214話 彼女からのメッセージ
魔力を高めたセアラの周りには蒼く透き通った流水が現れる。
これは水属性魔法の一種なのだろうか?
アイシスは彼女をジッと眺めて観察する。
そして、魔力を帯びている流水は龍のような姿へと変形してゆく。
まるで水龍のような存在がセアラを護るかのように、彼女の周りをうごめくのであった。
アイシスはセアラの様子を見て思わずつぶやく。
「流石はセアラ様。想像以上の逸材ですね……」
そして、セアラはぶつぶつと何かを一人つぶやくと、魔力の暴走するエトワール目がけて飛び込んでゆくのであった。
アイシスはただ、そんな彼女の勇姿を見守っていたのであった。
◇◇◇
十分に魔力は満ちた。
それに、アベルが貸してくれた魔剣。
これにはアベルが持つ人間離れした膨大な魔力が込められている。
わたしとアベルが力を合わせれば、エトワールさんだって超えられる!!
セアラは勝利を確信してエトワールの領域へと踏み込んだ。
「これで終わりだぁぁああ!!!!」
「はい、終わらせましょう!!」
互いの想いも魔力も、全てをかけた最後のひと振り。
この戦いも最後の局面を迎える。
そして、二人の魔剣が交じり合い膨大な魔力が発散するのであった——。
セアラの周囲に突如現れた魔力で創られた水龍。
これが拡散してゆく魔力の衝撃からセアラを護ってくれる。
それに対して、飛び散る魔力を肉体に受けるエトワール。
均衡を保ち、クロスしていた二本の魔剣はやがて、その均衡を崩すのであった……。
そして空を覆う暗雲が晴れ渡り、太陽の光がそこに差し込んできたとき、地上には魔剣をその手に立ち尽くす少女と、地面にその身を委ねて倒れる一人の男がいたのだった……。
◇◇◇
「アベル様、それでは降ろしますよ」
おれを抱きかかえていたカシアスが、ゆっくりとおれを地上へと降ろす。
先ほどのエストローデとの戦闘で魔力を使い過ぎたおれは身体がヘトヘトに疲れてしまって魔法が一切使えないのであった。
そのため、宙に浮くことも転移することもできないおれは
なんとか地上に二本の足を下ろし、その場に立つことができる。
両足がぷるぷると震えてはいるが我慢しなくてはならない。
今はサラとエトワールさんの事を優先しないとだからな。
おれは目の前にいるサラたちを見て状況を理解する。
サラはおれが貸した魔剣を持って立っているのに対し、エトワールさんは何とか力を振り絞って身体を起こしている状態だ。
戦いの勝敗は聞くまでもないだろう。
サラが勝って、エトワールさんは負けた。
アイシスがサラの側にいることから、途中でアイシスの参戦もあったのかもしれない。
ただ、どちらにしてもサラが戦いには勝ったことには違いない。
おれがそんな事を思っていると、エトワールさんは地面を見つめたまま、ひとりごとをつぶやくのであった。
「なぁ……カイル。お前なら、今のおれを見て何て言うんだろうな……」
それはローレン家の屋敷の中で聞いた憎悪に満ちた復讐鬼の声ではなく、孤児院で聞いていた優しい院長の声だった。
そして、彼は目の前に立ち尽くすセアラを見つめる。
「きっと、お前はおれを止めようとしてくれたんだろうな。エト、それは絶対に間違ってるよって……」
「ありがとな。立派に育ったお前たちの娘がおれを止めてくれたよ……。だから、おれはもう……」
エトワールはそうつぶやくと、落ちていた魔剣をすばやく広い、自らの喉を切り裂こうとする。
「ちょっと!?」
おれはエトワールさんのしようとしていること気づいた。
しかし、彼を止められるだけの力がない。
このままでは、彼を死なせてしまう……。
そう思ったときだった。
パリーーッン!!
突如としてエトワールさんが持つ魔剣が砕け散り、彼の自殺は失敗するのであった。
そして、一人の人物が声をかける。
「貴方には聞きたいことが山ほどあるんです。まだ死なれては困りますね」
そう告げるのはおれの側にいるカシアスだった。
刃の部分が砕け散り、柄の部分だけになった魔剣を眺め、エトワールさんはつぶやく。
「そうだな。死ぬのはそれからでも遅くないか……」
エトワールさんの自殺を止めたのはカシアスだろう。
おそらく、言葉の通り彼に聞きたいことが山ほどあるのだろう。
ただ、おれからしたら問題はそこじゃない。
「エトワールさん、何言ってるんですか!? エトワールさんは悪魔に操られていただけなんですよ? だから、死ぬなんて……」
おれはエトワールに説明する。
エトワールさんがずっと悪魔に騙され、利用されて操られていたことを——。
だからこそ、おれは過去の罪に気を病まず生きて欲しいと願う。
ただ、エトワールさんの心は既に荒みきっているのであった。
「おれはもう、生きる価値なんてないんだ!!」
おれの言葉を遮ってエトワールさんは叫ぶ。
「己の心の弱さが故に、多くの子どもたちを騙し、苦しめてきたんだ! もう、おれは今さらこの世界で生きてゆく権利なんて持ってないんだよ……」
「もういいんだ。全て終わったんだ……。いや、もしかしたらあの日からおれの人生は既に終わっていたのかもしれない。生きる希望を全て失い、禁忌にさえ手を染めた……」
「おれの知ってることならなんでも話す。だから、そしたら哀れなおれをさっさと殺してくれ……」
彼は過去を悔やみ、後悔の念から涙を流して懺悔する。
そして、
あまりにも荒んだエトワールさんを見て、おれは言葉を失う。
こんな時、どうしたらいいのだろう?
これほどまでに心を痛めている人を前に、おれはどうしたら……。
おれが何もできずにいると、側にいたカシアスがエトワールさんに声をかける。
「セアラ様との会話。私も聞かせてもらっていましたが、貴方という人は随分と身勝手な男なのですね……」
「……」
カシアスの言葉に、エトワールさんは無言でカシアスを見つめるのであった。
「散々自分の目的のために他人を巻き込んでおいて、失敗したらもう終わったと嘆いて死ぬことを選ぶ。本当に、貴方のような者が領主にならなくてよかったと私は思いますよ」
「おい、カシアス!」
おれは思わず声を上げる。
今のエトワールさんに対して、なんて事を言い出すんだ!
傷に塩を塗ってどうするんだよ。
ただ、エトワールさんはこの言葉に反応した。
「黙れ……。悪魔のお前に、おれの何がわかるんだ!」
「おれだって、本当は子どもたちを犠牲にせずともシシリアたちを助けたかった!! だけど、おれには他に方法がなかったんだ……」
「彼らを巻き込んでしまったのは悪いと思ってる。だけど、もう今さらどうにもならないんだよ……」
思いきり両手で地面を叩き、感情を露わにするエトワールさん。
生気を失っていた彼の瞳に怒りという感情が宿る。
そして、そんな彼に対してカシアスは言葉を続けるのであった。
「それでは、また諦めるんですね。かつて、共和国の繁栄を領民たちに期待させておいて裏切ったように、今度は貴方の事を信じている子どもたちを裏切るのですね」
「なんだと……?」
「だってそうでしょう。施設にいる子どもたちは貴方の事を信頼していますし、彼らにとっては大切な存在なのですから、貴方に勝手に死なれては困ります。貴方は100人近くもいる彼らを再び路頭に迷わせるつもりなのですか?」
カシアスの言葉に、エトワールは動揺したかように強く反応する。
心優しいエトワールさんは、遺される子どもたちのことを考えずにはいられなくなったのかもしれない。
「それに、一度は貴方に裏切られた子どもたちだって、勝手に貴方に死なれて喜ぶ者はいないと思いますよ」
「私が見てきた人間から考えれば、お人好しで事情を知って同情してくれるか、逆に憎しみをもって自らが殺してやろうと思うのが普通でしょうね」
なんだかんだ言って、カシアスはエトワールさんの自殺を防いでくれているのかもしれない。
情報だけ聞き出して捨てるなんてしないあたり、やっぱこいつも良いとこあるんじゃないか?
おれはそんなカシアスに便乗してエトワールさんに呼びかける。
「エトワールさんが手放してしまった子どもたちの中にも、今を幸せに生きている子どもたちはいますよ! おれの知り合いにも何人もいるんです!」
おれは幸せそうに暮らすカレンさんたちを思いながらエトワールさんに語りかける。
「今でも苦しんでいる子どもたちがいるなら、おれたちが絶対に助け出してみせます! だから、死ぬなんていうのはやめてください!」
「アベルくん……」
エトワールさんの瞳に僅かな光が灯る。
そして、サラも彼に語りかける。
「エトワールさん。貴方は言ってましたよね。愛する人を失った悲しみほど人生でつらいものはないと……」
「でも、わたしはもっとつらいものがあると思います。それは生きている者がその悲しみに囚われ、壊れてしまうことです」
サラは澄んだ瞳でそう告げる。
きっと、彼女自身もずっと気にして生きてきたことなのだろう。
そして、それはおれも同じだ。
「エトワールさん。きっと、シシリアさんたちは今の貴方を見たら心配で安らかに眠れないと思いますよ」
「貴方はシシリアさんやラクトくんの分まで幸せにならないといけない。だから、もう殺してくれなんて言うのはやめてください」
「そして、生きて罪を償いましょう! それがエトワールさんにできる唯一のことだと思いますよ。それにほら……」
そう言って、サラは後ろを振り向く。
彼女の視線の先には、さっきまで森林があったであろう荒野が広がっている。
そして、そこからこっちに向かって走ってくる者たちがいた。
「おい! 勝手に逃げるなって!!」
「あなた、私たちの魔法をどうやってくぐり抜けたの!? ちょっと、待ってよ!!」
おれが召喚した精霊たちが騒ぎ立てる。
そんな彼らの前を一人の少女が駆け抜けるのであった。
そして、その少女はエトワールさんの前にやってくると優しく問いかけるのであった。
「エトワールさま! だいじょうぶですか?」
先ほどまで人質として囚われていた幼い少女。
彼女はボロボロになって地面に座り込むエトワールさんを心配するのであった。
「あぁ……メル。ごめんよ、わたしがすべて悪かったんだ……」
メルの姿を見て、涙を流し彼女に謝罪をするエトワールさん。
今回の騒動で彼女を傷つけ、死なせてしまったかもしれない。
そんな後悔に苛まれているのだろう。
エトワールさんはメルの姿を見るなり、その瞳からは涙が溢れる。
そんな風にボロボロになりながら泣き叫ぶ彼を見て、少女は優しく抱きしめるのであった。
そして、彼女は目の前にある彼の耳元でささやく。
「エトワールさまにはわたしがついています。一人ぼっちじゃ、ないんですからね……?」
メルの言葉を聞き、エトワールさんはさらに声を上げる。
そして、彼女の身体を優しく抱きしめながら謝り続けるのであった。
「ごめん……。ごめんよ……メル」
こうして、ローレン家で巻き起こった今回の騒動は、16年という長い月日を隔てて終わりを告げるのであった。
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