233話 王女ハルとのお茶会(1)

  「もしかしてその魔力……その御声……。カシアス様で御座いますか!?」



  驚いたような声をあげて剣を下ろすハル。

  そして、彼女はキョトンとした様子でカシアスを見つめる。


  どうやら、目の前にいるはずのない人物がいることに驚きを隠せないようであった。

  そんな彼女の問いにカシアスは答える。


  「そうで御座います。こんなところで立ち話もなんですし、お茶でもしながらゆっくりお話しましょうか」


  カシアスは人間の姿のままではあるが魔力を少しだけ解放する。

  そして、ニコニコとしながらダークエルフのハルに対して語りかけるのであった。


  どうやらカシアスとハルと知り合いらしい。

  つまり、カシアスこいつは最初からハルの正体を知っていておれに戦わせていたわけか……?


  お前が最初からハルに声をかけていればすべて穏便に済ませられたことを……。


  こうして、おれとダークエルフの女との戦いはカシアスの介入によって幕を下ろしたのであった。




  ◇◇◇




  簡易的に作られたテーブルにおれは座っている。

  場所は先ほどまでおれが決戦を繰り広げていた荒野のど真ん中。

  殺風景な赤土色の大地の上には純白に彩られた木製のテーブルにチェアー、そして日除けのためのパラソルがかけられてる。


  戦闘を終えたおれはお茶会という名目の謎の会合に参加させられていた。

  お茶会のメンバーはおれとサラ、カシアス、アイシス、そしてダークエルフのハルの五人である。


  道具とお茶をセッティングしてくれたのはアイシス。

  本当に何でもやってくれる有能なやつだなとおれは感心する。


  そして、おれたち五人が席についたことを確認するとハルが口を開くのであった。


  「カシアス様、先ほどはとんだご無礼を!」


  カシアスに対して頭を下げるハル。

  ついさっきまで、人間をコケにする上から目線の口調の彼女しか知らなかったおれは、誠心誠意で謝罪をする彼女の意外な一面を目にして少し驚く。

  まぁ、謝っているのはおれにではなくカシアスに対してみたいだけどな。


  そんな彼女に対してカシアスはティーカップに注がれた茶を飲みながら語る。

  ローレン領の一件から黒執事の格好をしているカシアスは憎いほどその姿がカッコよくて似合っていた。


  「構いませんよ。それより、あの者たちの救護を手伝ってくださりありがとうございました。我々としてはあの者たちに用事がありましたのでね」


  カシアスの言葉を聞いてホッとするハル。

  どうやら、外から見ている感じカシアスの方がくらいが上のようだな。

  つまり、おれはカシアスという盾に護られているわけであるし、ハルの気分で殺されるなんてことはないということか。


  ——といっても、どうやらこのハルというダークエルフは元からおれたち人間を殺す気は全くないようだけどな……。


  ちなみに、カシアスが言っているあの者たちというのはハルに倒された冒険者ギルドの職員たちだ。

  ここに転移してきたとき見かけた、ハルの周囲に転がっていた職員さんたち、どうやら彼らは殺されていたわけではないようだ。


  ハルが言うには彼らが先に攻撃してきたため、返り討ちとして軽くひねってあげたようだ。

  そうしたら次から次へとギルドの職員や冒険者がハルのもとへとやってきたため、あのような状況になってしまったらしい。


  もちろん、ヴァルターさんも精霊のレーナも死んではいない。

  彼女の魔法によって気絶させられてしまっただけのようだった。


  そして、カシアスもアイシスも最初からハルがだれ一人殺してはいないことをわかっていたらしい。

  なんでも、倒れている人たちから微力ではあるが魔力を感じたらしく、生きているとすぐにわかったようだ。

  その点、おれはいまだに魔力感知の能力が乏しいからそんなことがわかるはずもなく、危機感全開でハルに挑むことになったというわけだ。


  ちなみに、サラもおれと同様にヴァルターさんたちが殺されたと思っていたようだ。

  だが、おれが彼女を遮ってハルとの戦闘をはじめた直後、カシアスたちからハルがだれも殺していないという真相を聞いたそうだ。


  つまり、サラの前で死地に赴く雰囲気でカッコつけて戦いに挑んだわけだが全くの勘違いだったというわけらしい。

  終わってみたらめっちゃ恥ずかしい!!


  いや、でもハルのやつおれの時は気絶程度では済ませないで笑いながら殺しにかかってきてたよな?

  本当におれを殺すつもりがなかったというのか……?


  おれはモヤモヤした気持ちをスッキリとさせたくてハルに疑問を投げかける。


  「一ついいか? どうしておれや彼らを生かしておいたんだよ。お前たち魔族からしたらおれたち下界の連中なんて虫ケラ同然なんだろ?」


  今まで出会った魔族は容赦なくおれたちを殺そうとしてきた。

  それも圧倒的な力で慈悲などなく蹂躙するように……。


  そんな魔族への偏見を持つおれの質問に対して、ハルは微笑みながら質問で返してきた。


  「例えば、お前は家の中に虫が沸いてたら殺すのか……?」


  「えっ……? まぁ、害がある虫なら殺すかな」


  特に考えることもなく反射的に答えるおれ。

  急にどうしたのだろうか?


  まぁ、食べ物や本に虫が沸いていたら殺すだろうなと改めて考える。

  そんなことを思っていると、ハルは次の質問をしてくる。


  「じゃあ、お前が家の外で、例えばハイキングに出かけた先でその虫たちの巣を見かけたら? その虫たちがお前に何ひとつ害することなく生活していたとしたら? それでも一匹残らず殺してやろうとムキになるのか」


  「えっと……」


  おれは上手く答えられずにもごもごとしてしまう。


  確かに、前世を思い返してみればそういった例はよくあった。

  例えば、家の中で蜘蛛が糸を張っていたらおれは躊躇なく殺していたと思う。

  だけど、外出先で蜘蛛が糸を張っていても別に何を思うこともなく無視していたな……。


  「そういうことなの。だからこそ、アタシはお前たちに殺す価値すら感じていない。それにうじゃうじゃと沸いてくる虫ケラをプチプチ潰しても退屈なだけでしょ?」


  「まぁ、あいつらは虫ケラなりにアタシに攻撃してきてたみたいだけど、痛くも痒くもなかったからね。とりあえず、衝撃波ショックパルスを軽めに撃ち込んでおくだけにしておいたの」


  先ほどまでとはうって代わり、ハキハキと喋りはじめるハル。

  彼女が見つめる視線の先には治療を受けている冒険者ギルドの職員たちがいた。


  戦闘が終わるとアイシスとサラを中心に倒れている職員さんたちに回復魔法をかけていたのだ。

  全員、命に別状はないが軽症を負っていたからな。

  今は先に回復した者たちがまだ起き上がれない者たちの治療に専念していたのである。


  すると、彼らの方から興奮した叫び声が聞こえてくる。


  「おい!! あそこにいるのっておれたちをこんな目に合わせた魔族じゃないか!?」


  「嘘だろ……。じゃあ、俺たちはまだ……」


  「お前ら、早く戦闘態勢にはいれ!! やつは絶対にここで食い止めなければならぬ!! 魔族をギルド街に侵入などさせるなど、決してならぬのことなのだ!!」


  起き上がった職員さんたちはお茶会で寛いでいるハルを見るなり自分たちを鼓舞して再び挑もうとする。


  まぁ、普通に考えてこうなりますよね。


  だが、起き上がり剣や槍をその手に取る彼らを止めようとする者が一人いた。



  「よせ! 大丈夫だ、あの魔族は我々の敵ではない」



  おれたちに背を向け、彼ら職員たちに向かい合う男のその声は希望や願望といったものではなく、確信しているかのような落ち着いたものであった。


  「そんな! ヴァルター様、何を根拠にそのようなことをおっしゃるのです!!」


  「魔族ですよ!? 魔族が敵であることなど、この世界のだれもが知ってることではないですか!!」


  「そうですぞ! 現にやつは我々に容赦なく攻撃してきたではないですか! やつが油断してトドメを刺し違えたようですが、あれは間違いなく殺しにかかってきていました」


  魔族であるハルへの憎悪を露わにする職員たち。

  そんな彼らを見てハルはため息を漏らしてつぶやく。


  「愚かなものね……。もしも、もう一度かかってくるのなら次は容赦しない。生かしておけば死ぬまで突っかかってくるなんて面倒だもの」


  その声色と彼女の醸しだす雰囲気からはとても冗談には思えなかった。

  おれは思わずぶるりと震えてしまう。



  それはそんな惨劇が起こらないように祈りながらヴァルターさんたちの様子を伺う。

  すると、彼はとんでもないことを言い出すのであった。


  「お前たち、よく見るがよい! あの少年を!!」


  「あの者は《漆黒の召喚術師》アベル=ヴェルダン!! 七英雄テオ様の血を引く、人間界最強の召喚術師だ!! そんな彼があの魔族の女を打ち倒し、従属させたのだぞ!!」


  威勢よくそう語るヴァルターさん。

  そんな彼の言葉に職員たちは沸き立つ。


  「おい、よく見てみろよ? あいつ、あの少年と一緒にお茶飲んでないか……?」


  「なんで魔族が人間なんかと一緒にいるんだよ……。もしかして、本当にヴァルター様の言う通り……」


  「「「うぉぉぉお!!!!」」」


  「そうか、あの少年がヴァルター様がいつもおっしゃられていた《漆黒の召喚術師》様だったのか!? さすがだぜ!!」


  「あんなに小さいのにあのヴァルター様をも上回る魔法の使い手なんだってな! そりゃ、あの魔族の女もひれ伏すわ!!」


  遠くで勝手に盛り上がる者たちとは別に、おれは状況に戸惑っていた。


  「ゴボッ、ゴホッ……。なんだって!?」


  「おい、汚いぞ人間……」


  むせて紅茶を少し吹いてしまったおれにハルが嫌そうな口調で責め立てる。


  「その……なんだ、悪いな。今すぐ訂正させてくるよ!」


  おれはヴァルターさんを止めてこようと席を立つ。

  だが、ハルはすかさず口を挟んでそれを止める。


  「構わん、それであの虫ケラどもがアタシに突っかかってこなくなるならそれくらい……。それに、アタシはお前のことを多少は認めているからな。それに免じて許してやろう」


  何か含みのあるような笑顔でおれに告げるハルは少し不気味であった。


  そして、彼女はおれから視線を逸らしてカシアスに話しかける。


  「それより、カシアス様はどうしてこんな下界におられるのですか? それになぜこの人間の少年と行動をともにしているのですか?」


  「それについては、後でゆっくりとお話しましょう。それより、ハル様こそこちらで何をされていたのですか?」


  あっさりと質問を受け流すカシアス。

  すると、一瞬ではあったが沈黙が生まれたようにおれは感じるのであった。


  二人の会話を聞き、おれはあることを思い出す。

  とてもとても重大なことを……。


  「そうだった! お前、悪魔の指示で人間界にやってきたって言ってたな!! 説明しろよ」


  おれは席を立ち上がり、ハルに問いつめる。


  その瞬間、ハルの表情が一瞬で変わり、空気が張り詰めるのであった……。

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