232話 ダークエルフ vs アベル(2)

  ゆっくりと、ゆっくりと映像が流れていく感じだ。

  『ハル』と名乗ったダークエルフの魔剣がおれの胸に伸びてくる。

  この攻撃を受けたら間違いなく死ぬ。



  アイシス以上の実力者が魔力を込めた魔剣の一撃。

  人間の身体ではひとたまりもないだろう。



  あぁ……ダメだ。

  今から防御魔法の発動まで間に合わない。

  おれはここで死ぬのか……。



  獲物を仕留められてうれしいのか。

  その時、ハルの頬が一瞬緩むのが見えた。



  「すばらしい、魔力操作だ……。芸術とでも呼ぶべきだろう」



  にやりと笑うハルがそうつぶやく。



  「その距離から的確に防御魔法を展開するとは、お前もただ者ではないな!?」



  ハルはサラたちの方を向いてそう叫ぶのであった。



  そうだ、彼女の魔剣はおれの胸を貫くことはなかった。

  死ぬと思った次の瞬間、おれの胸の前には氷属性の防御魔法が張られ、彼女の魔剣を弾いたのであった。



  おれの防御魔法の展開は彼女を攻撃に間に合わなかった。

  つまり、おれの目の前に出現した氷結の盾は他の誰が展開したもの。

  そんなのカシアス以外にいないじゃないか……!



  「いい魔法だ! だが、今はこっちの闇使いを相手にしているからな。どいつだか知らんが、お前は後回しだ!」



  ハルはカシアスたちに向かってそう告げると、再びおれに使って魔剣を突きつけてくる。

  だが、今のおれなら大丈夫だ。



  今の出来事で少し冷静になれたぜ。

  確かに、このハルっていうダークエルフはアイシス以上の剣の使い手だ。

  命を懸けて戦う以上、防御を中心に戦闘を組み立てることを考えていた。


  だけど、もしもカシアスが最悪の事態を避けるようにサポートしてくれるのだとしたら、おれは攻めを中心に戦闘を組み立てられる!!



  おれはカシアスの補助があれば十傑の一人、エストローデにだって勝てたんだ。

  エストローデに比べれば、この魔族だってたいしたことはない!!



  おれは負けないぞ!!



  「守りに徹するのはここまでだ! 喰らえ!!」



  おれはハルの攻撃を受け流すと、その反動で体を半回転させ、勢いをつけて魔剣を振るう。

  魔力を大量に注ぎ込んだ特大の一撃をだ。



  「動きが変わったな。いいぞ、お前! ゾクゾクするよ」



  ハルのエメラルドグリーンの瞳がしっかりとおれを捉える。

  そして、彼女は瞬時に魔剣の両端に手を持ち直し、おれの一撃を魔剣で受けとめるのであった。

 


  白と黒の魔剣が互いの魔力を放出しながらひしめき合う。

  魔剣が交差している点からは七色の光が稲妻のように放射されていく。

  何とも綺麗な光だ。



  そして、ハルは急に力を抜き、おれの体勢を崩すと鋭い蹴りをいれてくる。

  おれはそれを左腕でとっさに受けるのであった。



  骨が折れている。

  だが、痛がっている場合ではない。

  ハルはこれから攻撃に移るからだ。

  おれは痛みどめの魔法を左腕にかけ、ハルを目で追う。

  来ないなら、こっちからいくぞ!!



  おれは転移魔法で彼女との距離を詰めると怒涛の攻撃を仕掛ける。

  さっきは防戦一方だったんだ。

  今度はこっちから仕掛ける番だろ!!



  「やるじゃないか、劣等……。いや、人間よ!」



  だが、おれとハルの実力が埋まったわけではない。

  おれがどんなに早く剣を振っても、どんなに強く剣を振っても、彼女は困った顔ひとつ見せることなく、冷静に対処してくる。



  「お前、何者なんだ……。どうしておれたちにちょっかい出してくるんだ。どうして悪魔に協力してるんだよ!?」



  おれは剣を振りながら彼女に問いかける。



  「悪いな、何を言ってるのかさっぱりわからぬ。だが、これだけはわかるぞ。お前はアタシのいい退屈凌ぎになるってな!!」



  尋ねたことについて何も答えないハル。

  彼女はいったい何者なんだ?


  今までの魔界からの刺客とは違う雰囲気だ。

  エルダルフにしても、カインズにしても何かしらの目的があって人間界に来ていた。

  だが、こいつの目的は何だ?


  悪魔に飼い慣らされているのか?

  いや、ハルの答えからはそうではない気がする。

  もっと、別の何か……。



  そんなことを考えていると、ハルはとんでもないことを言い出すのであった。



  「先ほど、このハル=ウォーカー様が全力で相手をしてやると言ったな? 悪いがあれは半分ウソなんだ」



  「どういうことだ……?」



  おれはすかさず聞き返す。



  「実はな、アタシはまだ全力を出していないのさ。得意な魔剣を使って戦ってはいるがまだ全力ではない。だって、アタシの利き腕は左なんだからな……」



  ハルはそう言ってほほ笑みながら魔剣を右手から左手に持ち替える。



  「お前の実力は十分わかった。さぁ、もう終わりにするぞ」



  そう言って、彼女は再びおれに向かってくる。


  なんというスピードとパワーなんだ。

  見た目はか細い少女だっていうのに、本当にアイシス以上の魔剣の使い手じゃないか。

  精神を研ぎ澄ませてみても、やっと反応するのが精一杯だ。

  しかも、転移魔法を細かく駆使して逃げながら防御していくのが限界なんだ。



  クソ……おれじゃ手も足も出ないよ、カシアス。

  やっぱり、おれはお前やアイシスがいないと魔族や悪魔とは戦えない、劣等種の人間なんだ。

  なのに、どうしておれ一人で戦えるなんて言ったんだよ、バカやろうが……。



  おれは心の中でカシアスに文句を言う。



  それに、敵の情報を言うのだって遅すぎるだろ!

  おかげで、あいつが得意な魔剣勝負でケリをつけようって作戦立ててしまったじゃねぇか。

  これなら最初みたく魔法で戦っていれば……。



  そうか!

  魔法だ、魔法で戦えばいいのか!?



  カシアスは言っていた。

  ダークエルフは魔法ではなく、魔剣などを使った武術が得意な種族だと。

  つまり、やつの得意分野の魔剣で戦う必要はない!

  魔法で勝負を仕掛けてやる!!



  おれの中で突破口が見えてくる。



  最初とは真逆の戦法だ。

  魔剣で隙を作り、魔法で勝負をつける。

  おれにはとっておきの魔法があるじゃないか!



  「さっさと諦めるがいい。お前は十分よくやった。だから、アタシが楽にしてやろうというのに」



  転移魔法を使って逃げているおれにハルがそう声をかけてくる。



  「わかるだろう? この実力差、これはちょっとやそっとじゃ埋まるものではない。それは無駄な足掻あがきってやつなんだ」



  おれは自分の位置、残りの魔力を計算しながら転移魔法を使う。

  これが本当に無駄な足掻あがきかどうか、見せてやるよ!



  「お前、何か地面に細工さいくしてるな? だが、無意味だ!!」



  そうだ、おれはお前から逃げるために様々な場所に転移している。

  だが、それだけでなくもう一つの目的もあるんだ。

  見せてやるよ、これから!!



  そして、準備を終えたおれは場所へと転移する。

  もう、ここからは魔剣は必要ない。

  さぁ、最後の勝負をしようじゃないか!



  「ようやく諦めたか人間。では、終わりにしようか」



  魔剣を捨てたおれを見て、おれがこの勝負を捨てたと判断するハル。



  「あぁ、同感だ……終わりにしようか!」



  そう言って、おれは闇弾ダークショットを放つ。

  だが、それはハルには当たらず彼女の真横を通り過ぎてゆくのであった。



  「万策尽きて魔法か? 悪いがその戦い方は三流以下だ……」



  するとハルは何かに気づき、とっさに転移をする。

  彼女がいた場所をおれが放った闇弾ダークショットが通過したのであった。



  「そんな……なぜ。転移魔法との組み合わせか? いや、違う……」



  転移したハルは驚いたようにおれを見つめる。


  そうだ。

  今のおれの実力では自身の数メートルの距離からしか攻撃魔法を放てない。

  つまり、彼女の背後から魔法を撃つなんて芸当は不可能だ。



  「そうか……。なるほど、それで先ほど必死に魔法を仕掛けていたのか」



  どうやらハルは気づいたようだ。

  おれが作り上げたトリックを——。



  おれが使ったのは設置型の反転の魔法。

  受けた攻撃魔法の威力を半減して反射するというもの。


  しかし、これは防御魔法ではないため仕掛ける物質には100%の衝撃が伝わる上、その物質が姿形を保っている間しか効力を持たない。


  つまり、おれが反転魔法を設置した岩や地面は攻撃魔法よって一回で破壊されてしまうため、一度しか使えないということ。


  だが、それでも十分だ。

  なんたって、転移する度に何十ヶ所にも反転魔法を設置させてもらったからな!!



  「小癪こしゃくなやつだな。だが、それなりの威力だ。直接この身に受けるのはまずいだろうな……」



  ハルがようやく困った様子を見せはじめる。

  さぁ、ここからが本当の戦いだ!!



  おれは闇属性の攻撃魔法をどんどんと放つ。

  直接ハルを狙うものもあれば、反射を利用して狙うもの、そして躱した場合も想定して両方とも狙っているものもある。

  そこまで考えておれは設置したからな!



  「おもしろい手だ! だが、相手が悪かったな。ダークエルフのアタシは目を凝らせばどこに反転魔法が設置されているのかわかるんだよ!!」



  ハルはそう言い放つと反転魔法が設置されていない角度からおれに迫ってくる。

  だが、おれはそれを見越して反転魔法が周囲に設置されている場所へと転移をして逃げる。

  ふふふっ、簡単には負けないぞ。



  「転移か……。だが、いいのか? お前が反転魔法をかけたのは岩や地面のようだな。一度の攻撃魔法で一つの反転魔法が効力を失ってしまってはすぐにジリ貧になるぞ」



  ハルはにやにやと笑いながら忠告してくれる。



  あぁ、別にそれでいいんだ。

  だって、こんな反転魔法なんかでお前を倒せるだなんて、おれは最初から思っていないからな。


  おれが反転魔法を使ってやりたかったことは時間稼ぎ。

  そう、特大の魔法を放つための準備時間を稼ぐことなんだからな。


  さっきまでは本気になったお前の攻撃を防ぐために、転移魔法の魔力操作をしながら魔剣での対処が求められていた。

  そんな中で特大の必殺技の魔力操作をするなんて不可能だ。


  だから、多少無理をしてでも反転魔法の設置だけで留めておいた。

  それくらいなら、ギリギリのラインで実現できると思ったからな。


  どうしたハル?

  さっきまで必死におれだけを見て魔剣を振るっていたお前が、今は周囲に散りばめられた反転魔法に気を取られておれへの攻撃が疎かになっているぞ。

  おかげさまで、今のおれは十分なゆとりを持って特大の攻撃魔法の魔力操作ができているよ。



  「もう反転魔法もほとんど消費してしまったようだな。これで勝負も終わりそうだな」



  「あぁ、そうだな。終わりにしようか」



  おれはハルの言葉にそう告げると、魔力を解放してこれまで準備してきた魔法を発動する。

  複合魔法にして、おれの中で最大級の攻撃魔法を喰らいやがれ!!



  ハルがおれを目掛けて飛び込んでくる。

  おれはそんな彼女を見つめて魔法を解き放つ。



  「黒炎撃破ダークフレイムバースト!!」



  漆黒の炎が瞬時に彼女を包み込む。

  そして、強大な魔力は爆発を巻き起こしながら、おれの視界いっぱいに闇の炎は広がってゆくのであった。



  おれはその場に膝から崩れ落ちる。


  気力も魔力も体力も、すべてを使い切った。

  そして、限界を迎えたのだった。



  はぁはぁ……。



  おれの息が切れる。

  視界がぼやけてくる。


  もう、今にも気を失いそうであった。



  やったか……?



  ダークエルフの女——ハルはどうなったのかと気になるおれ。

  倒れる前に、それだけは確認しておかないと。

  その思いだけがおれを奮い立たせる。



  だが、そんなおれの期待とは裏腹に闇の炎からは無傷の女が姿を現すのであった——。



  「正直、貴様という存在を侮っていた。もしも、防御魔法の発動タイミングがあと一歩でも遅れたら、回復魔法でもでも施しようがなかったかもしれない」



  そう言いながら、ハルは回復魔法を使って自身の体を蒼白い光で包み込む。



  おれは全力を出して戦った。

  それこそ、今持てる剣術、魔法、知略、すべて使ってだ。

  それでも、このハル=ウォーカーというダークエルフには遠く及ばなかったというのか……。



  「楽しかった、名前も知らない人間の少年よ。ありがとう……」



  彼女は敬意を込めた瞳でおれを見つめると魔剣を振り上げる。


  今度こそ、死ぬな……。


  おれはそう覚悟した。

  すると、どこからともなく一人の男がおれたちの間に入って割って現れる。



  「どうか、そこまでにしていただけないでしょうか。矛をお納めください……ハルお嬢様」



  そのに現れたのはスーツを着た執事姿のカシアス。

  彼は俺の目の前に立ち、彼女に攻撃をやめるようにとそう告げる。


  突如現れたカシアスの言葉に困惑するハル。

  そして、彼女は首を傾げてしばらく考えてから、恐るおそる声を絞りあげるのであった。



  「もしかしてその魔力……その御声……。カシアス様で御座いますか!?」



  そして驚いたような声をあげて、彼女は剣を下ろすのであった。

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