222話 マルクスとの出会い(1)
心身共に弱り切った絶体絶命の状況で、不運にも上位の魔物と遭遇してしまった亡命中のカイル=ローレン。
彼はそんな状況で突如して現れた謎の男に救われたのであった。
男は一つ魔法を唱えると、その手から鋭い雷撃を解き放ち、それが巨大な熊の魔物に直撃すると見事一発で撃沈させたのであった。
「何やら不穏な魔力を感じたと思ったのだがな……。まさか、この程度のザコだとは」
男はカイルたちの目の前に倒れた巨大な魔物を見るや否や、そうつぶやいて顔を少しばかりしかめる。
そして、カイルの意識はそんな男性の言葉を最後にゆっくりと失われたのであった。
◇◇◇
それからどれくらいの時間が経ってしまったのであろう。
カイルはふと意識を取り戻すと、まぶたをゆっくりを開ける。
そして、鉛のように固まっている重い身体を起こして、状況を確認するのであった。
すると、カイルはすぐに自分が馬車の中で揺られていることに気づく。
仰向けに寝ていたカイルは馬車の天井を一点に眺める。
内装は一見
まるで、共和国とは別の文化圏の馬車なのではないかと彼は思うのであった。
そして、カイルは向かい合いの席で静かに息を立てて眠りにつくハンナと娘を見て、ひと安心する。
どうやら彼女たちも無事であったらしく、毛布を一枚敷いた椅子の上に仰向けになるような形で眠りについていたようだ。
「ようやく目を覚ましたかな?」
そんな風に今の状況に安心して、ほっと息をついたカイルに対して呼びかける声。
彼は突然の呼びかけに驚きながら声がした方を向く。
すると、自分の横にはピタリとも動かずに静かに椅子に座る男性が目に入る。
その瞬間、カイルは先ほど魔物に襲われていたときの記憶がフラッシュバックして、男を思い出すのであった。
服装はここら辺では見ないような黒を基調とした革服で、胸には蝶ネクタイをしている。
年齢は中年くらい、体型はふくよかであり、頭には黒いシルクハットのような帽子を被っている。
目の前にいるこの男が雷属性を魔法を使ってカイルたちを巨大熊の魔物から守ってくれたのであった。
それに気づくと、カイルはすぐさま頭を下げて感謝の気持ちを告げる。
「先ほどはありがとうございました! 貴方がいなければ、今頃私たちはこうして息をしていることもなかった。この御礼は必ずどこかで返します!!」
カイルは目の前にいる男に対して誠心誠意の言葉を伝える。
すると、男は微笑みながら帽子を取り、カイルに言葉をかけるのであった。
「何はともあれ、無事でよかったわい! 背筋が凍るような不気味な魔力を感じたもので、部下たちを置いて駆けつけてみたらキミたちがいてな……。まぁ、とにかく助かってよかったよかった!」
カイルは印象とは異なる雰囲気で話す男に少し戸惑いながらも、男に釣られて顔に笑みが溢れる。
どうやら魔物退治もできる商人に偶然助けてもらったようだ。
カイルは男の見た目と雰囲気から勝手にそう判断する。
「そうだ! 安心するがよいぞ、そこにいる二人なら無事じゃからな!」
目の前にいる商人風の男は、ハンナたちの方を向くとそう話してくれるのであった。
「わしは幸いにも腕の良い治癒術師たちを連れていてな。衰弱していたようだが十分休養を取れば二人とも問題はないそうだ」
わし……?
カイルは男の一人称に少し引っかかりながらもその言葉を聞いて安心した。
ただ、状況はまだよくつかめていない。
治癒術師を連れているということは商人ではないのか?
だとしたら、この男はいったい何者なんだ?
そこでカイルは尋ねてみるのであった。
「あの……。失礼ですがお名前を伺ってもいいですか? 貴方様はいったい……」
カイルは恐れ多いと思いながらも声を振り絞って尋ねてみる。
身分は高そうだが、少なくとも共和国にいる領主たちではないし、醸し出す雰囲気も異なっている。
一瞬、商人かと思ったがよく考えれば商人が使う馬車はこのような人が寛げるようなスペースはなく、多く荷物が積めるような設計がされている。
少なくとも、この馬車はそれなりに身分が高い人間が乗るようなものだ。
それにどうしてかはわからないが、そのような人物が身分もわからない自分たちを助けてくれて治癒術師を使って治療までしてくれたという。
カイルの頭にはわからないことでいっぱいだった。
すると、男は何やら小声でボソボソとつぶやくのであった。
「そうか……。そういえば、わしが一方的に知っているだけじゃったな……」
カイルは耳を傾けていたが、男の声はハッキリとは聞こえなかった。
そして、男はニヤリと笑うとカイルに対し、自分の身分を明かすのであった。
「名乗るのが遅れてしまったな。わしの名はマルクス=ヴェルダン。カルア王国現職の外務大臣である」
ほへっ……?
カイルはこの言葉を聞き、思わず思考が停止する。
だが、不思議とこの男の言葉が嘘だとは思えなかった。
マルクス=ヴェルダンといえば、カイルの兄貴分であるエトワールの王国留学時代の同級生である。
そして、エトワールがいなければ卒業時には首席も狙えていたと噂もされており、エトワール自身も彼の存在を認めていたと聞いていた。
なんでも非常に社交性が優れており、自らが優秀なことはもちろん、自然と彼に惹かれて人が集まってくるような存在だったとエトワールはカイルに話してくれていた。
そして、エトワールが高等部時代に仲間ができたのも、マルクスと仲良くなったというのが大きいそうだ。
カイルは、自分の尊敬するエトワールが一目置く存在であるマルクスのことを共和国にいながらも独自に調べていた。
彼は密かにマルクスという存在に対して、憧れを抱いていたのであった。
そして、そんな彼に命を救われたことにカイルは感激を通り越して言葉を失ってしまう。
「まさか……私たちを助けてくださったのがマルクス様だったなんて……」
すると、自分を知ってくれたのだと気づいたマルクスは、少し嬉しそうにしてカイルに応える。
「おや、まさか共和国の次期ホープとも言われているカイル=ローレンに知ってもらえてたとはな」
「これは嬉しいことじゃわい、はっはっはっ」
感激のあまり言葉を失ってしまったカイルとは対照に、陽気に声を出して笑うマルクス。
そんな彼らを乗せた馬車は、エウレス共和国のテスラ領を目指して進むのであった。
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