239話 ギルド街の襲撃

  転移魔法を使い、おれたちは冒険者ギルド総本部のギルド街へと戻ってきた。

  転移したのは中央司令部の最上階。

  つまり、戦地へ向かう前におれたちヴァルターさんと相談をしていた会議室の一つだ。


  見慣れた風景が現れたことに安心したのか隣にいるヴァルターさんの顔色が良くなる。

  しかし、どうやらこの人の表情が明るい原因は別のところにあるようだった。


  「やはり、転移魔法とはすごい! 七英雄様たちはこんな魔法まで使えていたんだよね。本当、僕なんて足元にも及ばないな」


  いち早く冒険者ギルドのお偉いさんたちにダークエルフのハルが引き起こしてしまった事態の説明をして欲しいというのにこの人は……。

  まったく、なんて楽観的な人なんだ。

  おれは心の中でため息を漏らす。


  まぁ、この人はこう見えてもやる時はやってくれる人だ。

  しっかりとうまい言い訳を考えてくれているだろう。

  今は一人盛り上がっているようだし、この人に構うのはやめておこう。


  そんな風におれが思っていると、サラが神妙なおもむきで話し出す。


  「少し、静か過ぎるわね。何かあったのかしら……」


  どうやら彼女は転移して戻ってきた中央司令部が静寂に包まれていることに疑問を持ったようだ。

  確かに、最初ここにきた時は魔族の襲来だのなんだって随分と騒がしかったからな。


  七英雄でなければ倒すことができない魔族が人間界に再びやってきた。

  緊急事態というか、人類が滅亡するのかっていうレベルの歴史的大事件だろう。

  確か、ヴァルターさんもラースとかいう美人さんと口論もしてたっけ……。


  もう問題が片付いたと知っているおれたちとは別に、ヴァルターさんの右腕ポジションのラースさんをはじめここにいる人たちは魔族の襲来に慌てているはずだ。

  それなのにこの静寂というのは言われてみれば確かに不気味である。

  一人盛り上がっているヴァルターさんのひとりごとしか聞こえないというのは変な話だろう。


  すると、窓際に立ち外を眺めるカシアスがおれたちを呼ぶ。


  「なるほど、そういうことですか……。アベル様、セアラ様、外をご覧ください」


  言われるがままカシアスの隣、部屋の窓際まで移動するおれたち。

  そして、思わず声をあげてしまう。


  「なっ……。これはどうなっているんだ!?」


  なんと、ここ中央司令部の最上階からギルド街を見下ろすと街の一部が崩壊しており、奥に見える街の一角では炎と煙舞い上がっているのであった。


  「ヴァルターさん、来てください!!」


  おれはひとまずヴァルターさんを呼び、この状況を知らせる。

  そして、ヴァルターさんもまたおれと同様に言葉を失ってしまうのであった。


  「急ぎましょう! 早くあそこに向かうのよ」


  愕然としていたおれたちの耳奥に、サラの声が張りつめたひと声が響くのであった。




  ◇◇◇




  急いで中央司令部から外に出て破壊された街へと駆けつけるおれたち。

  カシアスたちの転移魔法で炎の上がっている近くまで一気に転移をして、そこからは走って向かうのであった。


  周りには崩れ落ちた瓦礫や砕け散った木造の家具なども散乱しており、まるで大きな地震に見舞われた直後のような光景が広がっていた。

  すれ違う人の中にはギルド職員の制服を着ている者もいれば、街中でよく見かける一般的な服装の者もいた。


  このギルド街には、冒険者やギルド職員だけでなく、彼らの家族や恋人も暮らしているらしい。

  おそらく、私服の者たちはそういった一般人たちなのだろう。


  多くの者たちを横目におれたちは前へ前へと突き進んでゆく。

  その中で様々な人たちが見受けられた。


  一刻も早くこの場を離れようとする者。

  瓦礫などの下敷きになってしまった人はいないかと探す者。

  傷ついた人を魔法で癒す者。


  いずれも彼らの顔は深刻なものであり、この状況の悲惨さを示しているのであった……。


  そして、そんなすれ違う人たちの流れとは逆行していくおれたちの目の前に、ギルド職員の服を着た一人の男性の姿が見える。

  どうやら、彼は傷ついた人たちを安全なところへ逃すため案内をしているようであった。

  彼はその瞳でおれたちを捉えると、絶望の中で光を見つけたかのようにその瞳孔が大きくなる。


  「ヴァルター様……?」


  男は声をそう漏らした。


  「ルイス! 何があった!?」


  ヴァルターさんは男にそう呼びかける。

  そうだ、この男はおれたちが朝、魔族討伐に向かう前に出会ったルイスという男だったのだ。


  「敵襲です……。武装した騎士や魔術師たちが侵入してきてこの有り様です。敵陣は我々も応戦したのですが、あまりに手慣れな者たちが多くて……」


  どうやら、このルイスがいうにはおれたちが魔族討伐に向かった後に、何者たちかが襲撃してきたという。

  しかも、敵は戦闘慣れした大量の騎士や魔術師だという。

  なんでこんなタイミングで……。


  しかし、その理由はルイスの次の言葉で明らかとなるのであった。


  「ギルド職員の服装に似ている者たちもいました。おそらく、あれは以前問題になっていたゼノシアの裏切り者たちかと……。申し訳ありません、我々では全く歯が立ちませんでした」


  その言葉でおれの脳裏には嫌な女が思い返される。

  かつて、悪魔と手を組んでカレンさんたちを苦しめたセルフィーという女だ。

  いつか再び出会うことになると思っていたが今日こんなところでとは……。


  「そうか、あいつらがやったのか……。許せない」


  ヴァルターさんもおれと同じことを思っているらしく、その表情は険しいものとなっていた。


  「ラース様は、敵のボスと思われる女魔術師と戦っています……。ヴァルター様、どうかラース様に加勢してはくださいませんでしょうか」


  ルイスは息を切らして苦しそうにしながらヴァルターさんに頼み込む。

  あのラースという女の人さ向こうで敵の大将と戦闘を繰り広げ、苦戦しているのだろう。

  それでルイスさんはヴァルターを見つけたときに思わず希望を抱いて、表情に出たというわけか。

  もちろん、ヴァルターさんは彼の頼みを断ることなんてしなかった。


  「ラースのことは私に任せろ! ルイス、お前は引き続き住民たちを安全なところに避難させてくれ!」


  「私たちがいない間、無茶をさせてしまったな。本当に助かった」


  ヴァルターさんはそうルイスさんに告げ、彼の肩をポンっと叩くとものすごい勢いで走り出す。

  そして、もちろんおれたちもそれに続くのであった。


  「ヴァルターさん、敵はゼノシアから逃亡した冒険者ギルドの上層部で間違いありませんかね」


  走りながらおれは尋ねる。

  もしもそうだとしたら、そいつらは悪魔と結託しているのだ。

  人間たち相手ならともかく、悪魔たちを相手にするのならヴァルターさんだけでは勝ち目はない。

  おれたちも加勢しないとだ。


  「どうだろうね。でも、そんなことは今どうでもいい。僕らの街が壊され、ここで暮らすみんなが傷つけられたんだ。それに、ラースだって……」


  「相手がゼノシアの裏切り者だろうが、そうでなかろうが、僕はそいつらを許さない」


  どうやら、ヴァルターさんは大切なものを壊され、傷つけられ、頭に血が上っているようだ。

  今の彼からはいつもの冷静さは微塵も感じられない。


  ダメだ、ここはおれたちがしっかりとしないとな。


  『カシアス、聴こえるか?』


  おれは最悪のケースも考えてカシアスに念話でメッセージを送る。


  『はい、問題なく聴こえております。すぐ後ろにいるのですがどうかされましたか?』


  カシアスからの返事を受け、後ろを振り返るとそこにはカシアスが走るおれに並行して空を飛んでいるのであった。

  一生懸命走るおれの側でゆうゆうと移動するその姿に少しだけムカッとする。


  「ふっ、そういえばお前は転移以外に空も飛べるんだったな! まったく、生意気なやつだぜ!」


  「アベル様、御言葉ですがわざわざそれを伝えるためだけに念話を?」


  おれの嫌味に対して、軽い笑みを浮かべる漆黒の悪魔。

  こいつもこいつでそれをわかっていて返答してくる。

  本当、性格が悪いやつだぜ。


  「んなわけあるか! よく聞け、もしかしたら悪魔と戦うかもしれない。そのときは助けてくれ! お前がいなきゃ、おれは悪魔と戦えないからな」


  「ふっ、今さら何をおっしゃいますか。安心してください。アベル様に命じられることなくとも、私は最初から貴方様の剣となり盾となるつもりですよ」


  「流石だぜ! お前は最高のパートナーだよ!」


  カシアスとそんなやり取りをしながらおれたちは目的地へと近づいてくる。

  そして、舞い上がる炎が目の前に見えてきたとき、向こうから暗いシルエットがぼんやりと現れる。


  少しばかり、不安を抱きながらもおれたちは走り続ける。

  そのシルエットは暴れているわけではないらしく、もしかしたら火のないこちらへと逃げて来ている人なのかもしれない。

  そう思ったのだ。


  さらに近くと、その正体はヨロヨロとこちらへ向かってくる一人の女性だとわかる。

  そして、そんな彼女の姿を見たヴァルターさんは声をあげたのであった。


  「ラース!!」


  その声を聞き、反応した彼女がこちらを向く。

  ラースと呼ばれた彼女の姿は朝みたときとは別人のように髪は乱れ、傷つき、服はボロボロになっていた。


  「あぁ……。ヴァルターさま……」


  彼女はそれだけつぶやくと、瞳の光がだんだんと薄れてゆき、その場に倒れ込んでしまうのであった。

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