260話 裏切りと信頼

  船上へと転移させられた僕たちは、裏切り者であるゼノシア大陸のギルド職員たちを次々と始末していく。

  レーナにパトリオットにリンクス、そしてラースと共に苦戦しながらも、数で押してくる彼らに何とか対抗していた。


  僕もまた全力を出し切ってその役目を真っ当する。

  そして、僕に群がる者たちを一人残らず始末して、ひと息いたときだった。



  突き刺すような強い痛みが胸に走ったかと思うと、僕は真っ赤な血を吐き出す。

  自分の胸を見下ろすと鮮血に染まった剣が背中から刺されて突き抜けているのであった。


  そして、振り返る僕の視界には信じられない光景が飛び込んでくる。


  なんと、そこには僕の背中を剣で貫くラースの姿があったのだ……。


  「そんな……。どうして……?」


  僕は血反吐を吐きながら、掠れた声で彼女に問いかける。


  すると、彼女は表情一つ変えることなく冷酷な目つきで僕の傷口を見つめる。

  そして、不敵な笑みを浮かべて僕に告げるのであった。


  「ごめんなさい……ヴァルター様。しかし、もう貴方は用済みなのです……」


  彼女はそれだけを告げると、背中に刺さった剣を僕の肉を抉ぐるように勢いよく捻りながら引き抜く。


  「ぐわぁぁああ!!!!」


  僕は思わず声をあげてしまい、その場に倒れ込むようにして地面にうずくまる。

  そして、彼女に刺された胸からはドクドクと大量の血液が流れ出てゆくのであった。


  すると、そんな地面に伏した僕を見下ろすようにラースは声をかけてくる。


  「例の宝具を手に入れた我々からすれば、もう貴方に利用価値はありません……。どうせ殺されるのですから、大人しく私の手で楽になってください……」


  彼女はそう語ると、真っ赤に染まった剣先を僕に向けてくる。


  他のみんなは無事なのか……?


  正直、どうしてこんな状況になっているのか僕には理解できない。

  ラース以外のみんなは無事なのだろうか。


  そう心配する僕は地面に伏した状態で顔を上げて、辺りを見渡した。

  すると、ラースにやられたと思われるパトリオットとリンクス、そしてレーナが地面に倒れ込んでいる光景が目に飛び込んできた。


  レーナはまだ意識が残っているのか、僕同様に彼女を見上げて声を振り絞る。


  「ラース、お前……悪魔たちあいつらがわに寝返るつもりか……」


  まだ意識が残っているレーナに驚いたのか、ラースは僕のもとからいったん離れ、レーナの近くへと向かう。

  そして、いつもの優しい口調で彼女に語りかけるのであった。


  「レーナ様、これまで本当にありがとうございました。10年以上、お世話になったことは今でも感謝しています……」


  それから、彼女の雰囲気が一転したかと思うと、今度は冷たい声色で言葉を続ける。


  「でも、この世界はもうすぐ魔の手によって堕ちます。そして残念ながら、我々人類に勝ち目はありません。ならば、勝者の側に付いて生き残るしかないじゃないですか……」


  彼女はどこか諦めがついているようで、淡々とそう語る。

  そんなラースの言葉を聞いて、僕は胸が苦しくなった。


  「ラース……正気なのか? 本気でそんなことを思ってるのか……?」


  僕は意識が飛びそうになるのを必死に堪えて、彼女に問いかける。

  どうか、このことはすべて夢であってくれと願いながら……。


  だが、彼女はそんな僕の願いを打ち砕くかのようにケラケラと笑いながら答えるのであった。


  「えぇ、これが私の本心です……。長かったですよ……貴方から七英雄たちの伝承を聴き出すのは……。そのために、わざわざ恋仲にまでなる必要があったんですからねぇ……」


  「でも、そんなくだらないママゴトも今日までです。ヴァルター様、私に感謝してくださいね。世界の終末を見て苦しまずに逝けるのだから……」


  ラースは魔力を解放して、その剣に魔力を纏わせる。

  おそらく、次の一撃で僕を屠る気なのだろう……。


  「そうか……。今まで僕に語ってくれた夢も理想も決意も……全部嘘だったというのか……」


  「えぇ、すべて偽りです。貴方のように単純な男を騙すのは容易でしたよ……。今まで、こんな私の言葉を信じてくれてご苦労様ですこと……」


  どうしてだろう……。

  不思議と彼女の言葉を聞いて笑ってしまう……。


  「ふふっ……。今まで信じてくれて——っか」


  「おや、何がおかしいんですか?」


  こんな絶望感な状況にも関わらず、笑っている僕を見て彼女は不思議がっていた。


  僕は痛む身体に鞭を打って、ゆっくりとその場に立ち上がる。

  そして、彼女に向けて僕は今の想いをぶつけるのであった。


  「悪いね……僕は今も変わらずに君を信じてしまっているんだよ……。これまでの君の言葉は何ひとつ嘘なんかじゃないってね……。だから……」


  「だから……! 今の君から本当の言葉を聞くまで僕は死ぬわけにはいかない!!」


  「絶対に言わせてみせるよ……。どうして君がこんな真似をしたのかを……。きっと、何か理由があるんだろう?」


  僕はラースが自分の意思で裏切ったわけではないと信じている。

  だって、これまで10年以上の時を共に過ごしてきた仲間のことを、僕はよく知っているのだから!!


  「はぁ……。ほんとっ、バカな男ね……。ならば、そう勘違いしたまま愚かに死んでください!!」


  ラースは地面を蹴って、僕に向かって一直線に向かってくる。


  ラースは魔法剣士として人間界最強クラスの実力を誇っている。

  深傷を負っている魔法使いの僕が一人で太刀打ちできる相手ではない……。


  ならば……!!



  「レーナ!!」



  「ヴァルター!!」



  僕たちは互いに互いの名を呼び合う。

  彼女の契約者である僕は魔法陣なしにレーナを召喚して、即座に『融合シンクロ』の魔法を使う。

  そして、僕はレーナと協力することによってラースの一撃に対抗するのであった。



  ドォォォォォォォォンンンン!!!!!!



  激しい魔力の衝突を受けて、僕たちは甲板上を転がり吹き飛ばされる。

  だが、彼女の一撃を何とか阻止することには成功した。

  そして、すかさずレーナの回復魔法を使って僕の肉体を修復していく。



  「そうだった……油断して忘れていていましたね。レーナ様は普段チカラを封印していて、本来の実力を発揮することができないと……」


  「そして、その封印を解除できるのはグランドマスターであるヴァルター様と融合シンクロしている時だけなのだと……


  「そこそこはやれるようですねぇ……」



  爆風によるチリ埃が落ち着いてくると、その中からラースが姿を現して僕たちに向けて告げる。



  「あぁ、ラース! わたしのチカラで正気を取り戻させてやるから覚悟しておけ!!」



  レーナもまた、ラースのことを信頼しているだ。

  今のラースは正気ではない。

  これは彼女の本心からの言動ではないのだと……。



  そして、僕には一つだけ引っかかることがあった。

  それは——。



  「ふふふっ……。これは随分とおもしろい展開になったものだな……」



  僕たちとラースが対立する様子を見て、一人笑っている魔族のハルという女……。


  彼女はこの中で唯一ギルド職員たちに襲われる様子はなかった。

  そして、彼女はこの状況に一切戸惑うことはなく、むしろ楽しんでいるようにすら思える……。


  ハルという魔族の存在——。

  それが今回の事件やラースの裏切りに繋がっているのではないかと僕は考えるのであった……。

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