在は例外なく、その不完全な魂に《呪い》がかけられている。定められた運命から、決して逃れることのできないような《呪い》がな……」



  男はそう語るのであった。

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