238話 総本部ギルド街への帰還
破天荒お嬢様であるダークエルフのハルとのお茶会もそろそろ終盤に差しかかる。
思いかえせば散々この女に振り回されるばかりだったな……。
出会って5秒で殺し合いがはじまり、助かったと思ったら求婚され、おれの頭はてんやわんやでパニック状態となっていた。
だが、もうすぐそこから開放される。
なんたって、ようやくカシアスが言い出してくれたからな!
「あの者たちも概ね回復したようですし、我々も仕事を片付けて拠点探しをするとしましょうか」
マナの実で作られたという特製のお茶を飲み終えたカシアスはそう提案する。
そろそろ本来の目的である十傑の悪魔ハワードの拠点を探そうというのだ。
それについておれは何の反対もない。
だが、一つだけカシアスの発言に引っかかる部分があった。
「仕事? 何かやることでもあるのか?」
おれはカシアスに尋ねる。
ハワードの拠点探しの他に何かやることなどあったかとおれは色々と思い出してみるが思い当たらない。
すると、カシアスは優しくおれに語りかけてくれた。
「あの人間を転移魔法で送り届けるという仕事が我々には残っています。今回の件は敵意のある魔族の襲来ではなかったこと。そして、問題は解決したということを
どうやら、カシアスは頼まれてもいないのにヴァルターさんを転移魔法で送ってくれるというのだ。
確か、ここから冒険者ギルドの総本部まで10キロ少しというところだろう。
おれたちが手を貸さなくとも、彼らを2時間ほど歩かせれば問題なく総本部に着く気もするが、それではギルド街で待つ者たちへの報告が遅れてしまう。
別にヴァルターさん本人がいなくともおれたちが報告すれば良いのかもしれないが、それでは信憑性が薄いし、心配もかけてしまうだろう。
あくまでも、グラントマスターであるヴァルターが元気な身体で事情を報告するからこそ意味があるだ。
そうと決まったら早くヴァルターさんを呼んでこないとな。
たくっ、カシアスもけっこう優しいところあるんだな。
おれは進んで人間界のために動いてくれるカシアスに心の中で感謝をする。
すると、ダークエルフの少女ハルが何やらモジモジとした様子でカシアスに小声で尋ねる。
「カシアス様、拠点探しとは何のことでしょう? 私如きがお聞きしてもよろしい内容なのでしょうか……?」
ハルは聞いてもいい内容なのかと恐る恐るカシアスにそう尋ねるのであった。
そして、カシアスの返答は——。
「ハル様、申し訳ないですがこの件に貴女様を巻き込んでしまうわけにはいかないのです。次期魔王となられる貴女様の影響は大きい。これは我々ヴェルデバラン様の派閥に関わる問題でありますゆえ——」
「承知しました。でしゃばった真似をしてしまい、大変失礼いたしました」
内容は話せないと謝るカシアスに対し、ハルは素直にしたがっていた。
そんな様子を見届けてから、回復魔法で復活したヴァルターさんたちのもとへと向かうのであった。
◇◇◇
ヴァルターさんの近くへ向かうということは、傷ついたギルド職員さんたちの横を通り抜けていくということだ。
もちろん、彼らの視線はおれ一点に集中する。
それ自体はそれほど問題ないのだが、何やら周囲のギルド職員たちから眩しい視線が送られている気がするのは気のせいだろうか……。
いや、否だ!!
ヴァルターさんが余計なことを話すからこんなことに……。
クソッ!
何かこそばゆいな。
そんなこんなでヴァルターさんのもとにたどり着くと、おれは精霊のレーナと一緒に座り込んでいる彼に用件を伝える。
「ヴァルターさん、とりあえず貴方だけでも急いで帰りましょう。ヴァルターさんの口からギルド街のお偉いさんたちに今回の件を説明する必要があると思うんです」
「まぁ、もちろん……。所々は嘘をついて欲しいんですけどね……」
一番大事な最後の部分に関しては、彼の耳元に顔を近づけて小声で伝える。
「そうだね。その通りだよ、アベルくん! 僕にはやらなきゃいけない仕事があるんだもんね」
ヴァルターさんはそういって笑いながら立ち上がると、近くにいる二人の男性に声をかける。
「それじゃ、僕は先に戻っているとするよ」
「パトリオット、リンクス。残りのみんなを二人に任せていいかい?」
ヴァルターさんは、杖を持ったさらさらヘアーの青年と剣を持った鋭い目つきをした青年にそう問いかける。
当たり前のことだが、転移魔法でここにいる全員を転移させることなんてできない。
まぁ、何回も往復すれば別の話だがそこまでカシアスたちに頼むのは申し訳ないと思う。
高々10キロくらいの道のりだしな。
つまり、先に転移魔法で帰るヴァルターさんたちとは別にここにいる大半のギルド職員には歩いて帰ってもらうわけだ。
そこで、ヴァルターさんとしてはこの二人に他の職員たちのことを任せたいというところだろう。
二人とも身体に負荷が残っているようだが、頼れそうな雰囲気はある。
「もちろんですよ! ヴァルター様、任せてください」
さらさらヘアーの男はにっこりと笑顔を見せながらも、その表情の奥には情熱があるように思えた。
そして、それは鋭い目つきの男も同じであった。
「承知しました。命にかけておれが全員を護ります」
彼は主人に忠誠を誓う騎士のようでとてもかっこよかった。
すると、そんな騎士のような男はおれの前まで歩いてくると、ジロジロをおれを観察して声をかける。
「お前のような子どもがあの魔族を従えてしまうとは……。本当、人は見かけには依らないものだな」
初対面の相手に対して失礼だとは思うが、自らの主人と行動を共にする人物なのだ。
多少は疑ってしまうこともあるだろう。
寛大な心を持って許してやろう!
まぁ、実際のところおれはハルを従えてなんていないからこそ怒りが沸いてこないっていうのもあるんだけどな。
でも、否定したらしたで面倒なことになっちゃうよな。
じゃあ、どうしてさっきまで暴れていたあの魔族の女は急に大人しくなったんだって……。
本当は最上位悪魔であり、魔界の魔王の一人であるカシアスに従ってるってことなんだけど、そんなこと言えないもんな。
ここはやっぱおれが従えているってことにするのが一番いいのだろう。
そんなことを思っていると、もう一人のさらさらヘアーの男もおれの近くにやってくる。
「でも、君からは強い人の匂いがする! きっと、今まで相当な苦難を乗り越えてきたんだと思う。若いのに立派だよ」
「ぼくたちの主、ヴァルター様をよろしく頼むよ! 漆黒の召喚術師さん」
さらさらヘアーの男は子どものおれに対して、頭を下げて頼み込んでくる。
なんだか可愛いらしい男の人だな。
ふと、そんなことを思ってしまった。
すると、お調子者の彼女がいつものように割って入ってくる……。
「えぇい! お前たち、わたしことを忘れていないだろうな? どうして、いつもいつもヴァルターのことばかり!!」
どうやら、ヴァルターさんの部下たちがレーナのことを一言も触れていないことが
まったく、毎度毎度めんどくさいかまってちゃんだな……。
「はぁ……」
そんなことを思っていると、鋭い目つきの騎士さんが隠れてため息をつくのが見えた。
もしかしたら、この人とは同じ苦難について語り合えるかもしれない。
いつかゆっくりと愚痴を吐き出したい……。
そんなことを思いながら、おれとさらさらヘアーの可愛い男性でレーナの機嫌を取り、ヴァルターさんとレーナを連れてギルド街へと戻ることにしたのであった。
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