213話 エトワール vs セアラ(3)

  「ちょっと、アイシス!?」



  何の躊躇もなくエトワールの息子であるラクトを殺したアイシス。

  そんな彼女の行いを見てセアラは声を上げる。


  この突然の出来事にエトワールは言葉を失い、セアラは声を上げることしかできなかった。

  すると、アイシスはセアラに向かって告げるのであった。


  「大丈夫です。そもそもコレは生きてすらいませんでした。セアラ様も収納袋から取り出したのを確認しましたよね?」


  動揺するセアラに対し、冷静に反応するアイシス。

  彼女をこの言葉を聞き、セアラも今までのモヤモヤが解消されるのであった。



  思い出してみれば、アイシスがここに駆けつけて来たくれたとき、その手にはラクトの姿は見当たらなかった。

  そして、彼女は確かにセアラたちの目の前で魔法の収納袋からラクトを取り出した。



  魔道具の一種であるあの収納袋。

  セアラもアイシスからもらい受け持っているし、人間界にも数少ないが存在している。



  だからこそ、天才であるセアラはもちろん知っている。

  収納袋には生きている人間や魔物を入れることは絶対にできないことを……。



  その原因は人間界では解明されておらず、明確に示されてた論文は存在しないが魔界ではそうでない。

  魔界で暮らす精霊であるリノから、魂が宿っている存在は収納袋にはしまえないと教わっていた。



  つまり、アイシスが連れてきたラクトという赤ん坊は最初から魂が宿っていなかったということ。

  それはつまり、アイシスたちの認識からすればアレは生きていなかったことになる。



  言われてみれば、あのラクトという赤ん坊の動きや声に違和感を覚えていたセアラ。

  アイシスのひと言で全てが繋がってくる。



  ただ、ラクトの父親であるエトワールだけはこの事を受け入れることはできなかった。


  16年間、大事に育ててきた息子が目の前で殺された。

  愛するシシリアとの間にできた大切な子どもが悪魔に殺されたのだ。


  一時は放心状態であったエトワールだったが、段々と目の前の現実を頭で理解しはじめる。



  「おい……。嘘だろ……?」



  「貴方も見ましたよね? 本当に魂が宿っているのなら収納袋に出し入れする事はできないことくらい、聡明な貴方にならわかるはずですよ」



  エトワールにそう告げるのは漆黒の悪魔アイシス。

  ただ、エトワールはそれでも事実を受け入れられない。



  「違う! ラクトはまだ完全に生き返ったわけじゃかったんだ! あいつがそう言ってたんだ! だから……」



  「どうせ、ハワードという悪魔が手を貸してくれたんでしょう?」



  アイシスのひと言に黙り込むエトワール。

  どうやら、図星だったようだ。


  そして、アイシスは上位悪魔ハワードについて語る。



  「ハワードは死霊術師として有名な上位悪魔ですよ。死体を操ることはできても、死体に魂を宿すことはできません。貴方は最初から騙されていたんです」



  死霊術師とは非常に珍しい固有スキル『死霊術師』を持つ者の称号。

  人間界では名前すら知られていない、魔界特有の職業の一つだそうだ。


  セアラはリノから聞いていた話を思い出す。



  「違う! そんなはずはない!! ハワードは上位悪魔の中でも優れた存在なんだ! あいつは前報酬だって言ってラクトを半分生き返らせたんだ! だから収納袋に……」



  「いい加減、現実を見なさい! 今の貴方は見るに耐えない哀れな狂信者ですよ」



  現実を見ても信じようとしない。

  いや、信じたくないエトワールにアイシスは強く言いつける。



  「そもそも、どうして貴方は悪魔に助けてもらえると思っているのですか? ただの劣等種でしかない貴方に、なぜ悪魔が優しく手を差し伸べる必要があると?」


  「それに、本当にあいつらが死者の魂すら操れるなら、そもそも《ハーフピース》なんて探す必要ないんですよ……」



  珍しく感情を露わにするアイシスにセアラは驚く。


  いや、それより死者の魂を操れるのなら《ハーフピース》を探す必要がない?

  そもそも、《ハーフピース》とはどんな存在であるのか……。


  セアラはアイシスの言葉を聞いて疑問に思う。

  そして、彼女のなかで点と点が繋がっていく……。



  「すみません、口が滑り過ぎました。セアラ様、今の話は忘れてください」



  「えっ? えぇ……わかったわ」



  口が滑ったから今の発言は忘れてくれと告げるアイシス。

  彼女の顔が本気であったことから、セアラは素直に頷いておく。


  すると、アイシスの言葉を聞いていたエトワールの様子が変化する。



  「うるさい……」


  「言うな……。それ以上、言うなぁぁああ!!」



  突如として、エトワールの魔力が暴走する。


  それは明らかに本来人間が持つ魔力量を超過している。

  おそらく、悪魔から力を与えられていたのだろう。


  このままでは、暴走した魔力によってエトワールがダリオスのように消えてしまうかもしれない。



  「エトワールさん、もうやめてください! このままじゃ、貴方が死んでしまいますよ!?」



  必死に呼びかけるセアラ。


  エトワールはそんなセアラを見つめ、静かに頷くのであった。



  「おれはな、もう後戻りできないところまで来てるんだよ……。きみの両親とは違って、おれは人としてやっちゃいけないことにまで手を出してきたんだ!!」


  「確かに、あの悪魔の言う通りだ。おれはエストローデやディアラ、ハワードに騙されてきたのかもしれない……。だけど、今のおれには悪魔を信じるしかできないんだ!」


  「おれはシシリアと約束したんだ! 絶対に、ラクトを助けてみせるって!! それに、二人で幸せになれる場所を見つけるんだって!!」


  「そんな未来の可能性の為におれは最後まで戦うんだ! 例え、それで命を落としたとしても構わない!!」



  心から必死に訴えかけるエトワール。

  彼は死すら覚悟して戦う意思を示す。


  そんなエトワールに対し、セアラも覚悟を決めて戦いに臨むであった。



  「シシリアさん、聞こえていますか……? カイルとハンナの娘のセアラです」



  一人、誰にも聞こえないような声でそうつぶやくセアラ。


  そして、エトワールと同様に彼女の魔力もまた上昇してゆく。

  自分の信念のために闘う彼女のそのたくましい姿は、かつてこの人間界を救った一人の賢者に類似するものであった。



  「わたしが絶対にエトワールさんを救ってみせます。だから、二人と一緒に見守っていてくださいね……」



  そして、魔力を高めたセアラは自分の大好きな二人の両親を頭に思い浮かべ、エトワールの領域に飛び込むのであった。

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