237話 ヴァルターの過去(4)
「これはおいしい! アルガキア大陸でもスパゲッティは食べたことがありますが、本場ゼノシアの一品は別格ですね」
銀髪の美少女ラースは運ばれてきたスパゲッティを口にすると、あまりのおいしさにテンションが上がってしまう。
そして、それは彼女だけでなく他の者たちも同様であった。
彼らの旅は危険が付きまとう上に、時には険しい道を短期間で乗り越えていかなければならない。
よって、船旅を終え陸地にたどり着いてしまえば料理人が同行するようなことはなく、食事といえば味気ない携帯食がメインとなるのだった。
そういった事情も相まって、彼らは幸せそうにゼノシア名物のスパゲッティを口に運び、楽しそうに会話をするのであった。
たわいもない会話をしばらくした後、話題は昨日あった地龍討伐のクエストへと移る。
今回、彼らの旅の目的は世界各国の主要な冒険者ギルドへの挨拶まわりであった。
しかし、昨日は訪れた冒険者ギルドで緊急事態が発生していたため、ヴァルターたちは急遽協力することになったのだ。
それが地龍討伐——。
ここ、ゼノシア大陸で稀に発生する難易度が非常に高いクエストだ。
今回はギルドの近隣の村で気性が荒い地龍が確認されたため、大きな被害が出る前に腕利きの冒険者たちを集めて地龍を討伐しようというものであった。
もちろん、人間界最強の魔物の一種である地龍を倒すことは基本的に不可能だ。
そこで、討伐といいながらも地龍にはこの地から去ってくれさえすれば目的は達成ということになっている。
幸か不幸か、ヴァルターたちが冒険者ギルドを訪れたタイミングで地龍討伐の緊急クエストが出たため、彼らはギルド恩を売る一環として協力することにしたのであった。
この決断はこれまでのグランドマスターたちはゼノシア大陸の冒険者ギルドとの関係を上手く築いてこれなかったというのも大きかった。
そんな昨日の出来事を思い出しながら彼らは語り合っている
「それしても、ラースが本気を出すとあれほど強いとは思ってもみませんでしたよ」
黒髪の魔法使いのリンクスは個性的な優しい声でそう話す。
リンクスは可愛らしい見た目からは想像つかないラースの凄さを改めて再確認したのであった。
「確かに、あれは同じ剣士として格の違いというのを見せられた一件だった」
鋭い瞳をした黒髪の剣士パトリオットもそう語る。
同じ剣士として、パトリオットは地龍相手にろくなダメージを与えることができなかった。
その点、ラースは迫り来る地龍の攻撃を躱してからのカウンターを綺麗に決め、致命傷までとはいかずとも大ダメージを与えることに成功していたのだった。
「二人とも、ありがとう。でも、私なんて剣と魔法をそれなりにしか修練してない半端者……。私は貴方たちみたいに一つの道を極めた人たちに憧れる」
二人からの称賛にラースは少し照れながら謙遜の言葉を述べる。
そして、彼女は自分のことのように嬉しそうに話を聞いていたヴァルターと自分は食べるものがなく退屈そうにしているレーナを見て、彼らに話を振るのであった。
「それより、耳にしたことはあったのですがヴァルター様とレーナ様のお力に私は驚きました。お二人がいらっしゃらなければ地龍を撃退することは不可能でした」
ラースは同じ冒険者である魔法使いのリンクスや剣士のパトリオットの戦いを見たことはあったが、ヴァルターやレーナの戦いを見るのは初めてであった。
それ故、普段は決して見られない彼らの真剣な表情で、とてつもない力を奮う姿に心が湧いたのであった。
そんな彼女の言葉を聞き、魔法使いのリンクスと剣士のパトリオットもヴァルターの活躍について語るのであった。
「昨日のヴァルター様はいつものお優しい雰囲気とは異なって、闘志溢れる賢者って感じでしたね。流石、七英雄ロベルト様の血を引くお方です!」
「確かに、あれは魔法使いではなく賢者の領域と呼べるものでした。ヴァルター様のあの魔法を見せられては、地龍といえど退くしか他はなかったのでしょう」
ヴァルターの活躍を称賛する二人。
改めて、自分たちが仕える主人が偉大な人物であることを知り、喜んでいるようであった。
だが、彼らの発言に不満を持つ者が一人だけいるのであった……。
「おい! パトリオット、リンクス、わたしの活躍についても触れないとは何事だ! まさか、忘れていたというのではないだろうな……」
ヴァルターについてのみ触れ、自分のことはどうしたのだとにらみを効かすレーナ。
彼女からは明らかに不機嫌なオーラがあふれ出ていた。
「申し訳ありません! レーナ様もヴァルター様に劣らず素晴らしいご活躍でした! レーナ様の機転がなければ今回の功績を上げることはできなかったでしょう」
そんな彼女の雰囲気を察した魔法使いのリンクスは優しい声でそう語る。
かわいいらしい童顔の彼にこんな優しい声で謝られてなお、叱責することができる者などそういない。
レーナはリンクスの言葉を聞きらご満悦そうにニヤけてしまうのであった。
「ほうほう。リンクスはよくわかっているようだな!」
「それで、パトリオットはどうだ?」
彼女はさらなる称賛を求めてパトリオットにも声をかける。
だが……。
「はい。リンクスと同じくそう考えます」
パトリオットは素っ気なくそれだけ答えると、視線を料理の皿一点に向け、彼女の言葉を流すかのような反応を見せる。
パトリオットは主のヴァルターにこそ心を開いてはいるが、精霊のレーナにはまだ開いていない。
どちらかというと対応するのがめんどくさいやつだと思っているのである。
「うーん……。まぁ、よいとするか」
レーナもそれを薄々と感じてはいるため、これ以上深く追及はしなかった。
お調子者の彼女ではあるが、しっかりと相手を選んで絡んでいる。
彼女もまた、自分に構ってくれる者たちとのみ仲良くしようと考えているのであった。
そんな風に昨日の緊急クエストのことを話題に話していると、店のウェイターさんが彼らに声をかけてくる。
「ほぉ〜、もしかして地龍を撃退してくれたっていうのはお兄さんたちなのかい! これはありがたいな〜」
「おれもあと10年若ければ君たち若者たちと一緒に参加したかったんだけどな。はっはっはっ!」
外見はシワもあり白髪の生えているおじいさんではあったが、見た目以上に元気あふれる気さくな方である。
「おじいさんも昔、冒険者だったりするんですか?」
そんな彼の雰囲気に魅了させ、ラースはウェイターのおじいさんに尋ねるのであった。
「あぁ、そうさ! まぁ、仕方なくなんだけどな。あの頃は冒険者をやるしかなかったんでね……」
元冒険者だと語る彼は、細身ではあるがその鍛え抜かれたと見受けられる体つきから腕利きの冒険者だったのではないかと伺える。
ただ、彼は笑いながらも何か暗いことを思い出してしまったのか、ラースには笑顔の裏に影が見えた気がした。
「おっと、ごめんよ! そして、今は愛する妻と少しでも一緒にいるためにこうしてレストランの経営をしているわけだ」
ウェイターのおじいさんはそういうと親指で後ろの厨房の方を指してニッコリと笑う。
愛する妻と少しでも同じ時を過ごしたい。
そんな想いに、ラースは心を強く打たれるのであった。
「素敵な奥さんなんでしょうね」
彼の笑顔から、思わず声をもらすヴァルター。
そんな彼のつぶやきを聞き、おじいさんは元気よく応える。
「おう! とびっきりの美人さんよ」
「そうだ、ちょっと呼んでくるよ。スパゲッティをおいしそうに食べてくれてるって知ったらきっと喜ぶぞ〜」
「なんたって、あいつは料理を褒めてもらうのが何よりもうれしいみたいだからな」
そう告げるとおじいさんは厨房の方へと駆け出していく。
「とても愉快な方ですね」
彼を見送り、いなくなったのを確認するとラースが微笑みながらそうつぶやく。
「あぁ……。とても、幸せそうな人だ」
ヴァルターもまた彼の笑顔あふれる人柄に惹かれていたのであった。
しばらくすると、おじいさんは厨房から真っ白な調理服を着た婦人を連れて戻ってくる。
「もう、急かさないでよ〜」
足があまりよくないのか、婦人はウェイターのおじいさんの腕に掴まってゆっくりと歩いてくる。
「この人たちはな、アルガキア大陸から来たらしいぞ! セシルが作ったスパゲッティをほんとおいしそうに食べてたんだ」
おじいさんは隣を歩く婦人にヴァルターたちを紹介しながらそう語る。
「あら、そんな遠いところから来たの! お疲れさまだこと。わたしの料理はお口にあったかしら?」
「はい! とってもおいしくいただきました。これほどのスパゲッティは世界中を探してもないでしょう」
ヴァルターはこれほどの料理を提供してもらったことへの感謝の意を込めてそう告げる。
「おっ! お兄さん、若いのによくわかってるじゃないか! おれもゼノシアを旅したものだがこれ以上のもんは存在しないぜ」
おじいさんはコソコソと内緒話をするかのようなジェスチャーをしてヴァルターたちにそう話す。
「もう、そんな嘘はやめてよ〜」
「嘘じゃないさ! 俺は本気でそう思ってるんだよ。いまのセシルは世界一の料理人さ!」
本心からベタ褒めする夫とそれに照れる妻。
そんな二人を見ていたヴァルターは思わず言葉をもらしてしまう。
「素敵なご夫婦なのですね。お二人がうらやましい……」
それは彼が本心から憧れていた家族の形、夫婦の形であったのだ。
家族のことは一切気にかけない父親と、父親も息子も愛してはいるが全てを失った母親。
そして、家族を持つことすら許されない道を進もうとしている自分。
自身が持つものとはかけ離れてた幸せの形を目の当たりにし、彼は無意識にそう言葉にしていたのであった。
そんなヴァルターの言葉に、老夫婦は互いを見つめ合い、そして微笑んだ。
それからヴァルターに向けて言葉を贈るのであった。
「ありがとう。とっても嬉しいわ。きっと、あなたにも素敵なパートナーが現れるわよ」
「おれたちだって、結ばれるまでに色々な壁を乗り越えてきた。だから先輩からのアドバイスだ! 決して、幸せになることを諦めちゃいけない。それさえ忘れなければ、きっと君は幸せになれるさ」
この人たちと自分は全く異なる境遇にある。
彼らの言葉に確証などない。
しかし、不思議とその言葉は彼の胸に響くのであった。
「ありがとうございます! お二人のこと、私は一生忘れません!」
こうして、素敵な老夫婦との出会いもあり彼らの自由時間はとても充実したものとなったのであった。
◇◇◇
老夫婦が経営するレストランを出て、フリントの街へと戻るヴァルターたち。
そんな帰りの馬車の中でヴァルターは色々と考えを巡らせていた。
グランド・マスターとしての人生。
ヴァルター=カルステンとしての人生。
そして、一人の人間としての人生。
何が正しくて何が間違っているのか。
自分はこれからどうしたらいいのか。
それについて一人でボーッと考えていた。
そんな彼を心配したのかラースがヴァルターに近づき静かに話しかける。
「素敵なご夫婦でしたね」
ラースの言葉は静かな馬車に消えていく。
二人の間に沈黙が生まれたのであった。
そして、少し時間を置いてからヴァルターは口を開く。
「うん。とっても素敵な人たちだった」
それは何かを考えながら口にしたようにラースは思った。
そして、次の瞬間ヴァルターは何か思い立ったのか、静かにふと笑った。
「そうだ……。彼らの幸せが続くよう、僕たちも働かないとだ。ラース、もちろん協力してくれるな?」
それは初めて見せる何かを固く決意した横顔であった。
そして、もちろん彼女はそれを承諾する。
「はい! わたしはヴァルター様にどこまでも付いていきます!!」
こうして、今回の旅を通してより一層、仲間たちとの絆も深まるのであった。
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