199話 エトワールの過去(2)
「はじめまして、わたしはシシリア。よかったら隣に座ってもいい……?」
カルア魔術学校、高等部の入学式当日。
エトワールの前に美少女が現れた。
彼はひと目でシシリアの容姿に目を奪われ、胸が熱くなってしまう。
「いいけど……。どうしておれの隣なんかに?」
エトワールはシシリアに尋ねる。
この教室は既に多くの生徒たちが着席しているが、それでも空席はまだまだたくさんある。
それに、この美少女にだって友だちはいるはずだ。
どうしてわざわざ自分の隣にやってきたのだろう。
エトワールは疑問に思った。
すると、シシリアは少し考えたような素振りをした。
「どうしてって言われたら、貴方が一人ぼっちに見えたからかな……?」
クスクスっと笑って答えるシシリア。
その言葉にエトワールはぐさりと胸をえぐられた。
それはエトワールが一番言われたくはない言葉だったのだ。
事実、エトワールは友だちが一人もいない。
それにはいつくかの理由があった。
一つはエトワールが飛び級をしているため、年齢の違いや過ごした月日の違いから友だちができにくいというもの。
だが、これはエトワールにコミュニケーション能力やカリスマ性があればどうにかなる問題。
どうにもならないのはもう一つの方の問題。
それは、エトワールが優秀過ぎるということで、王国貴族のクラスメイトから疎まれていたということであった。
エトワールは共和国出身の七英雄ライアンとフレイミーの血を引く者。
それに対し、七英雄テオの血を引く王国貴族たちは優秀過ぎるエトワールの才能に嫉妬し、距離を取っていたのであった。
しかし、将来的には王国貴族と共和国の領主は外交上、協力して仲良くしていかなければならない。
その事はクラスメイトたちもわかってたらしく、エトワールと直接いがみ合うようなことはなかった。
だが、彼ら王国貴族は素直にエトワールを認められるほど大人ではなく、そんな彼らの反感を買わないために王国の庶民出身の生徒たちもエトワールとは距離を置いていたのだ。
別に、エトワールは友だちが欲しいわけではなかった。
どうせ、高等部も飛び級して早期卒業するつもりだ。
そうなれば、この学年での友だちなど作る必要もないだろう。
だが、こうして直接シシリアに言われると物悲しくなってくる。
思い返せば、幼少期の頃から自分には人が集まってきていた。
周りから期待され、もてはやされてエトワールは育ってきたのだ。
それがこの学校では先生こそ褒めてくれるが、同年代の生徒たちからとの関わりはほとんどない。
エトワールは軽いホームシックになっていた。
すると、落ち込んでいる様子を見たシシリアが慌てて声をかける。
「あっ、ごめんね。なんか傷つけちゃった?」
彼女自身、悪気はなかったのだろう。
しょんぼりと俯くエトワールを見て慌てて謝罪をする。
手を合わせて謝るその姿も、エトワールにはとても可愛く見えた。
「わたし、外部出身でまだ友だちが一人もいないんだ。よかったら友だちになってよ!」
どうやらシシリアは内部出身ではなかったようだ。
どおりで今まで見たことなかったはずだ。
そして、この言葉にエトワールは内心舞い上がる。
「しょうがないな。おれがお前の友だちになってやるよ!」
少し顔を赤らめてそう告げるエトワール。
こうして、二人の関係はスタートしたのであった。
◇◇◇
そして、それから数ヶ月が経ち高等部では高度な授業が行われるようになる。
そんな高いレベルの授業でもエトワールはつまずくことは決してなかった。
「すごいよ、エト! 魔石なしで精霊を召喚するなんて!」
シシリアが先ほどあった授業を思い出してエトワールを褒め称える。
エトワールは魔石を使って魔法陣を描くのではなく、自身の魔力を使って空中に魔法陣を描いて精霊を召喚できるようになったのだ。
この事自体、『精霊術師』のスキルを持つ高等部の学生ならそれほど難しくはない。
だが、それは上級生ならばの話だ。
エトワールは高等部の一年生の中で一番早くこれができるようになった。
しかも、エトワールは周りより年齢が1歳若いのにだ。
「まぁ、今のおれじゃあんな膨大な魔力を使う魔法、一回しか使えないけどな……。まだまだだよ……」
エトワールの長所。
それは現状に満足せず、絶えず上を目指して歩み続けられること。
彼は多様な魔法が扱える上に剣術も秀でている。
さらには召喚術師としての才能も開花しはじめていた。
そして、エトワールは笑顔で隣を歩いてくれるシシリアを見て、心に決めていた事を告げる。
「なぁ、シシリア。今度その……おれとデートしてくれないか……?」
エトワールは勇気を出して彼女に伝える。
自分とデートをしてくれないかと。
だが、シシリアはエトワールのこの言葉を聞いた瞬間、背筋がビクッと震え、顔の表情が固まる。
そして、彼女はエトワールとは顔を合わせないで静かに告げる。
「ごめん……。気づいてたかもしれないけど、わたし王国の貧しい家で生まれた庶民なんだ……」
突然告げられたシシリアからの告白。
それは二人の間にはあまりにも違い過ぎる身分の差があるということ。
どんなに二人が好きあっていても、王国であって共和国であっても決して結ばれる身分差ではないということを彼女は告げた。
「わたし、用を思い出しちゃった。それじゃ、先に帰るね……」
シシリアはそう言い残すと、エトワールを置いて走っていってしまった。
そのとき、彼女の瞳から涙がこぼれていたのをエトワールは見てしまう。
そして、その場に残されたエトワールは気づくのであった。
自分は今、彼女を傷つけてしまったのだと……。
◇◇◇
それからもエトワールとシシリアの関係は変わることはなかった。
エトワールは友だちとしての関係すら崩れてしまうのではないかと考えていたが、翌日からもシシリアは今まで通りの態度で接してくれた。
そして、この関係はこれからもずっと変わらないものだろうと考えていた。
しかし、エトワールにとって事件が起きる——。
シシリアが他のクラスメイトの男子から言い寄られていたのだ。
エトワールはいつものようにシシリアと二人で帰ろうとしていた。
だが、その日のシシリアの様子はどこか不自然であり、エトワールに一人で帰るように言ってきたのだった。
いつもとは違う、どこか暗い彼女を心配したエトワールは帰ったふりをしてシシリアの後をつけることにする。
そして、彼女は誰もいないはずの空き教室へと入っていった。
エトワールは扉に耳を当て、中の様子を探る。
すると、中にはシシリア以外にも人がいることがわかった。
「やぁ、来てくれたんだね。シシリア!」
「それで、君の返事はどうなんだい?」
それは二人と同じく1年Aクラスに所属する大商人の息子の声だった。
「君はどうがんばったって王族や貴族、そしてエトワールのような共和国の領主なんかと結ばれるわけがない」
「その点、僕のようなエリート商人のような人材となら結ばれる可能性はあるんだ! まぁ、正妻とは限らないけどね」
どうやら、こいつはシシリアに自分の事をアピールしているらしい。
だが、そのためにエトワールの名前を勝手に出されてシシリアとの関係を否定されるのは頭にくる。
エトワールは深呼吸をして自分の気持ちを落ち着かせるのであった。
「君だって、両親を楽にさせてあげたいんだろ? 僕との交際は悪い話じゃないと思うんだ」
「僕の実家の名前くらい、君も知ってるよね? 太っ腹な僕は君の両親も含めて援助することを約束してあげるよ」
どうやら、大商人の息子は経済的な援助をエサにシシリアを手に入れようとしているようだ。
これには流石にエトワールも我慢の限界が来て、扉を開けて中に入る。
形相を変え、空き教室へと入ってきたエトワールに二人は驚きを隠せない。
「なっ! エトワールだと!?」
「そんなっ、どうしてエトがここに……。帰ったんじゃなかったの……?」
エトワールの登場に戸惑う二人。
そんな状況で、エトワールは男を無視してシシリアに近づく。
そして、彼女の目を見つめて問いかけるよであった。
「なぁ、シシリア。お前、こいつの事が好きなのか……?」
エトワールの質問に答えないシシリア。
彼女は目の背けて俯いてしまう。
「おい、エトワール! お前、何様のつもりだよ!」
「黙れ! このクズが!」
エトワールに文句を言ってくる商人の息子。
だが、エトワールはそれをひと言で一蹴する。
「お前は実家の名前を使わないとないと女の子も口説けないクズなのか?」
エトワールのその迫力に、商人の息子は押されてしまう。
「なぁ、シシリア。おれの目を見て答えてくれよ……。君があいつを本気で好きだっていうならおれも反対しないんだ」
「だけど、君が本当は嫌がっているとしたらおれはそれを止めたい……。いや、止めなきゃならないんだ!」
エトワールは俯くシシリアに優しく語りかける。
すると、彼女もエトワールの言葉に勇気をもらったのか、エトワールの目を見てハッキリと答えた。
「好きじゃない……。でも、断ったら何されるかわからなくて……」
誰にも相談できなかった、か弱い少女の心の叫び。
それを確かにエトワールは聞いた。
「そっか……。正直に言ってくれてありがとう」
エトワールはシシリアの頭を優しくなでてあげる。
そして、商人の息子の方を向く。
「どうやらシシリアはお前のこと、好きじゃないみたいだな」
「どうしてもシシリアと付き合いたいのなら、まずは自分自身が好かれる努力からはじめるんだな!」
エトワールは商人の息子にそう告げる。
すると、
「家の名前を使って何が悪い!? おれは恵まれた場所に生まれた、勝ち組なんだよ!! そして、そこの女は貧乏な家に生まれた負け組だ!」
「それを十分に利用して何が悪いんだ! お前だって、領主の息子に生まれたから恵まれた人生を歩んでんだろうが!!」
商人の息子は庶民であるシシリア振られ、エトワールにバカにされたことで怒りを爆発させるのであった。
「そうだな。お前の言う通りだよ……」
静かにそうつぶやくエトワール。
エトワールは商人の息子の言葉には整合性があることを認めたのであった。
実家の名前を使うことは悪くないのだと。
これを聞いた商人の息子は元気を取り戻す。
そして、実家の力を使ってシシリアを懲らしめようとした。
「はん! お前だってわかってんじゃねぇか。じゃあ、シシリア……」
「つまり!!」
だが、エトワールは大声をあげて彼の言葉を妨げる。
「つまり、おれも実家の名前を使ってもいいってことだよな?」
「お前、共和国南部の二大領地の領主になるのが確実と言われているおれに逆らっていいのか……?」
エトワールが悪魔ような表情を浮かべて商人の息子にそう告げる。
「えっ……」
そして、商人の息子はエトワールの言葉の意味を理解し、途端に震えだしてしまう。
「共和国南部と王国に強い結びつきがあることくらい、バカなお前でも知ってるよな?」
「お前のせいでそれが揺らいだとしたら、お前の実家の商会、王国からの圧力で潰されるだろうな……」
脅しとも取れるエトワールの言葉。
彼は冷静に未来を語った。
その未来はエトワールがやろうと思いさえすれば実現してしまうほど信憑性がある。
ベルデン領はテスラ領と強い友好関係で結ばれている。
この二つの共和国南部の二大領地は王国との貿易を盛んに行っており、互いに繁栄し合っていのであった。
そして、エトワールはエウレス共和国の期待の星。
そんな彼を敵に回して、無事で済むはずがない。
「ひぃぃぃえぇぇぇ! ごめんなさい! もうこんな事しませんから〜」
商人の息子はエトワールの言葉に怯えて教室から逃げ出してしまった。
そして、空き教室にはエトワールとシシリアの二人だけが残されたのであった。
◇◇◇
「エト……。その、ありが……」
シシリアがエトワールに感謝の言葉を伝えようとする。
だが、エトワールはそれを止める。
そして、自分の気持ちを改めて伝えた。
「シシリア、君が好きなんだ! おれと付き合ってくれないか!」
エトワールからの突然の告白。
前にその手の話になってしまったとき、シシリアはエトワールから逃げ出してしまった。
だからこそ、今回はハッキリと伝えようと心に決める。
「エト……。あなたは七英雄様の血を引く共和国の領主になる人なんだよ? だから……」
「そうだ! おれは七英雄様の血を引いてる。英雄騎士ライアン様と賢者フレイミー様のな!」
断ろうとしたシシリアだったが、エトワールはその言葉を言わせてくれない。
そして、エトワールは自分が血を引く七英雄たちの話を語り出す。
「ライアン様とフレイミー様は後世に強い血を引く子孫を遺したかったから結ばれたのか?」
「いいや、違うね!!」
「二人は愛し合っていたから結ばれたんだ! そこにお互いの肩書きや血筋なんて関係ないんだ!」
エトワールが語ったのは
そして、英雄騎士ライアンと賢者フレイミーは世界が平和になった後、愛し合って結ばれたというお話だ。
「だから、おれもそんなくだらないものなんて気にしない!」
そして、エトワールは宣言する。
自分も二人のように、肩書きなどに捉われず愛する人と結ばれたいと。
「シシリア……おれは君が好きだ。大好きなんだ! だから、おれと付き合ってくれないか?」
この言葉にシシリアは涙がこぼれる。
これほど、自分を想ってくれる人が目の前にいることに、心の喜びが抑えきれない。
「でも、わたしいつか絶対エトに迷惑かけちゃうよ? それでもいいの……?」
「心配しなくていい。おれ、シシリアのおかげで新しい自分が見つけられた気がするんだ」
「だからきっと、おれはシシリアとならどんな困難も乗り越えられる気がするんだ!」
エトワールの気持ちは揺らがない。
そこにどんな障害があろうとも、彼女と歩みたいと思えたのだ。
そして、エトワールの気持ちにシシリアも答える。
「わたしも、エトのことが好きなの……。本当は、大好きだったの!!」
「だから、これからもよろしくね!」
そう微笑む彼女は、初めて出会った頃と変わらない笑顔をエトワールに向けていた。
太陽のように眩しく輝くその笑顔を、絶対に守るのだとエトワールは心に決めた。
こうして、身分の違う二人は結ばれたのであった。
これから二人は様々な困難にぶち当たるだろう。
しかし、二人でならどんなことだって乗り越えられる。
そう信じていたのであった……。
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