215話 エトワールの頼み
エトワールさんたちとの戦いの果てに、ようやくおれたちは情報を手に入れることができた。
人間界に巣喰らう悪魔たちの陰謀。
エトワールさんからその事を聞き出すのであった。
「それで、エトワールさんがあと知っている悪魔は『ハワード』という死霊術師だけなんですね」
おれはエトワールさんの悲惨な過去を聞きながら、人間界の現状を整理する。
彼がやってきた事は許されることではないだろう。
だが、事情を聞けば同情してしまうのも確かだ。
おれは今の自分にできることは何なのかと考えながら話を聞く。
一方その頃、メルはというとエトワールさんの腕の中でスヤスヤと居心地良さそうに再び眠るのであった。
どうやら彼女は、精霊のジャンたちから逃げるために全速力で辺りを走り回ったようなのだ。
まったく、昔のサラみたいにおてんばなんだから……。
おれはそんなメルを微笑ましく眺める。
「なぁ、ハワードっていうのも十傑の悪魔の一人なのか?」
ハワードという存在に興味を持ったおれはカシアスたちに尋ねる。
死体を生きているように操るなんて聞いたこともない。
もしかしたら、とんでもなく強い存在なのではないかと不安になったのだった。
「はい……。《冥界の悪魔》ハワード。十傑序列第4位のタチの悪い悪魔です。従えている配下もかなりの実力者ですね」
「そっ、そっか……」
おれはカシアスの答えを聞き、やっぱりかとため息をつく。
どうして十人しかいない十傑が三人も人間界に絡んでくるんだよ……。
しかも、序列2位から4位のバケモノたちばっか……。
マジでおかしいだろ!
おれは知らぬ間に悪魔たちに侵食されていた人間界の事を考えると、少しばかり恐怖を感じる。
もしかしたら、おれたちが気づかないだけで他にもたくさんの悪魔たちが人間界に蔓延っているかもしれないのだ。
恐ろし過ぎる!!
しかも、《ハーフピース》っていったい何のことなんだよ!
おれがそんな風に色々と考えてると、突如としてエトワールさんが頭を下げてお願いをしてくる。
「アベルくん! 私から、恥を忍んで頼みがあるんだ!」
おれはエトワールさんの突然の土下座に驚きながらも彼に聞き返す。
いったい、何をお願いしたいのかと。
「えっと……。何でしょうか? おれにできることならやってみますけど」
おれは特に断る理由もないのでエトワールさんのお願いを聞き入れる気がすることを伝えた。
おそらく、エトワールさんの事だからどうでも良いお願いではないだろう。
さっきまでは殺してくれと言っていたが、今は子どもたちの事を考えて生きる選択をしてくれた。
そんなエトワールさんにおれも強力できる範囲で協力はしておきたい。
すると、エトワールさんは顔を上げておれの瞳を見つめる。
そして、真剣な眼差しで訴えかけるのであった。
「頼む! ティアのことを助けてくれないか!? このままでは彼女は奴隷にされてしまうんだ!!」
必死に訴えるエトワールさん。
どうにかしてティアさんを助けたいという意志が伝わってくる。
「都合の良いことはわかってる。全ては私が悪いんだ。だけど、私には彼女を助け出す力がない……。君たちにしか頼めないんだ!」
ティアさんのことはおれも気になっていたことだ。
昨日の送別会でも楽しそうにしていたティアさん。
別れを惜しみながら今日の昼に見送ったが、どうやら大変なことになっているらしい。
ティアさんは呉服屋で働くと話していたがそれも嘘だったようだ。
だとしたら、奴隷にされる前に早く助け出さないと!
「はい、任せてください! おれたちが絶対にティアさんを助け出してみせます!」
今のエトワールさんは悪魔に与えられていた力を失ってしまったみたいだし、身体はボロボロでティアさんを取り戻すのは不可能だ。
そして、おれたちにはカシアスにアイシス、それにおれとサラもいる。
これだけのメンバーがいればすぐにティアさんを救出できるだろう。
ティアさんと別れたのは昼過ぎだ。
所詮は馬車のスピード。
転移魔法で追いつけないわけがない!
そんな風に自信もあってか、おれはエトワールさんに彼女の救出を任せるように宣言するのであった。
「じゃあ、さっそくカシアスかアイシスに転移魔法を使ってもらって助けてきます! エトワールさん、ティアさんはどこに向かっていたんですか?」
「それが……」
おれの質問に答えるのを戸惑うエトワールさん。
何をしているんだ?
早く答えて欲しいんだけど……。
ティアさんは王国に向かっていると言っていた。
詳しい場所さえ教えてもらえば救出は余裕だ。
さらに、もしも不法な奴隷商業などに手を染めているやつらがいたら父さんたちにチクってやるぜ!
そして、エトワールさんからティアさんが向かった場所を知らされるのであった。
「それが、場所はアルガキア大陸なんだ……。しかも、彼女が連れていかれる場所をわたしは知らないんだ……」
「へっ……?」
おれは想定外の回答に言葉を失ってしまった。
そうか!
確かエトワールさんは昔、奴隷として子どもたちをゼノシア大陸に売り払っていたと話していた。
そして、今では悪魔たちがゼノシア大陸から手を引いてしまったのだと……。
それで今はアルガキア大陸に奴隷を売っているということなのか?
てか、アルガキア大陸なんて王国より面積の広いわけだし、どこにいるかわからないなんて詰んでるじゃないか!?
いったい、おれたちはどうしたらいいんだ……。
打つ手が見えず、途方に暮れるおれ。
こんな風におれが困っているとき、彼女はいつも助けてくれる。
そしてそれは今日も同じであり、彼女のひとことがおれの悩みの種を解消してくれるのであった。
「場所なら私がある程度把握しています。先ほどまでティアの馬車を追跡していましたからね」
「本当か、アイシス!?」
ボソリとつぶやいたアイシス。
彼女の言葉に、おれは歓喜の声を上げる。
やっぱ困ったときはアイシスだよ!!
てか、昼過ぎからいなくなって何をしているんだと思ってたけど、アイシスはティアさんの追跡をしてくれていたのか。
本当に助かったぜ!
そして、彼女は言葉を続けた。
「はい。ハワードの配下に妨害されたので撤退しましたが、やつらが居るであろう地域は絞ってあります」
おっ……なるほどな。
つまり、アルガキア大陸の方では三人目の十傑、ハワードがいる可能性があるってことか。
ただ、それでもティアさんのいる場所が絞れているのは大きいぞ!!
おれの中で不思議と全てがうまくいくような気がしてくる。
いい感じだな!
すると、どこからか声が聞こえてくる。
距離にして1キロほど遠くからだろうか……?
おれは声がしてくる方を眺め、目を凝らしてみる。
すると、何人もの……。
いや、何十人もの人たちが騒ぎ立てながらこちらに向かってやって来るのであった。
「おい! 屋敷が潰れているぞ」
「ほんとだ。なんてこった!?」
彼らとの距離が縮まってくると、服装もよく見えてくる。
どうやらこの屋敷で働いていた使用人や騎士たちのようだ。
あれ、どうして彼らがここに……?
屋敷が崩壊したときに彼らは皆潰されたと思っていたんだが……。
「私がエストローデに頼んで転移させておいたんだ。彼らはわたしの復讐に関係なかったから……。もちろん、ハンナのご両親もだ」
エトワールさんはこちらに向かってやって来る彼らを見つめてそう告げる。
「こりゃ、仕事がなくなっちゃいましたね。どうしましょうか」
「バカ! 逆だろ! これからおれたちは大忙しになるんだよ」
使用人たちの声が聞こえてくる。
彼らの様子は不思議とどこか清々しくすら感じた。
「あっ、エトワール様ではないですか! そういえば私、エトワール様の幻覚を見たんですよ!」
「あっ、それおれもだぜ! エトワール様が目の前に現れたかと思ったら突然、森の中にいたんだよ!!」
「あっ、それわたしも!! わたしは気づいたら街の中にいたんですよね〜」
エトワールさんの姿に気づいたら彼らはおれたちの方にやってきて話をはじめる。
最初はエトワールさんの幻覚を見たという話。
そして、段々と話は崩壊した屋敷の話から領主の話へと移り変わってゆく。
「早くカイル様が帰ってきてくれないかな〜。なんなら、これを機にヨハン様が領主になるんでもいい!」
「確かに、これを機にヴァレンシア様には領主を退いて欲しいよな〜。あっ、なんならエトワール様がやってくださいますか?」
「あっ、それいいわね! エトワール様なら誰も反対しないわよ。あのイジワル婆さん以外わね!」
「ハッハッハッ……」
屋敷に仕える者たちからも好かれ、輪の中心にいるエトワールさん。
そんな彼をおれやサラは少し下がったところから暖かく見つめるのであった。
そして、しばらくそんか様子を見つめていると、使用人たちの他にもおれたちの方へ向かってくる者がいた。
おれはその人物の正体に気づくと手を振って合図を送る。
すると、彼女の速度は上がっておれたちに急接近する。
そして、おれは彼女から盛大な挨拶を受け取る。
「バッカモーン!!」
精霊レーナの飛び蹴りを受け、おれは優雅に宙を舞うのであった。
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