221話 カイルの過去(8)
不穏な空気を感じていたカイルたち。
そんな彼らの前には巨大な熊の姿をした凶暴そうな魔物が姿を現す。
体長は3メートル以上あるだろうか。
四足歩行をしているその手脚には強靭な筋肉がぎっしりと付いており、その四肢で撫でられようものならば、人間などすぐさま肉片へと変えられてしまうだろう。
その魔物の瞳は赤黒く光り、鋭いツメは鋼鉄のような輝きを放っている。
そして、茶色に染まった毛先からは魔力がにじみ出ており、その毛先を揺らしていた。
カイルは瞬時に状況を理解する。
こいつは魔物の中でも上位の存在であり、今の自分ではどうすることもできないと……。
そんなカイルもハンナたち同様、既に衰弱し切っていた。
魔物と戦えるほどの力はこれっぽっちも残っていない。
だからこそ、一早く目的地である隣の領地の街を目指していたのだ。
だが、そんな時に限って不運にも上位の魔物と出くわしてしまった。
どうにかしてこの場から逃げ切らないといけない。
カイルは働かない頭を無理やり動かして解決案を模索する。
自分たちが乗っている騎馬が全力で森を駆け抜けてくれるのなら、もしかしたら熊の魔物から逃げられるかもしれない。
幸いにも、騎馬は先ほど泉で休ませたばかりだ。
十分な距離を全速力で駆け抜けてくれるだろう。
しかし、疲れが溜まっている自分やハンナ、そして娘はそんな騎馬のスピードに耐えられるだろうか?
道の整備されていない、この獣道を振り落とされないように必死にしがみ付いていかなければならない。
カイルはハンナたちの様子を見る限り、とてもじゃないがその振動に耐えられるとは思えなかった。
だとしたら、ここはカイル一人が
必死にあれこれと思考を駆け巡らせるカイル。
彼は最善の案を模索して考える。
しかし、目の前にいる魔物にとって、彼のそんな事情など関係ないであった。
熊の魔物は、衰弱仕切っているハンナに目をやると、途端に様子が変わる。
突然、騎馬に乗るカイルたちに向かって襲いかかってきたのであった。
そこで、カイルは覚悟を決める。
「ハンナ! 逃げてくれ!!」
彼は一人騎馬から降りると、向かいくる熊の魔物に対して立ち向かうのであった。
「火炎《フレイム》!!」
野生動物は火を怖がる。
そして、それは獣の魔物についても同様だ。
カイルは淡い期待を持って火属性魔法を解き放つのであった。
しかし、熊の魔物はカイルが放った紅蓮の炎に怯えることなく、片腕でそれを叩き落とす。
カイルの魔法は、まるで効果がないようだった。
カイルもこうなることは予想できていた。
上位の魔物というのは詳しい生態がわかってはいないが、それでも低位の魔法では歯が立たないことは知られている。
特に、今の疲弊し切っているカイルの魔法などなおさら効果が期待できないだろう。
そこで、カイルは向かいくる魔物に対して、剣術で対応することを決める。
カイルは剣を取り出し、その剣先を魔物に向けると迫りくる巨大熊の魔物を相手に果敢に飛び込むのであった。
狙うは顔面に一突きすることだけ。
いくらカイルが剣士として優秀だとしても、魔物の強靭な肉体には深い傷を負わせることはできはしない。
そこには果てしなく高い、種としての壁が立ちはだかるからだ。
カイルは自らの死をも覚悟して、ハンナたちを逃す時間を稼ごうとするのであった。
そして、巨大な熊の魔物とカイルは互いに向かい合い、その一撃に全てをかける。
カイルは擦れ擦れのところで魔物からのブローを躱すと、剣に今もてる全ての魔力を注ぎ込み、魔物の顔面に一突き入れるのであった。
熊の魔物も野生のカンによるものか、カイルの攻撃をギリギリの所で避けようとする。
しかし、完全に躱し切ることはできずに、頬の鋭い傷が刻み込まれるのであった。
グオヮァァァァ!!!!
見事、圧倒的な力の差がある中、攻撃を入れることができたカイル。
しかし、彼はその後襲いかかる魔物の反撃に反応することはできなかった。
その身体は限界を迎え、全ての魔力を先の一撃に注ぎ込んだせいで反応が遅れてしまったのだった。
魔力がこもっている剛腕がカイルに襲いかかる。
この攻撃は擦りでもすれば、すぐにあの世逝きであろう。
そうカイルが確信した瞬間、とっさに防御魔法がカイルの目の前に張られたのであった。
「
熊の魔物の一撃は、カイルの目の前に現れた防御の魔法のおかげで威力が激減し、即死確定であったその一振りは、死にはしない程度の激しい衝撃に抑えられてカイルに直撃した。
そして、カイルは宙に舞って後方へと吹き飛ばされる。
何とか意識だけは残っているカイル。
すると、すぐ側には先ほど逃げろと命令したはずのハンナが赤ん坊を抱いたまま、地面に倒れていることに気づく。
そこで、彼はハンナが防御魔法を張って自分を守ってくれたのだと知るのであった。
地面に転がり、倒れているカイル。
自分はもう動けない。
すると、熊の魔物はこちらをじっくりと眺め、ハンナに狙いを定める。
魔物はニヤリと笑ったかと思うと、大きな雄叫びをあげてハンナめがけて突進してくるのであった。
グオヮァァァァ!!!!
「やめろ……。やめてくれ」
声にならない声がカイルの喉から溢れる。
だが、彼の願いは虚しく、カイルには魔物を止める手段は持ち合わせていなかった。
そして、みるみるうちにこちらに近づいてくる巨大な熊の魔物。
もうダメだと彼が諦めたとき、突如として辺りに雷鳴が轟くのであった。
「
男の声とともに、稲光が現れると目の前にいた魔物を電撃が切り裂くのであった。
グオォォォォ!!
そして、その一撃を受けた魔物の突進はハンナまで届くことはなく、直前で魔物が雷に焼き払われたことによってハンナたちの命は助かったのであった。
「何やら不穏な魔力を感じたと思ったのだがな……。まさか、この程度のザコだとは」
カイルの意識はそんな男性の言葉を最後にゆっくりと失われてゆくのであった。
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